板野 直樹
京都産業大学総合生命科学部
ヒアルロン酸国際カンファレンス(Hyaluronan 2013)が、2013年7 月2 日から6 日間の会期で、米国オクラホマ州オクラホマシティーのダウンタウンにあるCOXコンベンションセンターで開催された。この大会は、International Society for Hyaluronan Sciences (ISHAS)が主催して、ほぼ3年に一度開催される国際会議で、前回の京都大会に続いて今回で9回目となる。米国内をはじめ世界各国から300人超のヒアルロン酸研究者が一同に会して、最新の研究発表に対して活発な議論が繰り広げられた。大会へは、大学や公的研究機関からだけでなく、企業からも多くの研究者が参加しており、ヒアルロン酸研究に対する企業側の関心の高さを実感した。今大会は、主催者のPaul Weigel博士が中心となり、Paul DeAngelis博士やAnthony Day博士、前回京都大会主催者のKoji Kimata、Masaki Yanagishita両博士が組織委員として参加して、企画・運営された。
大会期間中14のセッションでは、90の講演と163のポスター発表があり、HAについて基礎から応用に至る広範な内容が網羅されたプログラム構成となっていた。各セッションにおける発表内容の詳細は以下の抄録を参照されたい。
ヒアルロン酸研究者にとって、本大会はこの分野における最新の研究動向を把握できる場であるとともに、各国の研究者と充実した時間を共有できる数少ない場となっている。筆者も毎回、新たな研究報告に奮起させられることから、特に楽しみにしている会議である。今回も数多くの重要な報告があったが、ここでは、その中から今後のヒアルロン酸研究の方向性を左右すると個人的に感じられた内容を中心に紹介したい。
まずBiosynthesisのセッションでは、主催者のWeigel博士から、ヒアルロン酸生合成の初期反応でキチンオリゴ糖がキャップ構造となりヒアルロン酸を伸長させるという新たな合成機構について報告があった。これまで、ヒアルロン酸合成酵素 (Has) によってキチンオリゴ糖が合成されることは知られていたが、彼らはこのオリゴ糖がヒアルロン酸合成のプライマーとして機能することを質量分析等の手法により示した。この発見は、ヒアルロン酸生合成機構の解明に大きな前進であると感じた。
Tumor and Degradationのセッションでは、Hiroyuki Yoshida博士から、ヒアルロン酸分解に関与する新規ヒアルロン酸結合タンパク質についての重要な報告があった。この分子は、これまで同定されていたどのヒアルロン酸分解酵素HYALファミリーとも一次構造上類似性を示さない新規タンパク質であることから、新規分解酵素の候補分子として注目される。日本の研究者が新しい知見を世界に向け発信した素晴らしい研究であり、今後の展開が大いに期待される。
ヒアルロン酸の生体における機能については、ヒアルロン酸合成酵素や分解酵素、そして結合分子の遺伝子欠損マウスを用いた逆遺伝学的手法による解析結果が相次いだ。例えばConnective Tissues and Musculoskeletal systemsのセッションでAnna Plaas博士らは、合成酵素Has1の産生するヒアルロン酸が、関節傷害後の機能回復と軟骨組織の再生に関与することを、ノックアウトマウスの解析結果に基づいて報告した。また、Emeline Puissant博士らは、分解酵素HYAL1遺伝子の欠損が骨粗鬆症の発症に関わっていることを示し、骨の再構築にHYAL1によるヒアルロン酸分解が重要であるとの解析結果を紹介した。
Cardiovascular and Lymphatic systemsのセッションにおいて、Hideto Watanabe博士のグループからは、versicanの挿入変異体やコンディショナルノックアウトマウスの解析結果が示され、ヒアルロン酸とversicanとの相互作用が心臓弁の形態形成に重要であるとの報告があった。また、Development, Aging, and DifferentiationのセッションでYu Yamaguchi博士は、ヒアルロン酸合成欠損マウスを用いた長年の研究成果として、合成酵素Has3遺伝子欠損によりてんかん発作が誘発されるという興味深い結果を報告した。そして、錐体細胞層におけるヒアルロン酸マトリックスの減少が、細胞外空間の減少をもたらし、てんかん発作の原因となる可能性を示した。
Inflammation and Immunityのセッションで、Maria Grandoch博士らは、Has3遺伝子ノックアウトマウスがデキストラン硫酸誘発性の炎症性腸疾患に抵抗性を示すという実験結果に基づいて、Has3の産生するヒアルロン酸がこの疾患の発症と病態の進行に関わっていることを紹介した。
Neural Tissues and Stem-Progenitor Cells のセッションでは、Barbara Triggs-Raine博士から、分解酵素HYAL2の遺伝子欠損マウスの心臓や腎臓、肺でヒアルロン酸の蓄積が増加しているとの報告があった。そして、これら組織におけるヒアルロン酸代謝に、主にHYAL2による分解機構が関与している可能性が紹介された。ノックアウトマウスを用いた解析例は数年前から報告され始めていたが、本大会では生体におけるヒアルロン酸の機能解析が逆遺伝学的手法の利用により加速度的に進んでいる現状が鮮明となった。
Treatment of Tumor and Metastasisのセッションでは、Rooster Awardの栄誉に輝いたTracey Brown博士から、受賞理由ともなった研究「CD44を標的としたヒアルロン酸結合抗癌剤の開発」について、前臨床試験を含めて現状報告があった。また、Cell and Organ Function and PathologyのセッションでDavid Jackson博士は、リンパ管内皮細胞のヒアルロン酸受容体であるLYVE-1のヒアルロン酸結合性が、そのクラスタリングによって調節される機構について紹介した。構造生物学的解析によって、LYVE-1の構造と機能との関係がより明確になったことで、今後、リンパ管内皮細胞におけるヒアルロン酸の代謝と機能について解明が進むと期待される。
会の中盤で開催されたワークショップ"Characterizing and Monitoring Hyaluronan"では、ヒアルロン酸研究を進める上で障壁となってきた種々の課題が浮き彫りにされ、これに対する新たな取り組みが紹介された。これまで、実験に用いるヒアルロン酸の標品や解析手法により、研究者間で結果の解釈が大きく食い違うことが問題視されていた。今回、生体試料中のヒアルロン酸の検出や定量、サイズ分析の正確性、さらには試料調製の際の純度に焦点を当てたワークショップが企画され、問題解決に向けた取り組みの出発点に立てたことは意義深い。
本大会は、Bryan Toole博士のヒアルロン酸研究における長年の功績を称える会でもあり、会の冒頭では門下のWarren Knudson博士から、Toole博士の研究や温和でユーモアたっぷりの人となりが紹介された。また、治療用途を目的としたヒアルロン酸の開発で功績のあった研究者に贈られるRooster Awardには、前述のように、若手研究者からBrown博士が選ばれた。一方で前大会以降、先駆的な研究でこの分野を牽引してきた研究者(ヒアルロン酸構造研究の第一人者であるJohn Scott博士, ヒアルロン酸のX線回折や流体力学的研究で有名なJohn Sheehan博士, ヒアルロン酸代謝の先駆者であるRobert Fraser博士、そしてヒアルロン酸結合分子との会合で重要な研究を展開されてきたDick Heinegard博士)の訃報が相次ぎ、今大会では、Knudson、Day、Hascall、そしてBrown各博士から追悼の辞が述べられた。ヒアルロン酸研究の巨匠が次々とこの世を去る寂しさの一方で、新たなリーダーを軸とした研究体制が着実に構築され、この分野が次世代に向け着実に歩みを進めていることが実感できた。
午前8時過ぎから時として午後9時過ぎまで続く大会スケジュールは、時差ぼけの身には少々辛いと感じられることもあったが、会場が滞在先のホテルと直結していたこともあり、効率的に会議に参加できた。また、間に催されたエクスカーションやバンケットは固まった頭をほぐす良い息抜きになった。バンケットでは、写真にあるようにカウボーイハットをかぶって参加し、ネイティブアメリカンの伝統的な踊りを堪能した。参加した多くの研究者がこの踊りに加わり、とても陽気な会となった。エクスカーションでは、ナショナルカウボーイ&ウエスタンヘリテージミュージアムを訪れ、アメリカン・インディアンの歴史や生活、そしてカウボーイに関する展示物、また、西部が舞台になった映画にまつわる展示物等を鑑賞した。会場の徒歩数分圏内にあるブリックタウンには、アメリカ中西部の雰囲気漂う街並みが保存され、レストランやショップが立ち並んでいた。多くの参加者がこちらで昼食やディナーを楽しみ、古き良きアメリカ合衆国の雰囲気の中で熱い議論を交わしていたのではないだろうか。
最後に、Weigel博士から挨拶があり、成功裡に会議の幕を閉じた。開催直前には、巨大な竜巻がオクラホマ州を襲い大きな被害が出ていたこともあり、一時は大会への参加も危惧されたが、会期中は特に問題もなく無事に最終日を迎えることが出来た。そして、世界のヒアルロン酸研究のレベルの高さと裾野の広さを実感し、発表を終えたことの達成感と新たな知識を得た充足感に浸った6日間であった。次回は二年後のイタリア、フィレンツェでAlberto Passi博士の主催で開催されるとのことである。二年間という時間は新たな結果を得るには少し短い気もするが、再びこの大会に演者として参加できるよう研究に励みたいと思う。