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環状カルボニル保護基を有するシアル酸糖供与体の開発

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シアル酸は、α-ケトカルボン酸を基盤とする九炭糖類の総称です(図 1)。その中で、4位にアミノ基を持つシアル酸1は、ノイラミン酸と呼ばれます。天然には、主にN-アセチルノイラミン酸(NeuAc 2)およびN-グリコリルノイラミン酸(NeuGc 3)が存在し、これらは生物学的に重要な役割を果たします。このため、シアル酸を含む糖鎖の合成は、糖鎖合成化学において重要な課題の一つです。特に、8位の水酸基を介してα結合したα(2,8)-ジシアル酸(4)やそのオリゴマー・ポリマーは、化学合成における多くの課題を凝縮した、最も挑戦的な糖鎖の一つです。この糖鎖を効率的に合成するためには、以下の課題を解決する必要があります:

 1. 高効率かつ高立体選択的なα-シアリル化反応の確立
 2. 反応性の低い8位水酸基へのグリコシル化に適した糖受容体の開発
 3. 異なるN-アシル基(アセチル基またはグリコリル基)を持つ誘導体の合成

これらの課題を克服するために、4位の水酸基と5位のアミノ基に環状カルボニル保護基を有するシアル酸糖供与体5が開発されました。この糖供与体は、開発世代に応じて以下の3つに分類されます。

Fig

図 1. シアル酸含有糖鎖1-4および環状カルボニル保護基を有する糖供与体5

第一世代:4N,5O-カルボニル型(1,2)
糖供与体6は、本シリーズの基本形です(図 2)。糖供与体6は、非ニトリル系溶媒(塩化メチレン)中でも高選択的にαシアロシド7を与えます。ただし、αシアロシド7は、窒素置換基を持たないため、糖鎖構築後の無保護体8 へ脱保護工程で窒素置換基を導入する必要があります。この設計により、単一の中間体から非天然型を含む多様な窒素置換体を合成することが可能です。これまでに、本糖供与体を用いることで、世界初のテトラシアル酸や、シアル酸を5つ含むガングリオシド(GP1c)の糖鎖部の化学合成が実現しました。しかし、糖鎖構築後の窒素置換基の導入は工程数の増加を招き、合成効率の低下を引き起こします。また、一つの糖鎖に異なる窒素置換基を持つシアル酸含有オリゴ糖を合成する場合には、それぞれ個別に変換する必要があります。

Fig

図 2. 第一世代糖供与体6を用いるシアル酸合成

第二世代:N-アセチル-4N,5O-カルボニル型(3)
糖供与体9は、N-アセチル基を含む環状カルボニル保護基を有します(図 3)。得られるグリコシド10は、塩基性条件下でカルボニル保護基のみを選択的に除去することで、N-アセチル型シアル酸12 へと導くことができます。一方で、グリコリル基を含む糖11は、塩基性条件下で脱グリコリル化が進行し、アミノ体13が生成されることが確認されています。また、N-アセチル化された糖供与体9ではα選択性が低下し、第二級アルコールに対するグリコシル化反応ではニトリル系溶媒の添加が必要です。

Fig

図 3. 第二世代糖供与体9を用いるシアル酸合成

第三世代:N-アシル-7O,9O:4N,5O-ジカルボニル型(4,5)
糖供与体14は、7位および9位の水酸基にも環状カルボニル保護基を有するN-アシル型です(図 4)。この側鎖カルボニル保護基により、α選択性がさらに向上し、塩化メチレン溶媒中で第二級アルコールに対しても高いα選択性を示します。また、8位水酸基の反応性向上にも寄与しています。この糖供与体14を使用することで、ポリシアル酸の最小単位であるシアル酸八量体の合成が可能となりました。さらに、得られたグリコシド15については、チオールを用いたN-アシル環状カルバマートの選択的開環反応が開発され、N-アセチル型だけでなくN-グリコリル型シアル酸16の直接合成も可能となりました。

Fig

図 4. 第三世代糖供与体14を用いるシアル酸合成

4N,5O-カルボニル保護基は、シアル酸のα選択性を大幅に向上させることが確認されました。この保護基を有するシアル酸糖供与体は、α(2,8)オリゴ・ポリシアル酸のみならず、幅広い糖鎖合成に利用されています。

田中 浩士(順天堂大学薬学部)

References
(1) Tanaka H, Nishiura Y, Takahashi T: Stereoselective synthesis of oligo-α-(2,8)-sialic acids. J. Am. Chem. Soc. 128, 7124–7125, 2006
(2) Tanaka H, Nishiura Y, Takahashi T: An efficient convergent synthesis of GP1c ganglioside epitope. J. Am. Chem. Soc. 130, 17244–17245, 2008
(3) Crich D, Li W: O-Sialylation with N-acetyl-5-N,4-O-carbonyl-protected thiosialoside donors in dichloromethane:  facile and selective cleavage of the oxazolidinone ring. J. Org. Chem. 72, 2387–2391, 2007
(4) Koinuma R, Tohda K, Aoyagi T, Tanaka H: Chemical synthesis of α(2,8) octasialosides, the minimum structure of polysialic acids, Chem. Commun. 56, 12981–12984, 2020
(5) Takeuchi Y, Tohda K, Tanaka H: Syntheses of α(2,8) Sialosides containing NeuAc and NeuGc by using double carbonyl-protected N-acyl sialyl donors. Chem. Eur. J. 30, e202400883, 2024

2025年 3月 3日

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