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多段階タンデム質量分析スペクトルライブラリーを用いた糖鎖構造解析法

質量分析装置(MS)は、原理的には文字通り質量を分析する装置であって、数多くの異性体を見分ける必要がある糖鎖構造解析には本来適当ではない分析装置である。一方で、近年のプロテオミクスの隆盛を支え長足の進歩を遂げたMSの微量、簡便、高スループットという特長は、グライコミクスにとっても極めて魅力的である。MSを用いた糖鎖構造解析は、従来は糖鎖を有機化学的に完全メチル化した後、タンデム質量分析(MS/MS)にて得られるフラグメントイオンを詳細に解析することによって行われてきた。MS/MSというのは、1台目のMSのイオン化室で生成したイオン種のうちの一つを前駆イオンとして選択し、2台目のMSでその前駆イオンの分解から生じるプロダクトイオンを検出する方法である。この方法では、結合位置、例えば1−4なのか1−3なのかという情報については得ることができるが、その結合がαなのかβなのか(アノマーの区別)、さらにGlcNAcなのかGalNAcなのか(ジアステレオマーの区別)の判別は不可能である。また、完全メチル化するためには少なくとも5マイクログラム程度の糖鎖試料が必要であるが(1)、これはプロテオミクスでタンパク質を決めるときに必要とされるタンパク質試料量の1000倍以上に相当する。

これに対し、最近では、完全メチル化しなくともMS/MSのフラグメントパターンが糖鎖構造の微妙な違いで変化することが次々に報告されてきている。特に、多段階のタンデム質量分析(MSn)を行なうとほとんどの糖鎖はそれぞれ独自のスペクトルパターンを示すことが判ってきた。MSnとは、MS/MSを発展させ、前駆イオンの選択と前駆イオンから生成するイオンの分離をn回繰り返す分析法であり、通常は四重極イオントラップ型またはイオンサイクロトロン共鳴型の装置を用いる。ここでは、マトリクス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ飛行時間型質量分析装置(MALDI-QIT-TOF MS)を用いた例を示す。

多段階タンデム質量分析スペクトルデータベースを用いた糖鎖構造解析法(2)は、原理としてはMSnスペクトルにおけるシグナル強度プロファイルがこのように糖鎖毎に異なるという仮定にもとづいたものであり、多数の糖鎖標品を用いて(3)、それらのMSnスペクトル(原則的にはMS3までとしている)をデータベース化しておき、検体のMSnスペクトルをそのデータベースに参照して構造を推定するというものである(図1)。このアプローチは、近年の糖鎖遺伝子の網羅的クローニングの成果によって、様々な糖鎖標品を作製できる状況が整えられるにともなって現実味を帯びてきた。この手法によって、結合位置や分枝構造はもちろん、グリコシドのαβやジアステレオマーの区別(例えばGalとMan、GlcNAcとGalNAcの区別)まで含めた精密な糖鎖構造が1ピコモル程度の試料を用いた質量分析結果から判別可能であることが判ってきた。この方法の特長は、誰でも簡単に測定できるMALDI 型質量分析計を用いている点、糖鎖の質量分析の専門家でなくても、フラグメントイオンの詳細な帰属を行うことなく1ピコモル程度の試料で簡便かつ迅速に構造を特定できる点である。
亀山 昭彦(産業技術総合研究所 糖鎖工学研究センター)
References (1) Zaia J: Mass spectromtery of oligosaccharides. Mass Spectrom. Rev, 23, 161-227, 2004
(2) Kameyama A, Kikuchi N, Nakaya S, Ito H, Sato T, Shikanai T, Takahashi Y, Takahashi K, Narimatsu H: A strategy for identification of oligosaccharide structures using observational multistage mass spectral library. Anal. Chem, 77, 4719-4725, 2005
(3) Ito H, Kameyama A, Sato T, Kiyohara K, Nakahara Y, Narimatsu H: Molecular-weight-tagged glycopeptide library: Efficient construction and applications. Angew. Chem. Int. Ed. Engl, 44, 4547-4549, 2005
2005年 8月31日

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