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神経可塑性におけるコンドロイチン硫酸の役割

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神経可塑性とは、外界からの刺激や経験によって神経回路が再編成される性質を示し、記憶や学習の基盤となっている。一般的に、子供の脳は大人に比べて、可塑性が高いと言われている。例えば、幼少期に外国語を学習すれば、比較的容易に習得できるが、年齢にともなって可塑性が低下するため、大人なってから外国語を身につけるのは困難である。この可塑性の高い期間は“臨界期”と呼ばれており、脳の領域ごとにその時期が定まっている。最近の研究から臨界期の開始と終了に関わる分子機構が明らかになってきた (1)。

臨界期を終了させる分子ブレーキとして注目されているのが、硫酸化グリコサミノグリカンの一つであるコンドロイチン硫酸 (CS) 鎖である。生体内では、CS鎖がコアタンパク質上の特定のセリン残基に共有結合したCSプロテオグリカン (CSPG) として存在する。CS鎖はグルクロン酸とN-アセチルガラクトサミンの二糖が数十回繰り返し重合した直鎖状の糖鎖を基本骨格にもつ。生合成過程で、N-アセチルガラクトサミン残基のC4位もしくはC6位のヒドロキシ基が、それぞれコンドロイチン4-O-硫酸基転移酵素もしくはコンドロイチン6-O-硫酸基転移酵素によって硫酸化される。4硫酸化CSおよび6硫酸化CSの一部はさらに別の硫酸基転移酵素によって修飾され高硫酸化CSとなる。CS鎖の特異的な硫酸化パターンが、その生物学的機能をコードすると考えられている (2)。

ペリニューロナルネット (PNN) は特定のニューロンの周囲に形成される網目状の細胞外マトリックスであり、CSPG、ヒアルロン酸、テネイシン、リンクタンパク質からなる巨大な凝集体である(図1)。高分子ヒアルロン酸に、多数のCSPGが非共有的に結合し、両者の結合はリンクタンパク質によって安定化される。さらに多量体化したテネイシンがCSPGと会合することで超分子複合体が形成される(図2)。PNNは、大脳皮質の神経可塑性に深く関与することが知られているパルブアルブミン陽性 (PV) ニューロンの周囲に選択的に形成される。また、PNNの形成時期は臨界期の終了と一致する。2002年にPizzorussoらは成体ラットの大脳皮質視覚野にCS分解酵素を注入すると、PNNが除去され、低下していた可塑性が回復することが証明した (3)。それ以降、他の脳領域でもCS鎖を分解することで可塑性が増強されることが複数報告された。最近の研究では、PNNが可塑性を低下させると同時に記憶の維持に関わることが分かってきた。生後初期に経験や学習を通じて獲得された記憶は、その後、神経回路が固定化されることで脳に長期的に定着する。PNNを除去すると、記憶の定着が妨げられることから、PNNは記憶を長期に渡り保護するのに必要であることが示唆される。つまり、まだPNNが形成されていない臨界期では、可塑性が高いため新たな記憶の獲得が容易であるが、一度獲得した記憶が固定化され長期的に維持されるためにはPNNの形成が必要であると考えられる。

PNNが可塑性を低下させる分子メカニズムが解明されつつある。PNNがシナプス周囲における物理的障壁としてはたらき、シナプスの再編成を阻害するというのがひとつの考えである。例えば、PNNはシナプス後膜における神経伝達物質受容体の側方拡散を抑制することで、シナプス可塑性を制御する。別の可能性は、PNN成分と分泌性因子との相互作用を介して可塑性を制御するというモデルである。その例として、分泌されたホメオタンパク質Otx2が、PNNに含まれるCS鎖との結合を介してPVニューロンの表面に集積し、細胞内に取り込まれることでPVニューロンが成熟することが知られている (4)。著者らは、生後の脳発達に伴うCS硫酸化パターンの変化がPNN形成とOtx2の蓄積に重要であり、幼若型のCS硫酸化パターンをもつ遺伝子改変マウスは、成獣でも可塑性を維持することを報告している (5)。Otx2以外にも、セマフォリン3A (Sema3A) や神経系に発現するペントラキシンであるNarpなどの分泌性因子がCS鎖と結合することで細胞表面に集積し、PVニューロンの機能を制御することが知られている。今後、神経機能におけるCS鎖の硫酸化コードがより詳細に理解されれば、人為的に神経可塑性をコントロールすることが可能になると期待される。

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図 1. Wisteria floribunda agglutinin (WFA) による、PVニューロン周囲に形成されるPNNの検出
WFA(赤色)により、PVニューロン(緑色)の周りに網目状のPNNが検出される。重ね合わせ(Merge)画像から、小胞体グルタミン酸トランスポーター2(VGluT2)陽性のシナプス終末(青色)がPNN(赤色)の網目状に埋め込まれていることが分かる。

Fig

図 2. PNNの模式図
CSPGはヒアルロン酸、テネイシン-Rおよびリンクタンパク質とともに、シナプスの周囲にPNNを形成する。リンクタンパク質は、CSPGとヒアルロン酸の相互作用を安定化させる。3量体のテネイシン-RはCSPGを架橋し、PNN内で超分子複合体を構成する。CSPGのCS鎖はOtx2、Sema3A、Narpのような分泌分子をPV細胞の表面に集積させ、これがPVニューロンの成熟と臨界期の終了につながる。

宮田 真路(東京農工大学農学府)

References
(1) Takesian AE, Hensch TK: Balancing plasticity/stability across brain development. Prog. Brain Res. 207, 3–34, 2013
(2) Miyata S, Kitagawa H: Formation and remodeling of the brain extracellular matrix in neural plasticity: Roles of chondroitin sulfate and hyaluronan. Biochim. Biophys. Acta Gen. Subj. 1861, 2420–2434, 2017
(3) Pizzorusso T, Medini P, Berardi N, Chierzi S, Fawcett JW, Maffei L: Reactivation of ocular dominance plasticity in the adult visual cortex. Science 298, 1248–1251, 2002
(4) Sugiyama S, Di Nardo AA, Aizawa S, Matsuo I, Volovitch M, Prochiantz A, Hensch TK: Experience-dependent transfer of Otx2 homeoprotein into the visual cortex activates postnatal plasticity. Cell 134, 508–520, 2008
(5) Miyata S, Komatsu Y, Yoshimura Y, Taya C. Kitagawa H: Persistent cortical plasticity by upregulation of chondroitin 6-sulfation. Nat. Neurosci. 15, 414–422, 2012

2023年 6月15日

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