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カルバ糖を用いた生理活性物質の合成

 グルコースの環内酸素原子を炭素原子で置き換えると、炭素環(シクロヘキサン環)のグルコース類似体カルバグルコースができる。この種の糖質類似体は、真の糖質に対し擬似糖質と呼ばれ、他に、窒素原子、硫黄原子などで置き換えた、アザ糖、チオ糖などが知られている。擬似糖質には、糖質に似て非なる性質に基づく特異な生理活性をもつものが多く、糖鎖化学、工学、生物学の研究分野で重要な研究対象の一つとなっている。

1966年、カルバ糖を初めて化学合成した McCasland は、「分子構造が真糖に良く似ているので、中には、糖と誤認されて酵素や生体系に取り込まれ,病原性細胞や悪性腫瘍の増殖を阻止する作用を示すのものが見出されるかもしれない」と記した。数年後、1970年、わが国で農薬用抗生物質バリダマイシンAが発見され、1977年にはドイツで糖尿病対症療法剤アカルボースが発見された。生理活性天然物の活性と構造との相関について研究を進める過程で、構成成分であるカルバ糖アミンのバリダミン1やバリエナミン2が見出された。これらがある種のα-グリコシダーゼに対して強力な阻害能を有することが判明したことから、関連化合物の化学修飾が行われ、アカルボースに対応するボグリボース3が創製された。1,2の活性発現は、構造が加水分解を受ける基質の基底および遷移状態にそれぞれ酷似するので、酵素活性部位に基質と競争して作用するためと考えられている。

有機合成の立場から、当初、カルバ糖含有天然物を全合成研究の目標化合物として捉えたが、研究がゴールに近づくと、将来カルバ糖が糖質生物化学において活躍できる場などに思いを馳せ、真糖の代替物質とする途、似て非なるところを活かして真糖にまぎれながら異なる生物活性を賦与させる途などの検討がはじまった。

マルトースから誘導されるカルバオリゴ糖は、カルバ糖のみからなるもの(A)、および、カルバ糖と真糖からなるもの(B)と(C)とが考えられる。A、B型のカルバ二糖は酵素で加水分解されない。構造式はO-結合で示したが、N-やS-結合で結ぶこともできる。A、B型のN-結合二糖は天然物に見出されている。
マルトース、ラクトース、トレハロース、ラクトサミンなどの構造をまねて、結合型の異なるカルバ糖アナログを合成した。天然産二糖と同様に糖加水分解酵素や糖転移酵素に対し基質となるものや、酵素活性を阻害するものが見出された。特徴ある生理活性を示すカルバオリゴ糖をリード化合物として、活性を増強したり、それを足がかりにして新たな活性を賦与したりすることができる。

カルバ糖アミン類酵素阻害剤の開発が、最近また新たな局面を迎えている。β-Glc型あるいはβ-Gal型バリエナミンN−置換体(4,5)は、対応するグリコセレブロシダーゼに強力かつ特異的な阻害活性を示すが、後者はさらに、ヒト由来のβ-ガラクトシダーゼを強く阻害することがわかり、遺伝性ライソゾーム病分子治療薬としての開発研究が活発化している。α-Fuc型のバリダミン6,7は優れたフコシダーゼ阻害剤である。β-Fuc型L-8,9はある程度活性を保持する。その鏡像体D-9は正にβ-Gal型バリダミンの6-デオキシ体であり、これが母体化合物D-10より強力にβ-ガラクトシダーゼ、さらにはβ-グルコシダーゼを阻害することは興味深い。

グリコシダーゼで加水分解されないカルバオリゴ糖は、その安定性と低毒性を活かし、様々な生理活性糖ミミックス開発の対象化合物として、今後重要な位置を占めることが予期される。
小川誠一郎(慶應義塾大学理工学部生命情報学科)
References (1) 小川誠一郎:「生化学上興味あるカルバ糖質の設計と合成」 Trends Glycosci.Glycotechnol. 16, 33-53, 2004
(2) 小川誠一郎: 「カルバ糖アミンからなるグリコシダーゼ阻害剤」 日本農芸化学会誌, 77, 974-981, 2003
(3) Ogawa S: "Synthetic Studies on Glycosidase Inhibitors Composed of 5a-Carba- Sugars," in Carbohydrate Mimics (Y. Chapleur, ed.), Wiley-VCH, Weinheim, 87-106, 1998
(4) Ogawa S: "Synthetic Studies of Carba-Sugars of Biological Interest," in Natural Products Chemistry, Vol.13 (A.-U. Rhaman, F. Z. Basha, ed.), Elsevier, Amsterdam, 187-255, 1993
2004年 4月 23日

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