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Oct 01, 2021

血管壁のコンドロイチン硫酸鎖の伸長を介したアテローム性動脈硬化症の発症・進展メカニズム
(Glycoforum. 2021 Vol.24 (5), A15)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.24A15J

江本 憲昭

江本憲昭

氏名:江本 憲昭
神戸薬科大学 臨床薬学研究室 教授、神戸大学大学院医学研究科 循環器内科学分野 客員教授
1987年神戸大学医学部卒業。内科、循環器内科の臨床研修後の1990年神戸大学大学院医学研究科入学。1991年テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター留学。1997年神戸大学医学部・国際交流センターの助手として帰国し、2000年から神戸大学循環器内科の教員として診療と研究に従事、講師を経て2008年より現職。 臨床の専門分野は高血圧症および肺高血圧症。研究テーマは血管生物学。診療と実験研究を介してトランスレーショナルリサーチに貢献することを目指している。

序文

心筋梗塞や脳梗塞などの心・脳血管疾患はいずれも血管のアテローム性動脈硬化性疾患により引き起こされる1。アテローム性動脈硬化性疾患は日本人の死亡原因の約25%を占め、国民にとって重大な脅威であり、その克服に対する社会的ニーズは極めて高い。

アテローム性動脈硬化に対する治療法としては、従来、高血圧、糖尿病、脂質代謝異常症などに代表される心血管疾患発症の危険因子をコントロールすることが中心であった。実際にレニン・アンジオテンシン系抑制薬やスタチン製剤によって各危険因子のコントロールが可能となりつつあるが、依然として心血管疾患が増加している事実を踏まえると新たな治療戦略の確立が急務である。

アテローム性動脈硬化の発症・進展機構として、貯留反応説が提唱され注目されている2,3。早期動脈硬化の発症では血管壁におけるLDLコレステロールなどの脂質の貯留が病態の起点であるとするものであり、最近その貯留には血管内膜のコンドロイチン硫酸鎖の構造、特にその長さが密接に関与していることが示唆された4

そこで私たちは、「コンドロイチン硫酸鎖の長さを修飾することで脂質の貯留を減少させ、ひいてはアテローム性動脈硬化症の予防や退縮が可能である」という仮説を構築し、これを検証する研究を実施した。その結果を以下に概説する。

1. アテローム性動脈硬化症とその発症・進展機序

血管は内膜、中膜、外膜の三層で構成されている(図 1)。内膜は血液と接しており、その表面は一層の血管内皮細胞で覆われている。内皮細胞はバリア機能、抗凝固作用を持つとともに、様々な生理活性物質を分泌して多彩な生理機能を担っている。

アテローム性動脈硬化症は、動脈の内膜に脂質(LDL: low density lipoprotein)の沈着、脂質を貪食したマクロファージ(泡沫細胞)、内膜内に浸潤した平滑筋細胞や線維芽細胞などで形成されたアテロームによって、動脈が狭窄・閉塞する病態である。これらは主に大動脈・中動脈に起こり、心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの疾患の原因となる。

アテローム性動脈硬化症の発症・進展機構として、動脈硬化初期におけるresponse-to-retention hypothesis(貯留反応説)が提唱され、注目されている2,3。これは、アテローム性動脈硬化症の初期では、まず、脂質が血管壁内に沈着(retention)し、沈着した脂質が酸化などの修飾を受け(酸化ox-LDL:oxidized LDL)、それに反応したマクロファージが内膜に浸潤して脂質を貪食するというものである。脂質が血管壁内に沈着する理由としてプロテオグリカンの関与が示唆されていたが4、その詳細について不明であった。私たちは、血管内膜のコンドロイチン硫酸鎖の鎖長が脂質の沈着に関与するという仮説のもと研究を実施した。

図1
図 1. 貯留反応説による動脈硬化の進展
血管壁は内膜、中膜、外膜の三層で構成され、内膜の表面は一層の血管内皮細胞で覆われている。アテローム性動脈硬化の初期は、LDL(low density lipoprotein)が内膜内に貯留し、これに反応して単球が内膜内に進入し、マクロファージとしてLDLを貪食する。脂肪を蓄積したマクロファージは泡沫細胞として内膜内に留まり、炎症細胞や平滑筋細胞とともに動脈硬化巣を形成する。

2. 動脈硬化病変におけるChondroitin 4-O-sulfotransferase-1 (C4ST-1)とChondroitin N-acetylgalactosaminyltransferase-1 (ChGn-2)の発現とコンドロイチン硫酸鎖の伸長との関連5

コンドロイチン硫酸鎖の生合成に関わる酵素として多くの遺伝子が単離・同定されているが、その中でChondroitin 4-O-sulfotransferase-1 (C4ST-1)とChondroitin N-acetylgalactosaminyltransferase-1 (ChGn-2)がコンドロイチン硫酸鎖の鎖長の制御に重要な酵素であることが示されていた6。そこで、動脈硬化モデルマウスであるLDL受容体遺伝子欠損マウスに高脂肪食飼料を与え動脈硬化を誘導し、動脈硬化の進展に伴うそれぞれの酵素の発現、コンドロイチン硫酸鎖の鎖長の進展を検討した。このモデルでは高脂肪食負荷により4〜8週で動脈硬化病変を形成する。まず、コンドロイチン硫酸鎖の鎖長をゲルろ過で測定したところ、負荷開始後2週間目からコンドロイチン硫酸鎖の鎖長は伸長し始め、動脈硬化の進展に伴い伸長することを確認した。次に誘導された動脈硬化病変において脂質とコンドロイチン硫酸鎖の結合を確認する目的で、chondroitinase ABC (ChABC) で処理した検体で脂質apolipoprotein B (apo B) の染色を行った。その結果、脂質の染色がChABCで消失したことより、脂質とコンドロイチン硫酸鎖が結合することを確認した。動脈硬化の進展とともにChGn-2とC4ST-1の転写レベルでの発現が増加することを確認した。一方、ChGn-1とC4ST-2の発現には変化が認められず、ChGn-2とC4ST-1の発現亢進は動脈硬化の進展に関連していることが示唆された。

以上の結果は、動脈硬化の病態モデルにおいて、病態の進展に伴いChGn-2とC4ST-1の発現が亢進し、血管内膜のコンドロイチン硫酸鎖の鎖長を伸長することで脂質の沈着を促進している可能性を示唆している。

3. 動脈硬化病変における泡沫細胞形成におけるコンドロイチン硫酸鎖とChGn-2の役割7

上記でChGn-2やC4ST-1の作用を抑制することが、コンドロイチン硫酸鎖の伸長の抑制を介した新たな動脈硬化に対する治療になる可能性を示した。この仮説を検証する目的でChGn-2遺伝子欠損マウスを用いて、動脈硬化病変の主要な構成要素であるマクロファージ、泡沫細胞に関する表現型を検討した。

まず、ChGn-2遺伝子欠損(ChGn-2-/-)マウスをLDL受容体遺伝子欠損(LDLR-/-)マウスと交配し、作出されたマウス(ChGn-2-/-; LDLR-/-)に高脂肪食負荷を行い動脈硬化病変について解析した。ChGn-2遺伝子およびLDL受容体遺伝子の両者を欠損したマウスは対照群(ChGn-2+/+; LDLR-/-)と比較して、体重および総コレステロール値、中性脂肪値などの血中脂質の指標に差はないにもかかわらず動脈硬化病変は有意に進展が抑制されていた。そのメカニズムをマクロファージに着目して解析したところ、マクロファージを脂質で処理するとChGn-2の発現が上昇し、コンドロイチン硫酸鎖が伸長することが明らかとなった。また、ChGn-2がマクロファージの泡沫化を促進することを示し、そのメカニズムとしてChGn-2が脂質のマクロファージの細胞表面への結合を促進し、さらにスカベンジャー受容体のひとつであるCD36の発現を亢進することで脂質の取り込みを増大させることを示した(図 2)。

以上より、ChGn-2がマクロファージの細胞表面における脂質の結合を増大し、泡沫細胞の形成を促進することによって動脈硬化病変の進展に関与することが示唆された。

図2
図 2. 動脈硬化病変における泡沫細胞形成におけるコンドロイチン硫酸鎖とChGn-2の役割
ChGn-2遺伝子欠損マウスのマクロファージでは、野生型マウスと比較してコンドロイチン硫酸鎖の鎖長が短く、LDL(low density lipoprotein)の結合が抑制され、結果として動脈硬化の進展が抑制される。

4. ChGn-2遺伝子欠損マウスにおける動脈硬化病変と血管平滑筋細胞遊走能の評価 8

動脈硬化病変の重要な構成要素のひとつとして血管平滑筋がある。血管平滑筋におけるコンドロイチン硫酸鎖が動脈硬化進展において何らかの役割をはたすのだろうか。その疑問にアプローチする目的でChGn-2-/-; LDLR-/- マウスに対し頸動脈を結紮することによる血管内膜増殖モデルを作成した。ChGn-2-/-; LDLR-/- マウスでは、対照群であるChGn-2+/+; LDLR-/-マウスと比較して血管内膜への脂質の沈着が有意に低下した。さらにChGn-2-/-マウスの大動脈から単離した血管平滑筋細胞は血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor:PDGF)による遊走能が低下していた。ヒト冠動脈の病理組織像の検討で動脈硬化病変に一致してChGn-2が高発現していることを確認した。

以上より、ChGn-2が血管平滑筋の遊走能の制御を介して動脈硬化の進展に寄与しており、ChGn-2の作用を抑制することが動脈硬化の進展を抑制できる可能性を示唆することができた。

5. 総括

上記の研究成果で、ChGn-2が血管内膜においてコンドロイチン硫酸鎖を伸長することによりマクロファージへの脂質の取り込みを増強し、またPDGFによる血管平滑筋の遊走能を増強し、結果として動脈硬化病変を進展させることを示すことができた。

超高齢化社会を迎えた我が国では健康長寿を達成することが非常に大切で、そのためには生活の質を落とす原因である脳卒中や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の発症を抑制することが重要である。今回の一連の研究成果は、血管のコンドロイチン硫酸鎖やその長さを調節するChGn-2が動脈硬化症の発症・進展予防のための診断や治療のターゲットになる可能性を示唆している。将来的には、高血圧、糖尿病や脂質異常症といった疾患の有無に関わらず、動脈硬化症の発症を直接予防・退縮できる、コンドロイチン硫酸鎖を標的とした治療の確立に向けての研究の発展が期待される。


References

  1. Tomaselli GF. Prevention of cardiovascular disease and stroke: meeting the challenge. JAMA. 2011; 306: 2147-8.
  2. Williams KJ, Tabas I. The response-to-retention hypothesis of early atherogenesis. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 1995; 15: 551-61.
  3. Nakashima Y, Fujii H, Sumiyoshi S, Wight TN, Sueishi K. Early human atherosclerosis: accumulation of lipid and proteoglycans in intimal thickenings followed by macrophage infiltration, Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2007; 27: 1159-65.
  4. Williams KJ. Arterial wall chondroitin sulfate proteoglycans: diverse molecules with distinct roles in lipoprotein retention and atherogenesis. Curr Opin Lipidol. 2001; 12: 477-87.
  5. Anggraeni VY, Emoto N, Yagi K, Mayasari DS, Nakayama K, Izumikawa T, Kitagawa H, Hirata K. Correlation of C4ST-1 and ChGn-2 expression with chondroitin sulfate chain elongation in atherosclerosis. Biochem Biophys Res Commun. 2011; 406: 36-41.
  6. Izumikawa T, Okuura Y, Koike T, Sakoda N, Kitagawa H. Chondrotin 4-Osulfotransferase-1 regulates the chain length of chondroitin sulfate incooperation with chondroitin N-acetylgalactosaminyltransferase-2. Biochem J. 2011; 434: 321-31.
  7. Adhikara IM, Yagi K, Mayasari DS, Suzuki Y, Ikeda K, Ryanto GRT, Sasaki N, Rikitake Y, Nadanaka S, Kitagawa H, Miyata O, Igarashi M, Hirata KI, Emoto N. Chondroitin Sulfate N-acetylgalactosaminyltransferase-2 Impacts Foam Cell Formation and Atherosclerosis by Altering Macrophage Glycosaminoglycan Chain. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2021; 41: 1076-1091.
  8. Adhikara IM, Yagi K, Mayasari DS, Ikeda K, Kitagawa H, Miyata O, Igarashi M, Hatakeyama K, Asada Y, Hirata KI, Emoto N. Chondroitin sulfate N-acetylgalactosaminyltransferase-2 deletion alleviates lipoprotein retention in early atherosclerosis and attenuates aortic smooth muscle cell migration. Biochem Biophys Res Commun. 2019; 509: 89-95.
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