Jan 01, 2022

化学的糖鎖挿入法が拓く新たな糖タンパク質精密合成法
(Glycoforum. 2022 Vol.25 (1), A2)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.25A2J

野村 幸汰

*本研究成果はすべて、2021年関西グライコサイエンスフォーラム(最優秀講演賞受賞)及び我々の研究グループが2021年に発表した研究成果(J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 10157)1に基づくものである。
野村 幸汰

氏名:野村 幸汰
大阪大学理学研究科化学専攻 博士後期課程3年
2018年大阪大学理学部化学科卒業、2019年大阪大学理学研究科化学専攻修士課程修了、2022年同博士後期課程修了予定(指導教員:梶原康宏 教授)。2020年4月より日本学術振興会・特別研究員(DC1)。楠本賞(2018)、第101回日本化学会春季年会学生講演賞(2021)、 第21回関西グライコサイエンスフォーラム最優秀講演賞(2021)、第40回日本糖質学会優秀講演賞(2021)、第12回大津会議アワードフェロー(2021)。研究分野:有機合成化学、生化学。糖鎖やペプチド鎖の有機合成をツールとして、生命鎖が未だ有する未解明な問題に切り込んでいきたいと考えております。

序文

糖タンパク質の多様な糖鎖構造から生じる生物学的プロセスを理解するためには、糖鎖構造が均一な合成糖タンパク質を基質として用いた解析が有効である。我々は、より迅速な糖タンパク質合成法の確立を目的とし、分子内アシル基転位を高度に制御した新規アミド結合形成反応の開発を行った。結果、糖鎖結合アスパラギン及びペプチドを化学選択的に縮合させ、ペプチドへの収斂的な糖鎖ビルディングブロックの導入を可能とするジアシルジスルフィドカップリング(DDC)を開発することに成功した。またDDCを用いて、糖鎖を2つの無保護ペプチドの両末端に選択的に縮合させ、数ステップで糖タンパク質を合成する新規合成法を開発した。本稿では、我々が近年研究を進めている化学的糖鎖挿入法を用いた糖タンパク質合成の新たな展開について紹介したい。

1. はじめに

タンパク質の翻訳後修飾はタンパク質活性を調節する重要な因子である。近年の研究から翻訳後修飾によって広範な生物学的プロセスが制御されていることが判明されており、アルツハイマー症候群やパーキンソン症候群などの疾患の原因として盛んに研究されている2-5。このような翻訳後修飾タンパク質の中でも、タンパク質に糖鎖が結合した糖タンパク質は、最も広範に見られる翻訳後修飾の一つであり、細胞表層や分泌タンパク質の半数以上は糖タンパク質であると考えられている6Figure 1A, B)。糖鎖の種類としては、アスパラギン(Asn)に結合したN型糖鎖、及びセリン(Ser)/スレオニン(Thr)に結合したO型糖鎖が存在している7。生体内において、これらの糖鎖構造は非常に多様な構造を形成していることから、どのような糖鎖構造が生化学的に重要な働きをしているか特定することは困難である8-11Figure 1C)。

図1
Figure 1. (A) 糖タンパク質の構造、(B) 細胞表層の糖タンパク質、(C) 糖鎖構造の多様性

様々な糖鎖構造による糖タンパク質の活性を評価するため、現在までに多くの研究者らによって均一な糖鎖構造を有する糖タンパク質の化学合成が行われてきた6。代表的な合成法の一つがNative chemical ligation(NCL)12を用いた化学合成法である。糖タンパク質の化学合成では、最初にペプチド固相合成法(SPPS)13を用いて、合成した糖鎖アミノ酸誘導体1を、ペプチド鎖へ導入し(Figure 2A)、得られた糖ペプチド2を連続的なNCL反応を用いて他のペプチドセグメント3と連結することで、糖タンパク質全長5を構築する(Figure 2B)。

図2
Figure 2. (A) 固相合成法を用いた糖ペプチド2の合成、(B) NCLを用いた糖ペプチド及びその他のペプチドセグメントの連続的な連結反応

しかしながら、これらの糖ペプチド合成を経由した糖タンパク質合成法は、多ステップの反応を必要とするため、合成に非常に時間を要してしまうことに加え、貴重な糖鎖ビルディングブロックを合成工程の初期から使用するため、糖鎖のロスが大きいという問題点があった。

2. 糖鎖挿入ストラテジー

そこで我々のグループは新たな糖タンパク質の収斂的合成法として、糖鎖アスパラギンをチオアシッド体6として合成し、糖鎖アスパラギンチオアシッド6を二つのペプチド誘導体7,8の間に化学選択的に挿入する合成ストラテジーを開発することに成功した1Figure 3A)。官能基チオアシッド(COSH)はマイルドなアシル化剤として知られており14、我々の研究グループは以前よりチオアシッドを用いた化学選択的アミド化反応を開発してきた15,16。今回の糖鎖挿入ストラテジーでは、我々の新規に開発したDiacyl disulfide coupling(DDC)により、糖鎖アスパラギンチオアシッド6と側鎖無保護のペプチドチオアシッド7を穏和に酸化することで、ジアシルジスルフィド中間体10を経由した後、分子内アシル基転移反応が進行することで目的の糖ペプチドチオアシッド11が得られる(Figure 3B)。さらに得られた糖ペプチドチオアシッド11と後半のニトロピリジル(Npys)基を有した側鎖無保護のペプチド誘導体8をTamらによって開発されたThioacid capture ligation(TCL)17,18を用いて縮合することで、ジスルフィド中間体12を経由した後、糖タンパク質全長9がわずか2回の縮合反応で得ることが出来る(Figure 3C)。

図3
Figure 3. (A) 糖鎖挿入法の概略図、(B) Diacyl disulfide coupling(DDC)の反応機構、(C) Thioacid capture ligation(TCL)の反応機構

3. 糖鎖アスパラギンチオアシッドの合成

糖鎖アスパラギンチオアシッド6の合成は、鶏卵より単離したシアリルグリコペプチド(SGP)より既存のプロトコル19を利用してBoc保護糖鎖アスパラギン13を誘導化した後、トリチルチオールにより硫黄を導入し、得られた糖鎖アスパラギントリチルチオエステル体15の保護基を脱保護することで簡便に得ることが出来る(Scheme 1)。

Scheme 1. 糖鎖アスパラギンチオアシッド6の合成 Scheme 1

4. DDCの反応例

次に、合成した糖鎖アスパラギンチオアシッド6を用いたDDCの実際のモデル反応を示す。我々の反応開発において種々の検討を行った結果、糖鎖アスパラギンチオアシッド6及び無保護のペプチドチオアシッド16をDMSO溶媒において反応させることで、側鎖の官能基に影響することなく化学選択的にアミド結合が形成し目的の糖ペプチドチオアシッド18を生じることが判明した(Scheme 2)。またこの際、バリンのような嵩高いアミノ酸がペプチド末端に存在した場合でも3割程度の収率で反応が進行することを確認している。さらに、各種分析機器である液体クロマトグラフィー(LC)及び核磁気共鳴(NMR)の解析より、縮合反応におけるエピメリゼーションは進行しないことを確認した(Scheme 2)。

Scheme 2. DDCのモデル反応 Scheme 2

実際に今回開発した糖鎖挿入法を利用することで、我々はいくつかの生化学的に重要なサイトカインの合成を達成した。本稿では論文で報告した以下の二例について紹介する1(Figure4, 5)。

5. 糖タンパク質の合成例

我々は最初の合成ターゲットとしてC-C motif chemokine ligand 1(CCL1)24の合成を検討した。CCL1は細胞遊走を促すサイトカイン糖タンパク質であり、73残基のアミノ酸から形成される。また、29番目のAsnがコンプレックス型糖鎖を有している20,21。我々はCCL1を糖鎖アスパラギンチオアシッド6、糖鎖の前半部のペプチドチオアシッド19及び糖鎖の後半部のNpys基を有したペプチド誘導体21の三つのセグメントに分割し、糖鎖挿入ストラテジーを適応した(Figure 4A)。まずは、ペプチドチオアシッド19及び糖鎖アスパラギンチオアシッド6をDDCによってDMSO中で縮合することにより、収率27%で糖ペプチドチオアシッド20を得た。次に糖ペプチドチオアシッド20及び後半部のペプチド21をTCLにより緩衝液中で縮合することで、収率90%以上で糖タンパク質全長22を得ることに成功した。得られた全長22を脱硫化し、システイン残基のAcm基を脱保護することで、CCL1アンフォールディング体23を合成した。最終的にフォールディング操作を行うことで、CCL1フォールディング体24を得ることに成功した。フォールディングはHRMS及びCDスペクトルの結果から確認した(Figure 4B,C)。

図4
Figure 4. (A) CCL1 24の合成ストラテジー、(B) CCL1フォールディング体24のHRMSスペクトル、(C) CCL1フォールディング体24のLCスペクトル

我々の次の合成ターゲットとして造血活性を制御するサイトカインであるInterleukin 3(IL3)30の合成を検討した。IL3は113残基のアミノ酸から形成される糖タンパク質であり、15番目のAsnがコンプレックス型糖鎖を有している22-24。我々はCCL1の合成と同様にIL3を糖鎖アスパラギンチオアシッド6、糖鎖の前半部のペプチドチオアシッド25及び糖鎖の後半部のNpys基を有したペプチド誘導体27の三つのセグメントに分割し、糖鎖挿入ストラテジーを適応した(Figure 5A)。またIL3の合成では、本ストラテジーが大腸菌ペプチド発現に応用可能であることを示すため、後半部ペプチド27は大腸菌E.coli.を用いた発現を利用した。各種ペプチドセグメントの合成が完了した後、ペプチドチオアシッド25及び糖鎖アスパラギンチオアシッド6をDDCによってDMSO中で縮合することにより、収率34%で糖ペプチドチオアシッド26を得た。次に糖ペプチドチオアシッド26及び後半部のペプチド27をTCLにより緩衝液中で縮合することで、収率90%以上で糖タンパク質全長28を得ることに成功した。得られたIL3全長28を適宜脱保護することで、IL3アンフォールディング体29を合成した。次に、アンフォールディング体29に対して段階透析によるフォールディング操作を行うことで、IL3フォールディング体30を得ることに成功した。フォールディングはHRMS及びCDスペクトルの結果から確認した(Figure 5B,C)。最後に得られた糖鎖付加型IL3 30及び糖鎖を有していないIL3を用いてin vitroアッセイを行った。両者のTF-1細胞の寿命に与える影響を評価した結果、両者とも同様の活性を有することを確認した。

図5
Figure 5. (A) IL3 30の合成ストラテジー、(B) IL3フォールディング体30のHRMSスペクトル、(C) IL3フォールディング体30のCDスペクトル

6. 総括

この様な糖鎖挿入ストラテジーは、合成全体の終盤に糖鎖を選択的に縮合することが出来ることから、貴重な糖鎖アスパラギンのロスを抑えることが可能であり、より迅速でオンデマンドな均一糖鎖構造を有した糖タンパク質の化学合成を行うことが出来る。このことから糖タンパク質製剤の大量供給などの応用に寄与できる可能性がある。また本合成ストラテジーは、分子量5000~10000の巨大な分子同士を精密に反応させる点でも非常に興味深いものになったと考えている。現在さらに我々の開発した糖鎖挿入ストラテジーを基盤とした糖タンパク質合成法を用いて、複雑構造を有するサイトカインや癌関連糖タンパク質の収斂的合成を進めている。

7. 謝辞

本研究は大阪大学理学研究科化学専攻の梶原康宏教授の研究室で行った研究であり、梶原康宏先生並びに共同研究者の岡本亮先生(大阪大学理学研究科 講師)、真木勇太先生(大阪大学理学研究科 助教授)、佐藤あやの先生(岡山大学ヘルスシステム統合科学研究科 准教授)には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。


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