氏名:小野 多美子
2017年9月より創価大学理工学部木下研究室の研究補佐員としてJSTの統合化推進プログラムに参加。現在はGlyCosmosポータルの開発、データ収集に従事しています。
氏名:安形 清彦
筑波大学大学院 生物科学研究科で学位取得後、La Jolla Cancer Research Foundation(現Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute)にて、福田穰教授のもとで糖鎖生物学の研究について学ぶ。現所属(産総研)では、糖鎖遺伝子の発現解析、糖鎖の新しい機能の解析や糖鎖の応用について研究するとともに糖鎖DB(ACGG-DB)の開発に参画しています。
本シリーズの第7回では、糖タンパク質が関与するパスウエイ、疾患に関連する糖鎖遺伝子そして感染病と糖鎖のデータベースについて紹介します。糖鎖を機能面から理解する上で、どの様なタンパク質が糖鎖修飾を受けているかそして糖タンパク質がどの様なパスウエイに関与しているかを理解することが有用です(GlyCosmos Pathways)。また、糖鎖は様々な疾患の発症や進行に関与していることが知られています。ここでは、糖鎖合成や糖鎖分解に関わる遺伝子の変異による疾患、また感染性の微生物と糖鎖との関連情報を収集したデータベース(GDGDBとPACDB)の特徴についても紹介します。
糖鎖研究において最も重要な課題の一つは糖鎖の機能や役割を理解することです。これまでのシリーズでは糖鎖の構造や複合糖質、糖鎖の合成や認識に関わる分子のデータベースが紹介されました。複合糖質の中で特に糖タンパク質は様々な細胞機能に関わっていますが、どの様な分子と相互作用があるのかを検索し視覚的に紹介するデータベースとしてGlyCosmos Pathwaysが開発されました。結合分子やパスウエイのリストとしてはGeneやKEGG PATHWAYのデータベースも用いられますが、GlyCosmos Pathwaysでは糖タンパク質分子の局在と相互作用を視覚的に理解することが特徴です。
糖鎖の合成に関わる遺伝子(糖鎖関連遺伝子, glycogene)には、糖ヌクレオチド合成酵素・糖ヌクレオチドトランスポーター・糖転移酵素などの合成のための関連分子や分解のために必要なグリコシダーゼの遺伝子が含まれています。GDGDBではこれらの糖鎖関連遺伝子の変異によって生じる遺伝病を収集しています。例えば先天性糖鎖合成異常症(congenital disorders of glycosylation, CDG)や先天性筋ジストロフィー(congenital muscular dystrophy, CMD)などがあります。GeneやOMIM (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/omim, https://omim.org)では、詳細な疾患情報やノックアウトマウスの情報を得ることが出来ます。
糖鎖の重要な役割の一つに細胞の顔としての役割があります。組織を作る細胞の集団の違いや自己—非自己の認識に糖鎖が関わっており、インフルエンザウイルスの様に宿主特異的な糖鎖を認識(例として細胞上のシアル酸を受容体として使用)して感染症を起こす病原体は数多く存在します。ヒトの組織に発現する糖鎖をターゲットに感染する病原体の情報を収集したのがPACDBで、病原体毎に結合する糖鎖構造の情報を得ることが出来ます。
GlyCosmos Pathwaysは、糖タンパク質が関与しているパスウェイを検索することができます。Reactomeデータベース1のAnalysis Toolsより、糖鎖修飾が付けられているUniProt2のIDを用いて、糖タンパク質が関与するパスウェイを抽出しました。
パスウェイは、生物種、パスウェイ名、タンパク質名、遺伝子名から検索することができます。
● 生物種からの検索(図 1)
● パスウェイ名からの検索(図 2)
● タンパク質名、遺伝子名からの検索(図 3)
各キーワード検索でパスウェイを絞った後に、ツリーを辿って目的のパスウェイを探します。(図 4)パスウェイ名の網掛けが灰色の場合は、さらに下の階層にパスウェイが続きます。網掛けが水色の場合は、別ウィンドが開きパスウェイの詳細ページに移動します。タンパク質/遺伝子検索の場合、ツリーは表示されないので、パスウェイを選択すると別ウィンドウが開き詳細ページに移動します。別ウィンドウ(図 5)でパスウェイの詳細情報を確認することができます。
パスウェイはSignaling Pathway Visualizer(SPV)ツール3を使用して視覚化されています。現時点では「細胞外」、「細胞膜」、「細胞質」、「核」の4種類で細胞局在を表現しています。今後は細胞小器官ごとに細胞局在を表現できるよう開発を進めています。それぞれの分子をクリックすると、その分子を構成するタンパク質のリストが表示されます。このリストには、細胞局在、UniProt ID、タンパク質名を載せています。反応の矢印をクリックすると、触媒の情報を確認することができ、触媒がタンパク質の場合はUniProt IDのリストが表示されます。糖タンパク質の場合は、糖タンパク質のアイコンが付いており、クリックするとGlyCosmos Glycoproteinsのエントリーページに移動して、糖タンパク質の詳細情報を確認することができます。
2019年12月のGlyCosmos Portalのアップデートにより、横断検索機能が追加されました(図 6)。トップページの右上の「Search」より、横断検索画面へ移動することができます。糖鎖関連遺伝子、糖タンパク質、レクチン、糖脂質、パスウェイを1つのキーワードでまとめて検索することが可能となりました。遺伝子名、タンパク質名、UniProt ID等を検索ワードとして使用することができます。
ヒトではこれまでに約300個の糖鎖関連遺伝子がクローニングされていますが、近年これらの糖鎖関連遺伝子の変異によって生じる遺伝病が明らかになりつつあります。これらの原因遺伝子の変異による疾患について収集したのがGDGDBです(Glyco-Disease Genes Database, https://acgg.asia/db/diseases/gdgdb, Solovieva et al. 20184)。ここではその特徴について紹介いたします。*GDGDBはACGGからだけではなく、日本糖鎖科学コンソーシアム(JCGG)やGlyCosmos ポータルからも訪れることが出来ます。
現在GDGDBのトップページでは、120個の糖鎖異常疾患をリストしアルファベット順に並べられています(図 7)。テキスト検索にキーワードを入力して検索、あるいはファセット検索によって対象の糖鎖異常疾患を絞り込むことができます。糖鎖遺伝子、代謝パスウエイ(糖鎖合成か分解)、症状やオントロジーの分類など(Databases, Types of Diseases by Metabolic Pathways, Manifestations, Ontology Tree)により絞り込むことが可能です。
疾患名を選択すると、詳細ページに移動します。選択された糖鎖異常疾患の各ページでは、Genetic Glyco-Diseases Ontology (GGDonto)やGDGDBのサマリーが表示されます(図 8)。他にも疾病に関する情報(OMIM)、糖鎖遺伝子(GGDBやgene)、タンパク質(UniProtKB)、酵素(SwissProt/ENZYME)などの記載とリンクが貼られていますので、さらに詳しい情報を集めるのに便利です。
GDGDBのサマリーでは、GDGDBのIDや糖鎖異常疾患の症状などの記述に加え、原因糖鎖遺伝子の情報や染色体位置そしてOMIMやGGDBへのリンクを簡単にまとめてあります(図 9)。
感染性の病原体には、ヒトの組織に発現する糖鎖と結合することで感染するものが数多く存在します。PACDB (Pathogen Adherence to Carbohydrate Database, https://acgg.asia/db/diseases/pacdb, Solovieva et al. 20175) は、細菌、菌類、毒素そしてウイルスなどの糖鎖結合性の情報を収集しています。以下にその特徴について紹介いたします。*PACDBもACGGからだけではなく、日本糖鎖科学コンソーシアム(JCGG)やGlyCosmos ポータルから訪れることが出来ます。
PACDBのトップページでは、446種の微生物をリストしアルファベット順に並べられています(図 10)。テキスト検索にキーワードを入力して検索、あるいはファセット検索によって対象の微生物を絞り込むことができます。病気の分類、病名、生物種、標的(細胞、組織や糖鎖構造)の分類など(Diseases Classifications, Diseases, Species, Target sources, Microbial Glycan-Binding Proteins, Pathogen Adherence Molecules Types, Glycans and Glycoconjugates Types, Monosaccharides, Glycoepitopes, Structural Features of Carbohydrate Ligands)により絞り込むことが可能です。
微生物名を選択すると、微生物が結合する糖鎖構造のページに移動します(図 11)。図 11ではヘリコバクター(Helicobacter pylori)の例を示していますが、60種の糖鎖―微生物の結合が見つかります。さらに60種のリガンドから糖鎖構造(Glycans and Glycoconjugates Types, Monosaccharides, Glycoepitopes, Structural Features of Carbohydrate Ligands)を選択することでリガンドの絞り込みが可能です。PACDBではACGG-DBで共通の糖鎖構造図を用いているので微生物のリガンドとして共通する糖鎖構造が視覚的に理解しやすくなっています。エピトープやJCGG-STRへのリンクもあり、JCGG-STRでは他の受容体との結合性も見ることが可能です。
最近の糖鎖研究では、癌化に伴い糖鎖が変化することが知られていますが、その影響は不明な点が多く残されています。また、様々な遺伝病患者の全ゲノム配列解析が明らかになると糖鎖遺伝子が原因遺伝子である例も増えつつあります。感染性の微生物と宿主細胞においてもリガンド(糖鎖)と受容体(レクチン)は今後さらに明らかになっていくと予想されます。従って、本稿で紹介したGlyCosmos Pathways、GDGDBやPACDBのデータの拡充や、本シリーズで紹介された他のDBとの横断的な利用の開発を進めています。