Dec. 01, 2025

セルロースナノファイバーの効率的な調製とその構造・機能
(Glycoforum. 2025 Vol.28 (6), A23)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.28A23J

磯貝 明

磯貝 明

氏名:磯貝 明
東京大学 特別教授(農学博士)
1985年 東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、米国での博士研究員などを経て、1986年 東京大学農学部助手、1994年 同助教授、2003年 東京大学大学院農学生命科学研究科教授、2020年より現職。セルロース化学、バイオ系ナノ材料学が専門。Marcus Wallenberg賞(2015年)、本田賞(2016年)、藤原賞(2017年)、日本学士院賞(2019年)、江崎玲於奈賞(2023年)等を受賞。

1. 序文

再生産可能で大気中のCO2の固定化物である植物セルロースの有効利用・利用量拡大が期待されている。なかでも、植物セルロース繊維から調製されるセルロースナノファイバー(cellulose nanofiber:CNF)は、新規バイオ系ナノ素材として注目されている。元々植物セルロース繊維が、結晶性のナノファイバーである「セルロースミクロフィブリル(cellulose microfibril:CeMF)」の集合体であることは知られていた。しかし、CeMF間は無数の水素結合で強固に結合しているため、1本1本のCeMF単位に分離したCNFをこれまでは調製することはできなかった。我々は、水系常温常圧の触媒酸化反応を植物セルロース繊維に処理することで、完全ナノ分散化CNFが調製できることを報告した。本稿では、そのCNFの調製方法と原理、得られたCNFの構造と機能、複合化に関する研究成果について概説する。

2. 植物セルロースの構造とナノファイバー化

植物セルロースは階層構造を形成しており、セルロース分子に次ぐ最小単位が、約3 nmの均一幅の結晶性CeMFであり、植物セルロース繊維は無数のCNFの集合体である。1本のCeMF中には直鎖状で伸び切り鎖のセルロース分子が数十本規則的に束ねられている。すなわちCeMF内に折れ曲ったセルロース分子はなく、この点が合成高分子繊維、あるいは一旦セルロースを溶解-再生製造されたレーヨン等の再生セルロース繊維、デンプン等の他の天然多糖類とは異なる特徴的な構造である(図 1)。

植物セルロース繊維を1本1本のCeMFに分離-CNF化するにはCeMF間の無数の水素結合を全て切断し、なおかつ、再結合しないようにフィブリル間に斥力を作用させて安定に分散させる必要がある。

図1
図 1. 樹木セルロースの階層構造の中の結晶性セルロースミクロフィブリル(CeMF)1

3. セルロースのTEMPO触媒酸化

植物セルロース繊維を水に分散させ、繰り返し機械的なせん断力を作用させることで部分的にナノファイバー構造を有するミクロフィブリル化セルロース(MFC)の水分散液が得られる。しかし、完全に1本1本のCeMF構造にナノ分散化したCNFを調製するには、元のCeMFの結晶構造を維持したまま、CeMF間に荷電斥力あるいは立体斥力が作用するように、結晶性CeMF表面に位置選択的な化学構造変換前処理が必要となる。

我々は、セルロース、キチンなどの多糖類に対して、水系常温常圧でのTEMPO触媒酸化反応に関する基礎研究に取り組んだ1-5。TEMPOは2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカルの略で、水溶性で安定なニトロキシルラジカルの一種である。TEMPO触媒酸化は生体内の酵素反応類似で、多糖類の1級水酸基であるC6-OH基を選択的に酸化してC6-カルボキシ基のナトリウム塩に変換できる(図 21-4。このTEMPO触媒酸化反応を、セルロースⅠ型の結晶構造を有する植物セルロース繊維に適用すると、元の繊維形状、結晶構造、結晶化度を維持しながら、カルボキシ基量を1 mmol/g以上に増加させることができる1-7

図2
図 2.
水系常温常圧でのTEMPO触媒酸化により、セルロースの1級水酸基のC6-OH基が選択的に酸化され、グルクロン酸基のナトリウム塩に変換される。共存するNaOCl、NaOBrによってもC6-アルデヒド基の一部がカルボキシ基に酸化される1

4. 繊維状TEMPO酸化セルロースのナノファイバー化

植物セルロース繊維を適正な条件でTEMPO触媒酸化し、カルボキシ基のナトリウム塩を約1 mmol/g以上生成させた繊維状TEMPO酸化セルロースを水に分散し、超音波ホモジナイザー処理あるいは高圧ホモジナイザー処理することで、透明高粘度のゲルに変化する。そのゲルを希釈して透過型電子顕微鏡あるいは原子間力顕微鏡で観察すると、約3 nmと均一幅で平均長さが500 nm以上の(すなわちアスペクト比=長さ/幅の平均が160以上の)TEMPO酸化セルロースナノファイバー(TEMPO-oxidized cellulose nanofiber:TOCN)が確認できる(図 31-6図 4のように植物セルロース繊維中の結晶性CeMFの表面に露出した1級水酸基であるC6-OHがほぼ全て位置選択的に酸化されて、C6-カルボキシ基のNa塩に変換される。その高密度のC6-カルボキシ基のNa塩により、その後の水中解繊処理過程での荷電反発により、フィブリル間に斥力が効果的に作用する5,6。その結果、幅約30 μmの植物セルロース繊維が、1/10,000の幅の約3 nmに微細化され、大部分が1本1本にナノ分散化したTOCNの水分散液が得られる(図 3)。

図3
図 3.
木材セルロース繊維のTEMPO触媒酸化による繊維状TEMPO酸化セルロースが調製でき、その酸化セルロース繊維を水中解繊処理することでゲル状TOCN/水分散液がえられる。その希釈分散液を電子顕微鏡で観察すると、1本1本のCeMF単位に分離したTOCNが確認できる。
図4
図 4.
木材セルロースのTEMPO触媒酸化により、元の繊維形状、ミクロフィブリル束構造を維持しながら、結晶性セルロースミクロフィブリル(CeMF)表面上に高密度でカルボキシ基のナトリウム塩が生成する。その繊維状TEMPO酸化セルロースを水中で解繊処理することにより、荷電反発による斥力が作用し、1本1本に分離したTOCNが得られる。

5. TEMPO酸化セルロースナノファイバーの構造と特性

TOCNの構造と機能を活かす用途開発が求められている。TOCN/水分散液は、アスペクト比の大きいナノファイバーの絡み合い構造により、せん断力がかからない状態では高粘度高弾性率のゲル状を示す。一方、高せん断力が作用すると絡み合いがほどけてTOCNがせん断方向に配向するため、低粘度になる。そのギャップが大きいため、低TOCN濃度でも高いシェア-シニング特性を示す。この特性を活かして、ボールペンのインキ分散剤成分、自動車用水性メタリック塗料の金属粒子分散剤成分などに利用されている。

TOCNは荷電基を表面に高密度で有しており、対イオン交換によってTOCN-COONa型構造から、希酸処理でTOCN-COOH型、各種金属イオンを有するTOCN-COOM型のほか、TOCN表面の高密度のカルボキシ基を足場として、様々なカチオン性高分子、ナノ粒子、金属有機構造体(MOF)等を付与でき、新しい機能性材料としての展開が可能となる。対イオンとして、銅イオン、銀イオンを導入することで、生活悪臭である硫化水素ガス、メチルメルカプタン、アンモニアガスを無臭化し、超消臭機能を付与することができる(図 58,9。また、TOCN表面に銀イオン、金イオンを吸着後、還元して金属ナノ粒子をTOCN表面に高密度で形成することで、効率的な触媒機能を発現する10-13。さらに、MOF構造の導入により気体の選択的な透過性-バリア性が発現する14

図5
図 5. TEMPO酸化パルプとナノファイバーであるTOCNの対イオンを銀あるいは銅イオンに交換した試料をろ紙に付与した試料の、メチルメルカプタン(A)、硫化水素ガス(B)の吸着量の時間変化8

TOCNの水分散液をキャスト-乾燥することで、透明均一なTOCN-COONaフィルムが得られる。TOCN-COONaフィルム中ではTOCNどうしの荷電反発によりTOCNの最密充填化が進み、低空隙率高密度の結晶性ナノファイバーの集合体となるため、乾燥条件では高い酸素バリア性を示す15-17。しかし、TOCN-COONaは親水性なので、高湿度下ではその酸素バリア性が失われてしまう。一方、TOCN-COONaフィルムを、例えば、希塩酸水溶液に浸漬-乾燥すればTOCN-COOHフィルムが得られる。また、希塩化アルミニウム水溶液、希塩化鉄水溶液、希塩化カルシウム水溶液、希塩化マグネシウム水溶液に浸漬-乾燥することで、TOCN-COOM型の透明フィルムが得られる。元のTOCN-COONaフィルムを水に浸漬するとたちまち崩壊してフィルム形態を失うが、TOCN-COOM型フィルムは高い湿潤強度を有し(図 6A)、特に対イオンをカルシウムにイオン交換したフィルムは高湿度下でも高い酸素バリア性を示す(図 6B18

図6
図 6. 対イオンをHあるいは金属イオンに交換したTOCNフィルムの湿潤強度(A)と、高湿度下での酸素透過度(バリア性)変化(B)18

また、繊維状TEMPO酸化セルロース-COOH型を水に分散させ、水酸化4級アルキルアンモニウム(例:[CH3]4N+OH-)を、カルボキシ基に対して当モル量添加することで中和反応によって(したがって不可逆的に)繊維状TEMPO酸化セルロース繊維-COON(CH3)4に変換できる。このアルキルアミン塩化した酸化セルロース繊維を、水中あるいは有機溶剤中で解繊処理することでTOCN-COON(CH3)4型のCNFに変換できる。すなわち、この水系でのアルキルアミン塩化によりTOCN表面を疎水化することができる19-24

また、TOCNのカルボキシ基と末端アミン基を有するシリコーン間をイオン結合させ、表面疎水化したTOCN/アミノ化シリコーンとともに、シリコーンオイルを水中で分散させた、シリコーンオイル/TOCN/アミノ化シリコーン/水系ピッカリングエマルションは、フッ素系に比べて優れた離型剤、コーティング剤機能を有している(図 725

図7
図 7. シリコーンオイル/TOCN/末端アミノ化シリコーン/水系ピッカリングエマルションの調製と構造25

6. TEMPO酸化セルロースナノファイバーの複合化

CNFの量的拡大が期待される用途として、樹脂あるいはプラスチックとの複合化による、例えば移動体用の軽量高強度複合成形材料がある。CNFの利用により、バイオマス配合率を向上でき、ガラス繊維複合材料に比べてリサイクル性が向上することが報告されている。しかし、TOCNは極めて親水性で、高アスペクト比のTOCN/水分散液の固形分濃度は5%以下の低いため、その状態では調製、保存、運搬、取り扱いが容易ではなく、高コストになってしまう。また、水分散液中ではナノ分散化しても、従来型の装置による疎水性プラスチックとの溶融混錬過程でTOCN/水分散液の水分を蒸発除去する過程で、TOCNがプラスチック基材中で凝集し、弾性率は向上しても靭性が低下し、また、熱分解して着色してしまう場合あり、TOCNの水分散液のままではTOCNによるナノ複合化効果を発揮できない。そこで、長さの短いTOCNの噴霧乾燥物が開発され、保存・運搬コストの低減と、取り扱い性の向上が報告されている。

図8
図 8.
高収率、高アミド化率のTOCN表面のカルボキシ基のアミド化反応と、エポキシモノマー/DMF中でのナノ分散化物。デュアルアミド化によりTOCNの分散性・表面疎水化、疎水性物質あるいは有機溶剤の濡れ性が向上する26,27

そこで、TOCN表面のカルボキシ基をアルキルアミド化することで、耐熱性の向上と、疎水性樹脂中でのTOCNのナノ分散化が達成され、数%程度の複合化率で高透明性、高強度、高靭性、高寸法安定性が得られることが報告されている(図 826,27。また、ゴムとの複合化によって高強度、高弾性、高靭性、耐水性、高耐摩耗性が達成され、石油由来のカーボンブラック代替を目指した改質が検討されている28-34。同じ水系での天然ゴムラテックスにTOCN/水分散液、耐水化剤を加えてオーブン乾燥することで、ゴム/TOCNマスターバッチを調製できる。TOCNを添加することで、カーボンブラックを添加した場合と同様の物性が得られている(図 933

図9
図 9. 天然ゴム/TOCNの乾燥物の調製と、天然ゴム/TOCN複合化シートの物性向上、カーボンブラック複合体との比較33

7. おわりに

TOCN調製時は水分散体なので、水系では増粘効果、シェア-シニング機能、ピッカリングエマルション機能35を利用して、水系インキ、水性塗料・接着剤におけるCNFのナノ添加効果が発現する。また、水系のPVA溶液、セルロースエーテル類水溶液、水溶性低置換度酢酸セルロース、フェノール樹脂水溶液との混合-複合化によるTOCNによる物性向上は可能である36,37。TOCNは高弾性率の結晶性ナノファイバーであるため、プラスチック、樹脂、ゴム中に均一分散して複合化できば理論的にも高透明、高強度、高弾性、高靭性となる。また、第三成分として膨大なCNF/樹脂界面層が形成されるため、理論値以上の物性向上が発現することが期待できる38,39。高アスペクト比のTOCNは水分散体として、また、アスペクト比の小さいTEMPO酸化セルロースナノクリスタル(TO-CNC)は噴霧乾燥体として国内2社および海外数社が本格工業生産されており、大量入手が可能である。現状ではまだ高価であるが、TOCNの様々な分野への利用が進み生産量が増加すれば、原料である製紙用パルプの価格が100円/kg程度なので、CNFの価格の低下も期待でき、高機能材料だけではなく、汎用複合材料への利用量の拡大によって循環型社会基盤の創成が期待される。


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