Scientist's interview
Dec. 8, 1997

新しいシアル酸転移酵素のクローニング(1997 Vol.1, A1)

齋藤 政樹 教授へのインタビュー

HAS

齋藤 政樹 教授
昭和42年東大医学部卒、昭和47年同大学院修了、昭和47年東大医科研助手、昭和47〜49年ハーバード医科大学留学、昭和49年都老人研主任研究員、昭和52年同室長、昭和55年自治医大血液学講師、昭和58年同血液研教授、平成7年北大医学部教授、平成5〜8年文部省重点領域研究「糖鎖遺伝子」代表者

日本の糖質科学研究者を集めて1993年から4年間に渡って行われた文部省の重点領域研究「糖鎖遺伝子とその生物機能」班における活動は、目覚ましい成果をあげて終了しました。とりわけ、複合糖質の生合成に関わる多数の糖転移酵素の遺伝子クローニングやその発現系を利用した糖鎖機能の探索の進展は、今後の複合糖質研究の展開に大きな期待を抱かせるものとなっております。このような背景のもとで、1996年9月、日本(岐阜)で初めてゴードン国際研究会議「糖脂質およびスフィンゴ糖脂質の構造と機能」(永井克孝会長)が欧米各国から第一線の多数の研究者(150名超)を集めて開かれました。1997年3月には、大阪で世界の糖質科学研究者が参加して、国際シンポジウム「糖転移酵素と細胞のコミュケーション」が開催され、糖鎖遺伝子領域の研究に一時代を画しました。糖鎖遺伝子の解明は糖鎖の機能やその制御の仕組みの解明につながり、糖鎖生物学の発展に重要な役割を果たすと考えられております。
 このような糖転移酵素の中から、最近新しいシアル酸転移酵素をクローニングされた齋藤政樹北海道大学教授にこの酵素のクローニングの意義や研究の背景などについてお聞きしました。


Q最近、先生の研究室では新しいシアル酸転移酵素のクローニングに成功されたとのことですが、この酵素はどのような性質のものでしょうか、また、成功までのプロセスなどについてお聞かせ下さい。

この酵素は、細胞膜表面の微量成分であるスフィンゴ糖脂質、ラクトシドセラミド(LacCer)の糖鎖非還元末端のガラクトース基にシアル酸を転移してGM3というガングリオシドを合成する酵素です。多くのシアル酸転移酵素(シアリルトランスフェラーゼ)がクローニングされてきたのですが、ガングリオ系ガングリオシド合成経路の最初のシアリル化を触媒するシアル酸転移酵素(GM3合成酵素)はなかなか得られなかったのです。私達は以前から糖脂質の生理機能、とりわけGM3について研究をしていましたので、この糖鎖の生合成に関わるシアル酸転移酵素の遺伝子を重視し、追求しておりました。自治医大勤務時代の研究グループと一緒に足かけ6年半ほどこの研究を続けてきたのですが、なかなか技術的に難しく苦労しました。成功するまでには、GM3やGD3に対するモノクローナル抗体、GM3欠損細胞株、GD3合成酵素遺伝子など、研究に必須なものについてそれぞれを開発した研究者から協力が得られたことや、expression cloning法に工夫を加えたことなどが結果的に良かったと思います。すなわち、遺伝子導入で産生されるGM3の発現を調べる際、抗GM3抗体では認識しにくいため、さらにこの先にシアル酸を転移する酵素の遺伝子(GD3合成酵素遺伝子)を導入してシアル酸が2つ連なったGD3というガングリオシド糖鎖を作らせ、これを認識する抗体(抗GD3抗体)を用いて検出する方法を用いました。この方法により、GD3で分化誘導されるHL-60という細胞のc-DNAライブラリーを導入した細胞のなかから、シアル酸転移酵素の遺伝子をもつ細胞を選別、濃縮してゆくことが可能となりました。最終的には大腸菌でシブセレクションを反復して、遺伝子をつりあげることができました。


Qこの酵素にはいままでのシアル酸転移酵素と変わった点があったのでしょうか?

この酵素は従来の酵素と同様にシアリルモチーフLとSが2つありますが、N末端近くに膜貫通ドメインをもつII型膜酵素で、さらにC末端がゴルジ膜にアンカーしていることが分かりました。今までにクローニングされたシアル酸転移酵素と最も違う点は、シアリルモチーフLの中のヒスチジン残基がアスパラギン残基に変わっていることです。この酵素は基質であるラクトシルセラミド構造全体を読む高い特異性を持っております。


Qところで、GM3研究に注目された背景は何ですか?この研究を始めた動機をもう少し聞かせて下さい。

私は昔、ラット肝癌のヘキソキナーゼの精製中その酵素がミトコンドリアの膜に付着し、ATPを加えると膜から遊離することを見いだしたことなどを契機として、生体膜に興味を持つようになりました。当時、東大医科研の助教授であった永井克孝先生から生体膜の主要成分であるリン脂質や、微量成分である糖脂質の重要性や実験の基礎を教えていただき、その後、それを脳組織、血球およびがん細胞の糖脂質の研究の場で活かすことになりました。当時はヒトのT-cell lineのMolt 4 細胞やヒトの前骨髄球性白血病細胞株のHL60細胞が現れた頃で、白血病細胞膜の糖脂質研究ができる状況になりつつありました。このHL60細胞を化学物質(分化誘導)によって単球系に分化させますと細胞のGM3含量が顕著に増加します。私たちはその頃、犬の赤血球を多量に入手してGM3を1グラムほど精製しておりましたので、血球培養系にこれを加えて何が起きるか調べておりました。ところが、HL60細胞の純粋培養系にGM3を加えたところ細胞の単球様の形態変化が観察されたのです。はじめはおそらく何かGM3に不純物があるためだろうと疑って検討を重ねたのですが、ほかのガングリオシドではこのような変化が起きないことや、化学合成したGM3によっても同様の変化が生じることが分かり、GM3そのものの影響による変化であると結論しました。その後、ネオラクト系ガングリオシドを加えた培養系では好中球への分化が起きることなども分かり、これらの糖脂質は造血系細胞の表面マーカーであるばかりでなく、分化誘導の機能を持った糖鎖複合体であることが証明されました。
GM3はあらゆる動物細胞に普遍的に存在するガングリオシドですが、このような活性を持つことが分かると、この糖鎖を作る大元の酵素が重要である、すなわち、GM3合成に関わるシアル酸転移酵素の遺伝子のスイッチのオン・オフが大事であると考えたわけです。


Qこのような糖鎖遺伝子研究の意義とこれからの展望などについて考えをお聞かせ下さい。

分子生物学の進歩により、発生、分化、成長、増殖、恒常性維持、老化、がん化などの生命現象が遺伝子レベルで解明されるようになりました。複合糖質の糖鎖は、このような生命現象に重要な役割を果たしているのですが、糖鎖の分子構造がきわめて多様であることやその発現が遺伝情報の2次産物であり、未知の因子による制御を受けていることから解明が遅れておりました。糖鎖の生物機能の解明には、糖鎖遺伝子のもつ遺伝情報の体系的な解読とこれに基づく分子生物学的解析が必要です。
最近クローニングされた糖転移酵素遺伝子の数は数十に上り、その半数以上は日本の研究者によってなされたものです。これらの成果は、細胞における特定の糖鎖遺伝子の発現をコントロールすることにより糖鎖の機能を明らかにする研究に重要な役割を果たすと思います。すなわち、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作って動物の発生・分化における糖鎖の役割を調べることが可能となり、医学・薬学を内包したサイエンスにおける糖鎖の大きな役割の展開が期待されます。これまでの糖鎖遺伝子研究の成果は、新たな重点領域研究「糖鎖リモデリング」に受け継がれ新たな課題のもとで発展しようとしております。次代を担う若い研究者が糖研究に加わり、独自の研究を開拓して行くことを期待しております。


用語解説
GM3:シアル酸—ガラクトース—グルコース—セラミドという構造の糖脂質。糖脂質の代謝マップの中でシアル酸を含む糖脂質(ガングリオシド)に向かう経路の入り口に位置する分子である。
シアリルモチーフ:シアル酸転移酵素の一次配列上に見いだされる高度に保存された領域で、供与体基質であるCMP-シアル酸との結合などに関与している。

References

  1. 「なぜ今、糖鎖遺伝子に注目するか」 齋藤政樹、細胞工学12, 689〜695 (1993)
  2. 「糖鎖は生物の機能をどう決めているか 細胞認識・増殖・分化と糖鎖」 齋藤政樹、細胞工学15,737〜744 (1996)
  3. 「分化・癌化・増殖と糖鎖 白血病細胞の分化と糖脂質変化」 中村充、齋藤政樹、蛋白質 核酸 酵素 37, 1839〜1846 (1992)
  4. 「血球細胞分化と糖鎖」齋藤政樹、野尻久雄、グリコバイロジーシリーズ3巻 p108 細胞社会のグリコバイオロジー(永井克孝・箱守仙一郎・木幡 陽 /編) 講談社サイエンティフィク(1993)
  5. 「糖鎖は増殖と分化をコントロールする」齋藤政樹 糖鎖 I. 糖鎖と生命(永井克孝編)p 3 東京化学同人 6.Bioactive Gangliosides: Differentiation inducers for hematopoietic cells and their mechanism(s) of actions. Saito Masaki Advances in Lipid Research 25, 303-327
  6. Interleukin-3-associated expression of gangliosides in mouse myelogenous leukemia NFS60 cells introduced with interleukin-3 gene: expression of ganglioside GD1a and key involvement of CMP-NeuAc: lactosylceramide alpha 23 sialyltransferase in GD1a expression. Tsunoda A., Nakamura M, Kirito K, Hara K, Saito M. Biochemistry 34, 9356-9367, 1995
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