Aug. 01, 2023

シクロデキストリン超分子構造体の作製と形態制御
(Glycoforum. 2023 Vol.26 (4), A13)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.26A13J

木田 敏之

木田 敏之

氏名:木田 敏之
大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 教授
1989年大阪大学工学部応用化学科卒業、1991年大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻博士前期課程修了後に大阪大学工学部応用化学科助手に就任。糖質系両親媒性化合物の機能に関する研究に従事し、1998年に博士(工学)取得。1999年4月から1年間、 博士研究員として米国ノートルダム大学(Bradley D. Smith教授)に留学。2004年大阪大学大学院工学研究科講師、2006年同助教授、2007年同准教授、2016年同教授。

1. はじめに

シクロデキストリン(CD)は、ᴅ-グルコースがα-1,4結合で環状につながったオリゴ糖である(図 1A)。このうち特に、ᴅ-グルコースが6、7、8個からなるシクロデキストリンはα-、β-、γ-CDと呼ばれ、広く用いられている。これらのCDはサブナノメートルサイズの空洞をもっており、この空洞の形と大きさに合う分子を取り込む性質をもつ。この性質を‘包接’と呼び、CDの包接能は触媒やセンサー等として学術的に研究されるとともに、食品、化粧品、医薬品など工業的に広く利用されてきた1-4。一方、CDはその環の上下に存在する水酸基間での水素結合形成あるいはゲスト分子とのホスト-ゲスト相互作用を通して分子間で規則的に集合することもできる。このCD分子の集合により形成されるナノおよびマイクロ構造体の研究が、超分子化学ならびに材料科学の分野で注目されている5,6。本稿では、CD分子の集合能を利用した超分子構造体の創製とそれらの形態制御について紹介する。

図1
図 1. (A)シクロデキストリン(CD)の化学構造と模式図. (B)結晶中でのCDの集合様式

2. CD水溶液を用いた超分子構造体の作製

CDは結晶中で、かご型、チャンネル型、層状型の3種の集合様式をとることが知られている(図 1B7。これらのうち、CD分子が互いの水酸基間の水素結合を介して一直線状に並び円筒の構造を形成しているチャンネル型集合体は、CDがゲスト分子、特に高分子ゲストと包接錯体を形成したときに形成されやすいことが知られていたが、Tonelliらは、ゲスト分子を含まないCD分子だけからなるチャンネル型集合体を簡単に調製する方法を開発した8。彼らは、α- あるいはγ-CDの水溶液をクロロホルムあるいはアセトン中に滴下することで、各CDのチャンネル型集合体の調製に成功している。著者らは、Tonelliらにより開発された方法を用いてγ-CDのチャンネル型集合体(γ-CDchannel)を調製し、その走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行ったところ、1辺の長さが数µmのキューブ状構造体が形成されていることを発見した(図 2A9。また、γ-CDchannelを調製する際の条件を種々変化させることで、様々な形態のCD構造体を作製することにも成功した(図 210。γ-CDchannelを調製する際の貧溶媒にアセトンを用いて、0.17 Mのγ-CD水溶液(飽和γ-CD水溶液)をここに滴下した時、1辺が約7 µmのマイクロキューブが得られた(図 2A)。γ-CD水溶液の濃度をその1/10、1/100にした時、得られるキューブの大きさは徐々に増加し(図 2B,C)、1/100濃度(1.7 x 10-3 M)のγ-CD水溶液を用いた時、キューブのサイズは約4倍に増加した(図 2C)。次に、γ-CDの空孔内にアニオン性ゲストを包接させた時のγ-CD構造体の形態変化について検討した。アニオン性ゲストにはヨウ化物イオンや過塩素酸イオンといった親油性のアニオンを用いた。γ-CD水溶液に1当量のヨウ化カリウムを添加し、これを2-プロパノール中に滴下した時、1辺の長さが約300 nmのナノキューブが得られた(図 2F)。一方、ヨウ化カリウム添加量をγ-CDの0.1~0.5当量に減らした時、ロッド状構造体が形成された。ヨウ化カリウム添加量の増加とともに得られるロッドが細くなることがわかった。過塩素酸ナトリウムを添加した時、添加量が0.9当量以下ではCD構造体の形態に変化は見られずマイクロキューブが形成された(図 2G)が、1当量以上の過塩素酸ナトリウムを添加した時は、底面の1辺が約9 µm、高さが約20 µmの直方体のマイクロ構造体が形成された(図 2H)。これらのことより、形成されるγ-CD構造体の形態は添加する塩の種類と量の影響を大きく受けることがわかった。ここで形成されたいずれのγ-CD構造体の粉末X線回折(XRD)パターンにもγ-CDchannelに特徴的なピーク(2θ = 6.9~7.5 °)が観測され、これらの構造体がチャンネル型集合体から構成されていることが確認された。このようにホスト―ゲスト包接錯体形成を利用してボトムアップ的に超分子構造体の形態を制御することに成功した。

図2
図 2. γ-CD水溶液[(A)0.17 M, (B)1.7 x 10-2 M, (C)1.7 x 10-3 M]をアセトン中に滴下することで形成されたγ-CD超分子構造体のSEM写真.ヨウ化カリウム[(D)0.017 M, (E)0.085 M, (F)0.17 M]あるいは過塩素酸ナトリウム[(G)0.017 M, (H)0.17 M]を含むγ-CD水溶液(0.17 M)を2-プロパノール中に滴下することで形成されたγ-CD超分子構造体のSEM像
アメリカ化学会の許可を得て、参考文献10から転載 (2010)。

3. CDのHFIP溶液を用いた超分子構造体の作製

著者らは、通常の有機溶媒には溶けにくいペプチドやポリマーに対する良溶媒として知られる1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)11,12が、CDに対して優れた溶媒として働くことを見出した13。水(100 mL)に対するα-、β-、γ-CDの溶解度(室温)はそれぞれ14.5 g、1.85 g、23.2 gである2のに対し、HFIP(100 mL)中での各CDの溶解度(室温)は25 g、34 g、25 gとなり、いずれのCDにおいても水の場合を上回ることがわかった。特に、HFIP中でのβ-CDの溶解度が水中の溶解度をはるかに上回っている。HFIP分子はβ-CD の空孔内へ包接されることがNMRにより明らかになっており、この包接現象がHFIP中でのβ-CD の高い溶解度に関係していると考えられる。また、HFIPは沸点が比較的低いため、温和な条件下でCD 溶液から蒸発除去できる。著者らは基板上に滴下したα-あるいはγ-CDのHFIP 溶液(0.1 mol/L)から室温でHFIPを蒸発除去させることにより、各CDのチャネル型集合体からなる結晶固体が形成できることを見出した(図 3)。一方、β-CDのHFIP 溶液からはかご型とチャンネル型集合体の混合物が得られた。これらのCDは、HFIPに溶解する前はいずれもかご型集合体を形成しており、α-CDとγ-CDの場合は、かご型からチャンネル型への完全な集合様式の変換が起こったが、β-CDの場合は未変換のかご型集合体が残存している。β-CDの空孔内に包接されたHFIP分子が変換を阻害していると考えられる。

図3
図 3. 基板上に滴下したCD/HFIP溶液からのチャネル型CD集合体の作製の模式図

α-、β-、γ-CDのHFIP溶液を用いてエレクトロスピニング(電圧25 kV, ノズル―集積部間距離10 cm, 速度0.16 mL/min)を行ったところ、それぞれ8.3 ± 3.4 µm、5.3 ± 2.0 µm、0.75 ± 0.21 µmの幅をもつマイクロファイバーが形成された(図 4)。これらのマイクロファイバーのXRDパターンにはシャープなピークが観測されなかったことから、マイクロファイバーは規則的なCD集合体ではなくアモルファス状のCD集合体から構成されていることがわかった。従来報告されているCDマイクロファイバーの作製には60 wt%以上の高濃度のCD溶液が必要とされていた14-16が、CD/HFIP溶液の場合はずっと低い濃度(13 wt%以下)でマイクロファイバーが作製可能であった。このことから、CD/HFIP溶液はマイクロファイバー作製にきわめて有効であると言える。

図4
図 4. (A) α-CD(濃度: 12.5 wt%), (B) β-CD(濃度: 12.5 wt%), (C) γ-CD(濃度: 7.5 wt%)のHFIP溶液を用いたエレクトロスピニングにより形成されたマイクロファイバー のSEM像
英国王立化学会の許可を得て, 参考文献13から転載 (2014)。

また、α-CD/HFIP溶液(0.5 mL、24 mg/mL)を1-プロパノール、2-プロパノールあるいは2-ブタノール(各2.5 mL)中に室温で滴下し、3時間撹拌後、静置したところ、2-ブタノールを貧溶媒に用いた時にオルガノゲルが形成されることがわかった(図 5C17。得られたオルガノゲルを乾燥させた後のSEM像には、数百ナノメートルサイズの六角形プレート状構造体が観察された(図 6C)。XRD測定より、この構造体は六方最密充填(2θ = 7.4 °, 12.8 °, 19.8 °)したα-CDのhead-to-tail型チャンネル集合体(2θ = 11.2 °)から構成されていることがわかった(図 7C)。一方、ゲル化の起こらなかった1-プロパノールあるいは2-プロパノール混合液(図 5A, B)を乾燥させた後のSEM像からは、ファイバー状構造体とマイクロメートルサイズの六角形プレート状構造体がそれぞれ観察された(図 6A, B)。これらの構造体は、主にhead-to-head 型のα-CDチャンネル集合体(2θ = 5.6 °, 11.2 °)から構成されていた(図 7A, B)。以上の結果より、α-CDのhead-to-tail型チャンネル集合体から構成される数百ナノメートルサイズの六角形プレート状α-CD構造体が貧溶媒中で自己集合し、三次元ネットワークが形成されることで、ゲル化が起こったと推測される。また、貧溶媒に(R)-ならびに(S)-2-ブタノールを用いたとき、S体ではゲルが形成されたのに対し、R体ではゲルが形成されなかった(図 5D, E)。これらのゲルならびに懸濁液から溶媒を留去し、残った固体のSEM観察ならびにXRD測定を行ったところ、S体ではhead-to-tail型α-CDチャンネル集合体からなる数百ナノメートルサイズの六角形プレート状構造体の形成が認められた(図 6D, 図 7D)のに対しR体ではhead-to-head型α-CDチャンネル集合体からなる膜状構造体(図 6E, 図 7E)が得られた。これらの結果は、上述のアキラルなアルコールを貧溶媒に用いた時と同様であり、head-to-tail型α-CDチャンネル集合体から構成される、数百ナノメートルサイズの六角形プレート状構造体の形成がオルガノゲル形成の鍵となっていると考えられる。更に、2-ブタノール中のR/S比を変化させてゲル形成挙動を検討したところ、S体の割合の増加とともに、ゲル化に要する時間が短くなることがわかった。このことより、ゲル形成にはα-CDと(S)-2-ブタノールの間で形成される包接錯体が関与していることが示唆された。

図5
図 5. α-CD/HFIP溶液(0.5 mL)[25 mM] と種々の貧溶媒(2.5 mL)の混合物を3時間撹拌後、 (A-C) 72時間あるいは (D, E) 48時間静置させた後の写真. 貧溶媒: (A) 1-プロパノール, (B) 2-プロパノールl, (C) 2-ブタノール, (D) (S)-2-ブタノール, (E) (R)-2-ブタノール
英国王立化学会の許可を得て, 参考文献17から転載 (2020)。
図6
図 6. α-CD/HFIP溶液(0.5 mL)[25 mM] と種々の貧溶媒(2.5 mL)の混合物からなるゲルまたは懸濁液を乾燥させることによって得られたナノおよびマイクロ構造体のSEM像. 貧溶媒: (A) 1-プロパノール, (B) 2-プロパノールl, (C) 2-ブタノール, (D) (S)-2-ブタノール, (E) (R)-2-ブタノール
英国王立化学会の許可を得て, 参考文献17から転載 (2020)。
図7
図 7. α-CD/HFIP溶液(0.5 mL)[25 mM] と種々の貧溶媒(2.5 mL)の混合物からなるゲルまたは懸濁液を乾燥させることによって得られたナノおよびマイクロ構造体のXRDパターン. 貧溶媒: (A) 1-プロパノール, (B) 2-プロパノール, (C) 2-ブタノール, (D) (S)-2-ブタノール, (E) (R)-2-ブタノール
英国王立化学会の許可を得て, 参考文献17から転載 (2020)。

4. メチル化シクロデキストリン超分子構造体の作製

α-CDの2位の水酸基をメチル化した2-Me-α-CDをビルディングブロックに用いることで、それらのhead-to-tail型チャンネル配列から構成されるロッド状構造体を選択的に作製することに成功した18。2-Me-α-CD/メタノール溶液(0.5 mL、10 mg/mL)を貧溶媒(ベンゼン、シクロヘキサン、2.5 mL)中に滴下後、1時間攪拌した。得られた溶液を室温で静置し、析出した固体のSEM観察およびXRD測定を行った。SEM像より、いずれの溶媒を用いた場合でも六角形ロッド状のマイクロ構造体が形成されることがわかった(図 8A, B)。また、各構造体のXRDパターンには、2θ = 10.7 °にピークが観測されたことから、いずれの構造体もhead-to-tail型にチャンネル配列した2-Me-α-CDから構成されていることが示唆された。さらに、ベンゼンを貧溶媒に用いた時に得られた単結晶のX線構造解析の結果から、2-Me-α-CDとベンゼンの包接錯体がhead-to-tail型のチャンネル配列を形成していることが確認された(図 9)。このように2-Me-α-CDのhead-to-tail型チャンネル集合体からなるマイクロ構造体を簡便に作製することに成功した。

さらに、2-Me-α-CD/メタノール溶液とベンゼンとの混合溶液を高配向性グラファイト(HOPG)基板上に滴下し乾燥させることで、2-Me-α-CDがHOPG基板の垂直方向にエピタキシャル成長したロッド状構造体の形成が観測された(図8C)。2-Me-α-CDの空孔内に取り込まれたベンゼン分子がグラフェン表面とπ-π相互作用により結合し、これが引き金となってHOPG基板上での2-Me-α-CD-ベンゼン包接錯体結晶のエピタキシャル成長が起こったと考えられる。

図8
図 8. 2-Me-α-CD/メタノール溶液 [9.5 mM] を (A) ベンゼン あるいは (B) シクロヘキサン中に滴下して生成した沈殿のSEM像. (C) 2-Me-α-CD/メタノール溶液 [19 mM]をベンゼン中に滴下し、HOPG基板上、常温で乾燥させて得られた2-Me-α-CD構造体のSEM像. (D) HOPG基板上に形成された2-Me-α-CD/ベンゼン包接錯体のhead-to-tailチャンネル型集合体の模式図
アメリカ化学会の許可を得て、参考文献18から転載 (2022)。
図9
図 9. 2-Me-α-CD‒ベンゼン包接錯体の結晶構造.(A) 側面図. (B) 上面図. 2-Me-α-CDとベンゼンはそれぞれシリンダーモデルと空間充填モデルで表示.ベンゼンの水素原子は省略している.灰色、赤、白はそれぞれ炭素、酸素、水素を示す
アメリカ化学会の許可を得て、参考文献18から転載 (2022)。

5. おわりに

CDは、環の上下に存在する水酸基同士の分子間水素結合を主に利用してチャンネル型の一次元集合体を形成し、これらがさらに三次元的に集まって様々な形態の超分子構造体を形成する。α-CDのチャンネル型集合体からは主に六角形状の超分子構造体が、γ-CDのチャンネル型集合体からは四角形状の超分子構造体が主に形成され、ビルディングブロックとなるCD分子の環サイズにより超分子構造体の基本形態がほぼ決まることが明らかになった。また、CD空孔内に包接されるゲスト分子の種類によっても超分子構造体の形態が顕著な影響を受けることがわかった。これらの形態変化を利用することで、超分子構造体のオルガノゲル形成能や物質吸着能等の機能の制御が期待できる。環境適合性機能材料であるCD分子が規則正しく集合して形成される超分子構造体の研究は、超分子化学、分離科学、材料科学を含む様々な分野で今後ますます活発に展開されるであろう。

謝辞

本研究を遂行するにあたり、ご指導を賜わりました大阪大学 池田 功名誉教授、明石 満名誉教授に深く感謝致します。また、有益なご助言をいただきました共同研究者の皆様、さまざまな興味深い実験結果を出してくれた学生諸氏に厚くお礼申し上げます。


References

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