キチンは有望なバイオマス資源であり、カニやエビ、イカ、カブトムシ、コオロギ、シイタケなどのキチンを生合成可能な生物によって、地球上で年間推定1000億トンも生産されている。その構造は、β-1,4-グリコシド結合を介して連ったN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の直鎖構造が、分子内および分子間で数多くの水素結合を形成することで、結晶性の高い繊維構造をとる。現在、多くの研究者によって環境や資源、エネルギー問題の観点から、キチンの構造特性や生物機能を活用したバイオリファイナリー研究が盛んに行われており、その分野は成形や獣・医薬材料、バイオテクノロジー、化粧品、食品、農林水産、工業など多岐に渡る。しかし、キチンのバイオマスとしての潜在能力から考えると、その利用は十分とは言えない状況にある。それは、キチンが木質バイオマスであるセルロースと比較して、一般有機溶媒への溶解性が低く、それが加工性や利用性の低下をもたらしているためである。我々の研究グループでは、キチンのバイオリファイナリー研究の一環として、キチンに比べて水への溶解性が高く、加工特性も格段に向上するキチン分解物に着目している。キチン分解物はキチンから工業的に製造されるGlcNAcとキチンオリゴ糖(2糖~6糖程度)の混合物である。本稿では、我々がバイオマス資源であるキチン分解物の利活用に焦点を当てて行った研究の内、生体内糖鎖の再構築と生物機能分子の創製について紹介する。 ...and more
キトサンは多くの天然賦存量を有するキチンから得られる多糖であり、高い生体適合性、生分解性を有するため、バイオマテリアルとしてよく利用されている。キトサンは酸性水溶液中ではポリカチオンとしてふるまう。本稿では、キトサンを構造材料として利用する一つのアプローチとして、キトサンとアニオン性多糖との混合により形成したポリイオンコンプレックスを成形することで得られる多糖複合フィルムについて概説する。多糖複合フィルムは物質担持能や吸湿性、保湿性を機能的特徴としてもつことから、薬物徐放担体や創傷被覆材などバイオマテリアルとして有用と期待される。 ...and more
キトサンは様々な生理活性を持つことが報告されている。その生理活性の中でも特に傷の治癒の促進効果は広く知られており、キトサンを主成分とした創傷被覆材が販売されるに至っている。しかし、その創傷被覆材は乾燥製材であり、ヒドロゲル型ではない。その理由は、安全性の高いキトサンのヒドロゲルを調製することが困難なためである。具体的には、キトサンからなるヒドロゲルを作製するためには、まずはキトサンを水に溶解させる必要がある。しかし、キトサンは酸性の水にしか溶解しないため、それから得られるヒドロゲルも酸性となり、傷口に貼付するには適さない。また、ヒドロゲルを調製するためには高分子水溶液中の高分子を化学架橋剤で架橋する必要があるが、化学架橋剤は毒性の高いものが多く、それを含むヒドロゲルも医療用途には適さない。本稿では筆者が開発した、化学架橋剤を含まずに凍結-融解処理またはオートクレーブ処理により調製可能であり、かつ中性であるキトサンヒドロゲルを紹介する。 ...and more
水だけを用いたキチンの分離精製や材料化の技術を紹介する。温度や圧力を制御した水を反応場とすることで、水の物性をコントロールし、従来の化学産業で多用されてきた酸・塩基や有機溶媒を使わないキチンの利用を提案する。 ...and more
キチナーゼはN-アセチルグルコサミンがβ-1,4-結合したポリマーであるキチンを加水分解する酵素である。キチン質が糸状性真菌の主な細胞壁成分の1つであること、特に植物においては病原菌の感染により特異的に発現が誘導されること等から、キチナーゼは真菌細胞壁中のキチンを分解することによって抗真菌活性を発揮する生体防御タンパク質の1つと考えられている。また、細菌類においても抗真菌活性を示すキチナーゼが報告されている。しかしながら、全てのキチナーゼが抗真菌活性を示す訳では無く、むしろ強い抗真菌活性を有するキチナーゼの報告は少なく、その構造と抗真菌活性の関係についてはあまりわかっていなかった。本稿では、キチン分解酵素の構造と抗真菌活性との関係について、これまでにわかって来ていることを、我々の研究グループの成果を中心にレビューする。キチナーゼの構造と抗真菌活性の相関の解明は、植物の生体防御システムの理解、病原抵抗性作物の育種、抗カビ剤および抗真菌薬の開発に寄与することが期待される ...and more
キトサンからヒドロゲルを合成するには、物理架橋法、もしくは化学架橋法が用いられるが、合成の簡便さと構造安定性の点で化学架橋法に優位性がある。多糖を分子間架橋するには、グルタルアルデヒド、エピクロロヒドリン、等が広く使用されているが、環境および生体毒性の点で懸念がある。またクチナシ果実から得られるゲニピン1をはじめ、天然物架橋剤は存在するものの、コストの点で産業利用には限界がある。近年、多糖2‒5やオリゴ糖6,7を酸化して得られるポリアルデヒドが架橋剤として利用できることが報告され、その生体安全性等も確認されつつある8,9。本稿では、安価な砂糖(スクロース)を酸化開裂して得られる酸化スクロース(OS)に焦点をあて、OSの分子構造とOSを用いたキトサンおよびその誘導体を原料としる多糖ヒドロゲルの特徴について紹介する。 ...and more
キトオリゴ糖は、キチンまたはキトサンが分解することで生成され、抗菌、抗がん、抗炎症などの生理活性を有する。酵素によるキトオリゴ糖の生成は、安全性とその簡便さから多くの注目を集めている。我々は、カニクイザルが胃において、酸性キチナーゼ (acidic chitinase, CHIA) mRNA を高いレベルで発現していることを明らかにした。カニクイザル CHIA は、強酸性を含む幅広い pH 条件下において、熱耐性を有する頑強なキチナーゼ活性を有していた。さらに、カニクイザル CHIA は、強酸性および高温条件下において、不活性化することなく、キチンとキトサンを効率よく分解し、キトオリゴ糖を生成した。我々は、農学および医学領域におけるカニクイザル CHIA の応用を提案したい。 ...and more
キチンは、セルロースと並ぶ地球上に最も豊富に存在する有機資源である。しかし、キチンは分子内・分子間での多数の水素結合形成による高い結晶性と強固な伸びきり分子鎖集合構造を形成するため、実用的材料としてはほとんど有効利用されていない。特に、N-アセチル-ᴅ-グルコサミン繰り返しユニット中のアセトアミド基が非常に強固な分子間水素結合を形成することで、キチンはセルロースと比較して、より溶解性、加工性に乏しい。近年、イオン液体が、キチンからのソフトマテリアル創製に用いられて注目されている。本稿では、イオン液体による溶解あるいはゲル化を経由する、柔軟、熱可塑性などのソフトマテリアル化の試みについて概説する。 ...and more
カニ殻の主成分である多糖類:キチンは豊富なバイオマスでありながら、溶解性に乏しいため、ほとんど利用されていなかった。最近、キチンを機械的に粉砕することにより「ナノキチン」に変換する技術が発明された。ナノキチンは幅が10 nmほどの、繊維状の物質であり、水中に均一に分散できるため、加工がしやすい。また、機能の探索も可能であり、これまでに多様な機能を明らかにしている。ナノキチンは、皮膚に対する効果や服用に伴う効果、植物に散布した時の効果を備える。今後も、未知の潜在的な機能を明らかにすることで、この未利用資源由来の新素材の活用が進むと期待している。 ...and more
エビやカニなどの外骨格を支える構造多糖であるキチン・キトサンはセルロースに次ぐ産生量の海洋バイオマスであるが、未だ利用の進んでいない天然資源である。これまでに様々なアプローチでキチン・キトサンを高付加価値材料とする取り組みが検討されてきた。材料を高機能化するためには化学的修飾と形状・構造複雑化とが方針として考えられる。本稿では、キトサンに微粒子形状を与え、さらに無機物である炭酸カルシウムと複合化することで新たな機能性材料を調製する方法について紹介する。 ...and more
カニ殻などに含まれるキチン・キトサンには様々な生体機能が知られている。特に、50年ほど前よりキチン・キトサンの有する創傷治癒促進効果について多くの研究がなされている。現在では、キチンを原料とする創傷被覆材も医療現場にて使用されている。今回は、キチン・キトサンと創傷治癒促進効果について解説する。 ...and more
天然多糖類のキチンやキトサンはカニやエビ殻などから抽出されるムコ多糖で、生体との親和性が高く多方面で研究されている。微生物との相互作用もあり、農業分野や食品分野での展開も広く全世界に広がっている。溶液状だけでなく繊維、多孔質ビーズ、スポンジなど形態を変えてそれぞれの用途展開が広がってきている。最新の技術でキチンやキトサンのナノファイバーに関する研究も進み、サイズ効果、比表面積効果がもたらす可能性の広がりに期待が膨らむ。 ...and more