グリコシルホスフェートは糖のアノマー位にリン酸を有する誘導体である。これらは、一部の肺炎球菌や髄膜炎菌の莢膜多糖に繰り返し構造として見られる。莢膜多糖は抗原として認識される一方で、より抗原性の高い部分を覆い隠すことにより、宿主の免疫応答を回避する役割を担う。さらに、Leishmania原虫のLipophosphoglycan(LPG)にも、グリコシルホスフェートの繰り返し構造が見られる。LPGはLeishmaniaの生存に必須のものであり、抗原として認識される部位でもある。グリコシルホスフェートを含む生体分子を効率的に合成することができれば、こうした病原体に対するワクチンの開発や、上記多糖類の生物学的な機能の解明を通じて、治療薬の開発につながる可能性がある。筆者らの研究グループは、このグリコシルホスフェート構造を効率的に合成するにあたり、種々のホスホン酸誘導体を用いた手法を開発してきた。その詳細について紹介する。 ...and more
--以前に私たちはN型糖鎖、O型糖鎖、グリコサミノグリカン(GAG)、スフィンゴ糖脂質糖鎖(GSL糖鎖)そして遊離オリゴ糖(fOS)を質量分析計やHPLCで解析するための調製および分析の一連の方法論を報告してきた。これらの異なるクラスの複合糖質糖鎖の解析法を統合し、細胞や血清中に存在するサブグライカンの全体像を俯瞰できるようになった(総合グライコミクス)。現在も糖鎖解析のための新しい技術開発や改良を続けており、シアリル化糖鎖異性体を質量分析法で識別する技術、シアル酸結合様特異的アルキル化法(SALSA)を構築してきた。ヒューマングライコームプロジェクト(HGA)のセグメント2では、大規模な糖鎖カタログ(ヒト血漿総合グライコーム)を作成して、TOHSAと呼ばれる大規模データベースの構築することが最も重要なミッションの一つである。本セクションでは、2) シアル化糖鎖異性体を識別するためにシアル酸結合様式特異的誘導体化とグライコブロッティング法を組み合わせた改良したN型糖鎖分析法、そして3) 大規模コホート解析を目的としたヒト血漿/血清中に含まれるN型糖鎖の全自動前処理装置の開発など、最近の私たちの研究ついて紹介する。 ...and more
ガレクチンは、糖鎖認識ドメイン(Carbohydrate Recognition Domain: CRD)に特徴的なアミノ酸配列をもつ糖結合タンパク質である。ガレクチンファミリーの多くのメンバーは、その他に以下の2つの特徴も示す。1つは、細胞の内側にも外側にも存在すること、もう1つは、タンパク質間相互作用を介して複数のパートナーと結合することである。細胞内では、様々なガレクチンの非糖鎖リガンドの例として以下が挙げられる。(a)プロト型のガレクチン-1は、がん遺伝子のH-Rasや転写因子のOCA-B及びTFII-Iに結合する。(b)タンデムリピート型のガレクチン-8は、ガレクチン-9などの他のガレクチンや、オートファジー受容体NDP52、TRIM5α(Tripartite Motif 5α)に結合する。(c)キメラ型のガレクチン-3のNH2末端ドメインは、Tsg101等の輸送に関与するエンドソーム輸送選別複合体(endosomal sorting complex required for transport、ESCRT複合体)の因子やhnRNP A2B1などのリボ核タンパク質複合体に結合する一方、COOH末端ドメインはアポトーシス抑制因子Bcl-2、TRIM16、そして転写因子OCA-B、TFII-I及びβ-カテニンに結合する。本稿では、細胞内ガレクチンの浮気性(promiscuity)を浮き彫りにした研究の一部と、これらの発見により生じたいくつかの興味深い疑問を要約する。 ...and more
グリコシド結合の化学合成(グリコシル化)は、様々な配糖体や多糖類の化学合成を可能にするための鍵となる反応である。グリコシル化は、糖の1位炭素に種々の脱離基が導入されたグリコシルドナーとアクセプター分子の間の求核置換過程である。求核置換反応は、大学初頭レベルの有機化学に登場する反応であり、すでに確立されたその制御法が存在するように思われる。しかしながら本反応は、求電子種であるドナーが多種の成分より構成される平衡混合物を形成するなど、通常の求核置換反応とは異なる複雑な過程を経て進行する。この複雑さゆえに、グリコシル化反応の制御には合成化学者の経験と勘に頼った試行錯誤が必要とされ、このような現状を打開すべく本反応における分子機構の解明が多くの研究者によって進められている。本稿では、グリコシル化の反応機構解明における鍵であるイオンペア類の化学特性の評価に主眼を置いて、該当分野における諸研究を紹介する。 ...and more