相川 京子
お茶の水女子大学教授
がん特異的な糖鎖抗原の解析で、約30年前に糖鎖科学研究と出会いました。がん組織の糖脂質を抽出・分析していた当時、がん化による糖鎖構造のドラマチックな変化に感動するとともに多くの疑問を抱きました。レクチンの生体内での機能を追求すると、それらの疑問のいくつかに答えを出すことができるような気がし、レクチン研究を始めました。その後、グリコサミノグリカン、N-グリカン、O-グリカン、糖脂質も対象に、”ピンポイントに深く”研究を進めています。
TIAナノバイオサマースクール(糖鎖・レクチン)は2017年より、毎年9月上旬にお茶の水女子大学を会場に開催されています。2019年で第3回を迎えました。TIAは産業総合研究所を含む5機関の連携によるイノベーション推進活動拠点で、本スクールはその人材育成活動事業の一環として実施されています。サマースクールということで、院生・学生のみが対象と思われるかもしれませんが、大学教員、企業研究者の参加も歓迎しています。私は第1回には講師として、また、第3回は開催側の一人として参加しました。以下に第3回の概要を紹介します。
本集会は、
1)講義:糖鎖・糖質科学、複合糖質とレクチン(糖結合タンパク質)に関わる基礎的な知識やホットな研究成果を集中的に聞く。
2)演習:講義内容からヒントを得て、あるいは自由な着想をもとにして、グループディスカッションを行い、今までにない新しい糖鎖研究課題の発案に挑戦する。
という構成の二日間のコースで、これまでの3回で、講師は毎回異なっていましたので、リピーターとして参加された方もいらっしゃいました。第1日目の朝に、笠井献一校長(帝京大学名誉教授)の挨拶でスクールは始まり、続いて全参加者による自己紹介や研究紹介、スクールに参加した動機などに関して5分間スピーチが行われました。スピーチにあたり、事前にプレゼン資料の準備がありますが、参加者それぞれが工夫を凝らしてまとめた内容はみな興味深いものでした。今回の参加者も、バックグラウンドが生物学、生化学・分子生物学、情報科学、構造科学、合成化学、分析化学、医学など幅広く、この自己紹介の時間は参加者がお互いを知り、二日間を有意義に過ごすために役立ちました。その後はグループに分かれて数名で、演習の研究課題提案に関する最初の打ち合わせを行いました。以後、講義の合間の時間を適宜使ってグループワークを行い、二日目の成果発表の準備を進めて行くことになります。
午後からは糖鎖基礎編として、糖鎖の生合成(木塚 康彦・岐阜大)、細胞内分解(鈴木 匡・理研、吉田 雪子・都医学研)、糖鎖構造解析(矢木 宏和・名古屋市大)に関する講義が行われました。まずは、糖鎖・複合糖質の基本構造、糖鎖の研究手法を知るとともに、糖鎖の生物学的機能を知る一環として、アルツハイマー症やがんなどの疾患と糖鎖、リソソームにおける分解と代謝異常症、ユビキチン-プロテアソームにおける分解系、ペプチドN-グリカナーゼ(PNGase)の関わる新代謝経路の発見などの話題が紹介されました。また、核酸やタンパク質に適用されているようなオートマチックな配列解析法は糖鎖にはなく、質量分析や液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴法、フロンタルアフィニティークロマトグラフィーなどを駆使した解析の現状も紹介されました。二日目は糖鎖研究と他領域との融合研究への展開として、4つの挑戦的な研究が紹介されました。生体内で人工的に糖鎖を作る技術開発と疾患治療への応用(田中 克典・理研)、幹細胞関連として、皮膚幹細胞再生の仕組みと皮膚幹細胞の老化と糖鎖変化(佐田 亜衣子・筑波大)、腸管幹細胞を使ったオルガノイド作成技術開発とその医療や腸内細菌研究への展開(佐々木 伸雄・慶應大)の講義があり、がん細胞特異的なエクソソームの産生機構と糖鎖研究との関連に関する講義(小坂 展慶・東京医大)が行われました。講義には、各講師は研究成果を紹介するだけではなく、その発見に至った経緯や失敗、どうリベンジしたか、新たな展開を引き寄せたかなど、参加者の今後の研究活動に役立ちそうなエピソードが多数盛り込まれていました。講義終了後、参加者による演習の発表が行われました。今回のグループワークではクラウドファンディングに研究提案することを想定し、各グループからの研究提案を評価し、審査員が100万円の予算を分割投資するというもので、集まった研究資金額でランキングするコンペ形式で行われました。SDGsを意識した課題、身近な困りごと解決課題など、各グループからの気合を感じる発表に会場は盛り上がりました。今後、このスクールをきっかけに画期的な糖鎖科学研究が開始され、実用化や製品化などの発展が起こることも、と期待しています。