氏名:平野 英司
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 修士修了
2023年横浜国立大学卒業、2025年東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻修士課程修了。大学院時代は埼玉県和光市の理化学研究所にて超分子プラスチックの開拓に従事し、その業績に対して理化学研究所より梅峰賞を授与された。
氏名:相田 卓三
東京大学 卓越教授
1979年横浜国立大学卒業、1984年東京大学大学院工学研究科博士課程修了。東京大学大学院工学系研究科助手、助教授を経て、1996年より教授。2022年より現職。2000年にERATOプロジェクトリーダー(~2005年)、2009年から理化学研究所でもグループを運営。水から作るプラスチックや自己修復ガラスなど革新的なソフトマテリアルの研究を行い、紫綬褒章、日本学士院賞など多数の賞を受賞。オランダ王立芸術科学アカデミー海外メンバー(2020~)に選出。さらに、全米工学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミーの国際会員であり、花王エグゼクティブフェローも務めている。
廃プラスチックが深刻な環境破壊を引き起こしており、地球温暖化への警笛が鳴らされている。この問題の解決を握ると期待されているのが超分子ポリマーである。我々は、共有結合でできた従来のポリマーでは実現できない魅力的な固体物性を有する「SDGs時代に活躍する真に革新的なポリマー材料」の開拓を目指している。ここでは、破格の力学強度を有していながら、環境中の電解質に応答し、原料まで分解される超分子プラスチックについて紹介する。
現代社会において、プラスチックは生活のあらゆる場面で不可欠な材料である。プラスチックは、重合反応によって多数のモノマーが共有結合で連結された高分子(ポリマー)から構成されており、そのほとんどは化石資源を原料として合成されている。 しかし、使用後に廃棄されるプラスチックは自然環境中では分解されず、風化により直径5 mm以下の微細な粒子(マイクロプラスチック)となり、地球環境や生態系に深刻な影響を及ぼす1。 最近、環境中のマイクロプラスチックが生態系のみならず人体にも蓄積することが報告されている2。 食品、水、空気を介して体内に取り込まれたマイクロプラスチックは血流を介して全身へ運ばれ、脳内にも到達することが確認されており、健康への影響が懸念されている。
このように、マイクロプラスチックの蓄積が環境だけでなく人体にも及ぶことが明らかになりはじめた今、プラスチックの在り方そのものを見直す必要がある。 そこで注目されるのが超分子ポリマーである3-5。 化石資源由来のポリマーは、最小単位であるモノマーが永久の結合で繋がっているが、超分子ポリマーは、モノマーが非共有結合で繋がっているため、外部刺激に応じて容易にモノマーに解離しえる。この特性を活かすことで、従来のプラスチックのような恒久的な廃棄物を生じることなく、再利用やリサイクルが可能となる。 しかしながら、超分子ポリマーはその可逆性ゆえに、通常はゴムのような柔軟な材料にとどまり、プラスチックの代替材料にはなり得ないと考えられてきた。
本研究では、この固定概念に対し、超分子ポリマーの可逆性を制御することで、非共有結合を利用しながらも高い力学特性を有する超分子プラスチックを開発した6。 具体的には、グアニジニウム塩と汎用無機塩や多糖類を組み合わせ(図 1)、液–液相分離(LLPS)を介した脱塩を利用することで、モノマーへの可逆的な解離を抑制し、強固なネットワーク構造を構築した。 この新しい超分子イオン重合により、従来の超分子ポリマーとは一線を画する機械特性を発現させることに成功した。 さらに、多糖類の導入による機械特性のチューニングや3Dプリンターのインクとしての応用可能性も示した。最後に、私たちは改めて自問すべきであろう。次世代にどのような地球環境を残すのか。未来の子どもたちに美しい地球を引き渡すことは、現代を生きる私たち全員に課せられた責務である。本研究が示す新しい超分子プラスチックの概念は、その実現に向けた小さくも重要な一歩となる。

本研究では、新しい超分子ポリマーの重合方法である「超分子イオン重合」を提案する(図 2)。これは水中で正負の荷電を有する二種類のイオン性モノマーを組み合わせ、イオン性相互作用によって超分子ポリマーネットワークを形成するものである。では、いかにして可逆的相互作用から、強靭なプラスチック材料へと転換できるのだろうか。その鍵を握るのが「塩橋」と「液–液相分離(LLPS)」である。
塩橋とは、水素結合によって強化された静電相互作用であり、水系溶媒中で働く最も強力な非共有結合の一つである7-9。本研究では、塩橋を形成可能であり、かつ生化学的な物質代謝を受ける二種類の化合物を着目した。 一つ目は、食品添加物や土壌調整剤として広く使用されるヘキサメタリン酸ナトリウム(SHMP)である10-12。 二つ目は天然アミン化合物から1ステップで合成可能な硫酸グアニジニウム塩モノマーである13。
これらのイオン性モノマーを水中で混合すると、モノマー同士が塩橋相互作用によって結びつき、多価の架橋構造体が形成される。同時に液–液相分離(LLPS)が誘起される。結果的に、架橋構造体は濃厚相(下層)を形成して水相から分離し、一方、各モノマーが保持していた無機の対イオンは水相(上層)に留まる。この脱塩過程は極めて重要である。 なぜなら、対イオンはまるで「鍵」のように機能し、濃厚相と分離することで超分子ポリマーが再びモノマーへと戻る経路が遮断されるからである。 結果として、通常は可逆的である非共有結合形成プロセスが事実上“施錠”され、安定かつ強固な超分子ネットワークが形成される。これにより、従来の超分子ポリマーでは実現困難であった破格の力学特性が発現する。事実、濃厚相を乾燥させて得られる無色透明な非晶質材料(超分子プラスチック:SPs)は、ヤング率(材料の剛性を示す値)17 GPaと極めて高い値を示し、これは一般的な汎用プラスチック(約2 GPa程度)を大きく凌駕する14。
さらに、この“施錠”は外部環境から電解質を加えることにより解除が可能である。たとえば、海水環境においてイオンが供給されると、架橋構造は解放され、モノマー単位にまで解離する。その結果、この材料は環境中に長期間残存することなく、生分解的に消失する。つまり、超分子プラスチックは「マイクロプラスチックを生み出さない材料」といえる。
以上のように、我々は、塩橋とLLPSを組み合わせることで、従来の超分子ポリマーが持つ可逆性を抑制し、強靭さと分解性を兼ね備えた全く新しい材料である超分子プラスチックを実現した。

次に、LLPSを用いた超分子プラスチックの重合を、オキシアニオン成分として天然化合物である多糖類に拡張した。 ヘキサメタリン酸ナトリウム(SHMP)をモノマーとして用いた超分子プラスチック(SPs)は、高いヤング率を示す一方で、引張強度が低いという課題を抱えていた。これは実用化における問題となり得る。
そこで本節では、多糖類を導入することで超分子プラスチックの引張強度の向上を図った。多糖類は自然界に豊富に存在する天然高分子であり、一般に高い生体適合性と生分解性を併せ持つ。さらに、単糖類が繰り返し構造を形成する多糖類は、その由来に応じて多様な官能基を有し、グアニジニウム塩と塩橋を形成するものも存在する。これにより、超分子プラスチックの架橋密度や柔軟性を調整し、引張強度の向上が期待できる。
コンドロイチン硫酸(ChS)は、D–グルクロン酸ユニットとN–アセチル–D–グルコサミンが交互に繰り返される糖鎖に、硫酸基が結合した構造を持つ。 ChSのほとんどは、プロテオグリカンとして細胞外マトリックスや細胞表面に存在しており、関節痛を和らげる治療薬、点眼液、健康食品などに幅広く使用されている15。 ChSはその分子構造にアニオン性の硫酸基やカルボキシ基が存在し、グアニジニウム基と塩橋を形成することができる。そのため、生体適合性の高さから、超分子プラスチックの環境調和性を損なうことなく導入できることが期待できる。
実際に、水中でChSをグアニジニウム塩モノマーamineGu2と混合すると、アニオンモノマーとしてSHMPを用いた系と同様にLLPSが誘起され、超分子ポリマーを形成した。 LLPSによって得られた濃厚相を遠心分離によって単離し、透明な粘性液体であるコアセルベートを得た。
得られたコアセルベートを湿度コントロールチャンバーを用い、40 ºC、80 RH%下でキャスト法により乾燥させることで、無色透明な自立フィルムamineChSP2を得た。 さらに、架橋点を多く有するamineGu3を用いることで、より強度の高いamineChSP3を合成した。 得られたフィルムはどちらも指で曲げることができるほど柔軟であり、硬いガラス材料であるSPsとは対照的であった。 これは、多糖類の導入によって架橋密度が適切に調整されたことに加え、さらに多糖類の親水性によって材料内に適度な水分が保持され、フィルムの柔軟性が向上したことによると考えられる。 フィルムの引張試験による機械強度の評価では、amineChSP2およびamineChSP3はともに高い引張強度を示し、特にamineChSP3は93.6 ± 3.4 MPaと最も高い強度を示した。 さらにSPと共に汎用プラスチックの引張強度を比較したところ、amineChSP2およびamineChSP3は共に、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリメタクリル酸メチル(PMMA)などの汎用プラスチックの力学特性を凌駕していた。
LLPSによって得られたコアセルベートは適度な粘性を有するため、3Dプリンティングのインクとして用いることが可能である。 30 ºCのホットステージ上にコアセルベートをインクとして吐出することにより、マイクロメートルサイズの線状パターンから、円形構造、さらに複雑な猫の形状を形成することが可能であった。 この結果は超分子プラスチックの優れた加工性を示しており、異なるモノマーや多糖類を用いて粘度を適切に制御することで、プリント後の機械特性や形状安定性のさらなる向上が期待される。また、複雑な形状を有する柔軟デバイスや、バイオマテリアルとしての応用にも貢献できる可能性がある。

本研究で開発された超分子プラスチックは従来のプラスチックが引き起こす環境問題への重要な突破口となりうる。自然環境にて容易に解離・代謝され、再利用も容易な点から、持続可能な未来の実現への貢献が期待される。今後、超分子プラスチックの利用範囲を広げ、他の多糖類などの自然素材との組み合わせを進めることで、日常生活から産業まで、環境負荷を軽減するさまざまなプラスチック製品の実用化が期待される。本研究は、共有結合からなる従来のポリマー(固体)と非共有結合からなる超分子ポリマー(液体)の間のギャップを埋め、固体超分子ポリマーの構造、物性、ダイナミクスの相関に理論的指針を与える新しい流れを構築する。