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Dec 01, 2021

グルコサミン 3-O-硫酸化構造は、ヘパラン硫酸の構造-機能相関を解明する鍵となるか?
(Glycoforum. 2021 Vol.24 (6), A17)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.24A17J

望月 秀雄

氏名:望月 秀雄
生化学工業株式会社契約社員。
1983年甲南大学理学部卒業。1990年金沢大学大学院博士課程終了。理学博士。1990年生化学工業株式会社入社(2020年退職)。2002-2004年愛知医科大学分子医科学研究所に勤務し、生涯の師匠である木全弘治先生に師事する。2000年に非AT結合の3Sと出会って以来20年間、飽きることなく3Sを見続けて来た。

1. はじめに

ヘパラン硫酸(HS)は、ヒドラや線虫からヒトに至るほぼ全ての動物細胞表面および細胞外マトリックス中において、コア蛋白質に結合したプロテオグリカンとして存在する。HS鎖は不均一な構造をとり、硫酸化度が高い領域(硫酸化ドメイン)とそれらを繋ぐ殆ど硫酸基のない領域から成っている。その生理機能は多岐にわたり、成長因子、形態形成因子、サイトカイン、酵素、細胞外マトリックス蛋白等との結合を介して、関連する生理活性を調節している。各機能蛋白質に対するHSの結合特異性は、主として硫酸化ドメインの構造に依存すると考えられている。

2. HSの生合成

HSは、ゴルジ装置内に局在する一群の酵素によって合成されており、図 1に示した反応経路に従う。括弧内には各反応を触媒する酵素を示しており、幾つかの酵素については複数のアイソフォームが存在する。生合成は、グルクロン酸(GlcA)とN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が交互に付加された繰り返し2糖構造(-GlcA-β1,4-GlcNAc-α1,4-)の合成で始まる。続いて、直鎖上の一部領域がN-脱アセチル/N-硫酸化され、硫酸化ドメインの基礎が作られる。更に、GlcAのイズロン酸(IdoA)への異性化、ヘキスロン酸(HexA)の2-O-硫酸化、グルコサミンの6-O-硫酸化が起こる。加えて、稀な反応であるがグルコサミンの3-O-硫酸化も起こる。これらの修飾過程が不均一に起こる結果として、様々な修飾構造を持った2糖単位が生じる。天然に存在する12種類の硫酸化パターンを図 2に示した。これら2糖単位の一部はHexAの異性体(GlcAまたはIdoA)を持つため、更に多様な構造となる。それらを直線的に配列すれば膨大な組み合わせが可能となり、それが個々の機能蛋白質に対する特異的結合を可能にしていると考えられる。言い換えれば、HS鎖上に鏤められた硫酸基の特異的パターンが、特定の生理活性に対する鍵構造を形作っていると言えよう。従って、希少な2糖単位、あるいは硫酸化度の高い2糖単位は、鍵構造を作る上で特に重要な構成々分になると考えられる。

この観点において、グルコサミン3-O-硫酸化構造(3S)の機能解明が重要な課題となっている。HS鎖を構成する2糖単位の中で3S を持つ2糖は、通常1%以下である。驚くことに我々哺乳類は、この希少な修飾反応を触媒する酵素遺伝子を7個も持っている(図 3)。異なる周辺構造を認識してグルコサミンを3S化するためには、特異性の違う多数のアイソフォーム遺伝子を獲得する必要があったと推測される。

図1
図 1. HSの生合成経路
各反応に関与する酵素群を括弧内に示す。
図2
図 2. HSを構成する2糖単位
12種類の硫酸化パターンとその略称を示す。*印は3Sを含む2糖。Di-0SとDi-tetraSについては構造式を併記した。
図3
図 3. ヒトの3OSTアイソフォーム
7種類のアミノ酸配列(3OST-1 [NM_005114], 3OST-2 [NM_006043], 3OST-3A [NM_006042], 3OST-3B [NM_006041], 3OST-4 [NM_006040], 3OST-5 [NM_153612], 3OST-6 [NM_001009606])をClustal Wで相同性解析した結果を示す。濃い青は全てのアイソフォームで保存されたアミノ酸を、薄い青は5種類以上のアイソフォームで共通のアミノ酸を示す。黄色は予想される膜貫通領域である。

3. ヘパラン硫酸 3-O-硫酸化酵素

3S研究の歴史は比較的長く、1980年にLindahlらが、アンチトロンビン(AT)に結合するヘパリンの必須構造として3Sを発見したことに始まる1。その医療における重要性から、このAT結合性3Sについては詳細な研究がおこなわれてきた2図 4に示した5糖構造がATとの結合に必要な最小単位であり、その中心にある3Sを失うとAT結合性も消失する3。この3Sを合成する酵素として、3-O-硫酸化酵素 1(3OST-1)が精製され、クローニングされた4,5。生理機能に基づき発見された3OST-1とは異なり、他の3OSTアイソフォーム6種類は、3OST-1の相同遺伝子としてDNAデーターベース上から見つけ出されたものである6-8。全ての遺伝子はクローニングされ、酵素学的性質がin vitroで調べられている。興味深いことに、3OST-1とは異なり、3OST-2、3OST-3A、3OST-3B、3OST-4、3OST-6の5つのアイソフォームはAT結合性3Sを作らない。3OST-5は、AT結合性と非結合性の両3Sを作る。それら非AT結合性3Sの生理機能については、未だ解明が進んでいない。図 5は、ヒト組織における3OST遺伝子の発現量を測定した結果である。3OST-1と3OST-3は、比較的広範に発現しているのに対し、3OST-2と3OST-4は、中枢神経に特異的である。各アイソフォームの発現量比は各々異なり、組織特異的な発現パターンが見て取れる。

図4
図 4. ATとの結合に必須なヘパリン5糖構造
図5
図 5. ヒトの各組織における3OST遺伝子の発現量
ヒト組織から調製したcDNAに含まれる各アイソフォームをリアルタイムPCRで定量した。組織ごとの発現量はGAPDHで補正した。3OST-3は、3Aと3Bの総量を示す。J. Biol. Chem. (2008) 283, 31237より改変。

4. HSの2糖分析

HSの構造解析において一般的に用いられているのが2糖分析法である。ヘパリンを栄養源として利用するFlavobacterium からは3種類のヘパリンリアーゼが得られている。それぞれ硫酸化構造に対する特異性が異なり、この3種を混合して用いることで、HSのグルコサミニド結合を(1つの例外を除いて)ほぼ完全に切断することができる。酵素消化物は、HexAのC4-C5に二重結合が導入された不飽和2糖になるため、異性化体の情報(GlcAまたはIdoA)は失われる。ヘパリンリアーゼで消化できない唯一の例外が、AT結合性3Sである。即ち、GlcA-GlcNS3S±6Sの非還元端側のグルコサミニド結合は酵素消化に耐性であり、結果として4糖が生じる9。いっぽう、非AT結合性3S(IdoA±2S-GlcNS3S±6S)は2糖にまで分解される10。酵素消化物をHPLCで分離定量することで、HSの2糖組成が決定される。

我々は、3OSTアイソフォームの反応産物をヘパリンリアーゼで消化し、5種類の3S成分を分離同定している。そのうち3つが2糖(非AT結合性3S)で、Di-(N,3,6)S、Di-(2,N,3)S、Di-tetraSの構造を持つ。残り2つは、ヘパリンリアーゼ耐性の4糖で、仮にTetra-1、Tetra-2 と名付けている。それら4糖の還元端側には、各々GlcA-GlcNS3SとGlcA-GlcNS3S6Sを確認している。図 6は、HS(外側のリング)またはヘパリン(内側のリング)を硫酸化したときに作られる3S成分の生成比を、各アイソフォームについて調べた結果である。3OST-1では、2つの4糖が主な生成物であるのに対して、3OST-2、3OST-3、3OST-4は4糖を殆ど作らず、Di-(2,N,3)SとDi-tetraSが主な生成物である。3OST-5は、他のアイソフォームと異なり、2糖と4糖の両方を作り、2つの基質に対する特異性も顕著に異なる。2糖分析では、各2糖の周辺構造に対する情報を得ることはできないが、各アイソフォームが示す3S成分の生成比の違いは、その周辺構造に対する特異性の違いを反映しているものと考えられる。

図6
図 6. 3OSTアイソフォームの反応特異性
各アイソフォームで硫酸化したHS(外側のリング)またはヘパリン(内側のリング)をヘパリンリアーゼ消化し、硫酸化反応で生じた3S成分を分離定量した。各リング上の面積比が5成分の生成比を示す。J. Biol. Chem. (2008) 283, 31237より改変。

5. Di-tetraSについて

4箇所全ての硫酸化部位が修飾されたDi-tetraSは、3OST-5の反応産物の1つとして、我々が初めて同定した2糖構造である11。それ以前にDi-tetraS に関する報告は無く、この新規構造が単に 3OST-5の副産物なのか、何らかの生理的機能を持つのかさえ不明であった。その可能性を探るために、他のアイソフォームの反応特異性を調べた結果、複数のアイソフォームにおいてDi-tetrsSは主要な反応産物であった(図 6)。次に、生体内でDi-tetraSの存在を確認する目的で、ラット組織から抽出したHSの2糖分析をおこなった。その結果、測定した全ての組織から微量のDi-tetraSが検出された(図 7)。その含量は全2糖成分の0.2%程度であるが、Di-tetraSがHSの構成々分として普遍的に存在することが示された。中でも、肝臓と脾臓のDi-tetraS含量は顕著に高く、それら臓器における特異的な役割が期待される。

図7
図 7. ラット組織のDi-tetraS含量
ラット組織からHSを抽出し、2糖分析でDi-tetraSを定量した。グラフは、2回の独立した測定の平均値を示す。J. Biol. Chem. (2008) 283, 31237より改変。

6. 3Sの定量分析

3Sの研究は、AT結合構造に関わる領域だけが突出して進展している一方で、非AT結合性3Sについては、未だ情報が乏しい状況である。最近になって、生理的変化に伴う遺伝子発現が網羅的に調べられるようになり、3OSTの関与が示唆される現象が複数報告されるようになってきた。例えば、ラットの概日周期を司る松果体では、昼間にだけ3OST-2が発現している12。マウス胎児における唾液腺の形態形成は、3OST-3の発現によって調節されている13。3OST-Bの発現が阻害されたショウジョウバエは、ノッチシグナル系の異常を示す14。線虫の3OSTは神経突起の分岐に関与している15。3OSTの発現異常は多数の癌細胞で確認されているが、抑制と亢進の両作用が示されている16。今後も、3OST遺伝子の発現と関連付けられる生理現象の報告は増えていくことが予想される。しかし、3Sの構造-機能相関にまで踏み込んだ研究は難しいのが現状である。HSに含まれる3Sを直接検出定量できる一般的な方法が確立されていないことが大きな要因である。そこで我々は、既に同定済みの3S成分5種類をスタンダードとして調製することで、2糖分析法による3Sの測定を試みた17

3OST-5で硫酸化したHSとヘパリンは、5種類全ての3S成分を含んでいるため、スタンダード調製の原料に最適である。そのヘパリンリアーゼ消化物から、5成分を単離精製した。既存の2糖成分8種類と合わせて、合計13成分の混合物を調製し、定量分析用のスタンダードとした。2糖分析は、逆相イオンペアHPLCにポストカラム蛍光標識法を組み合わせた測定系を使用している。豊田らによって確立されたこの方法は、高感度で特異性も高く、3Sのような微量成分の測定に適している18。HPLCの分離条件を最適化することで、13成分全てがベースラインで分離できるようになった(図 8B)。この分析法を検証する目的で、P19細胞のHSを分析した。P19細胞は、マウス胎児由来の腫瘍細胞で、幹細胞様の性質を持ち、レチノイン酸刺激によって神経細胞に分化する(図 8A)。図5に示したように、中枢神経系では特定の3OSTアイソフォームが発現しているため、神経細胞への分化に伴った3Sの変化が検出されることを期待した。分析の結果(図 8C)、未分化のP19細胞では3Sがほとんど検出されていないのに対して、分化後の神経細胞からは、Di-(2,N,3)SとDi-tetraSが検出された(何れも2糖組成比0.3%)。1回の分析に必要なサンプル量は、細胞のアセトンパウダー20mgであり、これはT75フラスコ2本分に相当する。ラット臓器のHSを分析した場合も、同じサンプル量で測定が可能であった。したがってこの方法を使えば、様々な生物由来サンプルの3Sを定量的に検出することが可能である。

図8
図 8. P19細胞の神経分化に伴う3Sの変化
P19細胞(A上)をレチノイン酸で処理すると神経細胞(A下)に分化する。スケールバーは100μm。分化前後の細胞からHSを抽出して2糖分析をおこなった(C)。青と赤のクロマトグラムはそれぞれ、分化前のP19細胞と分化した神経細胞の分析結果を示す。Bは、スタンダード13成分の分析結果である。各ピークは、Di-0S(1)、Di-NS(2)、Di-6S(3)、Di-2S(4)、Di-(N,6)S(5)、Di-(2,N)S(6)、Di-(2,6)S(7)、Di-(N,3,6)S(8)、Di-(2,N,3)S(9)、Di-(2,N,6)S(10)、Tetra-1(11)、Di-tetraS(12)、Tetra-2(13)。J. Biol. Chem. (2021) 296, 100115より改変。

7. おわりに

HSと結合する機能蛋白質、あるいはHSによって調節を受ける生理機能については、千を超える報告がある。その一方で、構造-機能相関に関する知見は乏しいと言わざるを得ない。HSの複雑で不均一な構造を解析する有効な手段の無いことが第一の原因であるが、3Sに関する研究の遅れも1つの原因のように思える。過去おこなわれて来た多くの研究では、そもそも検出することさえできなかった3Sが存在する可能性は無視されていた。3Sという鍵を見落としている結果、構造-機能相関が曖昧になっていないだろうか。既知のHSの生理活性に対して3Sが関与している可能性を再検証する必要を感じる。


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