Glycolipid
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N-グリコリルノイラミン酸とN-アセチルノイラミン酸

  シアル酸(sialic acid)は唾液(sialo)ムチンから酸水解によって得られた酸性のアミノ糖に対して、Guntar Blixがつけた名称で、ノイラミン酸(neuraminic acid)は脳(neuro)の酸性糖脂質であるガングリオシドの酸水解で得られた酸性アミノ糖に対してErnst Klenkがつけた名称である。両者は同一物質であることがわかり、最終的にAlfred Gottshalkが正しい構造を提出した。N-アセチルノイラミン酸(NeuAc)、N-グリコリルノイラミン酸(NeuGc)を基本に30種を超える誘導体が生体物質として存在する。これらの事情からシアル酸はファミリーネームとして使われ、構造を示すためにはノイラミン酸が使われることになっている。


 ウマ、ヒツジ、ヤギで作られた抗血清を感染症の治療に使うと、治療を受けたヒトの血清中に異種動物の抗原に対する抗体が産生される。この抗原が調べられ、我が国では内貴ら、アメリカではMilgromらの研究で、抗原はNeuGcを末端に持つ糖鎖であることが明らかにされた。ヒトの正常組織の糖脂質や糖タンパク質にはNeuGcは検出されないことから、ヒトではNeuGcを含む糖鎖は異質な糖鎖として、抗体産生が起こると理解される。


 Schauerらによって、シアル酸ファミリーの構造解析、生合成、機能の広範な研究が進められ、NeuGcの生合成はCMP-NeuAcの水酸化反応が律速であることが明らかにされていた。小堤らはこの水酸化反応にシトクロムb5が関与することを発見し、この事実に基づいて水酸化反応はNADH、NADH-シトクロムb5脱水素酵素、末端の水酸化酵素の関与する複合反応であることを明らかにした。その後、末端CMP-NeuAc水酸化酵素がマウス肝臓シトゾールから精製され、cDNAがクローニングされた。NeuGcを発現する動物は、酵素のmRNAを脳を除く各臓器で発現している。内臓の臓器でNeuGcを発現する動物においても、NeuGcが神経系で見いだされないのは、水酸化酵素の組織特異的抑制機構があることを示唆している。
図
 ヒトにはマウスの水酸化酵素に類似の配列があることがわかり、ヒトホモローグcDNAがクローニングされた。その結果、ヒトではマウスのエクソン5に相当する92-bpの配列に欠損があり、そのために、活性を持たないタンパク質が作られることが示された。欠損している92-bpの配列は、ヒトの水酸化酵素遺伝子でマウスのイントロン4と5に相当する部分22.5kb中に跡形もない。Varkiらは、チンパンジーの水酸化酵素のcDNAクローニングを行い、ヒトで見られる欠損はなく、チンパンジーは酵素活性を発現し、NeuGcを発現することを明らかにした。これらのことから、ヒトでのCMP-NeuAc水酸化酵素の欠損はヒトの祖先がチンパンジーから分岐した後で起きていることが解る。


 NeuGc発現の欠損はどのような有利なあるいは不利な状況をヒトにもたらしたのであろうか。感染症は今でも、我々の命を左右している。 E. coli K99はNeuGc糖鎖を認識する分子をもち、小ブタの下痢症を起こす。ヒトの赤ちゃんはこの感染の可能性を免れている。NeuGcを認識するインフルエンザウイルスが存在すれば、その感染からも免れられる。神経系でのCMP-NeuAc水酸化酵素mRNAの発現抑制を介するNeuGc発現の抑制は、NeuGc発現動物でも共通に見られる抑制現象として保存されており、NeuGc発現抑制は、神経機能の発達と密接な関係にある可能性が考えられる。一方で、ひとはNeuGcを持つ数十個もの糖鎖を発現できず、これらの糖鎖を介する認識システムを使えなくなっている可能性が考えられる。これらのことが、ヒトの存続にどのような影響を与えるのであろうか。
鈴木明身((財)東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所)
References (1) T. Kawano, S. Koyama, H. Takematsu, Y. Kozutsumi, H. Kawasaki, S. Kawashima, T.Kawasaki, A. Suzuki : Molecular cloning of cytidine monophospho-N-acetylneuraminic acid hydroxylase. Regulation of species- and tissue-specific expression of N-glycolylneuraminic acid. J. Biol. Chem. 270, 16458-16463, 1995
(2) A. Irie, S. Koyama, Y. Kozutsumi, T. Kawasaki, A. Suzuki : The Molecular basis for the absence of N-glycolylneuraminic acid in humans. J. Biol. Chem. 273, 15866-15871, 1998
(3) H.-H. Chou, H. Takematsu, S. Diaz, J. Iber, E. Nickerson, K L. Wright, E A. Muchmore, D L. Nelson, S T. Warren, A. Varki : A mutation in human CMP-sialic acid hydroxylase occurred after the Homo-Pan divergence. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 1171-11756, 1998
1999年 6月 15日

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