作物保護剤としてのオリゴ糖エリシター |
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高等植物が病原菌の感染を受けて展開する抵抗性反応は特定の化学物質(エリシター)によっても誘導可能である。ガラクツロン酸、キチン、グルカンなどの断片がエリシター活性をもち、その受容機構やシグナル伝達機構などの基礎的見地からの研究が精力的に行われ、本シリーズにおいてもその一端を紹介した(オリゴ糖によるシグナル伝達、遺伝子発現調節)。これらの抵抗性反応は細胞膜のイオンフラックスの変化、活性酸素の生成のような分単位で起きる早い反応から、種々の遺伝子発現変化、さらには抗菌性物質(ファイトアレキシン)の生成や細胞壁のリグニン化のような数時間〜日単位を要する反応までの多岐にわたり、これらの素反応が相俟って抵抗性という形質の発現に至るものと考えられる(図1)。その中でオリゴ糖エリシターはそれぞれの素反応を誘導するツールとして用いられてきたが、最近、それらが高等植物に抵抗性そのものを付与することを示す結果が得られつつある。 |
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コンブの貯蔵性多糖であるラミナリンは主としてβ-1,3結合からなる比較的低分子の水溶性グルカンである。平均鎖長33量体のラミナリンを投与したタバコ培養細胞ではイオンフラックス変化の一つである一過的な細胞外pH上昇、活性酸素生成、フェニルアラニンアンモニアリアーゼやリポオキシゲナーゼの活性化などのほかに、抵抗性のマーカーであるサリチル酸の蓄積が観察された。さらに、ラミナリンを処理したタバコ葉ではキチナーゼおよびβ-1,3-グルカナーゼ等のいわゆるPR(Pathogenesis-Related)タンパク質の蓄積が認められ、病原細菌であるタバコ軟腐病菌(Erwinia
carotovora)の感染に対して抵抗性が認められた1)。同じラミナリン標品がブドウの培養細胞にカルシウムイオンの取り込み、細胞外pH上昇、活性酸素生成、キチナーゼやβ-1,3-グルカナーゼを含む抵抗性関連遺伝子群の活性化を誘導した。また、ブドウのファイトアレキシンであるレスベラトロールとビニフェリンの生合成を誘導した。そして、ラミナリンをスプレーしたブドウ植物体は、主要病原糸状菌の一つであるうどんこ病菌(Plasmopara
viticola)の感染に対して有意な抵抗性を示した2)。海洋性の褐藻類の細胞壁に含まれる、硫酸化フコースの多量体(硫酸フカン)もタバコ細胞に対してラミナリンと同様の抵抗性反応を誘導し、かつタバコモザイクウイルスに対する抵抗性を付与した3)。これらのオリゴ糖エリシターは宿主に細胞死を引き起こすことなく抵抗性を誘導した。 現在病害防除に用いられる殺菌剤のほとんどはその名の通り病原菌に対する殺菌性を有するために、抵抗性菌の出現という厄介な問題を誘発する。これに対して植物の抵抗性を誘導するタイプの薬剤はこの問題を回避できるとされるが、これまで実用化されているのはイネいもち病防除剤であるプロベナゾールなどごくわずかしかない。本稿で紹介したこれらの結果はオリゴ糖エリシターを、病害から作物を守るための農薬として利用できる可能性を示す。またこれらオリゴ糖は天然物であり、環境負荷が小さいと予想されることも大きな利点である。今後の進展に期待したい。 |
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南 栄一(独立行政法人農業生物資源研究所 生体高分子研究グループ) | ||||||||||||||
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2004年11月30日 | ||||||||||||||
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