ヒトミルクオリゴ糖(HMOs)は母乳に含まれる多様な構造のオリゴ糖であり様々な有用性が示唆されており、注目を集めている(図 1) 。 一方でHMOは人工ミルクの原料となる牛乳など他の哺乳類の乳汁には一部の成分しか含まれないため、HMOを人工的に製造し、粉ミルクに添加することで母乳に近い性質を達成できると考えられ、安価で高品質なHMOの生産が求められている。これまでにHMOの様々な製法が試みられていたが、天然からの抽出は前述の通り種類や量に限りがあり、化学合成による生産も、2’-フコシルラクトース(2’-FL)など複数のHMOで合成に成功しているものの、HMOは多くの水酸基を保有するため、位置や立体選択的に糖鎖を結合していくためには多段階の保護、脱保護が必要であり工業的製法としては依然課題が多い。位置、立体選択性という観点では、生物の有する酵素を用いた反応が最適であり、現在HMOの工業製法は酵素を用いた生物学的な製法が一般的となっている。 ...and more
シアル酸は、1936年にBlixによりウシ顎下腺ムチンから単離され、それ以来50種類以上の分子種のシアル酸が同定されている。シアル酸は炭素原子9個からなるカルボキシル基を有する負に帯電した酸性アミノ糖類のノイラミン酸誘導体の総称であり、5位の炭素の修飾によって、主にN-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)、N-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)及びデアミノノイラミン酸の3種類に分類できる。シアル酸は、種々の生命現象と密接に関連し、ヒトの脳や神経系の発達促進、免疫調整などに欠かせない機能性糖質である。また負の電荷と親水性により、赤血球の安定化や血液成分の凝集を防ぐ重要な役割を担っている。
一方、シアル酸は、哺乳類に共生する細菌、ウイルス、真菌などの微生物の増殖や定着とも関連し、宿主と微生物の共生関係を理解するうえで重要な糖成分である。本記事では、腸内マイクロバイオームによるシアル酸代謝と宿主の生理状態に及ぼす影響について述べたい。 ...and more
母乳中に豊富に存在する難消化性オリゴ糖(ヒトミルクオリゴ糖;HMOs)はビフィズス菌を選択的に増殖促進させるプレバイオティック効果を持つため、多くの場合、母乳栄養児の腸内ではビフィズス菌の存在量が50 %以上を占める菌叢(ビフィズスフローラ)が形成される。この状況に鑑みて、近年、HMOsの乳児用調製粉乳への添加が進み始めている。特に、フコース修飾を受けているHMOs(フコシル化HMOs)の一つである2ʹ-フコシルラクトース(2ʹ-FL)は、最初に乳児用調製粉乳への添加が認められたHMO分子種であり、国内外で注目を浴びている。本稿では、ビフィズス菌において見出される多様なフコシル化HMO利用戦略をビフィズス菌が有する糖質加水分解酵素およびトランスポーターに焦点を当て紹介すると共に、乳児用調製粉乳へのフコシル化HMOsの添加の意義をビフィズスフローラ形成の観点から考えたい。...and more
母乳栄養乳児の腸内にはビフィズス菌優勢な菌叢が形成され、その腸内細菌叢が健康に有利に働くことが知られている。1899年のビフィズス菌発見当初から母乳中のどの成分がどのようにしてビフィズス菌優勢な菌叢を形成させるかを解明する研究が行われており、1950年代頃にはヒトミルクオリゴ糖がビフィズス菌増殖因子として作用することが報告された。しかしながらヒトミルクオリゴ糖の複雑な構造がビフィズス増殖メカニズムの解明を拒んでいたが、21世紀に入り、ビフィズス菌のヒトミルクオリゴ糖資化についての系統的な理解が急速に進んだ。本論では、ヒトミルクオリゴ糖のビフィズス菌増殖因子としての研究に関する歴史的経緯および現状を紹介する。...and more
人乳は7%の糖質のうちの80%をラクトース(Galβ1-4Glc)、20%をミルクオリゴ糖が占めている。ミルクオリゴ糖の濃度は常乳で12〜13 g/L、初乳で22〜24 g/Lであり、ラクトース、脂質に次ぐ3番目の固形成分であるが1、実はおどろくほどに高い。ヒトミルクオリゴ糖(HMOs)はごく少数の例外以外は還元末端側にラクトース単位を有し、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)、ガラクトース(Gal)、フコース(Fuc)、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)が結合している。現在までに約250種類が分離され、そのうちの約170種類が構造決定されている1。乳児による母乳摂取後、ラクトースは小腸上皮でラクターゼによって加水分解を受け、吸収されるのに対し、大部分のHMOsは消化吸収されないで大腸に到達し、そこで栄養因子以外の重要な生理的役割を担っている2,3。実験的証拠に基づいて提案される機能は、有用性腸内細菌ビフィドバクテリウムの増殖定着促進、病原性細菌・ウィルスへの感染防御、抗炎症性などの免疫調整作用、壊死性腸炎予防と腸管バリア機能、脳神経系の活性化、などである3。本シリーズは、その中でもビフィドバクテリウムによるHMOsの代謝と宿主・腸内細菌クロストークへの役割、その産業的実用化への取り組みなどを中心に、近年ダイナミックに展開されるようになった物語の展開と、今後への展望を中心に、第一線の研究者による熱い思いを連載する予定である。まずは第1回目として、このシリーズ著者以外の研究者による国際的な研究状況を概論として紹介する。...and more