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糖質の化学合成は近年大きな発展を遂げたが、現在もグリコシル化反応は多くの研究が続けられている糖質合成の重要な課題である(1,2)。一般的にグリコシル化反応は、糖供与体の1位に導入した活性基を脱離させ、生じたオキソカルベニウムイオン中間体に糖受容体の水酸基が付加することで進行する。この付加がピラノース(またはフラノース)環の上面から起こるか下面から起こるかによってアノマー位の立体が決定される。多少の例外はあるが、糖供与体の2位水酸基がアシル系の保護基で保護されている場合はその隣接基効果によって立体選択的に1,2-trans-グリコシドを与える。またグルコサミンやガラクトサミンのような2-アミノ糖の場合も、N-トリクロロエトキシカルボニル (Troc) 基やN-フタロイル基の隣接基関与を利用することで、N-Ac基の場合はオキサゾリン経由で、1,2-trans-グリコシドが立体選択的に得られる(N-フタロイル基の場合は立体的な要因によるものとも考えられている)。一方1,2-cisグリコシドや2-デオキシグリコシド(シアル酸の場合は3-デオキシグリコシド)形成反応には隣接基関与が使えないために、完全な立体制御は困難である。
1,2-cisグリコシド形成のためには2位水酸基の保護に隣接基関与しないエーテル型(ベンジル基、アリル基など)の保護基を用いる。2-アミノ糖の場合にはアジド糖を用いるのが一般的である。1,2-cisグリコシドは2位水酸基がequatorial のα-グルコ型とaxialの β-マンノ型に大別される。アノマー効果によってα-グリコシドが熱力学的により安定になるために、グルコ型の場合はα-アノマーが優先的に得られる。β-D-マンノシドの合成は、アノマー効果ならびに2位axial水酸基の立体障害によってβ-体の生成が不利になるので、特に困難である。
従来β-D-マンノ型グリコシドはβ-ハライドに対して不溶性の銀塩を作用させるというSN2型の反応によってのみ合成が可能であった。Hindsgaul, Stork, 伊藤, Fairbanks らによって報告された分子内アグリコン転移反応は完全な立体選択性でβ-マンノシドを与えるだけでなく、伊藤らは収率も向上させることに成功し、実用的なβ-マンノシル化法となった (3,4)。一方Zieglerらはマンノシル S-エチルチオグリコシド供与体の6位とグルコース受容体の3位間をコハク酸で架橋し、CH3CN中MeOTfを作用させることでβ-マンノシドを立体選択的に得ている (molecular clamp法) (5)。この場合は架橋によってSN2型反応が促進されたものと考えられる。Crichらはマンノシル供与体の4位と6位をベンジリデン基で保護すると、αに配向したエチルスルホキシド基やエチルチオ基のような脱離基に対するSN2型反応が促進されることを見出した(6)。オキソカルベニウムイオン中間体の計算を行ってみたところベンジリデン環を4位と6位の間で形成させると2位水酸基がequatorial 配向に近い形をとるようになる。これによりオキソカルベニウムイオンへのβ面からの攻撃に対する立体障害が減少したものと考えられる。高い選択性を得るためには低温で反応を行わなければならないが、十分実用的な方法である。
一方α-D-グルコ型のグリコシド結合形成法はよりバライエティーに富んでいる。言い換えれば決定的な方法がない。α-グリコシルブロミドにBu4NBrを作用させて反応性の高いβ-グリコシルブロミドをin situで発生させ、これと糖受容体を反応させてα-グリコシドを得るというin situ anomerization 法がLemieux らによって1970年代半ばに開発されていた。またグリコシルハライドの活性化に水銀塩や銀塩を用いる方法もよく用いられた。
安定性の向上したグリコシルフルオリドを糖供与体に用いる手法が開発されてからα-グリコシド合成はより容易になった。グリコシルフルオリドの活性化には様々なルイス酸が用いられるが、α-選択的グリコシル化にはSnCl2-AgClO4 (向山法)、TMSOTf (野依法、TMS化受容体を使用) 、鈴木法 Cp2ZrCl2-AgClO4 などが優れている (1)。溶媒としてトルエンが用いられることもあるが、ジエチルエーテルの溶媒効果を利用することで高い選択性が得られている例も多い。過塩素酸塩とジエチルエーテルの組み合わせは供与体の種類によらずに用いられている一般的な方法である。最近ジオキサンやジオキサン-トルエン混合溶媒、t-ブチルメチルエーテルがジエチルエーテルと同様の溶媒効果を有することが示された。この他1-O-アシル化糖、 グリコシルリン酸、1-O-ヒドロキシ糖を用いたα-選択的グリコシル化が報告されているが、立体制御の方法はフルオリドを用いる方法に類似している。
チオグリコシドは通常の条件では安定であるが、必要に応じて適当な反応剤で活性化してグリコシド化に利用できるので、複雑な糖質の合成に広く用いられる。活性化法も種々の方法が知られているが、α-選択性に優れているのはiodonium dicollidineperchlorate (IDCP) (1), NBS-LiClO4, NBS-LiNO3, NBS (NIS) -AgClO4,PhIO-TMSClO4, PhIO-SnCl4-AgClO4 , N-phenylselenophthalimide - Mg(ClO4)2 などである(7,8,9)。ペンテニルグリコシドもIDCPを活性化に用いたα-選択的グリコシル化に利用される。いずれもジエチルエーテルの溶媒効果を利用する。
一般にα-グリコシドを選択性よく得るためには、糖供与体や活性化反応剤の反応性が適度であることが必要である。例えば水酸基が全てベンジル化された糖供与体よりも、2位がベンジル基3,4,6位がアセチル基で保護されている供与体(アセチル基の電子吸引効果で反応性は低下する)の方が高い選択性でα-グリコシドを与える。Schmidtの開発したグリコシルトリクロロアセトイミデートは調製のしやすさ、反応性の高さから現在最も汎用性の高い糖供与体の一つであるが、α-選択的グリコシル化には向いていない。ただし2-アジドグルコシルイミデートは例外で、TBDMSOTfを触媒に用いることで高い選択性でα-グルコシドが得られる (10)。
立体障害によってもグリコシル化の立体選択性は大きな影響を受ける。4位水酸基がaxialであるガラクトースやフコースは高い選択性でα-グリコシドを与えることが多い。グルコースでは6位にTBS基、Trt基、TBDPS基のように嵩高い保護基を導入することでα-選択性は向上する (9,11)。また6位にジニトロベンゾイル基、カルバモイル基、Trcoc基などが導入されてもα-選択性が向上するが、これらの場合はカルボニル基がβ面からオキソカルベニウムイオン中間体に関与する効果もあるものと考えられる (8)。
上記の方法が有効であることも多いが、グリコシル化反応は基質によって大きく影響を受けるために、場合によっては高い選択性を達成できないこともある。β-マンノシド合成に用いられた分子内アグリコン転移反応 (12)やmolecular clamp法 (13, 14) はα-グリコシド形成にも有効である。これらは通常の方法よりも余分な合成段階が必要とされるので簡単な化合物の合成には向いていないが、複雑な化合物でも確実な立体制御が期待されるので、様々な糖質合成に応用されていくものと思われる。
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References |
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Toshima, T, Tatsuta, K, Chem. Rev. 93, 1503, 1993 |
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Boons, G-J, Tetrahedron, 52, 1095, 1996 |
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(3) |
Ito, Y, GlycoWord GT-A02.
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(4) |
Ennis, SC, Fairbanks, AJ, Tennant-Eyles, RJ, Yeates, HS, Synlett, 1387,1999
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(5) |
Ziegler, T, Lemanski, G, Angew. Chem. Int. Ed. 37, 3129, 1998
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(6) |
Crich, D, Sun, S, Tetrahedron, 54, 8321, 1998
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(7) |
Fukase, K, Hasuoka, A, Kinoshita, I, Aoki, Y, Kusumoto, S, Tetrahedron, 51, 4923, 1995
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(8) |
Fukase, K, Kinoshita, I, Kanoh, T, Nakai, Y, Hasuoka, A, Kusumoto, S, Tetrahedron, 52, 3897, 1996
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(9) |
Fukase, K, Nakai, Y, Kanoh, T, Kusumoto, S, Synlett, 84, 1998
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(10) |
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(11) |
Wakao, M, Nakai, Y, Fukase, K, Kusumoto, S, Chem. Lett. 27, 1999
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(12) |
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(13) |
Ziegler, T, Ritter, A, Huttlen, J, Tetrahedron Lett. 38, 3715, 1997
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(14) |
Wakao, M, Fukase, K, Kusumoto, S, Synlett in press.
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