Glycoprotein
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シアル酸と進化

はじめに

シアル酸 (Sia) はこれまでノイラミン酸 (5-アミノ-3,5-ジデオキシD-グリセロ-D-ガラクトノヌロン酸, Neu)のアシル誘導体とその置換体と定義されていた1)。1986年に5位のアミノアシル基が水酸基で置換されたKDNが発見された2)ため、現在ではその定義として、9炭糖骨格のαケト酸を持つ糖(2-ケト-3-デオキシノノン酸)を示す。シアル酸はそのアセチル化、硫酸化、メチル化、ラクチル化などの置換体50種超からなる一大ファミリーを形成している3)。単糖において、このような多様性はシアル酸以外には見られず、シアル酸の一つの特徴をなす。このような多様性があるにもかかわらず、その存在は一般的な単糖であるグルコースの様に生物界に普遍的というわけではない。この偏在性と多様性は進化の過程で生じたと考えられる。偏在性からはシアル酸の起源が、多様性からはシアル酸とシアル酸と相互作用する分子との歴史をうかがい知ることができる。

シアル酸を検出する方法

進化を考える上で、系統樹上の様々な生物(現存しているもの以外にも、絶滅して化石しか存在しないものも併せて)にシアル酸が存在するか否かを検証することは非常に重要な礎となる。これまでに、多くの研究者が様々な生物にシアル酸の存在を証明してきた。シアル酸の存在証明は、従来は、レゾルシノール法やチオバルビツール法の比色定量法とガスクロマトグラフィー、質量分析、NMRなどの機器分析を用いて行われてきた。これまでの比色定量の検出限界は100 pmol程度であった。近年、αケト酸に特異的な蛍光試薬DMB(1,2-diamino-4,5-methylenedioxybenzene)が開発され4)、蛍光検出器の改良に伴い、検出限界がfmolからamol程度に改良された。また非常に微量なシアル酸の検出が可能になったため、生物界におけるこれまでの存在検証において、化石サンプルからの測定が可能になったこと5)から、進化的な視点が加わった。一方、他の試料や測定者自身からの混入や、環境(餌)からの混入によるシアル酸の検出の可能性を考慮する必要性がでてきた。
シアル酸の存在を推測することのできるもう一つの方法は、シアル酸を生合成する遺伝子を眺めることである。近年、様々な種類の生物における全遺伝子配列の解読作業が終わり、データベースの整備も急速に行われている。加えて、シアル酸生合成経路に関わる鍵となる酵素のクローニングが行われていることから、それらの存在を検証することにより、自身でシアル酸をつくる能力があるかどうかを推測することが可能になった。

シアル酸の存在検証−生化学的な解析によるもの

シアル酸はこれまでに天然に存在するさまざまな生物種を用いてその存在が検討されてきた3)図1)。原核細胞においては、細菌ではグラム陰性の病原性を持つ一部のバクテリアがシアル酸をもつ事が知られているが、古細菌ではシアル酸の存在は調べられていない。また真核生物は、植物、菌、動物(前口動物、後口動物)、原生動物と分類されるが、これまでシアル酸の存在は、動物界の後口動物と原生生物がシアル酸を持つといわれてきてきた。実際これまでのシアル酸の存在は、脊椎動物と棘皮動物での報告例がほとんどを占めている(図1)。しかし数は少ないが、植物(ソバとシロイヌナズナ)、菌(コウジカビ、カンジタ)、前口動物群に属する節足動物(ショウジョウバエ)や軟体動物(イカ)にもシアル酸の存在が報告されている。
図1 生物界とシアル酸の存在
共通の祖先から派生した現在の生物界の構成。赤字はシアル酸の報告例が多数存在する生物。
 

シアル酸の存在推定−ゲノムからのバイオインフォーマティクス

ゲノム解読の国家的なプロジェクトにより、様々な動物種のゲノム情報が入手できるようになってきた。糖鎖は遺伝子情報の二次的産物であるが、糖の生合成を司る酵素をコードする遺伝子の存在を推測することで、その単糖が既知の生合成経路によって存在しうるのか推測できる。シアル酸は、図2のような生合成経路を持つ。必要な酵素として、UDP-GlcNAc 2-エピメラーゼ/ManNAcキナーゼ、Neu5Ac 9-リン酸合成酵素、Neu5Ac 9-リン酸フォスファターゼ、CMP-Sia合成酵素、CMP-Siaトランスポーター、シアル酸転移酵素が関わることが知られているため、このような酵素をコードする遺伝子配列のホモロジーの存在はその生合成経路の存在を予測させる。生合成装置の存在をゲノムから見出し、シアル酸の存在を推測する場合、生化学的な解析でのシアル酸の存在例と矛盾する場合がある。この理由としてこれまで考えられてきた生合成経路以外の経路を使ってシアル酸を生合成する場合や、外部の環境から取り入れるような反応をする場合(トランスシアリダーゼを持つトリパノソーマ(原生生物)など)、加えてゲノムの整備が足りない場合も考えられるので、容易に決着はつかない。
 
図2 シアル酸の生合成経路
赤字の酵素が鍵酵素となり、この酵素の遺伝子配列を検索することにより、シアル酸の存在が推測できる。
 

Neu5AcとNeu5Gc(参照 N-グリコリルノイラミン酸とN-アセチルノイラミン酸

シアル酸は多様性に富むため、シアル酸の分子種の存在比較は重要である。置換基を持つシアル酸は多岐にわたるため、あまり広範で網羅的な解析はされていないが、シアル酸の二大分子種(Neu5AcとNeu5Gc)の存在比較はよく行われている(図3(a))。Neu5Gcは活性型CMP-Neu5Ac水酸化酵素6,7)により、CMP-Neu5Acの5位のアシル基が水酸化されることによってCMP-Neu5Gcが生じ(図2)、これが複合糖質に転移する転移酵素のドナー基質となり、細胞表面に出現する。この活性化型CMP-Neu5Ac水酸化酵素を持つ生物からはNeu5AcとNeu5Gcの両方が検出されている。これまでに、Neu5Acのみの分子種しか見つかっていない動物はヒトと鳥類である。特にヒトはNeu5Acのみからなるが、同じ霊長類の中でもチンパンジーやオランウータンにはNeu5AcもNeu5Gcも存在する(図3(b)8)。これまでの研究で、Neu5Gcがヒトに存在しないのは、CMP-Neu5Ac水酸化酵素が存在しないからではないことがわかっている。すなわち、AluY配列が、水酸化酵素の遺伝子内に入り込み、92bpのフレームシフトを起こし、エクソン6を欠失させている。従ってヒトには活性を持つ酵素が存在しないためにNeu5Acの偏在が起こるのである(参照 N-グリコリルノイラミン酸とN-アセチルノイラミン酸6,7,8)図3(c))。しかし、酵素が不活化されているにもかかわらず、ヒトからNeu5Gcが検出されることは昔から知られており、それは食物のような外部の環境由来と考えられる 9)
進化を考える上で、シアル酸のNeu5AcとNeu5Gcの偏在を考えるのは非常に興味深い。特に、チンパンジーとヒトは500〜600万年前に分岐したと言われている。チンパンジーとヒトでは遺伝子の相同性は97%である。しかし、その異なる3%の中にCMP-Neu5Ac水酸化酵素遺伝子が存在することに加えて、ヒトのAluY配列の挿入が270〜280万年前に起こったと考えられており、それは石器の使用が始まる少し前で、脳の容量が格段に増すとき(210万年前)の少し前である。ヒトがNeu5Acのみを選択したことと何か関係があるのかもしれない5,8)。加えて、脊椎動物において、Neu5AcとNeu5Gcが両方存在するものであっても、各組織のうち、脳に限定するとすべての動物種でNeu5Acであるという事実は興味深い。これまでシアル酸が見つかっているバクテリアでもNeu5Acのみが検出されるということは、Neu5Acから多様なシアル酸を経てシンプルなNeu5Acへと戻ってきた(遺伝子の退化)とも考えられる5,8)
 
図3 Neu5Ac と Neu5Gc
(a) Neu5Ac と Neu5Gc の構造
(b) チンパンジーとヒトの CMP-Neu5Ac 水酸化酵素 (CMAH) 遺伝子のゲノムの比較
(c) チンパンジー、ネアンデルタール人、ヒトの系統樹とシアル酸分子種の存在
 

シアル酸の多様性をもたらしたレクチン

シアル酸を認識するレクチンは、脊椎動物に対する病原性レクチン、脊椎動物の内在性レクチン、他種由来レクチン(植物レクチン、昆虫レクチンなど)に大別される。植物には、シアル酸を認識するレクチンの存在が昔から知られており、現在もシアル酸を解析する道具として広く用いられているが、植物自身にシアル酸がないため、そもそも実際のリガンドがシアル酸なのか明らかではないが、シアル酸含有複合糖質を持つ外来生物からの防御である可能性が考えられている(参照 レクチン)。病原性レクチンには、ウイルス、バクテリア、原虫が持っているシアル酸を認識するレクチンが含まれる。最もよく知られているレクチンは、インフルエンザウイルスが持つヘマグルチニンで、感染の際に宿主のシアル酸を利用している(参照 インフルエンザウイルスとそのグリコレセプター)。このヘマグルチニンの特性は宿主の持つシアル酸の種類(結合やシアル酸分子種)により変化する。宿主の細胞表面上のシアル酸構造の多様性は病原性生物のもつレクチンとの戦いの軌跡であるかもしれない。シアル酸を利用する感染性病原生物のもつレクチンからの回避は、宿主がシアル酸を欠損させることが最も近道であるが、シアル酸はシアル酸を生合成する鍵となる最も源流の酵素のノックアウトマウスが胎生致死であるという結果10)が示すように、生物個体に必須な糖であるがために捨て去ることはできない。従って宿主は自身のシアル酸に多様な置換基をまとうことによって病原性生物と対決した可能性が高く、シアル酸の多様性はその名残であることが考えられている11)が、証明は難しい。また宿主の細胞表面上のシアル酸は外来性レクチン以外にも、内在性のシアル酸結合レクチンが関与していることが明らかになっている。それらは補体因子H、セレクチン(参照 セレクチン)、シグレック(参照 シグレック)、その他の分子に分類でき、それぞれシアル酸を認識する際のシアル酸の分子種、結合様式によって、結合活性が異なる。このような特異性の違いはシアル酸構造を多様にする(シアル酸の分子種を変える、水酸基を置換する、シアル酸を更に付け加える、シアル酸が結合する糖鎖の構造を変えるなど)ことによって、内在性レクチンのリガンドの使い分けが高度に可能となるために起こっていると考えられている。
 

シアル酸の起源

シアル酸の起源はこれまでに3つの可能性が示されている3)。生物が3つの枝(真正細菌、古細菌、真核生物)に分かれる前の共通の祖先がシアル酸を創り出しそれぞれの生物種に広がった場合と、真正細菌(バクテリア)がシアル酸を創り出し、それを生合成する遺伝子の水平伝達が(古細菌や)真核生物にシアル酸をもたらしたとする場合と、真核生物がシアル酸を創り出し、真正細菌へ遺伝子の水平伝達をしたため、シアル酸が真正細菌にもたらされた場合が想定される場合である。
シアル酸が各々の生物にもたらされ、そのシアル酸と相互作用する生物内外のレクチンが獲得され、それらの相互作用を圧力とする共進化の結果が今日のシアル酸の多様性と、シアル酸を認識する分子(レクチン)の結合多様性に結びついている。
佐藤ちひろ(名古屋大学生物機能開発利用研究センター)
References (1) Blix FG, Gottschalk A, Klenk E: Proposed nomenclature in the field of neuraminic and sialic acids. Nature, 179, 1088, 1957
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(3) Angata T, Varki A: Chemical diversity in the sialic acids and related alpha-keto acids:an evolutionary perspective. Chem. Rev., 102, 439-469, 2002
(4) Hara S, Takemori Y, Yamaguchi M, Nakamura M, Ohkura Y: Fluorometric high-performance liquid chromatography of N-acetyl- and N-glycolylneuraminic acids and its application to their microdetermination in human and animal sera, glycoproteins, and glycolipids. Anal Biochem., 164, 138-145, 1987
(5) Chou HH, Hayakawa T, Diaz S, Krings M, Indriati E, Leakey M, Paabo S, Satta Y, Takahata N, Varki A: Inactivation of CMP-N-acetylneuraminic acid hydroxylase occurred prior to brain expansion during human evolution. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 11736-11741, 2002
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(9) Tangvoranuntakul P, Gagneux P, Diaz S, Bardor M, Varki N, Varki A, Muchmore E: Human uptake and incorporation of an immunogenic nonhuman dietary sialic acid. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 12045-12050, 2003
(10) Schwarzkopf M, Knobeloch KP, Rohde E, Hinderlich S, Wiechens N, Lucka L, Horak I, Reutter W, Horstkorte R: Sialylation is essential for early development in mice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 5267-5270, 2002
(11) Varki A. in Essentials of glycobilogy (Varki A, Cumminings R, Esko J, Freeze H, Hart G. and Marth J. eds), pp195-209, 1999
2006年9月29日

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