宮田 真路
東京農工大学農学部
北島健教授(名古屋大学)の薫陶を受け、シアル酸研究により2006年に博士(農学)を取得。その後、Victor D. Vacquier教授(UCSD)の下で博士研究員として研究した。2007年から北川裕之教授(神戸薬科大学)の下、博士研究員としてグリコサミノグリカン研究を開始した。名古屋大学特任助教(2013-2019年)を経て、2019年から東京農工大学で研究室を主宰し、神経系におけるヒアルロン酸とプロテオグリカン複合体の機能解析を行っている。
第14回ヒアルロン酸国際カンファレンス(HA 2023)が、2023年6月4日から8日まで米国オレゴン州ポートランドのヒルトンホテルで開催された(写真 1)。ポートランドは自然の美しさと都会の活気が融合した米国でも人気の街である。ポートランドはCity of Rosesとしても知られており、会議のあった6月はワシントンパークの国際バラ試験園で育てられている一万株以上のバラが、まさに満開の見頃であった(写真 2)。
HA 2023の主催者は、Paul Bollyky博士(Stanford University)と Larry Sherman博士(Oregon Health & Science University)であり(写真 3)、Anthony J. Day博士(Manchester University) 、Timothy Bowen博士(Cardiff University)、Soma Meran博士(Cardiff University)、Melanie Simpson博士(North Carolina State University) が組織委員として企画、運営された。この国際会議は、International Society for Hyaluronan Sciences(https://ishas.org/) が主催となり2、3年間隔で開催されている。前回会議であるHA 2021は、パンデミックの影響でオンライン開催となった。Paul Bollyky博士とLarry Sherman博士が主催者となり、パンデミックの渦中においてもヒアルロン酸研究が絶え間なく進展していることを示した、素晴らしい会議であった。しかし、時差のため日本時間で真夜中の会議への参加はなかなかに困難であったことは事実である。今回はHA 2019以来、実に4年ぶりの現地開催となり、多くの研究者が旧交を温めていた。HA 2023には、15カ国以上から142名が参加し、10個のセッションで延べ53の口演と43のポスター発表があった(写真 4) 。分子レベルの基礎研究から、臨床や産業への応用研究まで、幅広い研究者が集うことが本会議の特徴である。巨大な会議とは異なり、研究者同士がオープンに交流できるのも本会議の魅力である。また、25企業からの参加もあり、ヒアルロン酸研究に対する産業界の注目の高さを反映していた。各セッションのタイトルは以下の通りである。
初日は、Rooster Prize受賞者であるDavid Jackson博士(University of Oxford)の講演で会議の幕が開いた(写真 5)。ヒアルロン酸受容体の構造と機能に関する博士の多大な貢献を説明する魅力的な内容であった。特に、CD44とLYVE1という2つの相同性のある受容体が、全く異なる様式でヒアルロン酸と相互作用するという結果は驚きであった。その後は、冠雪したフッド山を遠くに見渡せるヒルトンホテルの最上階でバンケットが行われた。
2日目は、Paul Kubes博士(University of Calgary)の基調講演から始まり、ミエロイド系細胞が組織に入り込む際に、CD44とヒアルロン酸との相互作用がいかに重要であるかを示した。続く10個のセッションすべての演題を取り上げることはできないので、筆者が個人的に印象に残っている演題だけを紹介する。セッション1では、ヒアルロン酸の代謝と生合成に関する発表があった。Yu Yamaguchi博士(Sanford Burnham Institute)のTMEM2に関する発表では、徹底的な検証からTMEM2自体が細胞外ヒアルロン酸分解酵素であることを示していた。矛盾する報告も存在しているが、さらなる研究によって近いうちに問題は解決するであろう。また、Matej Simek 博士(Contipro)は、放射性同位体標識したヒアルロン酸を用い、経口摂取したヒアルロン酸のほとんどすべてが腸内細菌叢によって代謝されることを証明していた。無菌マウスではヒアルロン酸が全く吸収されないということも驚きであった。経口摂取したヒアルロン酸が、腸内細菌叢ひいては人体にどのような影響を与えるのか調べることは、今後極めて重要になると感じた。
セッション2では構造生物学、生物物理学的なアプローチによる発表が続いた。Jochen Zimmer博士(University of Virginia School of Medicine)は長年不明であったヒアルロン酸合成酵素の立体構造を初めて解き明かし2022年にNature誌に報告している。本発表においても構造解析と生化学的解析を統合することにより、ヒアルロン酸合成酵素がヒアルロン酸のサイズを制御する新規の機構を提案した。この発表により、Jochen Zimmer博士の研究グループは、前回の会議以来ヒアルロン酸研究に最も大きく貢献した研究グループに贈られるISHAS Renato Iozzo Singular Achievement賞を受賞した。セッション3では炎症反応、免疫応答におけるヒアルロン酸の重要性が議論された。Dorothea A Erxleben(Virginia Tech and Wake Forest University)は、炎症マーカーであるヒアルロン酸とinter-α-trypsin inhibitor heavy chainとの複合体をナノポアで分析する手法を開発し、その発表により若手研究者の最優秀講演に贈られるMark Lauer賞を受賞した。
その後、一人持ち時間一分間のポスタープレビューに続いて、ポスターセッション1が行われた。ワインやビールを片手に活発な議論が繰り広げられた。筆者の宮田は、現地開催のヒアルロン酸国際カンファレンスに参加するのは初めてであったが、Larry Sherman博士を始め、多くの研究者と友好関係を築くことができた。また、Mary K Cowman博士(New York University) とお話できたのも光栄であった(写真 6)。なぜなら、筆者らが脳ヒアルロン酸のサイズを分析する手法を確立するために、常々参考にしたのは博士の長年の研究だったからである。筆者の研究室の博士課程学生であるDiana Egorovaもポスター発表を行い(写真 7)、今まで論文でしか知らなかった研究者と実際に議論できたことに感激していた。
3日目は、2021年のEndre Balazs and Janet Denlinger賞の受賞者であるAaron Petrey博士(University of Utah)の、大腸炎におけるTSG-6とヒアルロン酸複合体の機能に関する発表から始まった。セッション4および5では臨床、再生医療とバイオテクノロジーへの応用に関する発表が続いた。Nadine Nagy博士(Stanford University)からは、ヒアルロン酸合成阻害剤である4-メチルウンベリフェロンを用いたヒト臨床試験の結果が示され、今後COVID-19を含めた肺疾患への応用が期待される。また、Hiroyuki Yoshida博士(Kao) からは、N-acetylglucosamine誘導体が表皮ヒアルロン酸の生合成を促進する研究が報告された。他にもヒアルロン酸の合成と代謝をコントロールすることで病態制御を目指した発表が続いた。近い将来、ヒト個体レベルでヒアルロン酸合成を調節することが、疾患治療や抗老化において重要となることを認識した。その後はポスターセッション2が行われ、前日と同様に議論が繰り広げられた。
4日目は、Jonathan Sleeman博士(University of Calgary)の基調講演から始まり、ヒアルロン酸のサイズの違いがどのように生体機能に影響を与えるか学んだ。セッション6では神経科学領域における研究が紹介された。筆者も本セッションで発表する機会を得た。多くの研究者から貴重なフィードバックをいただけたことは今後の研究にとって大きな糧となるであろう。Anthony J. Day博士からは、網膜の加齢黄斑変性におけるinter-α-trypsin inhibitor heavy chainの研究が示された。inter-α-trypsin inhibitor heavy chainとヒアルロン酸との複合体は、他にもいくつかの発表で取り上げられており、この特殊な構造が他の中枢神経性の疾患にも関与するのか研究が必要であろう。また、Alec Peters(Oregon Health & Science University)は、炎症性脱髄で発現上昇するCEMIPがミエリン形成を阻害するという興味深いデータを示していた。CEMIPとTMEM2という相同性の高いヒアルロン酸分解関連分子の研究は今後さらに注目を浴びると期待される。
セッション7および8ではウイルス性疾患およびがんにおけるヒアルロン酸研究が報告された。Paul Bollyky博士は、COVID-19患者の呼吸器分泌液には多量のヒアルロン酸が存在することを早くから報告していた。次のパンデミックに備えるという意味でも、感染症におけるヒアルロン酸の役割を知り、それを制御する手法を確立することは重要である。夜にはディナークルーズが催された(写真 8)。船は2時間半かけてウィラメット川に沿ってクルーズし、参加者は生演奏の音楽を聴きながら食事を楽しみ、交流を深めた(写真 9) 。
最終日のセッション9では、細胞内シグナリングにおけるヒアルロン酸の重要性が議論された。Harry Karmouty-Quintana博士(University of Texas Health Science Center)は、慢性肺疾患におけるヒアルロン酸の増加が、HAS2 mRNAの選択的ポリアデニル化によって調節されることを見出しており、このような機構が他の疾患でも起こるのか興味深い。Vincent C Hascall博士(Cleveland Clinic)は、高血糖条件においてヘパリンがヒアルロン酸合成を阻害する機構を示した。これぞ生化学解析の王道と感じさせる研究内容であった。ヒアルロン酸研究のレジェンドが現役で研究されている姿に大きく鼓舞された。
セッション10では発生と老化に焦点をあてた研究が続いた。Kathryn L. Schwertfeger博士(University of Minnesota)は、乳腺発達において線維芽細胞がヒアルロン酸を合成する一方で、組織常在クロファージはLYVE1を発現し、これにより2種類の細胞が相互作用することを示した。また乳腺ヒアルロン酸の異常と乳がんとの関連も示唆していた。会議の締めくくりとして、2023年のEndre Balazs and Janet Denlinger賞の受賞者である、Vivien Coulson-Thomas博士(University of Houston)が角膜におけるヒアルロン酸の意義を発表した。
今回初めてヒアルロン酸国際カンファレンスに参加した雑感として、まず女性研究者の割合の高さに驚かされた。参加者の半分以上は女性だったと思うし、Travel Awardを受賞した若手研究者は8人すべてが女性であった。何よりも、このことがごく当たり前に受け入れられており、日本との差はまだまだ大きいと感じた。また複数の日本企業が本会議のスポンサーとして貢献しているにも関わらず、日本の大学研究者の参加が少ないことに不安を覚えた。ヒアルロン酸を含めた糖鎖研究における日本人研究者の寄与は大きいが、今後も存在感を示すには国際学会で成果を発信し続けることが大切であろう。ただ、急激な円安と世界的な物価高騰により外食時の支払いは日本と比べて2から3倍程度の金額となっており、国際学会に参加するのを躊躇する傾向もあるかもしれない。しかしながら、数年ぶりに現地開催の国際会議に参加して切に感じたのは、科学の発展には研究者同士の交流が不可欠であり、それはやはりオンライン開催ではなかなか生まれにくいこということである。
最後になるが、筆者をHA 2023に招待してくださった組織委員会に感謝申し上げます。写真のいくつかはISHAS Twitter(https://twitter.com/ISHAS_org)の許可を得て掲載しました。また、次回のヒアルロン酸国際カンファレンスは2025年6月9日から12日にかけて米国イリノイ州シカゴで開催されることがAnna Plaas博士(Rush University)から宣言されています。