氏名:野口 徹
信州大学 先鋭材料研究所 特任教授
1997年 東北大学工学部金属工学科卒業、1986年 神戸大学大学院物質科学専攻修了、2002年~ 日信工業(株)開発本部上席主幹、2010年~ 信州大学カーボン科学研究所特任教授、現在、信州大学先鋭材料研究所特任教授。
専門分野:高分子物性、複合材料の構造と物性、核磁気緩和、動的粘弾性など
連携大学:東京大学磯貝研、東北大学陣内研、東京工業大学中嶋研、京都大学浦山研、金沢工業大学影山研など
連携企業:15社と共同研究
廃棄物由来のセルロースナノファイバー(CNF)を活用する新たな材料サイクルの構築を提案します。農産物の高付加価値化、廃棄プラスチックの再利用効率を上げて経営コスト低減を図り、施設園芸の新しいモデル提示による若者への魅力向上を目指します。日本型農工連携による循環型持続可能社会を形成します。
図 1に、農業・工業サイクルについてのイメージを示した。ここで、「工業」とは自動車部品や一般産業用部品に用いるプラスチックやゴム部品を指す。「農業」とは施設園芸による作物、花卉類の育成・販売を指す。この「工業」と「農業」を循環するサイクルは、以下のようなプロセスによって成り立つと思われる。まず、初めに、工業製品から廃棄されるプラスチック類をマテリアルリサイクル可能な種類に選別する技術がある。選別したプラスチックは、このままでは元に戻せないので、CNFを高度の補強材として複合化する技術が必要である1-4。複合化され再生されたプラスチックは、さらにリサイクル可能なことが理想である。このようにCNFは廃プラの価値を高めることとなる。
一方、選別できなかったプラスチックは焼却され、生成した熱量を使って発電し、作物や花卉類を育てる。施設園芸では、ハウスの内部の温度を調整し、適切な波長のLED光を照射して作物の育成を助けることが出来る。さらに水やりなどの様々な自動システムの電力源となり、また、焼却の際の排熱を用いて育成の手助けもできる。施設園芸では多量の農産廃棄物が発生し、この廃棄物を用いてCNFを抽出し、廃プラのリサイクルを助ける。すなわち、廃プラの選別→廃プラの焼却発電→電力&廃熱→施設園芸→農産廃棄物→CNF→CNFを廃プラの複合化→農業(もしくは工業)資材→廃プラのサイクルのような工業・農業サイクルが可能になると考えられる。
(社)プラスチック循環利用協会(PWMI)の2022年度の資料における廃プラ総排出量は823万トンであり、その内、マテリアルリサイクル(180万トン)、ケミカルリサイクル(28万トン)で25%となっており、62%の510万トンがエネルギー回収、サーマルリサイクルされている。残りの13%が単純焼却、埋め立てとなっている。プラスチック製品は、使用中の様々な環境によって劣化し、また、数種のプラスチックの組み合わせであることから、リサイクルすることが難しい。まず、第一に、多くの種類の混ざり合った廃プラを同種のプラスチックに選別する必要がある。
最も多く用いられているポリオレフィン樹脂は、ポリプロピレン(PP);287万トン(35%)、ポリエチレン(PE);197万トン(24%)など、合わせて廃プラ総排出量の、およそ6割を占めている。図 2にポリオレフィン樹脂の廃棄物の再利用の内訳の一例を示した。
マテリアルリサイクルできる素材はA材(純度約98%)とB材(純度約95%)の合わせておよそ50%である。しかし、その価値はA材でkg当たり40~80円と非常に低く(図 2を参照)、これは、燃焼補助材が主な用途のためである。マテリアルリサイクルとは言い難い。このA材の高付加価値化のために、CNFとの複合化を試みた。
図 3にCNFの1種であるTOCN(TEMPO酸化セルロースナノファイバー:幅約3nm)水分散液の固体化のイメージを示した。酸化触媒としてTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルラジカル)を用いた。図中に示すように、CNFは表面にカルボキシル基などの官能基と多数の水酸基で覆われた強い親水性を示すナノファイバーであるため、単独で存在するにはCNFの周りが大量の水で担持される必要がある。従って、ごく少量(1-2%)のCNFを含有する水分散液の状態となる。高分子材料とCNFを複合化する際は、直ちに、この大量の水の存在が障害となって立ちはだかる。ポリビニルアルコールやポリアクリル酸のような親水性の高分子を除いて、ほとんどの樹脂やゴムが疎水性(親油性)であるので、CNFとほとんどの高分子は水と油の関係となる。
さらに、CNFやカーボンナノチューブ(CNT)のようなナノファイバーは、凝集性が高いため個々に分離し難く、特に、CNFは強い多数の水素結合による凝集力が極めて強いため複合化の際に単離することは非常に困難である。CNF水分散液から水を除去していくと、CNFは、直ちに凝集し、木片に戻ってしまう。
従って、多量の水を除去しながらCNF同士が凝集しない中間体固体(図 3中の粉末)を作製し、高分子と弾性混練する方法、すなわち、CWSolid法を開発した。詳しくは、最後に示した参考文を参照頂きたい5-13。
CWSolid12法の原理は、CNF同士の接近を妨げ固定化する界面活性剤x、脱水中の急激なCNFの接近を一時的に阻止するy(例えばジエチレングリコール/DEG)、複合化に当たってCNFと高分子の相互作用を高めるzを、あらかじめCNF水分散液に所定量を溶かし、その後、乾燥して脱水することによって中間体(Cxyz粉)を作製する。z成分は複合材作製自体には影響しないので、配合しないことも可能である。図 4に示すように、この中間体をロールに添加して弾性混練(elastic kneading)する7,8。通常の混練が、材料(もしくは混合物)の流動性(粘性)を利用して混合・混練するのに対し、弾性混練は、いくつかの要因、混合物の粘度、高分子とフィラーの結合、せん断力を適切に調整し、最後に混合物の弾性を利用して混練する方法である。流動性混練では混合物がロールによって受けたせん断力により変形し、ロールから離れた後も形状が回復しないのに対し、弾性混練ではロールから離れた瞬間に元の形状に回復する。回復する際に、混合物内で様々な方向に力が発生し、ナノファイバーの凝集塊は解繊され分散されると考えられる。
表 1にCWSolid法で作製したTOCN/PE(LLDPE)複合材の配合処方を示した。Sample Ref.はニートPE、Sample AはTOCNのみ、Sample BはTOCNとxのみ、Sample CはTOCNとyのみの比較試料である。CWSolid・Cxy法で作製したのがSample D-3(x:DTMACl)、Sample E-3(x:STMACl)であり、ここではzは用いていない。TOCNの充てん率はおよそ6体積%とし、yのDEGは高温での混練中(125-130℃)で揮発除去した。
図 5にニートPEおよびTOCN/PE複合材シート(厚み約80μm)の光学顕微鏡像を示した。TOCNのみの複合材は数10μmサイズの凝集塊が多数観察され、TOCNとx(DTMACl)を含有する複合材は数100μmの凝集塊、TOCNとy(DEG)を含有する複合材の形状は異なるが大きな凝集塊が多数確認された。一方、CWSolid法で作製したD-3、E-3の複合材はニートPEと同様に、凝集塊は見られず、TOCNは解繊されたと考えられる。このように、解繊・分散のためにはxとyの両方が必要なことが分かる。
図 6に、表 1、図 5で示したサンプルの引張物性を比較した。比較のためCNT/PE複合材も含めた。CNF/PE複合材(A)は貯蔵弾性率の増大は見られるが、ニートPEとほぼ同等レベルと考えてよさそうである。xのみ(B)、yのみ(C)は、貯蔵弾性率の増大は見られるが、伸び、破壊エネルギーの低下が大きく、これは図5に示したCNFの凝集塊が欠陥となったためと思われる。一方、CWSolid法で作製したD-3、E-3の複合材は、伸びや破壊エネルギーがニートPEと同等で、降伏応力、貯蔵弾性率の増大が著しく、CNTとほぼ同等のレベルであった。これらの結果は、CWSolid法によって強靭性を低下させることなくCNFによるPEの高度な補強が可能であることを示し、疎水性表面のCNT補強と同レベルであることは注目に値すると思われる。このCNF/PE複合材はフィルム農法などの農業用シートほか、様々なシート用途、容器などに応用することが出来る。なお、このプロセスは、PP11にも適用可能なことが分かり、これは後述する。
信州大学は、(株)富山環境整備、東京大学磯貝研究室と共同でCNF/PE複合材シートを用いて施設園芸にてフィルム農法によるトマトの栽培実験を行った。用いた複合材シートの試験後の外観を図 7に示した。市販のシートでは、1回の使用(およそ半年)でシートの大きな変形や破壊で複数回の使用は難しいが、吸水率が小さく丈夫な複合材シートは複数回使用(4回、2年)しても破損せず利用が可能であった。なお、トマトの収穫は現行圃場と比べて品質同等であり、約10%の収穫が増加した。
図 8に示したトマトの育成試験により発生した廃棄物の茎を用いて、TEMPO酸化法によるCNFの抽出を試みた。その結果、平均幅3.4nm、長さ約1300nmのTOCNが84%以上の収率で抽出可能であった。他に、花茎、エゴマ、ナシ剪定枝、稲わら、もみ殻、エリアンサス、ミスカンザスの農産廃棄物からも80%以上の収率でTOCNの抽出に成功した。その品質も、市販のTOCNと同等であった。その中でも、エリアンサス、ミスカンサスは石油代替燃料として期待される草本系バイオマスである。バイオマス燃料だけでなく、CNF製造としての可能性を確認した。
図 9にPP廃プラA材とCNF/A材複合材の引張特性を比較した。CNF複合材は、CWSolid・Cxy法によって約6vol%のCNFを複合化した試料である。PP廃プラA材は特性にバラツキが大きいのが目立つ。もともと伸びの平均値が低いのは2%以下の不純物の存在のためと思われるが、バラツキが極めて大きくなっている。従って、降伏応力の下限が大きく低下している。一方、CNF/A材複合材ではバラツキが大きく低減した。貯蔵弾性率の平均値も大きく増大した。これらの効果は、CNFのナノメートルサイズでの分散配置による3D構造形成によって欠陥の存在を打ち消すように作用したと思われる。このように、CNFの解繊・均一分散がPP廃プラA材のバラツキを低減し再生することを示している。
図 10にトマト廃棄物由来のTOCNによるLLDPE複合材の補強効果について示した。トマトTOCNは市販品TOCNに比べて同充てん量で比較すると、降伏強度45%、弾性率30%増大することが分かった。伸びも市販のTOCNと同等であった。これは、トマトTOCNの平均長さがおよそ2倍に増加し、これとともにアスペクト比が2倍に増大したためと思われる。
次に、廃棄物同士の組み合わせについて示す。PE廃プラA材のトマト廃棄物由来のTOCNによる補強を調べ、図 11に結果を示した。PE廃プラA材に比べると伸びが低下するが、トマト由来TOCNの方が伸びの低下が小さく、また、貯蔵弾性率E’の増大も2倍の効果が見られた。これは、トマト由来TOCNの方が市販TOCNよりアスペクト比が大きいためと考えられる。稲わら、もみ殻、花卉の廃棄物についても同様の実験を行った結果、廃棄物由来TOCNは市販TOCNに比べて、降伏応力は35~60%、貯蔵弾性率は60~90%の大きな補強効果があることが分かった。
CNF/PE廃プラA材複合材を用い、施設園芸用のポットの試作評価を行なった。その結果、ポリオレフィン類は塗装性が悪いが、CNF/PE廃プラA材複合材を用いたポットは良好な塗装性を有していた。
図 12に示すように、CNF/PE廃プラA材複合材は、強度も高く農業資材への適用が可能と思われる。この他、射出成型、ブロー成型などのプロセスの適用、および定植ポット、タンク、コンテナなどを検討している。また、ポリオレフィン類は、接着剤の使用が出来ないが、CNF/PE廃プラA材複合材は市販の接着剤で容易に接着作業が可能であり、これは、極細の大量のCNFがナノレベルの緻密な3D構造を形成することにより表面が親水性化したためと思われる。なお、数100nm級の太いCNFでは表面の改質は不可能であった。
樹脂中の解繊が極めて困難な極細のCNFを樹脂中に解繊・均一分散する手法、CWSolid法を開発し、廃プラの再生を試みた。ポリオレフィン樹脂において、CNFは樹脂の靭性低下を抑制し高度に補強出来ることを確認した。さらに、CNFはポリオレフィン廃プラの特性を向上させ、廃プラの大きな欠点である特性のバラツキを著しく抑制できることが分かった。
また、TEMPO酸化法によって、多くの種類の植物廃棄物や未利用植物からアスペクト比の高いCNFを抽出し、そのCNFによって、市販のCNFより特性の向上が大きい補強が可能であることを示した。これは廃棄物由来CNFのアスペクト比が市販CNFの約2倍であるためと考えられる。 廃棄物由来CNFによる廃プラの再生は、農業と工業のサイクルをつなぐ技術として有効と思われる。