Glycoprotein
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キチナーゼ、グルカナーゼの生体防御における役割

 植物は侵入しようとする微生物を察知し、自己防御機構を活性化する。この動的抵抗性は、非宿主抵抗性、品種特異的抵抗性、および、基礎的抵抗性の3クラスに分類できる。これらの中で基礎的抵抗性は菌の侵入を完全に抑える程強いものではなく、条件が揃えば植物は発病するが、病原菌の種やレースに非特異的に発動する。したがって、基礎的抵抗性は、植物が微生物と相互作用する際に生じる植物あるいは微生物由来の非特異的エリシター(植物に対するオリゴ糖のシグナル機能 参照)を認識することで誘導されると考えられ、遺伝学的にも多数の因子が関与していることがわかっている。

多くの菌類の細胞壁はキチンやβ-1,3-グルカンなどで構成されているが、植物が生産するキチナーゼ(EC 3. 2. 1. 14)やβ-1,3-グルカナーゼ(EC 3. 2. 1. 39)の一部は、おそらく胞子発芽管あるいは菌糸の細胞壁を溶解することによって菌の生育を阻害する。このとき、キチナーゼとβ-1,3-グルカナーゼをそれぞれ単独で作用させるよりも同時に作用させる方が、細胞壁組成が異なるより広範囲の菌に対して抗菌作用が発揮されることが知られている(1)。

キチナーゼとβ-1,3-グルカナーゼはともに多重遺伝子にコードされているために単一の遺伝子破壊では表現型が出にくく、感染の現場でどの程度抵抗性発現に寄与しているのか直接的には証明されていないが、両酵素とその生成物であるオリゴ糖が植物の生体防御機構において重要な働きをすることを示すいくつもの傍証が得られている。すなわち、特にキチナーゼに関しては、植物がその基質であるキチンを持たないにも関わらず何種類ものキチナーゼ遺伝子を持ち、それらの一部は抗真菌活性を示すこと、病原菌の感染に伴ってキチナーゼ、β-1,3-グルカナーゼ遺伝子の発現量が変動すること、キチナーゼ単独あるいは両酵素を過剰発現させた形質転換植物では菌類病耐性が向上すること、両酵素によって低分子化したキチンやグルカン断片が、いわゆるPAMPsとして植物に認識され、両酵素の生合成を含む一連の防御反応を誘導すること(2)、その結果、菌類病抵抗性が誘導されること (作物保護剤としてのオリゴ糖エリシター 参照)などである。

また、最近、トマトの葉かび病菌Cladosporium fulvumがキチン結合タンパク質AVR4を分泌し、宿主のキチナーゼによる溶菌から自己防衛していることが明らかになってきた(3)。これに対し、トマトは抵抗性遺伝子産物Cf-4を介してAVR4を認識し、品種特異的抵抗性を発動させる。ところが、さらに菌側では、AVR4がキチン結合能を保持したまま変異することによってCf-4に認識されなくなり、品種特異的抵抗性が崩壊する。このトマトと葉かび病菌の相互作用は、動植物界で共通しているために進化のかなり早い段階で獲得されたと考えられる、糖鎖を介した生体防御系が元になって、宿主(抵抗性)と病原菌(病原性)の共進化によって品種特異的抵抗性(あるいは“遺伝子対遺伝子”型抵抗性)という高度な抵抗性機構が出現したことを示す例として非常に興味深い。その他、植物のキチナーゼ遺伝子は、病原菌がそのキチン分解活性中心をターゲットとする阻害因子を進化させてきたために、他の遺伝子よりも早い速度で変異してきたことを示唆する例も報告されている(4)。

非特異的エリシターの生成を担うキチナーゼやβ-1,3-グルカナーゼは、基礎的抵抗性に関与しているが故に、その寄与率を直接的に示すことは困難であるが、それらの遺伝子の多様性や、菌類が病原性を獲得し、保持するために如何に両酵素と格闘してきたかが次第に明らかになるにつれ、両酵素の生体防御機構における重要性がさらに見えてくるであろう。
 

 
植物-菌類相互作用における溶菌酵素の機能モデル
西澤洋子(農業生物資源研究所)
References (1) Mauch F, Mauch-Mani B, Boller T: Antifungal hydrolases in pea tissue II. Inhibition of fungal growth by combinations of chitinase and beta-1,3-glucanase. Plant Physiol., 88, 936-942, 1988
(2) Shibuya N, Minami E: Oligosaccharide Signaling for Defense Responses in Plant. Physiol. Mol. Plant Pathol., 59, 223-233, 2001
(3) van den Burg HA, Spronk CA, Boeren S, Kennedy MA, Vissers JP, Vuister GW, de Wit PJ, Vervoort J: Binding of the AVR4 elicitor of Cladosporiums fulvum to chitotriose units is facilitated by positive allosteric protein-protein interactions: the chitin-binding site of AVR4 represents a novel binding site on the folding scaffold shared between the invertebrate and the plant chitin-binding domain. J. Biol. Chem., 279, 16786-16796, 2004
(4) Bishop JG, Dean AM, Mitchell-Olds T: Rapid evolution in plant chitinases: molecular targets of selection in plant-pathogen coevolution. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 5322-5327, 2000
2005年7月31日

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