Apr. 03, 2023

キチン分解酵素の構造と抗真菌活性
(Glycoforum. 2023 Vol.26 (2), A4)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.26A4J

平良 東紀 / 髙島 智也

平良 東紀

氏名:平良 東紀
琉球大学農学部亜熱帯生物資源科学科教授 博士(農学)
1998年九州大学大学院農学研究科修士課程修了,1999年琉球大学農学部生物資源科学科助教,2006年同大学助教授,2015年同大学教授。2002年博士号(農学)取得(九州大学)。主に植物のキチン分解酵素の構造と抗真菌活性の相関関係の解明に従事。受賞:日本キチン・キトサン学会奨励賞(2015),沖縄研究奨励賞(2019),日本醸造協会技術賞(2019),日本生物工学会論文賞(2021)など。

髙島 智也

氏名:髙島 智也
大阪大谷大学薬学部薬学科助教 博士(農学)
2015年3月,近畿大学農学部バイオサイエンス学科修了,2017年3月近畿大学大学院農学研究科修士課程修了,2020年3月鹿児島大学大学院連合農学研究科博士課程修了,2021年4月大阪大谷大学薬学部薬学科助教

はじめに

キチナーゼはN-アセチルグルコサミンがβ-1,4-結合したポリマーであるキチンを加水分解する酵素である。キチン質が糸状性真菌の主な細胞壁成分の1つであること、特に植物においては病原菌の感染により特異的に発現が誘導されること等から、キチナーゼは真菌細胞壁中のキチンを分解することによって抗真菌活性を発揮する生体防御タンパク質の1つと考えられている1,2。また、細菌類においても抗真菌活性を示すキチナーゼが報告されている3,4。しかしながら、全てのキチナーゼが抗真菌活性を示す訳では無く、むしろ強い抗真菌活性を有するキチナーゼの報告は少なく、その構造と抗真菌活性の関係についてはあまりわかっていなかった。本稿では、キチン分解酵素の構造と抗真菌活性との関係について、これまでにわかって来ていることを、我々の研究グループの成果を中心にレビューする。キチナーゼの構造と抗真菌活性の相関の解明は、植物の生体防御システムの理解、病原抵抗性作物の育種、抗カビ剤および抗真菌薬の開発に寄与することが期待される。

2. キチナーゼの分類

キチナーゼはCarbohydrate-Active Enzymes(CAZy)データベース(http://www.cazy.org/)における分類において、糖質加水分解酵素ファミリー18(glycoside hydrolase family-18: GH18)および19(GH19)の2つのファミリーに分けられる5。GH18はアノマー型を維持するretaining enzymeで、GH19はアノマー型が反転するinverting enzymeである。

GH19の触媒ドメインは、最初に立体構造が明らかとなったオオムギ由来GH19キチナーゼの構造に基づき、N末端より5つの内部ループ領域とC末端ループ領域の合計6つのループ領域が存在することが分かっている(図 16。GH19キチナーゼにおいて、このループ領域が全てあるものと、一部欠損しているものがあり、欠損の数や場所にはバリエーションがある.アメリカヤマゴボウ緑葉由来キチナーゼ-A(PLC-A)7はloop II, IV, VおよびC末端loopが、ナガハハリガネゴケ由来キチナーゼ-A(BcChi-A)8,9はloop III以外のループ領域が、タバコ由来の感染特異的発現タンパク質(Pathogenesis-related Protein: PR-protein)であるPR-PとPR-Q10はloop IIIのみが欠失している(図 1)。細菌類由来GH19キチナーゼであるStreptomyces griseus由来キチナーゼ-C11およびStreptomyces coelicolor由来キチナーゼ-G12は何れもloop I, II, VおよびC末端loopが欠失している(図 2)。

図1
図 1. GH19キチナーゼのクラス分類と構造特性
上段はGH19キチナーゼの4つのクラス(I, II, IV, II-L)の模式図.ループ領域の上に付したI-VとC はループ名を表す。 PLC-A, pokeweed leaf chitinase-A (Q7M1Q9); BcChi-A, Bryum coronatum chitinase-A (BAF99002); PR-P and PR-Q, pathogenesis-related protein P and Q from Nicotiana tabacum (CAA35790 and CAA35789), S. griseus 由来GH19 Chitinase-C (BAA23739); Chi-G, S. coelicolor 由来GH19キチナーゼ-G (CAD55444). 下段はGH19キチナーゼのリボンモデル。各モデルの下の2行目中括弧内右はPDB IDを示す。
図2
図 2. GH18キチナーゼの分類と構造特性
上段はGH18のAタイプ、Bタイプ、CタイプおよびTBCタイプの模式図。中段はGH18触媒ドメインを含む代表的なキチナーゼのドメイン構成の模式図。PrChiA, Pteris ryukyuensis chitinase-A (BAE98134.1); SmChiA: Serratia marcescens Chitinase A (BAA31567.1); SmChiA, S. marcescens Chitinase B (CAA85292.1); SmChiA, S. marcescens Chitinase C (CAF74787.1); PF-ChiA, Pyrococcus furiosus putative chitinase (AAL81357.1) 。下段はGH18キチナーゼのリボンモデルを示す。

Ohnumaらは、欠損が見られないものを”loopful” GH19キチナーゼとし、ループ領域に欠損が見られるものを”loopless” GH19キチナーゼとした(図 113。Ohnumaらは "loopful" GH19であるライムギ種子キチナーゼRSC-cと前出の"loopless" GH19であるBcChi-Aについて、キチンオリゴ糖との複合体構造を決定している9,13。"loopful" GH19のサブサイトは-4から+4、"loopless" GH19のサブサイトは-2から+2の構造であることがわかった。"loopful" GH19のループ構造は基質結合に関与し、"loopless" GH19の基質認識クレフトを倍の長さにまで延長していることが明らかになった。延長された基質結合クレフトのために、キチンオリゴ糖4糖は"loopful" GH19に活性中心を跨いだ形で結合しにくく、4糖の分解速度は"loopless" GH19の1/1000程度となっている8

また、GH19キチナーゼの一部には、糖質結合モジュールファミリー(carbohydrate-binding module family:CBM)5が付加されているものがある。植物の場合は、ゴム乳液由来の抗真菌ペプチドhevein14と相同性を有するCBM18がN末端に付加されたGH19キチナーゼが存在する15。微生物のGH19キチナーゼには、主にCBM5/1211やフィブロネクチンタイプIII(FnIII)16などが付加されている。

植物においては、GH19キチナーゼはそのドメイン構成と触媒ドメインのloop欠損の有無によりクラス分類されている。CBM18と”loopful” GH19から成るclass I、loopful GH19のみから成るclass II15、一部配列が欠損したCBM18と”loopless” GH19からなるclass IV17、そして”loopless” GH19のみからなるclass II-Lである8

GH18の触媒ドメインは、最初に構造が明らかになったパラゴムノキ由来30 kDaのキチナーゼhevamine18は最もシンプルな(β/α)8バレル構造を有し、植物のクラス分類ではclass III15となっている。GH18キチナーゼはDxDxEモチーフおよび(β/α)8バレル構造を共有するが、様々なバリエーションがある(図 3).Yamagamiらが最初に報告したチューリップ球根由来30 kDaキチナーゼ(TBC)はhevamine様キチナーゼとは15%(identity)程度と相同性が極めて低く、hevamineに見られる3つの保存されたジスルフィド結合が無く、narboninというタンパク質に相同性があり、キチンオリゴ糖の分解パターンも全く異なる19。TBCと高い相同性を示すシダ植物Pteris ryukyuensis由来キチナーゼ-A(PrChiA)20のGH18触媒ドメインには、hevamineでは見られない2つの大きなループ領域が存在し、それにより基質に対する作用様式が異なっていることが示唆されている21。このように構造および性質が大きく異なっていることから、TBC様GH18キチナーゼは、class IIIとは別のclassを形成すると考えられる。さらに植物のGH18キチナーゼにおいては、タバコ由来40 kDaのGH18キチナーゼが報告されており、Ohnumaらによって明らかになった立体構造から、(β/α)8バレル構造の途中に約70アミノ酸残基からなる(α+β)ドメインが付加された構造を持つ(図 122。(α+β)ドメインは基質結合クレフトの片側の“壁”となり、酵素の基質結合部位をdeep cleftにしている。そのために、基質結合サブサイトの構造や阻害剤に対する感受性がhevamine様とは大きく異なっている.このタイプは植物のクラス分類ではclass Vとなっている23

細菌のGH18キチナーゼは、Watanabeらによって、サブファミリーA、BおよびCに分類されている24。真菌のGH18キチナーゼはSeidlらによってサブグループA、BおよびCに分類されている25。細菌類GH18のサブファミリーAおよびBは真菌類サブグループAおよびBに対応している。しかしながら、細菌類GH18のサブファミリーCと真菌類のサブグループCは全く異なっている。真菌類のサブグループCは細菌類のサブファミリーAと比較的相同性の高いGH18ドメインにCBM18およびCBM50が連結されたものを指している25。本稿では、混乱を避けるために触媒ドメインのみの相同性に基づいてる細菌類の分類を基盤とし、A、B、Cおよびその他の“タイプ”として示す(図 2)。Aタイプは細菌類と真菌で共通してみられることから、bacteria/fungalタイプとされている。微生物AタイプGH18は、タバコGH18キチナーゼ様で(β/α)8バレル構造の7番目と8番目のβ-ストランド間に(α+β)ドメインが付加された構造を持ち、深い基質結合クレフトが特徴的である。すなわちこれは植物class Vとも相同性が高く、class Vタイプともされている。また、このタイプの触媒ドメインはヒトキトトリオシダーゼとの相同性が高い。Bタイプは、真菌と植物に多くみられることからfungal/plantタイプとされている。hevamine様のシンプルな(β/α)8バレル構造を基本とすることから、class IIIタイプともされる。Cタイプは古細菌であるPyrococcus furiosusで最初に構造が明らかになったもの(PF-ChiA)26であり、細菌類やユーグレナ27等の真核生物からも相同性のあるGH18キチナーゼが得られている。前述のTBC様キチナーゼは、A、BおよびCタイプとは明らかに異なるグループを作る。Conserved Domain Database(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/cdd/28による分類によると、GH18_chitinase-like Superfamily(cl10447)は17のfamilyに分かれている。これらを元に系統樹を作成した結果も上記の分類を支持する結果となった(図 3)。

以上をまとめると、生物界全体でみると、GH18キチナーゼ触媒ドメインは、Aタイプ(bacteria/fungal, class V様)、Bタイプ(fungal/plant, class III様)、Cタイプ(PF-ChiA様)、TBCタイプ(narbonin様)、その他からなると示唆された。

図3
図 3. GH18キチナーゼの系統樹解析
NCBIでGH18の17のサブファミリーについて、MEGA1151を用いmaximum likelihood法およびLe_Gascuel_2008 model52によって系統樹解析を行った結果。数字はブートストラップ値を示す。外側の円はタイプを示す。AタイプはFungi/bacteria (V);BタイプはFungi/plants (III);CタイプはPF-ChiA like;TBCタイプ;その他。内円の色は生物のおおまかな分類を現している。

3. キチナーゼの抗真菌活性

3-1.GH18およびGH19キチナーゼの抗真菌活性

まず、GH18とGH19を比較すると、圧倒的にGH19キチナーゼの抗真菌活性の報告が多い。最初に抗真菌活性が示されたソラマメ由来GH19キチナーゼ29に始まり、豆類、麦類、タバコ等植物由来で抗真菌活性の報告のほとんどはGH19キチナーゼである30。WatanabeらはStreptomyces griseusのGH19キチナーゼChiCがTrichoderma reeseiに対して抗真菌活性を示すが、強力なキチン分解活性を持つGH18キチナーゼ Bacillus circulans WL-12由来ChiA1やSerratia marcescens ChiAは同条件では活性を示さないと報告している3。また、Kawaseらの報告によると、Streptomyces coelicolor A3(2)のGH19キチナーゼであるChi19Fは、Trichoderma reeseiに対して抗真菌活性を示すが、同菌株由来のGH18キチナーゼは活性を示さなかった4

植物由来GH18では、タバコ由来class Vキチナーゼが抗真菌活性を示すという報告がある31。また、OnagaとTairaはシダ植物由来TBC様GH18触媒ドメインを持つPrChiAがTrichoderma virideの生育を阻害することを示している20。PrChiAはN末端側にCBM50(LysMドメイン)に属するキチン結合ドメインを2つ持っており、それを欠損させると抗真菌活性が消失する。

3-2. キチン分解活性と抗真菌活性

キチナーゼの抗真菌活性の発揮において、キチンの加水分解活性の寄与についてはいくつかの報告がある。クリ由来class Iキチナーゼのキチン分解活性を欠失した変異体はT. viride菌糸の形態変化を野生型同様に引き起こした32。オオムギ由来class IIキチナーゼのキチン分解不活性変異体の抗真菌活性は野生型の15%程度であった33。Ohnumaらはライムギ種子由来class Iキチナーゼのキチン分解不活性変異体が、キチン結合活性は維持していたが、全く抗真菌活性を示さないことを明らかにした34。強い抗真菌活性を有するガジュマル由来class IキチナーゼGlxChiBにおいても、キチン分解不活性変異体では抗真菌活性が消失した35。前出のPrChiAにおいてもキチン分解不活性変異体では抗真菌活性を示さない20。これらのキチナーゼにおいては、その抗真菌活性の発揮にはキチン分解活性が必須であり、大麦由来class IIキチナーゼにおいてもキチン分解活性は抗真菌活性の発揮に強く寄与していることは明らかである。

3-3. キチン結合ドメインの抗真菌活性における役割

植物由来GH19キチナーゼのCBM18キチン結合ドメインがキチナーゼの抗真菌活性に寄与しているのかどうか議論されてきた。本キチン結合ドメインと相同性を有する hevein14やAc-AMP(Antimicrobial peptide from Amaranthus caudatus seeds)36などは抗真菌活性を発揮する。ライ麦種子由来class Iキチナーゼ (RSC-a)の限定加水分解によって得られるキチン結合ドメインはほとんど抗真菌活性を示さないのに対し、その触媒ドメインはclass IIキチナーゼ同様に、単独で抗真菌活性を発揮した37。大麦種子由来class IIキチナーゼはTrichoderma virideに対して同種子由来class Iキチナーゼと同程度の抗真菌活性を示した38。タバコ由来塩基性class Iキチナーゼの野生型とキチン結合ドメイン欠損変異体はT. virideの生育を阻害したが、野生型の方が変異体よりもより強い活性を示した39,40。Tairaらは新規のバイオアッセイを用いて、class Iキチナーゼの方が明らかにclass IIキチナーゼよりも菌糸の伸長を抑制することを示した41。これらの報告はclass Iキチナーゼのキチン結合ドメインが本酵素の抗真菌活性の発揮に強く寄与していることを示唆している。糸状性真菌が伸長成長している際、菌糸先端ではキチン繊維が連続的に合成されている。そのため、菌糸先端には出来たてのキチン繊維があり、先端から離れた領域では、部分的に結晶化されたキチン繊維が成熟した細胞壁を構築している(図 4A)。TairaらはFITC-ラベルしたclass Iキチナーゼが菌糸の先端だけでなく、側壁や隔壁などに結合するのに対し、FITCラベルしたclass IIキチナーゼが菌糸先端にしか結合しないことを示した37。また、菌糸細胞壁に対する親和性がclass Iキチナーゼがclass IIよりも高いことを示した.さらにclass Iキチナーゼの方がclass IIよりも菌糸細胞壁から多くの還元糖を遊離することも分かった37。これらの結果はclass Iキチナーゼが成熟した菌糸細胞壁からなる側壁や隔壁に結合して、その成熟したキチン繊維を分解するのに対し、class IIキチナーゼが菌糸先端のみに結合し、出来たてのキチンのみを分解するという事を示唆した。さらに、Takashimaらはガジュマル由来class Iキチナーゼ(GlxChiB)がT. virideの菌糸先端だけでなく菌糸の側壁に作用するのに対し、そのCBM欠損変異体が菌糸先端にのみ作用することを光学顕微鏡によるリアルタイム観察とSEMによる観察によって明らかにした(図 535

細菌類においてはCBM5(ChtBD3 superfamily)が付加されたGH19キチナーゼがメジャーを占めている。CBM5とGH19からなるS. griseus由来ChiCの野生型はT. reeseiに対して抗真菌活性を示すが、CBM5の欠損変異体では抗真菌活性がほとんど消失した42。上記のChiCと同様のドメイン構成を持つNocardiopsis prasine由来ChiBは、野生型はT. reeseiに対して抗真菌活性を示すが、CBM5の欠損変異体では抗真菌活性が大幅に減少した43Bacillus circulans KA-304株由来のGH19キチナーゼ(CHI1)はN末端側にキチン結合能を有するFnIII様のドメインを持ち、それを欠損させるとプロトプラスト形成能が著しく低下することが報告されている16。細菌類のGH19キチナーゼの抗真菌活性においてはCBMの寄与が大きいと言える。

3-4. 塩基性キチナーゼの高い抗真菌活性

植物のGH19キチナーゼの抗真菌活性に関する多くの報告があるが、その多くは塩基性のアイソザイムに関するものである30。パイナップルの葉由来塩基性class Iキチナーゼは強い抗真菌活性を示す一方、酸性のclass Iキチナーゼの抗真菌活性は非常に弱い44。Ohnumaらは、ライ麦種子由来塩基性class Iキチナーゼが高塩濃度条件下(0.15 MのNaClを添加した培地上)でも低塩濃度条件下(無添加の培地)と同定度の高い抗真菌活性を維持できるのに対し、触媒ドメインのみでは高塩濃度条件下で著しく抗真菌活性が低下することを示した34。ガジュマル乳液由来class Iキチナーゼのキチン結合活性は高塩濃度条件下で強くなった45。同キチナーゼは高塩濃度条件下でも高い抗真菌活性を示したのに対し、キチン結合ドメイン欠失変異体は高塩濃度条件下で著しく抗真菌活性の低下が見られた(図 535。パイナップル葉由来酸性class Iキチナーゼは高塩濃度条件下においては抗真菌活性を示したが、低濃度条件下では抗真菌活性を示さなかった44。これらの知見から、塩基性class Iキチナーゼが真菌細胞壁に対し、キチン結合ドメインの疎水性相互作用と触媒ドメインの静電相互作用の両方によって結合していると考えられた(図 4B)。Tairaらは、塩基性のclass IIキチナーゼがpH 6.0および低イオン強度条件下においてTrichoderma sp.菌糸より調製した細胞壁画分に結合し、そして、その結合力はpHまたはイオン強度の上昇に伴い減少することを示した34。多くの抗真菌ペプチドは高い塩基性を持ち、その塩基性は抗真菌活性の発揮に重要であることが報告されている36。塩基性キチナーゼの正電荷は真菌細胞表層の陰イオン性リン脂質の負電荷との静電相互作用に寄与している可能性がある2

図4
図 4. 水塩基性GH19キチナーゼの抗真菌作用におけるドメインの役割
A, 塩基性のキチナーゼはその正電荷により菌糸にイオン的相互作用で結合する。class Iキチナーゼはそれに加えてCBM18キチン結合ドメインにより菌糸と疎水的相互作用でも結合できる。B,菌糸先端は菌糸伸張のために出来たてのキチンが露出しており、class Iおよびclass IIの何れのキチナーゼでも容易に作用し分解可能。菌糸先端から離れた領域では一部結晶化したキチン繊維となっているが、CBM18を有するclass Iキチナーゼのみが作用し分解可能。結果的にCBM18を持つ塩基性キチナーゼは高い抗真菌活性を発揮する。
図5
図 5. ガジュマル乳液由来GH19キチナーゼとCBM欠損体の抗真菌活性
上段はPDA培地にNaClを添加した際のガジュマル乳液由来GH19キチナーゼ(GlxChiB)およびそのCBM欠損体のTrichoderma virideに対する抗真菌活性。ウェル1は滅菌水、WTは野生型、CatDはGlxChiBのCBM欠損体をそれぞれ100 pmolとなるように添加した。中段は、定量的抗真菌活性測定法による相対的な抗真菌活性。野生型(WT)の活性を1とした時の相対活性。上の棒グラフのセットがNaCl無添加区、下のセットが0.15 M NaCl添加区。黒がWT、グレーがCatD。下段はWTまたはCatDで処理したT. virideのSEM(左)および光学顕微鏡画像(右)。

4. LysMドメインの多連結体による抗真菌活性

TakashimaらはPrChiAのN末端より2番目のLysMドメインを多連結化することにより、抗真菌活性を発揮することを示した(図 646。LysM単独では抗真菌活性は検出されなかったが、LysMドメインの2、3または4連結体は抗真菌活性を示し、3連結体が最も活性が高くなった。また触媒ドメインのみでは抗真菌活性は検出されなかったが、触媒ドメインにLysMドメインを付加すると抗真菌活性を発揮し、LysMドメインを3または4連結すると最も活性が高くなった。顕微鏡観察の結果から、LysMドメインのみからなる多連結体は菌糸の先端にのみに作用し、LysMドメインと触媒ドメインの連結体は菌糸先端および側壁に作用していることが示唆された。

図6
図 6. LysM多連結体の抗真菌活性
LysMをCatDに1つ連携させた時の抗真菌活性を1としたきの相対活性。黄色の四角はLysMドメイン(CBM50)、CatD(水色四角)はPrChiAの触媒ドメイン。左端の数字はLysMの連結数を示す。

5. おわりに

本稿ではキチナーゼの構造と抗真菌活性における各ドメインの役割について紹介してきたが、キチナーゼに対して感受性が高い菌(Trichoderma属等)がある一方で、感受性が低いもしくはキチナーゼ単独では全く阻害が見られない菌株も多い。真菌細胞壁がキチンだけで無くβ-1,3-グルカンを始め多くの多糖および糖タンパク質で構成されていることが原因であると考えられる。

植物は真菌の感染を防ぐために防御機構を、真菌は植物に感染するために侵入機構をそれぞれ発達させて来た。そのなかで細胞壁は互いが接触する最前線であり、両者は相手の細胞壁を分解する酵素を進化させてきたのと同時に、自身の細胞壁構造を進化させてきた(図 7)。その共進化は現在でも続いており、一部の真菌は真菌類で共通しているキチンおよびβ-1,3-グルカンの他に、α-1,3-グルカンを細胞壁構成成分として有する47。植物は防御機構として、キチンおよびβ-1,3-グルカンの分解酵素や受容体を有するが、α-1,3-グルカンの分解酵素や受容体を持たない。このことによって、一部の真菌は植物の生体防御システムをかいくぐり、植物に感染できることが報告されている48。また、細菌類は真菌類との覇権争いと真菌細胞壁の資化分解のために、キチナーゼやβ-1,3-グルカナーゼ等の真菌細胞壁分解酵素を持つ。一部の細菌類はα-1,3-グルカン分解酵素49やβ-1,6-グルカナーゼ50を有する。

図7
図 7.植物,細菌および真菌の細胞壁成分とその分解酵素

現在、医療現場を始め様々な分野で安全で有効な抗真菌剤が求められている。抗生物質(抗細菌薬)と同様に、低分子の抗真菌薬においても薬剤耐性菌の出現が問題となっている。原理的に真菌細胞壁分解酵素に対する薬剤耐性菌の出現は極めて限定的と考えられる。これらのことから、真菌細胞壁多糖分解酵素を基盤とした抗真菌剤の開発は有効であると考える。このような新規抗真菌システムの構築のためには、植物由来のキチナーゼやβ-1,3-グルカナーゼだけでは無く、細菌由来の各種真菌細胞壁多糖分解酵素による複合的な抗真菌作用の研究が必要である。真菌細胞壁の最も主要な成分であるキチンを分解するキチナーゼは、このシステムの中心を担うであろう。


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