3-3-1. 陰性荷電を持つ天然分子へのA型インフルエンザウイルスの結合
3-3-2. H17- H18 HAの主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex, MHC)タンパク質クラスIIへの結合
氏名:ノングラック・スリウイライジャロエン(Nongluk Sriwilaijaroen)
ノングラック・スリウイライジャロエン博士は、2002-2003年に米国オレゴン州、ポートランドにあるDepartment of Veteran’s Affairs Medical Center およびOregon Health and Science大学のMedical Research Serviceにおける客員研究学生として留学した。2004年には、タイ国立マヒドン大学理学部、生化学部門からPh.D.を取得した。博士は2005年にThammasat 大学医学部 Graduate study における講師として勤務を開始した。さらに、2008年に同学部のPreclinical Sciences 部門における講師となり、現在は、同部門の助教授である。博士は、2007年に中部大学生命健康科学部の鈴木康夫教授の指導の下にインフルエンザの研究を開始した。現在、博士は、ウイルスレセプター、特にシアリルグリカンおよび創薬に研究の焦点をあてている。
氏名:鈴木 康夫
鈴木康夫博士は、静岡県立大学薬学部の教授(1996-2006年)であり、その間、大学院研究科長(1996-1998年)および学部長(1998-2002年)をつとめた。博士のインフルエンザ研究の最初の論文は、「ヒトインフルエンザウイルスが結合する異なる分子種を持つ新しいガングリオシド」に関するもので、1985年、J. Biol. Chem. に掲載された。その後、博士は新しい科学分野である糖鎖ウイルス学(Glycovirology)を発展させてきた。博士は、2006年、定年退官により、中部大学へ教授およびヘルスサイエンスヒルズの director として移動した。博士の最近の研究は、(1)シアル酸含有糖鎖、(2)インフルエンザウイルス、(3)ウイルス創薬に絞られている。博士は、2004年に、日本薬学会賞および中日文化賞を受賞した。
A型インフルエンザウイルスにより引き起こされるインフルエンザは地球規模に広がる人獣共通感染症の一つであり、時には世界流行(パンデミック)を引き起こし、やがて季節性インフルエンザとなる。現在は、1968年パンデミック由来のH3N2および2009年パンデミック由来のH1N1亜型が季節性インフルエンザとしてヒト間で流行している。A型インフルエンザウイルスは2つのスパイク糖タンパク質、ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)を持つ。これらは、それぞれ、H1-H18、N1-N11の亜型を持つ。H17N10およびH18N11は、最近、コウモリから発見されたが、これらの感染にはシアル酸含有糖鎖は関わっていない1。H1-H16 HAおよびN1-N9 NA 亜型は野生水鳥に見いだされるが、そのうちの一部は種々の動物にも存在する。H1-H16 HAは宿主レセプターのシアル酸含有糖鎖への結合、宿主細胞へのウイルスの侵入2に関わる。一方、NAは宿主の疑似/真のレセプターのシアル酸の加水分解と宿主細胞からのウイルス粒子の遊離に関わる3。シアル酸含有糖鎖は広く動物に分布しており、その化学構造も動物種、組織により異なっている。シアル酸含有糖鎖レセプターへの結合特異性は、シアル酸の結合様式との関連でこれまで広く研究されてきた4-10。最近の化学および生物学的技術および機器の進歩により、H1-H16 HAはシアル酸含有糖鎖レセプターを用いるが、H17-H18 HAはシアル酸不含のレセプターを用いるなど、A型ウイルスのレセプター認識特異性に多様性があることも明らかになってきた。今回、A型インフルエンザウイルスのレセプター結合特異性に関する最近の進歩についてまとめた。
自然界において、シアル酸(Sia)には2つの分子系統、Neu(neuraminic acid, 5-amino 3,5-dideoxy-D-glycero-D-galacto-non-2-ulosonic acid)と KDN(2-keto-3-deoxy-D-glycero-D-galacto-nononic acid)が存在する。H1-H16インフルエンザAウイルスのHAは主に5-N-acetylneuraminic acid(Neu5Ac)および 5-N-glycolylneuraminic acid(Neu5Gc)に結合するが、KDN誘導体に結合するものはこれまで知られていない。A型インフルエンザウイルスの結合には、末端のSia 1つが必要で、Siaα2-8Siaのように2つ連続した Sia やガングリオシドGM1やGM2のように糖鎖の中間に存在するガラクトース(Gal)に結合した Sia は認識されない11,12。ウイルスは、末端から2番目のGal、 N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)またはN-アセチルグルコサミン(GlcNAc) とα2-3 結合した(但し、GlcNAcを省く)非還元末端のSia または α2-6 結合したSiaに結合できる13。ヒト11,14,15、ブタ16の呼吸器および鳥腸管17には共通してSiaα2-3Gal(鳥ウイルスにより優先的に認識されるシアロ糖鎖)およびSiaα2-6Gal(ヒトおよび古典的ブタウイルスにより優先的に認識されるシアロ糖鎖)が存在する。ウイルスにより認識される主要な糖鎖は、モノシアロラクトサミン(LacNAc)I型(Galβ1-3GlcNAc)および II型 (Galβ1-4GlcNAc)糖鎖、すなわち、Siaα2-3(6)Galβ1-3(4)GlcNAcである18。II型糖鎖は普遍的に動物組織に発現されているが、I型糖鎖は主に消化管に発現されている11。
1968年以来ヒトの間で最も長い期間流行してきたヒトH3N2変異株は、流行の過程で、短いヒト型レセプター、
Siaα2-6Galβ1-4GlcNAcβ1-(6′Sialyl LacNAc)19,20への結合性が弱くなり、長いヒト型レセプター糖鎖、6′SiaylpolyLacNAcへの結合性を獲得したことは広く知られている20,21。我々は、異なる宿主、異なる流行期間、異なる亜型のA型ウイルス臨床分離株を用いてレセプター結合特異性を調べた。用いたウイルスは、パンデミックウイルス、A/Narita/1/09(H1N1)および A/California/04/09(H1N1); 季節性ウイルス、A/Aichi/28/04(H1N1)、A/Kitakyushu/10/06(H1N1)、A/Yamaguchi/20/06(H1N1)、A/Aichi/75/08(H3N2)およびA/Aichi/102/08(H3N2); 鳥ウイルス、A/duck/Hokkaido/Vac-1/04(H5N1)、 A/duck/Tsukuba/394/05(H5N3)およびA/mallard/Hokkaido/24/09(H5N1); ブタウイルス、 A/swine/Tochigi/1/08(H1N2)であり、レセプター分子として1つまたは3つのLacNAc(LN)繰り返し構造を持ち、ポリα-L-グルタミン酸(PGA)11に繋がっている合成の 3′ および6′sialylglycopolymer, Neu5Acα2-3(6)(Galβ 1-4GlcNAc)1または3 β-pAP-PGA11を用いた。得られた結果から、A型インフルエンザウイルスのレセプター結合特異性は、2つのグループに分けられることが分かった。グループ1は調べた全ての鳥インフルエンザウイルスに当てはまるのであるが、非選択的に、短いα2-3Neu5Ac-LN および 長いα2-3Neu5Ac-LN-LN-LN糖鎖の両方へ結合した。グループ2は末端にα2-6Neu5Acを持つヒト型レセプターへの結合性を示すが、さらに2つのサブグループに分けられ、サブグループ1は、ブタ(H1N2/08)および2009年パンデミック株ウイルス(H1N1/09)が当てはまり、これらは非選択的に短いα2-6Neu5Ac-LN糖鎖および長いα2-6Neu5Ac-LN-LN-LN糖鎖の両方へ結合した。サブグループ2は、季節性インフルエンザウイルス(H1N1/04, H1N1/06, H3N2/08)が当てはまり、選択的に長い α2-6Neu5Ac-LN-LN-LN糖鎖のみに結合性を示した。興味深いことに、ブタ(H1N2/08)ウイルス、および北米ブタ由来のH1pdmを持つパンデミック株(H1N1/09)はHAモノマー分子頭部には、わずか1つのN-グリカンが付加されていた。一方、1977年に再興したH1N1/77由来の季節性インフルエンザウイルスH1N1/04やH1N1/06のHAモノマー分子頭部には、4つのN-グリカンが、1968年世界流行となったホンコンインフルエンザH3N2/68pdm 由来の季節性のH3N2/08のHAモノマー頭部には6つのN-グリカンが付加されていた11。さらに、上述したレセプター結合サイト(RBS)周辺への糖鎖付加のみならず、長い期間、流行(H3N2/08は40年間、H1N1/04およびH1N1/06はそれぞれ27年間、29年間)を繰り返してきたウイルスにはRBSにアミノ酸置換が導入されていた。これらの変異がウイルスレセプター結合特異性に影響を与えているものと考えられる。Lin ら19は、H3N2/04 HAにおけるD225Nの置換導入は、2-Gal水酸基との水素結合形成を失わせ、その結果、2005年に流行したH3N2 の短いレセプター糖鎖への結合性が減少することを示した。2014年以降、RBSにおいては、いくつかのアミノ酸置換、K158N、F159YおよびN189Kとともに N225D変異などがみられ、さらに研究される必要があるが11、 A型インフルエンザウイルスのシアル酸含有レセプター糖鎖の長さへの結合特異性は、HA頭部の糖鎖付加の数およびRBSアミノ酸変異が関わっている可能性がある。これらの変異は、ウイルスが継続して流行を引き起こすために宿主免疫監視機構から逃がれる結果として起こるものと考えられる。
我々は、ヒト正常肺胞のN-グリカンを解析した結果、多くの短い3′Sia-LN(22.32 mol%)および 6′Sia-LN(16.10%)糖鎖を見出した。これらより長い糖鎖はNeu5Ac-LN-LN(0.15%)(LN単位は2個)のみであった11。一方、1-10個のLN 単位を有する長いシアリルポリLN構造はヒトの上気道に検出されている14,15。すなわち、ヒトの呼吸器系においては、肺胞、上気道などの部位により異なるシアル酸含有糖鎖が見いだされる。この事実は、パンデミック(H1N1)2009ウイルスは、長い期間流行してきた季節性ウイルスに比べて多くのインフルエンザ肺炎を起こした22ことを説明できる重要な因子となる。即ち、長短いずれの長さのシアル酸含有レセプター糖鎖へ結合できるパンデミック(H1N1)2009ウイルスは、肺胞に豊富に存在する短いレセプター糖鎖へ結合でき、肺炎を惹起するが、長いレセプター糖鎖のみへ結合でき、短いレセプター糖鎖への結合性を欠いている季節性ウイルスは、短いレセプター糖鎖は豊富だが、長いレセプター糖鎖が少ない肺胞へは結合できず、上気道に存在する長いレセプター糖鎖へ結合するために重篤な肺炎に至ることが少なかった可能性が考えられる。このように、A型ウイルスのレセプター糖鎖の長さへの認識特異性は、ウイルスの組織親和性や病原性の決定に寄与している。長いレセプターシアル酸含有糖鎖は全てのA型インフルエンザウイルスに結合できるので、今後、ワクチンやHAのRBSを標的とする抗インフルエンザ薬をデザインする上で重要な知見である。
宿主細胞のエンドサイトーシス部位における特異的なシアル酸含有糖鎖へのH1-H16亜型ウイルスHAの結合は、ウイルスの感染成立に対して必須である。2018年Fujiokaら23は、特異的なシアル酸含有糖鎖が付加されたタンパク質である電位依存性カルシウムチャネル Cav1.2、が、エンドサイトーシス部位に存在し、宿主細胞へのCa2+の流入がウイルスの細胞内侵入と感染に重要であることを示した。著者らは、インフルエンザA/Puerto Rico/8/34(H1N1)(PR8)ウイルスのHAはCav1.2に結合すること、Ca2+キレーターであるEGTAではなく、シアリダーゼ処理が部分的にHA-Cav1.2の結合を阻害することを見出した。また、HAはCav1.2のシアリル、非シアリル領域のいずれにも結合し、 Cav1.2のCa2+への結合はHAの結合には必要でなかった。Cav1.2のtruncation変異を発現した細胞膜を用いた結果Cav1.2のSegment IVがHAの結合部位であること、segment IV におけるシアリル糖鎖付加部位のAsnのN1436Q、N1487QおよびN1436Q + N1487Q 変異は野生型のCav1.2に比べてHAの結合性が減少することを見出した。この結果は、Cav1.2のsegment IV におけるN1436とN1487に結合したシアル酸含有糖鎖がHAのレセプターであることを示している。
アムロジピン、ベラパミル、ジルチアゼムを含む試した全てのCa2+ チャネルブロッカー(CCBs)および細胞内Ca2+キレーター BAPTA-AMは濃度依存的にPR8感染を阻害した。さらに、ベラパミルを除く全てのCCBsは、インフルエンザウイルスA/Aichi/2/68(H3N2)の感染も強く阻害した。試験した化合物の中で、ジルチアゼムおよびBAPTA-AMが最も強くウイルス感染を阻害した。蛍光共鳴エネルギー移動Caセンサー(fluorescent resonance energy transfer-based Ca2+ sensor)Yellow Cameleon(YC3.60)を持いて、ジルチアゼムが2つの異なる宿主細胞、Cos-1およびA-549におけるPR8またはAichi ウイルス感染によるCa2+ oscillationやウイルスの細胞内進入を阻害することが示された。これらの結果は、電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)Cav1.2 がウイルスの侵入に必須であることを示している。VDCCのうちL-タイプチャネルは広く分布しており、L-VDCC サブタイプのうち、Cav1.2が他のサブタイプに比べて、ヒト組織に広く且つ高く発現されていることが分かった。さらに、A549 および 293T細胞におけるCav1.2 siRNAのノックダウンは、PR8ウイルスにより誘導されるCa2+ oscillation、ウイルスのエントリーおよび感染を阻害することから、Cav1.2はウイルス感染に必要であることが示された。
免疫組織染色により、Cavタンパク質は、ネズミの呼吸器系に異なる量で存在していることが示された。麻酔マウスの鼻腔内をPR8ウイルス感染の前後1日にジルチアゼムで処理すると鼻腔洗浄液中のウイルスは著しく減少した。この結果は、ジルチアゼムは、インフルエンザウイルス感染の予防および治療剤となり得ることを示している。マトリゲル上または中に培養したヒトの気管支上皮細胞株(BEAS-2B)を予め処理し、回転楕円体疑似肺胞および疑似気管支上皮細胞を構築し、これに予めジルチアゼム処理を行い、PR8暴露を行った場合も宿主細胞へのウイルス感染が減少したことから、ヒトの呼吸器系においてもCa2+拮抗薬であるジルチアゼムは有効に働くことが示された。
3-3-1. 陰性荷電を持つ天然分子へのA型インフルエンザウイルスの結合
最近、ヒト肺―ショットガンN-グリカンマイクロアレイ(human lung-shotgun N-glycan microarray: HL-SGM)によるヒト肺組織のN-グライコームからの天然分子に対するA型インフルエンザウイルスの結合性が調べられた24。本研究は、予想に反して、調べた全ての鳥(H1N9, H6N1)、ブタ(H1N1, H1N2, H3N2)、ヒト(H1N1, H3N2) のウイルス株は、HL-SGM chart IDs 上に結合した。これは、α2-6Siaに結合するレクチン(SNA)やα2-3Sia-結合性レクチン(MAL-1)により認識されないことから、全てのウイルスはシアル酸を持たないN-グリカンに結合したことを意味する。そこで、さらに詳しく季節性のA/Pennsylvania/08/2008(H1N1)ウイルスを用いて結合性を調べた。いくつかの実験から、ウイルスが結合したシアル酸を持たないグリカンは、リン酸化グリカンであることが分かった。例えば、ウシアルカリホスファターゼ処理されたHL-SGM chart IDs上へのウイルス結合性は、arthrobacter ureafaciensノイラミニダーゼ処理された場合のそれとは異なっていた。ノイラミニダーゼ処理したHL-SGM上へのウイルスの結合性はmannose-6-phosphateグリカンへの結合特異性を持つ抗体の単鎖 variable ドメイン、M6P-1(Fv M6P-1)断片の存在下では競合的に阻害された。HL-SGMをホスファターゼ次いでノイラミニダーゼ処理すると完全にウイルスの結合性は消失した。未処理のHL-SGM上のシアル酸含有グリカンへのウイルスの結合性はMan6Pの存在下で影響を受けなかったが、ノイラミニダーゼ処理したHL-SGMへのウイルスの結合性はMan6Pの存在下で減少した。このことは、ウイルスはSiaレセプター結合サイトとは異なる部位に存在するリン酸化グリカンに結合していることを示唆している。その他のリン酸化されたグリカンまたは硫酸化糖鎖、例えば、マンノース-6-硫酸やフコース-6-リン酸を用いた場合、Man-6-Pに比べて阻害活性が低く、リン酸化された高マンノース型N-グリカンがA型インフルエンザウイルスの結合性に関与しているに違いないと結論された。著者らは、リン酸化されたグリカンは、ウイルスの宿主細胞への侵入を促進するコファクターあるいはファシリテーターであるかもしれないと述べている。
以前、我々は、Rhodococcus equi株 S420 から単離した特殊な脂肪酸である14-メチルオクタデカノイン酸およびパルミチン酸と陰性荷電を持つホスファチジルイノシトールがヒト(H1, H2 およびH3)、カモ(H1-H7およびH9-H12)、ブタ(H1, H3)A型インフルエンザウイルス、精製されたHA(A/Aichi/2/68のHAをブロメライン処理により遊離させたもの)、およびヒトB型インフルエンザウイルスに結合することを報告した25。この結果から、ホスファチジルイノシトール - ウイルス間の結合はシアル酸含有糖鎖への結合と異なりウイルス株に依存しないことが示唆された。この物質はウイルスによる赤血球凝集、ウイルスにより惹起される溶血、およびMDCK細胞におけるヒト H1、 H2 およびH3 の感染を阻害した。ウシ肝(ステアリン酸およびアラキドン酸を持つ)や大豆(パルミチン酸、リノレン酸を持つ)のホスファチジルイノシトール(PI)は14-メチルオクタデカノイン酸およびパルミチン酸を持つホスファチジルイノシトールより活性は低いが、ウイルスによる赤血球凝集、溶血、およびA/Aichi/2/68(H3N2)ウイルスの感染を阻害した。但し、脂肪酸を持たないL-α-グリセロホスホ-D-ミオイノシトールは、阻害活性を示さなかった。さらに、陰性荷電を持つウシ脳ホスファチジルセリン(PS)も同様にウイルスへの結合、ウイルスによる赤血球凝集、溶血、感染を阻害したが、中性の荷電を持つウシ脳ホスファチジルエタノールアミン、ウシ肝ホスファチジルコリン、ウシ脳スフィンゴミエリンは試験した濃度で阻害活性を示さなかった。PSは調べたどのPIよりも結合活性、阻害活性は低かった。酸性のリン脂質は、ウイルスHAのfusion loop 近傍へ吸着し、酸性リン脂質の脂肪酸部位は、ウイルス膜に埋め込まれているHAのcytoplasmic tailに存在するパルミチン酸と相互作用し、その結果、ウイルス感染を阻害している可能性が示唆された。酸性リン脂質は、インフルエンザウイルスノイラミニダーゼの基質にならず分解されないので、インフルエンザウイルス阻害剤として利用価値があるものと思われる。
3-3-2. H17- H18 HAの主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex, MHC)タンパク質クラスIIへの結合
最近、新しいインフルエンザ様ウイルスゲノム配列(H17N10および H18N11)がコウモリから発見された26-28。驚くべきことに、これらのウイルスのHA分子は標準的なSia含有鳥およびヒトタイプのレセプターへの結合性を持たず、NAはシアリダーゼ活性、すなわちSiaと還元末端から二番目の糖との間のグリコシド結合を切断する活性を持っていなかった。よって、コウモリ由来のインフルエンザウイルスはこれまでのH1〜H16亜型インフルエンザウイルスとは異なる細胞侵入機構を持っている可能性が信じられてきた。2019年、Karakusら29およびGiotisら30は、主要組織適合遺伝子複合体クラスII(MHC-II)ヒト白血球抗原(HLA)DR isotype が、コウモリのH17 または H18 ヘマグルチニンを持つpseudoタイプウイルスの侵入に必要であり、H17N10およびH18N11 ウイルス感染の細胞感受性を担うものであることを証明した。彼らは、H17およびH18 pseudo タイプウイルスに感受性および非感受性の細胞を用いて、両者に発現されている膜タンパク質遺伝子の発現をgene knockout および/またはRNA干渉によりdown regulationしたり、特異的モノクローナル抗体により膜タンパク質の機能をブロックしたりする方法により、 pseudoウイルスが結合できる宿主細胞膜タンパク質をコードしている遺伝子を同定した。その結果MHC-II HLA-DR がコウモリ由来のA型インフルエンザウイルス(H17N10, H18N11)の細胞内侵入に必須であることを明らかにした。このpseudoタイプウイルスはヒトのHLA-DR+細胞に侵入出来ることからH17N10ウイルスは人獣共通感染能を持つことが示された。SARS、エボラ、ニパウイルスは既にコウモリからヒトへの伝播を果たしている。よって、今後、コウモリインフルエンザウイルスが持つ分子の宿主との相互作用や役割に関する広範な分子研究が緊急に必要である。さらに、すでにN1-N9を標的とした抗ウイルス薬が開発されていることを踏まえ、未だ不明なコウモリインフルエンザウイルスのNA(N10, N11)タンパク質の機能解明とコウモリウイルスの他の動物やヒトへの感染拡大の監視は重要である。
インフルエンザウイルスHAとレセプターとの相関は、ウイルスの宿主特異性や病原性の鍵を担うものである。そのため、多くの研究グループは重要な知見を発表してきた。ここでは、我々は、A型インフルエンザウイルスの宿主細胞への結合や侵入との関連でよく知られた既知および新しい情報を集め、解析した。H1-H16亜型のウイルスは、新しい宿主へ種の壁を超える時、標的細胞上の新しいSia分子種や結合様式に対する新しい結合性を獲得することは近年良く知られている。季節性のH1およびH3ウイルスは、ヒト宿主での免疫監視機構からの回避や宿主への感染のバランスによる選択圧を受けると、長短両シアロ糖鎖結合性から長いシアル酸含有糖鎖への選択的結合性を進化上獲得することが示唆されてきた。最近、 カルシウム拮抗薬(CCB)または電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)Cav1.2のノックダウンによるウイルス侵入の阻害および Cav1.2チャネルへのウイルスHAの結合によるCa2+の宿主細胞への流入とウイルスの侵入が明らかとなった。このことは、VDCC Cav1.2に存在するシアル酸含有糖鎖が、ウイルス感染に対するエンドサイトーシス部位におけるSia レセプターとして必要であることを示している23。しかしながら、糖鎖付加部位欠損変異を持つCav1.2やシアリダーゼ処理Cav1.2に対するウイルスHAの結合性は野生型Cav1.2に比べて不完全な阻害しかかからないことから、ウイルスHAと相互作用するCav1.2の部位は、シアル酸含有領域および非含有領域の2つがあることを示している。そこで、ウイルスHAと宿主Cav1.2間の相互作用の解明において、Cav1.2上のシアル酸非含有領域についての研究は、抗ウイルス薬の開発やウイルスHA上にある宿主Cav1.2のシアル酸非含有領域へ結合する部位が宿主によりどのように変異するのかを調べる上で必要となる。
試験した全てのA型インフルエンザウイルスは、陰性電荷を持ちシアル酸を持たないリン酸化グリカンに結合できることが見いだされた。しかし、このリン酸化グリカンの結合部位や結合の役割についてはさらなる研究が必要である。リン酸化グリカンにはいくつかの可能性が考えられる:ウイルスのリン酸化グリカンへの結合は宿主細胞表面へのランディングに有用であり、ウイルスのエンドサイトーシス部位へのローリングを容易にするものである。また、ウイルスの感染に対して、Siaレセプターのコレセプターまたは代替レセプターとして有用であり、Siaレセプターの非競合的阻害剤としてウイルス感染の阻害に有用であるなどが考えられる。非シアリル化リン酸化グリカンのみならず、陰性荷電を持つシアル酸非含有リン脂質(PIおよびPS)はインフルエンザAウイルスへの目覚ましい結合性を持つ。酸性リン脂質がインフルエンザAウイルスのHAスパイクへの結合性を持つことが示されたが、そのHAスパイク上の結合部位はさらに調べられるべきである。これらのリン脂質はウイルスによる赤血球凝集活性の阻害やウイルスによる膜融合の阻害活性の両方を持つ。そして、14-メチルオクタデカノイン酸およびパルミチン酸と陰性荷電を持つホスファチジルイノシトールは最も効果的なインフルエンザウイルス感染阻害作用を示した。宿主細胞膜では、PIやPSは細胞膜の内側の多い、よって、これらのリン脂質はインフルエンザウイルスのレセプターとして機能できない。しかしながら、PIやPSは、しばしば微生物への天然バリアとなっている気道サーファクタント(界面活性物質)31,32や粘液33の中に見いだされる。粘液におけるシアル酸含有疑似レセプターはインフルエンザウイルスのシアリダーゼ活性により除去されるが、脂肪酸を持つこれらの酸性糖脂質PIやPSはおそらくウイルスのHAと結合し、ウイルスをトラップすることによりウイルスの感染や体内拡散を阻止しているかもしれない。
ヒトを含む広範囲の宿主に存在するMHC クラスIIタンパク質がコウモリのインフルエンザウイルスH17 – H18の感染レセプターであるという発見29,30は、これらのウイルスが他の動物にも伝播拡散する可能性を示している。MHC クラスIIタンパク質は抗原提示免疫細胞に見いだされるので、コウモリのウイルスは免疫細胞に感染する可能性があり、宿主の免疫監視や応答の侵害を招く恐れがある34。よって、他の動物やヒトに伝播する可能性のある新変異ウイルスの防御体制の確立は必須である。
本研究で述べたウイルス/HAの糖質、タンパク質、脂質など宿主分子への結合に関する研究は、ウイルスの感染や伝播の制御の道を見出すためにさらに重要となるであろう。