Feb 01, 2023

ヘパラン硫酸を介した細胞表面へのウイルス粒子の吸着
(Glycoforum. 2022 Vol.26 (1), A3)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.26A3J

佐藤 好隆

佐藤 好隆

氏名:佐藤 好隆
名古屋大学大学院医学系研究科ウイルス学 准教授
2004年 名古屋大学工学部卒業。2013年 神戸大学医学部(編入学)卒業。2013年 名古屋大学大学院医学系研究科博士課程短縮修了。名古屋大学医学部附属病院初期研修医を経て、2015年名古屋大学大学院医学系研究科助教、2020年同講師、2022年4月より現職。2019年よりJSTさきがけ研究者兼任。Epstein-Barrウイルスを中心に、ウイルス感染細胞の多様な運命について研究している。

1. 序文

ウイルス感染は、ウイルスエンベロープ上の糖タンパク質を介して、標的細胞表面にウイルスが吸着することから始まる。この感染の第一ステップであるウイルス粒子の細胞表面への吸着には糖鎖が関与する。本稿では、我々のグループが実施した単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の感染に関わる宿主因子のCRISPRスクリーニングの結果1を中心に、ヘパラン硫酸を介した細胞表面へのウイルス粒子の吸着について概説したい。

2. HSV-1感染に関わる宿主因子の探索

単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、口唇ヘルペスや性器ヘルペスから重篤な脳炎などの多彩な疾患の原因となり、免疫状態に関わらず臨床で問題となるウイルスである。成人の抗体陽性率は70%以上とされ、ヒトに広く浸淫している病原体のひとつである。HSV-1の特徴の一つに幅広い細胞指向性(HSV-1は多くの細胞に感染可能)があり、HSV-1に感染した細胞は、ウイルスの増殖に伴って細胞変性効果を来たし、やがて細胞死が誘導される。この性質を利用して、HSV-1の感染に関わる宿主因子を網羅的に同定するため、CRISPRスクリーニングを実施した1

本スクリーニングでは、約19,000個の遺伝子と2,000個のmiRNAを網羅するノックアウトライブラリーを樹立し、樹立したライブラリーにHSV-1を感染させ、感染に抵抗性を呈した細胞を回収し、sgRNAを次世代シーケンスにて解析することで、HSV-1宿主因子の同定を試みた(Fig. 1A)。そして、HSV-1の感染に必須とされるウイルス受容体をコードする遺伝子NECTIN1を含む、11個の遺伝子と1つのmiRNAを、HSV-1宿主因子として単離した。バリデーションの結果、NECTIN1やヘパラン硫酸の生合成を担うXYLT2およびEXT2などに加えて、哺乳類で唯一の硫酸基供与体となる3'-ホスホアデノシン-5'-ホスホ硫酸 (PAPS) の合成酵素をコードする遺伝子3'-Phosphoadenosine 5'-Phosphosulfate Synthase 1(PAPSS1)のノックアウト(KO)により、HSV-1感染への高い抵抗性を示すことを確認し、PAPSS1を新規のHSV-1宿主因子として見出した(Fig. 1B)。

我々のCRISPRスクリーニングにより同定したHSV-1宿主因子の多くがヘパラン硫酸の生合成に関わっており、ヘパラン硫酸の生合成では硫酸転移酵素による糖の硫酸化プロセスがあるため、PAPSS1がヘパラン硫酸の生合成に関わる可能性を第一に考えた。実際に、PAPSS1のKOで細胞表面のヘパラン硫酸の顕著な発現量の低下を認め(Fig. 1C)、ヘパラン硫酸糖鎖の二糖解析でも同様の結果を得たことから、PAPSS1が糖鎖の硫酸化に関与し、ヘパラン硫酸の生合成に重要な因子であることが示された。また、HSV-1の細胞表面への吸着もPAPSS1-KO細胞では100-1,000倍ほど低下しており(Fig. 1D)、PAPSS1がヘパラン硫酸の生合成に寄与することでウイルスの効率的な細胞への吸着を補助していると考える1

図1
Fig. 1 HSV-1の感染に関わる宿主因子のCRISPRスクリーニング
(A)CRISPRスクリーニングの概略
(B)HSV-1宿主因子の候補リスト
(C)PAPSS1-KOによる細胞表面のヘパラン硫酸量の低下
 各細胞を抗ヘパリン抗体で免疫蛍光染色し、FACSにて細胞表面のヘパラン硫酸量を比較した。
(D)PAPSS1-KOによる細胞表面へのHSV-1粒子の吸着低下
 各細胞とHSV-1(MOI=50)を4度で1時間インキュベートした。PBSで未吸着のウイルス粒子を洗浄除去した後に、細胞表面に吸着しているウイルスからゲノムDNAを抽出し、qPCRにて定量比較した。*, p<0.05。
(Suzuki et al., Commun Biol, 2022より一部改変)

3. ヘパラン硫酸とHSV-1粒子の相互作用

ヘパラン硫酸を介したHSV-1の標的細胞表面への吸着は1980年台から報告があり2、ウイルスの糖タンパク質gBとgCがヘパラン硫酸に結合することもわかっている3。このgBとgCによるヘパラン硫酸との結合は、ウイルス粒子の細胞表面への結合には関与するが、ウイルス粒子の細胞内への侵入には関与しない。HSV-1の細胞内への侵入には、糖タンパク質gDがエントリーレセプターと結合し、ウイルスのエンベロープと宿主細胞膜との膜融合が生じる必要がある。このエントリーレセプターの一つとして、NECTIN-1およびNECTIN-24, HVEM(Herpesvirus entry mediator)5の他に、3-O-硫酸化ヘパラン硫酸が同定されている6。興味深いことに、7つあるヒトの3-O-硫酸基転移酵素(3-OSTs)の内、3-OST-1を除いた、6つの3-OSTs(3-OST-2, 3-OST-3A, 3-OST-3B, 3-OST-4, 3-OST-5および3-OST-6)によって硫酸化された3-O-硫酸化ヘパラン硫酸がgDと相互作用し、エントリーレセプターとして機能する6。なぜ3-OST-1による3-O-硫酸化ヘパラン硫酸がエントリーレセプターとなり得ないかは未だ明らかとなっていないが、複数の硫酸基転移酵素が相互に活性を共有し、より複雑な硫酸化パターンを有する糖鎖を形成することで、別の機能ドメインとして働くことは想像に難くない。このような酵素の機能重複性は、我々が上述したスクリーニングで実施した機能欠損型のCRISPRスクリーニングの弱点でもあり、OSTsをHSV-1宿主因子として単離することは出来ていない。このような酵素を単離するには、機能獲得型のスクリーニングを実施する必要がある。実際に、gDのレセプターとして3-O-硫酸化ヘパラン硫酸が同定された際にはORF発現ライブラリーが使用された。よって、CRISPRaによる機能獲得型スクリーニングを有効活用することで、ウイルス粒子と糖鎖の関係性をより深く解明できる可能性がある。

4. ヘパラン硫酸を介したウイルス粒子の標的細胞への結合

HSV-1以外にも、ヒト免疫不全ウイルス7、B型肝炎ウイルス8、デングウイルス9、ヒトパピローマウイルス10、風邪コロナウイルス11、ワクシニアウイルス12およびラッサウイルス13など多種多様なウイルス粒子がヘパラン硫酸と相互作用するという報告があり、ウイルス粒子の表面を構成するウイルスタンパク質の有する正電荷とヘパラン硫酸の負電荷の静電相互作用が、ウイルス粒子の細胞表面への吸着に関わると考えられている14,15Fig. 2)。

2019年12月に中国 武漢市で患者が確認され、世界的パンデミックとなった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2も標的細胞表面への結合にヘパラン硫酸を利用する11,16。SARS-CoV-2は、エンベロープに存在するSpikeタンパク質(Sタンパク質)が細胞膜に存在するACE2受容体に結合し、細胞内へ侵入するが、このときにSタンパク質はヘパラン硫酸とも結合し、ACE2受容体との結合を増強する16

図2
Fig. 2 ヘパラン硫酸の負電荷と正に帯電したウイルス粒子との相互作用

5. おわりに

ヘパラン硫酸は細胞表面に豊富に存在するため、ウイルスがこれを標的細胞への吸着への足場として利用するのは合目的と考えられる。一方で、ヘパラン硫酸の構造は、細胞種や個人、年齢などによって変化し、多様な構造が存在することが知られている17-20。このヘパラン硫酸の構造多様性が、ウイルスの感染指向性や細胞の感染感受性を規定している可能性も考えられるため、ウイルス粒子とヘパラン硫酸との相互作用のより深い解析から、多様なヘパラン硫酸の理解に繋がる可能性があることは興味深い。

謝辞

本稿で紹介したHSV-1宿主因子のスクリーニングは、名古屋大学大学院医学系研究科ウイルス学教室(木村宏教授)の鈴木健史博士(当時・大学院生)と名古屋市立大学の奥野友介博士、神戸薬科大学の北川裕之博士らとの共同研究で、KAKENHI (JP16H06231, JP19H04829, JP21K15448, JP20K06551, JP20H03386, JP20H03493)、JST (JPMJPR19H5)、AMED 新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)(JP21wm035042, JP20wm0325012)などの支援のもとで行われました。


References

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