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FCAA

硫酸化グリコサミノグリカンと多能性幹細胞

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幹細胞は、様々な体細胞に分化する分化能と、性質を維持したまま分裂する自己複性能を有した未分化な細胞である。その種類は多様で、初期胚の内部細胞塊から樹立された胚性幹細胞(ES細胞)や体細胞からのリプログラミングにより樹立された人工多能性幹細胞(iPS細胞)(ES/iPS細胞のことを多能性幹細胞という)、脳や血液、肝臓などの臓器形成や維持に関わる組織幹細胞、がん組織の中で幹細胞の特徴を有し再発・転移の原因と考えられているがん幹細胞などがある。幹細胞研究は、発生学にとどまらず、再生医療、がん治療への応用が期待される研究分野でもある。このような幹細胞の特徴を発揮するためには、細胞外からのシグナル受容と細胞内でのシグナル伝達が必須となる。特に、幹細胞周囲の微小環境である幹細胞ニッチは、その性質の維持に重要な役割を果たしている。幹細胞ニッチには、細胞外マトリクス(ECM)が存在し、グリコサミノグリカン(GAG)はその主要な構成因子として知られている。GAGは、二糖の繰り返しを基本構造とする糖鎖で構成され、へパラン硫酸(HS)、コンドロイチン硫酸(CS)、デルマタン硫酸(DS)、ケラタン硫酸(KS)、ヒアルロン酸(HA)が含まれる。これらの詳しい構造などの記述は他稿を参照して頂きたい。本稿では、GAGの多能性幹細胞における機能に焦点を当てて記述する。

多能性幹細胞におけるHSの役割
HSなどの硫酸化GAGは、骨形成タンパク質(BMP)やWntなどのモルフォゲンや線維芽細胞増殖因子(FGF)、上皮成長因子(EGF)などの成長因子に主に硫酸基を介して結合し、様々な細胞でこれらの因子の安定化や共受容体としてはたらいている。実際に、ヘパリチナーゼ(微生物由来HS分解酵素)処理やHS鎖を合成する糖転移酵素をコードするExt1がノックダウンされ短鎖HSをもつマウスES細胞では、Wnt3aとBMP4シグナルの活性レベルが低下し、未分化性が失われていた(1)。またHSの脱アセチル化と硫酸化に関わるN-脱アセチル化/N-硫酸基転移酵素(NDST)をコードするNdst1およびNdst2のノックダウンでも同様な結果が報告され、HSの硫酸化がマウスES細胞の未分化性維持に重要であることが示された(1)。一方、Ext1が欠損したマウスES細胞、即ちHS欠失細胞では、分化を誘導するFGF4シグナルがはたらかず、全く分化することが出来ない表現型が示された(1)。この表現型はHSを添加することで救済された。また別の報告では、マウスES細胞の分化において、HS 3-O-硫酸転移酵素HS3ST5の発現とN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)のC-3位の硫酸化(3-O-HS)が増加することが見出された(1)。3-O-HSはFasシグナルを活性化し、カスパーゼ経路を介したNanogタンパク質の分解を誘導することで、マウスES細胞の未分化性の崩壊に貢献している。これらの報告からHSは、その存在や長さ、硫酸化のバランスによってマウスES細胞の未分化性を制御していることが明らかにされた(図1)。今後、このような個々のHS硫酸化構造の機能解明と幹細胞制御が再生医療、細胞治療の実現に向けて必要となる。

Fig

図 1. 多能性幹細胞におけるHSの役割
各報告におけるHSの機能に関して模式的に示す。HSの存在、長さ、硫酸化状態により、細胞運命に与える影響が異なる。
KD:RNAi法によるノックダウン、HSPG:へパラン硫酸プロテオグリカン、Papst:活性硫酸(3’-ホスホアデノシン 5’-ホスホスルフェート)輸送体、Ndst:N-脱アセチル化/N-硫酸基転移酵素、HS3ST5:へパラン硫酸3-O-硫酸転移酵素5、BMP4:骨形成タンパク質4、BMPR:骨形成タンパク質受容体、FGF4:線維芽細胞増殖因子4、FGFR:線維芽細胞増殖因子受容体

多能性幹細胞におけるCS/DSの役割
マウスES細胞におけるCSの機能は、CS/HS生合成に関与するグルクロン酸転移酵素 I (GlcAT-I)の欠損細胞により評価された(2)。GlcAT-1 -/- 細胞では、分化誘導条件にあっても分化せず高い未分化性を維持しており、この表現型はCS-A(4-O-硫酸)、CS-E(4-O-, 6-O-ジ硫酸)の添加により救済された。さらに、CS-AとCS-EはE-カドヘリンと結合することで、下流のRhoA/Rockシグナルを活性化し、マウスES細胞の分化誘導に貢献していることが明らかにされた(図2)。

一方、DSは、CS鎖のグルクロン酸(GlcA)がイズロン酸(IdoA)に異性化した構造をもち、デルマタン4-O-硫酸転移酵素1(D4ST1)は、そのDS鎖に硫酸化修飾を施す特徴的な酵素である。D4ST1に着目した解析により、マウスES細胞におけるDS硫酸化の機能が評価された(3)。D4ST1の発現減少は、マウスES細胞の未分化性の低下と内胚葉への分化を誘導した。内胚葉分化にも関与するWntシグナル伝達は、D4ST1発現減少によって活性化され、逆に未分化性の維持にはたらくBMPシグナルは抑制された(3)。これらの結果は、DSがWntシグナルとBMPシグナルを介してマウスES細胞の未分化状態に寄与していることを示している(図2)。さらに、マウスES細胞からの神経分化に伴いD4ST1の発現が増加することも見出され、DSが神経分化に関与していることが示唆された(4)。実際、DS添加により、神経分化および神経突起身長が促進され、Erk1/2シグナルが増強されていた(図2)。興味深いことに、ヒト胎児大脳皮質由来の神経幹細胞においてもDSの添加により神経分化が促進され、神経細胞遊走の促進も観察された。CS/DSに関する研究は、近年盛んに行われており、特に神経系に関する知見の集積が進み、神経疾患治療への貢献が期待される。

Fig

図 2. 多能性幹細胞におけるCS/DSの役割
各報告におけるCS/DSの機能に関して模式的に示す。CSとDSによるシグナルの使い分けが行われている。
KD:RNAi法によるノックダウン、 CSPG:コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、DSPG:デルマタン硫酸プロテオグリカン、CS-A:コンドロイチン硫酸-A(4-O-硫酸)、CS-E:コンドロイチン硫酸-E( 4-O-, 6-O-ジ硫酸)、FGF2:線維芽細胞増殖因子2、FGFR:線維芽細胞増殖因子受容体

多能性幹細胞におけるKSの役割
KSは、ヒト多能性幹細胞のマーカー分子として期待されている糖鎖の一つである。近年、ヒト多能性幹細胞において特異的に低硫酸KSを認識するマウス抗体R-10Gが開発された(5)。このエピトープは、ポドカリキシンタンパク質に付加されたKSであることが示されている。一方、KSの多能性幹細胞における機能は、未だ明らかにされておらず、今後の研究の進展が期待される。

多能性幹細胞におけるHAの役割
HAは、多能性幹細胞の足場として盛んに研究が行われている。こうした研究は、HAをベースとしたハイドロゲルスキャホールドの開発へと応用されており、組織工学の発展へと貢献している。HAは他のGAGとは異なり、遊離型の糖鎖で、硫酸化修飾を受けていない。近年、HA鎖のGlcAとGlcNAcのヒドロキシ基が化学的に硫酸化された高硫酸化HAが開発され、これを用いた多能性幹細胞への応用が進められている。一般的に、ヒト多能性幹細胞の未分化性の維持にはFGF2の添加によるErk1/1シグナルの活性化が必要となる。驚くことに、FGF2無添加条件において、高硫酸化HAを添加することで、ヒトiPS細胞の未分化性が維持される事が報告された(6)(図3)。さらに、高硫酸化HAは、これまでFGF2と強固に結合することが知られているヘパリン(高度に硫酸化され、IdoA含量が高いHS)よりも強いFGF2結合能をもつことが明らかにされた。これらの知見は、高硫酸化HAの幹細胞研究への応用だけでなく、再生医療、細胞治療の産業化に向けた有用性を示すものである。

Fig

図 3. 多能性幹細胞における硫酸化HAの役割
近年報告された硫酸化HAの機能に関して模式的に示す。高硫酸化HAは、FGF2と強い結合性を示し、自己分泌したFGF2のシグナル伝達を促進する。
HA:ヒアルロン酸、FGF2:線維芽細胞増殖因子2、FGFR:線維芽細胞増殖因子受容体

平野 和己1、西原 祥子2
1 産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 2 創価大学 糖鎖生命システム融合研究所)

References
(1) Nishihara S: Glycans in stem cell regulation: from Drosophila tissue stem cells to mammalian pluripotent stem cells. FEBS Lett. 592, 3773-3790, 2018
(2) Izumikawa T, Sato B, Kitagawa H: Chondroitin sulfate is indispensable for pluripotency and differentiation of mouse embryonic stem cells. Sci. Rep. 4, 3701, 2014
(3) Ogura C, Nishihara S: Dermatan-4-O-Sulfotransferase-1 Contributes to the Undifferentiated State of Mouse Embryonic Stem Cells. Front. Cell. Dev. Biol. 9, 733964, 2021
(4) Ogura C, Hirano K, Mizumoto S, Yamada S, Nishihara S: Dermatan sulphate promotes neuronal differentiation in mouse and human stem cells. J. Biochem. 169, 55-64, 2021
(5) Nagai Y, Nakao H, Kojima A, Komatsubara Y, Ohta Y, Kawasaki N, Kawasaki N, Toyoda H, Kawasaki T: Glycan Epitopes on 201B7 Human-Induced Pluripotent Stem Cells Using R-10G and R-17F Marker Antibodies. Biomolecules 11, 508, 2021
(6) Miura T, Yuasa N, Ota H, Habu M, Kawano M, Nakayama F, Nishihara S: Highly sulfated hyaluronic acid maintains human induced pluripotent stem cells under feeder-free and bFGF-free conditions. Biochem. Biophys. Res. Commun. 518, 506-512, 2019

2023年 6月15日

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