Oct 01, 2024

HPLCを用いた糖鎖合成の自動化
(Glycoforum. 2023 Vol.27 (5), A20)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.27A20J

Alexei V. Demchenko / 翻訳:藤川 紘樹

Alexei V. Demchenko

氏名:Alexei V. Demchenko
Alexei V. Demchenko教授は、ロシアのメンデレーエフ化学技術大学で化学工学の修士号を取得(1988年)した後、モスクワのゼリンスキー有機化学研究所の故Kochetkov教授の研究室に加わった。1993年、グリコシル化のためのチオシアン酸法の開発でロシア科学アカデミーから有機化学の博士号を授与された。Kochetkov教授のもとで2年間ポスドクを務めた後、BBSRC博士研究員としてバーミンガム大学(英国)のBoons教授のグループに参加。1998年、ジョージア大学 複合糖質研究センター(米国)にリサーチ・アソシエイトとして移籍。2001年、ミズーリ大学セントルイス校に助教として着任し、2007年に准教授、2011年に教授に昇進した。2014年には、化学・生化学のキュレーター特別教授に任命された。2021年、セントルイス大学の教授兼学科長に就任した。

1. 要旨

糖質科学分野における研究開発の急速な進展により、迅速かつ効率的で、簡便な糖鎖合成手法の開発が求められている。糖鎖合成の高速液体クロマトグラフを用いた自動化(HPLC-A)は、専門家か否かに関わらず、入手しやすい原料を用いて、誰もが利用できる特性から、この需要に応えるものとして期待される。現在の糖鎖合成法は、非常に洗練されているがゆえに、操作も複雑である。対照的に、HPLC-Aは、多くの科学者がすでにHPLCを使用できる状況にあるため、非常に利用しやすい手法となる。自動合成では、標準的なHPLCシステムを用いてすべての試薬を供給することにより、操作が簡便になるだけでなく、すべてのステップの反応をリアルタイムでモニターできる点も特長となる。

キーワード:自動化、ビルディングブロック、化学合成、グリコシル化、HPLC、オリゴ糖、固相合成

2. 生と死に関わる分子としての糖質

糖質は、受精、栄養の供給、関節の潤滑、細胞成長、抗原決定、抗炎症、免疫反応など、多くの基本的なプロセスに関与していることから、「生命の必須分子1」として知られている(Scheme 12,3。グライコバイオロジー4,5、グライコミクス6,7、グライコプロテオミクス8,9の爆発的な発展は、癌、エイズ、肺炎、敗血症、糖尿病、マラリアなど、あらゆる主要な疾患への糖の関与により「死に関わる分子」としての糖質の役割を明らかにしつつある。高純度の糖鎖を得るための新たな手法と利用しやすい技術の開発が、本論文の核心である。

図1
Scheme 1. 生と死を司る分子としての糖鎖

3. グリコシドとオリゴ糖の化学合成

糖鎖は、O-グリコシド結合を介して結合した単糖(ビルディングブロック)から構成される10。この結合は、糖供与体(ドナー)のアノマー位の脱離基と糖受容体(アクセプター)のヒドロキシ基との置換反応であるグリコシル化によって得られる。現在の理解では、一般的なグリコシル化は、典型的なSN1反応から典型的なSN2反応に至る一連の機構のある位置で説明される11-13。合成の著しい進歩により、現在では多くのグリコシド結合が、歴史的な手法や最近の優れた発明を用いて構築することができる。しかしながら、グリコシル化は依然として挑戦的であり、(反応速度が)速く、完全な変換率、完璧な立体選択性、最小限の副反応で進行し、幅広い基質に適用可能な反応は稀である。

オリゴ糖合成は、各グリコシル化反応の間に付加的な保護基および/または脱離基の変換を必要とするが、これらは高度な戦略を用いることで迅速化できる。糖鎖合成を効率的に進める迅速化戦略は、脱離基の(化学)選択的な活性化に基づいている14,15。Fraser-Reidのアームド-ディスアームド法16,17、Danishefsky18、Roy19、Boons20らによるアクティブ-ラテント法、小川、伊藤らのオルソゴナル法21,22、Leyのチューナブル法23,24、Wongのプログラマブル法25,26、Huangのプレアクティベーション法27-29などがその例である。我々もまた、一時的デアクティベーション法30,31、逆(の立体を与える)アームド-ディスアームド戦略32、スーパーアームド-ディスアームド糖におけるO-2/O-5協調的効果33-36、糖鎖担持基盤を用いた固相合成法(STICS)37、チオイミデート基のみを用いるオルソゴナル戦略38,39、リバースオルソゴナル戦略40,41を含むいくつかの糖鎖合成法を報告してきた。糖質科学の革新を加速していくことが期待されるが、いずれの戦略も、糖鎖合成を専門としない研究室で実施するには、ハードルが存在する。

4. 固相および液相合成の自動化

ポリマー担体上での糖鎖の固相合成も、グリコシル化-脱保護のステップを繰り返すことになるが、従来の反応処理や中間体の精製の手間を省くことができる。固相合成のもう一つの強みは、自動化への適応性が高いことである。21世紀の急速な変化に伴い、研究開発においても新たな挑戦が報告されている。2001年、Seebergerがペプチド合成装置を糖鎖合成に応用することで著しい改良が達成された42。2012年、Seebergerは「初の完全自動化固相オリゴ糖合成装置」43を報告し、この合成装置はその後Glyconeer 2.144として製品化され、さらに最近ではGlyconeer 3.1として商品化された。また、我々も2012年にHPLCを用いた固相合成の自動化(HPLC-A)を報告した45。ごく最近、Hsieh-WilsonとHuangは、ヘパラン硫酸ライブラリーの自動固相合成を報告した46,47。液相反応の糖鎖合成を自動化する取り組みは、高橋48,49、Pohl50,51、野上52-54によって報告されている。最近、Yeらが見事に1,080-merの糖鎖の自動合成を報告した55。これらのアプローチは、まだ比較的新しいが、Wong56,57、Chen58-60、Wang61,62、Boons63によって開発されてきた自動酵素合成に代わる実践的な方法になるかもしれない。糖質科学の技術革新と実用化を促進するためには、信頼性や汎用性が高い糖鎖合成手法を多くの研究者が利用できることが不可欠である。この論文では、HPLC-Aの初期改良を可能にした発明と主要なステップについて述べる。

HPLC-A開発の概要は、標準的なHPLCとコンピューターを組み合わせることにより、自動合成の手順を記録できるというものである。我々の固相合成に向けた初期設計(A世代)では、糖アクセプターを固定化した樹脂をオムニフィットカラムに充填し、HPLC流路内に設置した。すべての反応物と試薬はHPLCポンプの吸入ラインから供給した。グリコシル化は、イミデートドナーとTMSOTfをあらかじめ混ぜたものを再循環させて行った。望む回数のグリコシル化とFmoc基の脱保護を繰り返した後、糖鎖を樹脂から切り出した。このA世代の HPLC-A合成では、作業の利便性、UV検出器による反応モニタリング、合成時間の短縮が実現されたものの、半手動であった45

2016年、我々はB世代の HPLC-Aを開発した。この装置では、活性化剤(TMSOTf)を再現性よく注入するために一般的なオートサンプラーを導入し、最適な固相担体としてJandaJel樹脂を採用した64,65。初期の設計を進化させるべくB世代ではHPLCのオートサンプラーがHPLC-Aシステムに導入された。しかし、このB世代の HPLC-A合成装置は、反応、排出、回収モードの切り替えにオペレーターが必要であったため、半手動のままであった。

続いて、我々は、システムの性能向上、完全自動化を目的として、二方向切り替え弁を搭載したC世代の HPLC-A合成装置を報告した66。プログラム化可能な二方向切り替え弁により、排出モードと生成物回収モードの自動切り替えが可能となった。この装置には、HPLC-A合成のすべての段階に必要な全試薬と全糖ドナーを供給するようにプログラムされたオートサンプラーも追加された(Scheme 2)。一度ボタンを押すだけで、4回のグリコシル化/脱保護サイクル、樹脂からの切り出し、生成物回収からなる一連の操作が実行された。すべての糖ドナーと試薬はオートサンプラーから供給され、ポンプからは標準的なACS規格の溶媒が供給された。また、ビーズやモノリス(多孔質体)として作製可能な固相合成用の担体として、PanzaGel樹脂を開発した67

図2
Scheme 2. ポリマー担体上での全自動HPLC-A合成

予期せぬ近年のパンデミックにより、我々社会の不備が明らかとなったが、一方で、ソーシャルディスタンスを確保する労働時間の短縮や時間差就業下においても、1プッシュで、多くの化合物を合成し、高い生産性を維持するのに、HPLC-Aがどのように活用できるのかを実証する機会となった68。HPLC-Aの利点を最大限発揮するために、液相合成を選択するとともに、フラクションコレクターをシステムに追加した(Scheme 3)。廃棄モードと回収モードのそれぞれの再循環を可能にするため、四方向切り替え弁を導入した。ポンプラインAは、グリコシル化と洗浄に必要なジクロロメタン(DCM)の送液に使用した。ポンプラインDは再循環専用で、オートサンプラーによりすべての試薬を注入した。カラムは乾燥したモレキュラーシーブを流路内に設置するために使用した。プログラム化されたソフトウエアを用いて、ランダムに選択された糖ドナーと糖アクセプターの組み合わせの中から6種類の二糖および三糖を12時間で、自動合成することができた68。また、HPLC-A合成が、高校生であっても正確に再現できることを示した。

図3
Scheme 3. 溶液中で複数の化合物を連続合成する全自動HPLC-A

しかし、我々はまだ、市販の原料から出発する糖鎖合成と精製のすべての段階を自動化できたわけではない。ビルディングブロックの合成、グリコシル化、精製を完全に自動化するために、HPLC-Aと反応器を用いる合成を組み合わせた69。 HPLCは各構成装置から成り立っているため、機器を接続するだけで、簡便に機能の拡張が実現できる。我々の新しい装置は、上流(反応回路)と下流(分離回路)操作で構成されている(Scheme 4)。反応回路には、オートサンプラー、クォータナリポンプ、および反応器を設置した。反応器は撹拌機、排出口を備え、加熱または冷却することができる。オートサンプラーは、必要なすべての試薬を反応器に送るようにプログラムされ、反応混合物は手動合成と同じ時間撹拌された。

図4
Scheme 4. 反応器を用いる合成とクロマトグラフィー精製を行う全自動HPLC-A

分離操作回路には、クォータナリポンプ、使い捨てフラッシュクロマトグラフィーカートリッジ、UV検出器、フラクションコレクターを設置した(Scheme 4)。反応器からクロマトグラフィーカラムへの反応混合物の移送を制御するために、近接センサー、光学センサー、電磁弁を操作するプログラム化可能な制御装置(PLC)を導入した。自動化ラインの最後に、クロマトグラフィー分離とフラクション収集が行われる。反応回路と分離回路は二方向切替弁で切り替えられ、それぞれの回路にそれぞれのポンプを使用することができる。

5. 結論と展望

総説では、完全に自動化されたHPLC-A合成装置に向けた取り組みを紹介した。我々は、完全に自動化された装置を用いて、合成操作全体をコンピュータープログラムとして記録・保存することができた。HPLC-A合成装置の操作性に改良が重ねられ、様々な糖鎖類縁体の合成に対して、どの程度適応できるのかを検討する段階にきている。自動化された合成は、確かな成果を得るための厳密な実験操作を保証し、いかなる変動要因も排除することができる。標準的なACS規格の溶媒を用いることで、鍵化合物の確認と実験の再現性が保証される。記録された合成操作は、HPLCを使用できる人なら合成の専門知識を持たない人であっても、どこでも正確に再現することができる。得られた知見は、標準的なHPLCを利用でき、自身の研究のために糖鎖やその他の生体分子を創り出すことに興味を持つ学術界、政府機関、産業界の科学者に役立つであろう。

もし、あなたが我々の仕事に触発され、自動化プラットフォームに興味を持ったら、どうすればよいだろう?最近のアジレント HPLCシステムをお持ちであれば、私たちの技術をお使いのシステムに適応させるために必要なものは全て揃っている。我々は主にガラス製のオムニフィットカラムを使用しているが、互換性のあるクロマトグラフィーカラムであれば何でも使用できる。興味のある反応をすでに行ったことがある場合、基本的なパラメータのシーケンスはすでにコンピュータープログラムとして記録されている。このプログラムを共有し、あなたのシステムにロードすれば、自動化の準備は整う。もし気が変わったら?システムはいつでもクロマトグラフィー分離装置へと戻すことができる。アジレントHPLCシステムを持っていない場合はどうすればよいだろう?もちろん、我々の一般的なガイドラインとパラメータに従って、あるいは独自のシーケンスを開発して、専用の操作プログラムを作成することができる。または、最近のほとんどの機種とアジレントソフトウェアを接続することもできるが、その場合はご使用のHPLCメーカーからアドオンユニットを追加する必要がある。

藤川 紘樹

訳者:藤川 紘樹
藤川 紘樹は、2005年に岐阜大学農学部を卒業後、岐阜大学大学院連合農学研究科に進学し、木曽真先生、石田秀治先生、安藤弘宗先生の指導の下、2010年に博士(農学)の学位を取得した。2010–2012年には、米ミズーリ大学セントルイス校のAlexei V. Demchenko先生に師事し、博士研究員として2年間の研鑽を積んだ。その後、2012-2015年には、JST ERATO 伊藤グライコトリロジープロジェクト(研究総括:伊藤幸成先生)に博士研究員として参画した。2015年から、公益財団法人サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所の研究員となり、現在に至る。


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