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Aug. 01, 2019

がん生物学から見た
コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの機能
コンドロイチン硫酸の糖鎖構造依存的な細胞内シグナルの制御とがん化
(2019 Vol.22 (3), A8)
DOI:10.32285/glycoforum.22A8J

灘中 里美 / 北川 裕之

灘中 里美

氏名:灘中 里美
現職:神戸薬科大学薬学部准教授
学位:薬学博士
略歴:1999年神戸薬科大学大学院博士課程修了、博士(薬学)。1999-2001年ニッピバイオマトリックス研究所で研究員として勤務、2001-2007年京都大学森和俊グループで博士研究員として勤務。2007-2017年神戸薬科大学講師、2018年より現職。研究目標は、糖鎖シグナルにより制御される生命現象とその異常により発症する病気の仕組みを明らかにすること。

北川 裕之

氏名:北川 裕之
現職:神戸薬科大学薬学部教授
学位:薬学博士
略歴:1986年京都大学薬学部卒業。1990年日本学術振興会特別研究員。1991年京都大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。1991年米国Cytel博士研究員(J. C. Paulson研究室)。1994年神戸薬科大学生化学研究室講師。2000年同助教授。 2005年同教授(現職)。2014年同理事。2018年同副学長。 2002年日本生化学会奨励賞、2013年日本薬学会学術振興賞など。研究テーマはコンドロイチン硫酸やヘパラン硫酸などの硫酸化糖鎖の生物学。特に疾患や老化における硫酸化糖鎖の生物学的意義の解明に取り組んでいる。

要約

コンドロイチン硫酸(CS)鎖は、コアタンパク質のセリン残基に共有結合したプロテオグリカンとして、ほとんどすべての細胞やその周囲の細胞外マトリクスに存在している。CS鎖はN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)残基とグルクロン酸残基が交互に結合した構造を持つ。CSの生合成過程で、GalNAc 残基の4位と6位は様々なパターンで硫酸化される。最近の研究で、CSの機能発現に関わる情報が CS鎖中の硫酸化パターンにコードされることが明らかになっている。特別な硫酸化パターンは、成長因子、モルフォゲン、接着分子などの多くの生理活性タンパク質によって認識され、CS鎖とこれらのタンパク質との特異的相互作用が、個体の発生や恒常性維持に関わる重要な現象を担うとともに、病気の発症や進展に関連する。ここでは、シグナル分子として、あるいは成長因子や形態形成因子の補受容体として機能するCSが、がん細胞の性質をどのように制御し、がんの発生や進行に関わるのかについて述べる。

1. イントロダクション

がん転移は、がん細胞が基底膜や間質へ浸潤することと密接に関連する。浸潤は、がん細胞が細胞外マトリクスに接着することで始まる。細胞外マトリクスとの結合によって、がん細胞内に様々なシグナルが入力される。したがって、細胞外マトリクスからの情報によって細胞機能が制御されるメカニズムを解明することは重要である。細胞外の情報をもつ分子の一つとしてコンドロイチン硫酸が存在する。コンドロイチン硫酸(CS)はグリコサミノグリカンの一種で、細胞表面や細胞外マトリクス(ECM)に存在する。CSが細胞の増殖能・運動能・転移能などを促進し、細胞をがん化させる役割をもつことが数多く報告されている(Fig. 11-4。細胞外マトリクスの CSsは、がんの進行に働く。例えば、CSはCD44 を介してがん細胞と相互作用する5,6。CSとCD44 の相互作用がCD44の切断を引き起こし、切断により生じたCD44の細胞質ドメインを介してがんが進行する7。さらに、がん細胞の周りに存在するCSを含む糖衣が乳がんの進行や転移に密接に関わる8。ここでは、CS鎖、特にCS鎖中の硫酸化モチーフ構造が、がん細胞のシグナル伝達やがん細胞の機能をどのように制御しているのかについて述べる。

Fig1
Fig 1 がん細胞やその周囲の微細環境に存在するコンドロイチン硫酸プロテオグリカンにより制御されるがん関連シグナル伝達の概略図
A)膜結合型コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CS-PGs)がCS鎖を介して成長因子と相互作用する
B)健康食品に含まれるCSsは血中を循環し、がん細胞に取り込まれた後PTEN活性の阻害を介してメラノーマの悪性度を高める
C)CSとCD44の相互作用がCD44の切断を引き起こし、切断により生じた細胞質ドメインによってがんの進行が促進する
D)CSsがN-カドヘリンに結合すると、N-カドヘリンのエンドサイトーシスを介してβ-カテニンを活性化し、basal-like breastがん細胞の浸潤能を促進する
E)CS-PGsと間質あるいはがん細胞由来の様々な ECM分子との相互作用がインテグリンを媒介する細胞増殖・接着・運動・浸潤といった細胞機能の変化を引き起こす
F)がん細胞に発現するCSsは P-セレクチンのリガンドとして働き、がんの転移に関わる
G)CS-PGsのシェディングはがんの進行に関与し、がん細胞間やがん細胞周囲の微細環境と相互作用することで、がん細胞の生育、血管新生、および転移に関連する。

2. コンドロイチン硫酸の構造

CS鎖はコアタンパク質に結合したプロテオグリカン(PG)として発現している。コアタンパク質及びCS鎖、特にCS鎖上の特別な硫酸化パターンが、がんに関わる成長因子、サイトカイン、形態形成因子などのタンパク質リガンドとの相互作用に関与する。したがって、がん化が進行している細胞ではCS生合成酵素や分解酵素がCSの構造の変化を介して細胞機能を変化させている可能性がある。

CS鎖は、グルクロン酸とN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)からなる二糖が繰り返された基本骨格 [ (-4GlcAβ1-3GalNAcβ1–)n ] をもち、これがコアタンパク質上のセリン(Ser)残基に、結合領域と呼ばれる構造(GlcAβ1–3Galβ1–3Galβ1–4Xylβ1–O-Ser)を介して共有結合をしている(Fig. 29,10。二糖繰り返し領域は6種類の糖転移酵素が協調的に働くことで合成される。この6種類の糖転移酵素は、コンドロイチン(Chn)合成酵素 (ChSy)-1, -2, 及び -3, Chn重合化因子(ChPF)、及び Chn GalNAc 転移酵素(ChGn)-1, and -2 である(Fig. 2)。二糖が繰り返されたCSの基本骨格は硫酸化やエピメリ化による修飾を受ける9。現在までに同定されているChn硫酸基転移酵素の基質特異性をもとに、CSの硫酸化経路は2つに分類されており、それぞれ “4-O-硫酸化経路” 及び “6-O-硫酸化経路” と呼ばれる。最初の段階で、硫酸化されていない二糖 Oユニット [GlcA-GalNAc] が 4-O-硫酸基転移酵素(C4ST-1 and C4ST-2)11-13及び 6-O-硫酸基転移酵素-1(C6ST-1)の基質として働き、硫酸化二糖であるAユニット(GlcA-GalNAc(4-O-sulfate))及び Cユニット(GlcA-GalNAc(6-O-sulfate))ができる(Fig. 2)。AユニットとCユニットに、それぞれ4-O-硫酸化GalNAc 6-O-硫酸基転移酵素(GalNAc4S-6ST)あるいはCS-特異的ウロン酸 2-O-硫酸基転移酵素(UST)が作用することで、Eユニット(GlcA-GalNAc(4,6-O-disulfate))あるいはDユニット(GlcA(2-O-sulfate)-GalNAc(6-O-sulfate))が生成する(Fig. 29

これらのCS生合成酵素のうち、ChGn-1、C4ST-1、及びGalNAc4S-6STの発現が乳がんで上昇していることが報告されている8。さらに、C4ST-1の発現レベルが乳がんの進行と正の相関性を示すこと14、C4ST-1によって合成されるCSがP-セレクチンのリガンドとして悪性度の高い乳がんで機能することが示されている2。これらの結果は、がん細胞が転移能を獲得するために自身のCS合成酵素系を変化させている可能性を示唆している。

Fig2
Fig 2 CS生合成経路
粗面小胞体(ER)で合成されたコアタンパク質は ER 内腔に入リ、ゴルジ体へ移行しCSによる修飾を受けた後、分泌経路で運ばれて細胞外へ放出される。複数の糖転移酵素が結合領域の合成に関与する。結合領域が合成された後、CS鎖の合成反応がChGn-1-依存的あるいは非依存的に起こり、CS鎖の基本骨格が形成される。合成されたCSの骨格構造は様々な硫酸基転移酵素によって修飾される。吹き出しには、CS鎖の硫酸化修飾に関わる経路の模式図が示されている。 XylT, キシロース転移酵素; Fam20, GAG キシロースリン酸化酵素; GalT-I, β1,4-ガラクトース転移酵素-I; GalT-II, β1,3-ガラクトース転移酵素-II, PXYLP, 2-O-リン酸化キシロース脱リン酸化酵素; GlcAT-I, β1,3-グルクロン酸転移酵素-I; ChSy, コンドロイチン合成酵素; ChPF, コンドロイチン重合化因子; ChGn, コンドロイチン GalNAc 転移酵素; C4ST, コンドロイチン 4-O-硫酸基転移酵素; C6ST, コンドロイチン 6-O-硫酸基転移酵素; D4ST, デルマタン硫酸 4-O-sulfotransferase; UST, ウロン酸 2-O-硫酸基転移酵素; GalNAc4S-6ST, 4-O-硫酸化GalNAc 6-O-硫酸基転移酵素; DSE, GlcA C-5 エピメラーゼ(DS エピメラーゼ)。

3. マラリアタンパクによって認識されるコンドロイチン硫酸 A

最近の研究成果は、マラリア由来のがん胎仔性コンドロイチン硫酸結合タンパク質を利用すれば、がんと闘うことができる可能性を示している15。もともと、マラリア原虫の一種、Plasmodium falciparumが感染した赤血球が胎盤に集積するため、妊娠した女性がマラリア感染に感受性を示すことが明らかになっていた。科学者らはAユニットを含む コンドロイチン硫酸(CS-A)が胎盤で発現しており、感染した赤血球が胎盤に接着する際の受容体として機能することを明らかにした。また、 感染赤血球の胎盤への蓄積は、マラリアタンパクPfEMP1(P. falciparum erythrocyte membrane protein 1)ファミリーに属するVAR2CSAによって担われる(Fig. 3)。VAR2CSA タンパク質は胎盤に発現す CS-Aを接着のための受容体として利用し、他の組織に発現する CSs はVAR2CSA タンパクの受容体として機能しない(Fig. 3)。胎盤のCS-Aを構成するCS 二糖の組成は、Aユニット 2-14 %、Oユニット 86-98 %であり、特徴的な低硫酸化構造をもつことが示されている16。VAR2CSA に結合性を示す CS-A の合成には幾つかの酵素が関与する。RNAi干渉を用いて合成に関わる酵素を調べたところ、B3GAT1(GlcAT-I)、CSGALNACT1(ChGn-1)、及びCHST11(C4ST-1)がVAR2CSA結合性CS-Aの合成に関与する可能性が示されている17。さらに、 CS 鎖中の4-O-硫酸化のレベルは 4-O-脱硫酸化酵素 ARSB (arylsulfatase) によって担われる。 ARSB の発現を抑制すると VAR2CSA の結合能が上昇する17。これらの結果から、CS-A中のAユニットが VAR2CSA 結合性 CS の機能ドメインを形成すると考えられる。しかしながら、C4STsをコードする遺伝子上にマラリア感染に影響を与える遺伝子多型は見つかっていない18

胎盤に存在する低硫酸化CS-Aの本来の機能は、栄養膜細胞が胎盤に接着する過程で、この細胞が胎盤に侵入し増殖するのを促進することである19。増殖と組織への侵入はがん細胞の特徴的な性質であり、科学者らは胎盤組織とがんの間の見えない繋がりを見出そうとした。その結果、胎盤のCS-Aと類似のCSが悪性度の高い乳がん細胞に広範囲に発現することが明らかになった17。これらの知見から、VAR2CSAタンパクによって認識されるCSは、がん種を超えて利用できるがんマーカーとなり得ることが示唆された。注目すべきことは、VAR2CSA タンパクは非がん組織や胎盤以外の正常組織に発現するCSsにはほとんど結合性を示さないことである17。以前の報告で、がん由来のCS-Aがインテグリンと結合し、がん関連シグナルを流すことが示されている(Fig. 320。さらに、CS-AをVAR2CSAでブロックすると、インテグリンの下流シグナルが抑えられるため、転移が阻害され得る(Fig. 320

Fig3
Fig 3 マラリアタンパクVAR2CSAの胎盤への結合とがん関連CS
感染赤血球はVAR2CSAとCS-A鎖の結合を介して胎盤に接着する。VAR2CSA-結合性CSは幅広いがん種で発現しており、がん関連インテグリンシグナルを調節することで、細胞の移動能や転移能を高める。VAR2CSAによりCS-Aによるインテグリンシグナルを阻害することができ、がんの生育が阻止される。 リコンビナントVAR2CSAはがん関連CS-Aを標的とするため、VAR2CSA利用して、新たながん診断技術や治療法を確立できる可能性がある。

最近、医学研究者たちは、リコンビナントVAR2CSAを用いてがん関連CS-Aを狙い撃ちすることでがんを撲滅しようと試みている(Fig. 3)。VAR2CSA由来の合成ペプチドを用いてがん細胞に発現する CS-A を標的としたナノ粒子を調製し、これに抗がん剤を搭載すると、がん細胞に作用しその生育を阻止できることが、マウスを用いた異種移植in vivoモデルで示された15,21。 また、VAR2CSAを用いたアプローチにより、新たながん診断技術が開発中である22。血中を循環しているがん細胞をVAR2CSAとがん関連CS-Aの相互作用を利用して捕捉すれば、悪性度の高いがんかそうでないかを診断することが可能になるかもしれない。将来、簡単な血液検査を行うだけで、幅広いがん種の早期診断ができる可能性がある。

4. 健康食品に含まれるCS-Aはがん遺伝子特異的にがん化促進作用を示す

最近、変形性関節症への適応が認められている健康食品に含まれるCSがメラノーマの生育を促進する可能性を示唆する結果が報告された23。メラノサイトの変異によって生じるメラノーマは、早期に治療しなければ全身に転移するため、皮膚がんの中で最も危険ながんである。50%以上のメラノーマで、がん遺伝子BRAFにV600E変異が導入されている。抗がん剤ベムラフェニブは BRAF阻害剤で、変異体BRAF V600Eを発現するメラノーマ細胞の増殖を抑制する。しかし、V600E変異をもったメラノーマは、おそらく治療の早期に別の経路を活性化させることによって、徐々にベムラフェニブに抵抗性を示すようになる。最近の研究は、ヒトのメラノーマをマウスに移植する担がんモデルを使って、健康補助食品に含まれるCS-AがBRAF阻害剤に対する耐性を引き起こす可能性を示している23。この実験結果から、Xiaらは、“個別化健康食品”というコンセプトを提唱している24。このコンセプトは、健康補助食品は個人の遺伝的背景をもとにデザインされるべきであり、がんを起こすリスクのある成分は排除し、がんを予防する成分を個人に合わせて配合すべきだという考え方である23

それでは、どのような機構でCS-AがV600E変異をもったメラノーマのがん化を促進するのだろうか? CSとメラノーマをつなぐ研究の発端は、RNAi法による網羅的スクリーニングによって変異体 BRAF V600Eの合成致死性を示すパートナーがChSy-3とも呼ばれるCSグルクロン酸転移酵素(CSGlcA-T)であることが明らかになったことである25。この知見は、BRAFがん遺伝子にV600E 変異をもったメラノーマがCSの合成異常に脆弱であることを示している。言い換えれば、CSGlcA-Tによって合成されるCSがV600E変異をもったメラノーマの生育に必要であることを示唆する。CS-Aを経口投与すると、血中とがん細胞内のCS-A濃度が上昇することが患者腫瘍組織移植モデルを用いて示されている23。CS-Aは消化菅を経て吸収されたにもかかわらず、血中やがん細胞から比較的高分子のCS-Aが検出されている23。さらに、がん細胞内のCS-A濃度の上昇はCSGlcA-Tの発現を誘導する23。CSGlcA-Tをノックダウンするとがん細胞内のCS-A濃度は低下し、がんの生育速度、がん組織の重量やサイズが減少する。興味深いことに、CSGlcA-TのノックダウンはBRAF V600E変異をもったメラノーマの生育を抑えるが、変異を持たないBRAFを発現するメラノーマには効かない23。これらの知見は、健康補助食品中のCS-Aによって誘導されたCSGlcA-Tが、がん細胞でCS-Aの合成を高め、BRAF V600Eメラノーマの増殖を促進したことを示唆する。しかしながら、健康補助食品中のCS-A がエンドサイトーシス経路を介して細胞内に取り込まれた後、どのような機構でCSGlcA-Tの発現レベルを上昇させているのかは明らかでない。また、CS-AによるCSGlcA-Tの発現誘導はメラノーマにおいて特異的に起こるので、がん種に特異的なCSGlcA-Tの発現制御機構を明らかにする必要がある。

Fig4
Fig 4 健康補助食品に含まれるCS-AはBRAF-V600E変異をもったメラノーマのがん化を促進する
細胞内に取り込まれたCS-AはCSGlcA-Tの発現を上げ、内在性CSの合成を高める。しかしながら、エンドサイトーシスによって取り込まれたCS-Aがどのような機構でCSGlcA-Tの発現を上昇させているかは不明である。CSGlcA-T-CS-A経路はCK2に依存してPTENを阻害し、PIP3の細胞内レベルを維持するとともにAkt の活性を引き起こす。しかし、細胞内のどこでCS-AがCK2依存的にPTEN活性を制御するのかは不明である。

がん細胞に取り込まれたCS-A及びCSGlcA-Tによって新たに合成されたCS-Aはどのような機序でがん化を促進するのだろうか? LinらはCS-AがPTENの阻害を介して、PIP3の細胞内レベルを維持し、AKTを持続的に活性化することを示した23。特筆すべきことは、CS-Aと同様に、CS-CもPTENを阻害するということである。CS-Cはサメ軟骨に多く含まれているため、サメ軟骨を原料とするサプリメントを服用する時には注意が必要である。さらに、LinらはCS-A鎖がCK2-PTENの相互作用を促進し、PTENのリン酸化を引き起こすことを報告している(Fig. 423。ところで、PTENはもっぱら細胞質に局在するのだが、細胞質に存在する限りPTENがエンドサイトーシスによって取り込まれたCS-Aと出会うチャンスはほとんどない。しかしながら、最近の研究で、PTENが細胞外へ分泌あるいは放出され、受容細胞によって再び取り込まれた後、がん抑制遺伝子として機能することが示されている26,27。この知見は、PTENとCS-Aはエンドサイトーシス後に共局在する可能性があることを示唆する。

5. コンドロイチン硫酸Eはどのような機序でbasal-like型乳がん細胞の浸潤能を促進しているのか?

多くの報告が、がん関連CSががん細胞の悪性度や転移能を促進することを示している2,28。さらに、正常組織のECMに存在するCSもがん細胞に影響を与える7。CS生合成酵素の中でも、Eユニットの合成に関わるC4ST-1とGalNAc4S-6STの発現が乳がん細胞で上昇することが報告されている8。それゆえ、Eユニットが乳がん細胞に与える影響が調べられた。興味深いことに、basal-like型乳がん細胞(MDA-MB-231及びBT-549細胞)の浸潤は、Eユニットの含量が高いコンドロイチン硫酸E(CS-E)による処理で上昇した29。一方、異なる硫酸化パターンをもった2種類のCS、CS-A及びCS-CはBT-549細胞の浸潤活性を促進しなかったので、CS-Eが特異的にBT-549 細胞の浸潤能を活性化していると考えられる29。さらに、CS-Eがどのような機序でがん細胞の浸潤を制御するかを明らかにするための幾つかの解析が行われた。著者らは以前にCS-EがN-カドヘリンの受容体として機能することを骨芽細胞で見出している30。さらに、N-カドヘリンはBT-549 細胞を含む高転移性がん細胞で発現しており、これらの細胞の浸潤能を制御する14,31。これらの知見はCS-EがN-カドヘリンを介して乳がん細胞内にシグナルを伝達し、浸潤能を高めている可能性を示唆した。期待した通り、N-カドヘリンはCS-Eの主要な受容体として働き、N-カドヘリンを介してβ-カテニンシグナルを調節していることが示された29

CS-EシグナルがN-カドヘリンを介して核へ伝達されるには、下記の細胞生物学的な事象が関わっている。まず始めに、CS-EがN-カドヘリンに結合すると、エンドサイトーシスによりN-カドヘリンが細胞内に取り込まれる。次に、N-カドヘリンの分解が複数のタンパク分解酵素によって2段階で進行する。このタンパク分解の過程は制御された膜内分解(Rip)としてよく知られている。Ripは、膜タンパク質の分解により細胞質ドメインを遊離させ、これが核へ移行し遺伝子発現を制御するシステムである32。1段階目にN-カドヘリンの細胞外領域がADMAsやMMPなどの膜結合性タンパク分解酵素によって切断される。次に、1段階目の切断によって膜外に現れた膜内領域に別のタンパク分解酵素が作用しC末端側の細胞質領域が切り出される。N-カドヘリンのC末端領域にはβ-カテニンが結合している。N-カドヘリン / β-カテニン 複合体が核へ移行し、β-カテニン依存的な転写が活性化し、がん細胞の移動能や浸潤能を促進する33

Fig5
Fig 5 basal-like乳がん細胞の浸潤に関連するCS-Eを介したN-カドヘリン / β-カテニンシグナル伝達経路
まず始めに、CS-Eが豊富に存在する組織や BT-549 乳がん細胞自身のCS-EがN-カドヘリンに結合する。CSの結合によりエンドサイトーシスされたN-カドヘリンは切断される。その結果、N-カドヘリンのC末端領域はβ-カテニンを結合した状態で細胞質に遊離し、これが核へ移行しβ-カテニン依存的にMMP9遺伝子の転写誘導を引き起こし、浸潤能を上昇させる。BT-549細胞に発現するCS鎖は自身に作用し、細胞自律的に浸潤活性を高めていると考えられる。一方、BT-549細胞は転移先の臓器に発現するCSを利用して転移を成立させるのではないかと考えられる。

CS-Eによって活性化されるN-カドヘリン / β-カテニンシグナル経路の生理的な重要性とは何なのだろうか? 乳がん細胞は血液循環を介して骨、肺、肝臓、及び脳などに転移する。特に肝臓への転移は乳がん患者でよく見られる34。肝臓と骨はCS-Eを高い含量で含むCSを発現する。Fig. 5で示したように、乳がん細胞はN-カドヘリンを介して肝臓のCS-Eに結合し、N-カドヘリン / β-カテニン経路を活性化することで浸潤能を高めている可能性がある。さらに、がん細胞に発現するCS-EによりN-カドヘリン / β-カテニン経路の活性化を増幅させる正のフィードバックループが形成される(Fig. 5)。今後、CS-Eによる細胞自律的なN-カドヘリン / β-カテニン経路の活性化が乳がんの悪性化に関与することをin vivoで示す必要がある。

6. がん微小環境に存在するコンドロイチン硫酸 C

Cユニットを多く含む6-O-硫酸化コンドロイチンC(CS-C)と炎症との関連性が示唆されている。その根拠は、CS-Cは神経損傷の回復過程や神経免疫疾患の病態に影響を与えることが示されているからである。例えば、中枢神経や抹消神経の損傷時に、C6ST-1とその生成物である CS-C の発現が上昇し、CS-Cにより軸索再生は促進される35。さらに、実験的自己免疫性脳脊髄炎はC6ST-1の発現レベルによって影響を受ける36

がんの発生や進行は、免疫細胞による組織浸潤に特徴付けられる慢性的な低レベルの炎症反応と関連することが広く受け入れられている。ニッチと呼ばれるがん細胞周囲の局所的な環境はがんに関連する炎症反応に種々の役割を果たす。ヒトのがん細胞周辺の間質は正常組織と比較し、Cユニットは増加、Aユニットは減少していることが報告されている37。がん細胞ではC4ST-1の発現が上昇しているため、正常細胞と比べてAユニットの発現が上昇している8,38。可溶性CS-Cは、マクロファージ由来の炎症性メディエーターの一つ、一酸化窒素のスカベンジャーとして機能する39。さらに、CS-Cは、インターフェロン-γ及びリポ多糖で刺激した時にマクロファージから放出される炎症性サイトカインであるインターロイキン-6や腫瘍壊死因子の生成を低下させる39。このようなCS-Cのもつ抗炎症効果の少なくとも一部は NF-κB の核移行を抑制することによると考えられている39,40。これらの知見はCS-Cが幅広い炎症性メディエーターを抑制する働きをもつことを示している。それゆえ、がん細胞ニッチに存在するマクロファージが分泌するサイトカインのプロファイルは、がん細胞ニッチに蓄積するCS-Cによって影響されると考えられる。がん発生の初期段階において、M1マクロファージが生成する典型的な炎症性サイトカインはがん化を促進するが、この時CS-Cはがん化を抑制する因子として作用しているのかもしれない。がん生物学におけるCS-Cの役割を明らかにするために、さらに研究を行っていく必要がある。

7. 展望

がん化に伴うCSの構造変化に関する知見が蓄積され、CSが病気の発症や進行を診断するためのバイオマーカーとして重要であることが示されている。上述したように、多くの細胞生物学的な研究により、がん生物学における CS の動作原理が明らかにされ、シグナル分子や成長因子の補受容体として機能するCSの重要性が示された。これらのことから、CSの構造変化は、“病気の結果”だけでなく“病気の原因”である可能性も示唆される。

ごく最近、古典的な糖鎖マーカーとして膵臓がんの診断に利用されているCA19-9が単なるマーカーとしてだけでなく、直接的に膵炎を起こし、膵臓がんの発生を進行させることがマウスにおいて証明された41。CA19-9糖鎖抗原の発現上昇により、免疫細胞が集積した結果、炎症反応が進行し、膵臓から消化酵素が放出され、重篤な膵炎を発症する41。CA19-9糖鎖抗原を抗体で遮断しておくと、膵臓のダメージを軽減し膵がんへの進行が抑えられることがマウスを用いた実験で示された41。これらの知見から、CA19-9が膵炎の有望な治療標的として期待されている。CA19-9と同じように、機能に直結したCSのモチーフ構造を見出すことができれば、新たな治療薬の開発につながる可能性がある。


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