Aug 01, 2020

糖鎖とオートファジーによる軸索再生の制御
(Glycoforum. 2020 Vol.23 (4), A12)

DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.23A12J

門松 健治

門松 健治

氏名:門松 健治
1982年、九州大学医学部卒業。2004年-現在、名古屋大学大学院医学系研究科教授(生物化学)。2017年-現在、名古屋大学大学院医学系研究科長・医学部長。2020年現在、日本糖質学会会長、日本生化学会理事。成長因子ミッドカインの発見をきっかけに神経糖鎖、小児がん神経芽腫の2つの領域に興味を懐き、研究を続けている。

序文

ニューロンは分化の終わった細胞であり、それ以上の細胞分裂はない。従って一度損傷を受けた時、細胞を増やして新しい細胞に置き換えるのは現実的に難しい。従って神経軸索が受傷しても、機能を保つためには、軸索自身の再生に頼るしかない。ところが中枢神経では軸索の再生はほとんどない。ここに糖鎖、糖鎖受容体、オートファジーが関わることが分かってきた。このことに話題を絞り込み、学術誌にまとめられる総説よりも読みやすさを重視して、時系列とストーリー性を意識して記述する。

1. 何故、神経軸索は再生しないのか

100年前、スペインのノーベル賞受賞者であり神経解剖学者であるSantiago Ramon y Cajalは損傷した中枢神経軸索末端がいびつな球形となる様子をスケッチに残した。これをdystrophic endballと呼ぶ(retraction bulb, frustrated growth cone, dystrophic growth coneとも呼ばれる)。Cajalはまた「一度傷害を受けた神経軸索は再生しない」と指摘し、「もしそれを可決できるとしたら後世の科学者の努力の賜物であろう」とした。しかしながら今も、軸索の再生への十分な解決策は見つかっていない。

軸索損傷が起こると損傷部位から末梢側はワーラー変性が起き、使い物にはならない。細胞体側の軸索は数十年にわたって生き残る(Ruschel, 2015)。その末端はdystrophic endballを形成するがこれは決して伸びることはない(図 1)。それでは何故再生しないのか。理由は主に2つある。一つは中枢神経細胞自身の低い軸索再生能力である。この再生能力に関する研究はこれまで精力的になされ、その機構の一部も分かってきた。ただ、これにアドレスすると膨大なものとなるので、他の総説を参考にされたい(Kadomatsu, 2014; Sakamoto, 2017)。二つ目は再生阻害分子の出現である。阻害分子については主に次の3つに分類できる。

  1. ミエリン分子:神経損傷に伴って軸索を覆うミエリンが破壊され、その構成分子が露出する。Nogo、MAG、OMgpの3分子が主なものである。
  2. 軸索ガイダンス分子:元来神経発生の際に軸索が正しい方向へ延びるようにガイダンスする。主にattractive cuesとrepulsive cuesがあるが特に後者(semaphorin、ephrin、slitなど)の損傷時の出現が問題となる。
  3. プロテオグリカン:コンドロイチン硫酸(CS)、ケラタン硫酸(KS)を持つプロテオグリカン(CS/KSPG)がin vitroで神経突起再生を阻害するレポート(Snow, 1990)を皮切りに、CS分解酵素による脳損傷、脊髄損傷での軸索再生促進(Moon, 2001; Bradbury, 2002)、KS分解酵素による脊髄損傷での軸索再生促進(Ito, 2010; Imagama, 2011)などが報告され、連綿と研究が続いてきた。

本稿では、プロテオグリカンを中心に、軸索再生の阻害機構をまとめたい。

図1
図 1 ワーラー変性とDystrophic endball
軸索損傷が起こると損傷部位から末梢側ではワーラー変性が起きる。一方、細胞体側の軸索は数十年にわたってずっと生き残る。その末端はdystrophic endballを形成するがこれは決して伸びることはない。

2. Dystrophic endball:その100年の謎

Cajalの見つけたdystrophic endballは本当にできるのか。ラットの大脳皮質運動野に色素を打ち込むとそれは1次運動ニューロンに取り込まれ1週間程度で軸索へと運ばれていく。脊髄損傷を負ったラットにこの処理をして受傷部位を見ると、驚くべきことにほぼすべての損傷運動神経軸索末端はdystrophic endballを形成していた(Sakamoto, 2019)。Cajalは実に見事に生体内の現象を捉えていたといえる。コンドロイチン硫酸(CS)の濃度勾配をつけた培養皿の上で成体のDRG(dorsal root ganglion)ニューロンを培養するとin vitroでdystrophic endball形成を再現できる(Tom, 2004)。成体DRGニューロンはCS勾配に逆らって軸索を伸ばそうとするがある地点で軸索は止まり、dystrophic endballを作り、逆方向に戻ってしまう(Sakamoto, 2019)。この現象は、ラミニンを基質に培養した成体DRGニューロンと対照的で、この場合軸索の先端はジャンケンのパーのような形態(growth cone)をとって躊躇なく伸びていく。

そこでgrowth coneとdystrophic endballを比べると後者には多数のvesicleがあることに気づく。これはLC3-II陽性のautophagosomeであった。autophagosome貯留の理由を調べると、autophagosomeとlysosomeの融合が阻害され、autolysosomeに進まない、つまりオートファジーの中断が起こっていることが分かった(Sakamoto, 2019)。阻害薬剤やsnareタンパク質のノックダウンによってautophagosomeとlysosomeの融合を阻害するとdystrophic endballが形成されることから、このオートファジー中断はdystrophic endball形成の十分条件ともなることが示された。

さて、CSの受容体としていくつかの分子がレポートされているが、中でも受容体型チロシンフォスファターゼに属するPTPRσ、LARは重要である(Shen, 2009; Coles, 2011)。もしCS→PTPRσの軸がdystrophic endball形成を引き起こすなら、dystrophic endball形成に必要な分子がPTPRσの基質となると予想される。そこでcortactinに注目した。というのもcortactinはチロシンリン酸化を受け、それがアクチン重合に必要であり、このアクチン重合はautophagosomeとlysosomeの融合に重要だからである(Hasegawa, 2016)。実際、リン酸化cortactinはPTPRσの基質であることが示され、またdystrophic endballとgrowth coneを比べると前者で著しくcortactinの脱リン酸化が進んでいることも分かった。さらにcortactinをノックダウンするとdystrophic endball形成を誘導できた。こうしてCS→PTPRσ→cortactin脱リン酸化→オートファジー中断→dystrophic endball形成→軸索再生阻害という機構が明らかになった(Sakamoto, 2019)(図 2)。

図2
図 2 糖鎖とオートファジーによる軸索再生の制御
神経傷害によってCSPGが出現すると、CS→PTPRσ単量体化→cortactin脱リン酸化→アクチン重合不全→autophagosome-lysosome融合阻害→dystrophic endball形成→軸索再生阻害と進む。

3. CSとHSのパラドックス

ここでもう一つの謎がある。CSとHSのパラドックスである。PTPRσ、LARはCSだけではなく、へパラン硫酸(HS)とも結合する(Aricescu, 2002; Fox, 2005; Johnson, 2006; Shen, 2009)。しかもCSとHSはこれら受容体の同じ部位に結合する(Shen, 2009 Coles, 2011)。にもかかわらず、CSは軸索再生を阻害する(Snow, 1990; Moon, 2001; Bradbury, 2002)が、HSは再生を促進する(Kantor, 2004; Hill, 2012)(図 3)。これらの知見と合致して、CSとHSの生合成の分岐点となる酵素chondroitin sulfate N-acetylgalactosaminyltransferase-1をノックアウトするとCSが無くなりHSが増えるが、そのようなマウスにはCS分解単独よりもよく強力に軸索再生、神経機能回復がもたらされる(Takeuchi, 2013)。このCS/HSパラドックスの謎を解くヒントとして、PTPRσが分子スイッチとして働く仮説が提唱された(Coles, 2011)。HSはPTPRσのオリゴマー化を起こしその酵素活性をOFFにする一方、CSが単量体化によりONにするというものである。ただ、何故、どんな機構でそのようなことが起こるのかは不明であった。

天然のCS、HSには様々な硫酸化パターンが存在し、それぞれに特有の機能を発揮すると考えられる。CSはガラクトースとN-アセチルガラクトサミンの2糖繰り返しに硫酸が付加した構造であるが、中でもN-アセチルガラクトサミンのC4位と6位の両方が硫酸化された構造をEユニット(CS-E)と呼ぶ。これは大脳では3%程度しかない稀なものである。CSの全長を仮に2糖単位で100あるとするとCS-Eが連続する4糖が存在しても一本のCS鎖に一か所程度と予想される。このCS-EがCSの中で唯一PTPRσと高い親和性を示した。しかも4糖CS-EはPTPRσを単量体化してそのフォスファターゼ活性をONにした(図 4)。一方、HSの場合、硫酸化がないとPTPRσと結合しないが、ほとんどの硫酸化パターンは親和性を示す。大脳では約50%のHSが硫酸化を受けていることからPTPRσと結合するHSの長さは十分に長いことが予想される。4糖の硫酸化HSは4糖CS-EよりもPTPRσへの親和性が低く、8糖になると同等の親和性を示すことも分かった。実際、8糖HSはPTPRσを多量体化し、その酵素活性をOFFにした(図 4)。

以上をまとめると、初期の状態では神経軸索膜上のHSPGはPTPRσを多量体化するため、オートファジーが無理なく進行する。ところが傷害によってCSPGが出現するとそのCS鎖中の短いストレッチ(CS-Eがメインと思われる)がPTPRσを単量体化する。これが引き金となり、cortactinの脱リン酸化、アクチン重合不全、autophagosome-lysosome融合阻害、dystrophic endball形成、軸索再生阻害と進む(図 2)。

図3
図 3 CSとHSのパラドックス
PTPRσは同じ結合ドメインを介してCSおよびHSと結合する。にもかかわらず、CSは軸索再生を阻害し、HSは再生を促進する。
図4
図 4 CSとHSの糖鎖暗号
中枢神経CSにわずかしかないCS-EはCS鎖の中で短いストレッチを作り、これがPTPRσと結合するためPTPRσは単量体となる。一方、HSは硫酸化があればPTPRσと結合するため、HS鎖内には長い結合部位ができやすい。従ってPTPRσは多量体となる。

4. 軸索再生阻害機構の意味するもの

軸索再生阻害機構を知ることは、その課題を克服することによって神経傷害を治療する夢を実現させることに繋がる。実際にCS分解酵素やPTPRσ の阻害薬など多くの介入法が試されつつある(Lang, 2015; Warren, 2018)。中でもSilverのグループは横隔膜麻痺を伴うような高位脊髄損傷の慢性期のCS分解酵素コンドロイチナーゼABCの一回投与で麻痺を改善できると報告した(Warren, 2018)。この報告はこれまでのCSに関する研究の集大成ともいえるもので、脊髄損傷慢性期の治療の可能性を広げた意義も大きい。

一方、CS-PTPRσの研究から得られた知見は生理的にも重要である。例えば、タンパク質分解酵素の分泌は軸索再生に必要な細胞外マトリックス分解に重要だが、この分泌はcortactinに依存する(Clark, 2007)。この事実は、軸索再生阻害の場面でcortactinが脱リン酸化によって不活性化される現象と理論的に合致している。加えて、Tranらはその総説の中で興味深い考察をしている(Tran, 2020)。すなわち、軸索伸長は無制限に起きるのではなく、標的のニューロン樹状突起とシナプスを形成するためにそこに近づくと伸長が止まり留まる必要がある。CSPGはニューロンからも分泌されるため樹状突起周辺では、まさにCSとPTPRσの軸が働く可能性がある。さらに軸索先端のPTPRσは樹状突起側のTrkC、NGL-3、NT-3などと結合し(Coles, 2014; Naito, 2017)、シナプス形成に重要な役割を果たすと考えられる。すなわち、CSとPTPRσの軸は、軸索再生阻害という病理的な側面からのみ捉えるべきではなく、生理的機能を有している可能性がある(Tran, 2020)。

CSとPTPRσがもたらした軸索再生阻害機構はもう一つの観点からも重要である。それは軸索先端とオートファジーの連関である。正常なニューロンでは軸索の先端でオートファジーが始まり、autophagosome、autolysosomeが細胞体へ逆輸送されてオートファジー流が完成する(Wong, 2015)。従って軸索先端でこの流れが中断することによりdystrophic endball形成、軸索再生阻害が起きたという発見は、改めてニューロンにおけるオートファジーの重要性をハイライトしたことになる。この重要性は神経変性疾患にも適用できる。例えば家族性パーキンソン病でPINK1やParkinの遺伝子変異が見つかっているがこれはいずれもミトコンドリアのオートファジー(mitophagy)の重要なキナーゼとE3ユビキチンリガーゼである(Clark, 2006; Park, 2006; Yang, 2006)。このことと関連して、神経変性疾患ではニューロンの細胞死に先んじてシナプス変性が起こるというコンセプトが一般的に受け入れられている。神経変性のシナプス変性に伴ってautophagosomeの貯留がある。このような現象とCS-PTPRσの軸がどこまで重なるのか。興味深い視点の一つである。


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