Glycolipid
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糖鎖の構造生物学における新展開

近年の構造生物学の急速な進展は糖鎖生物学の分野においても多大な影響をもたらしつつある。例えば、2001年には糖ヌクレオチドおよびアクセプターと複合体を形成したガラクトース転移酵素の結晶構造が報告されており、糖鎖形成反応の分子構造論的実体が解明されつつある。また、α-マンノシダーゼをはじめとする糖加水分解酵素の三次元構造も次々と明らかにされており、その中には新たなフォールドに分類されるものも含まれている。一方、タンパク質と複合糖質の相互作用についても新たな構造的知見が蓄積されつつある。2000年に報告されたヒトP-セレクチンとリガンド糖ペプチドとの複合体においてはセレクチンが標的分子の糖鎖とともに硫酸化チロシンを含むポリペプチド鎖と相互作用している様子が可視化されている。更に、糖ペプチド鎖を抗原として提示しているMHCクラスI分子、糖脂質を提示しているCD1分子の結晶構造も最近になって報告されている。これらの研究成果は、遊離の糖鎖のみならず本来の担体(脂質やポリペプチド鎖)を含めた状態で糖鎖の高次構造解析を行うことの重要性を喚起している。

しかしながら、タンパク質が発現している糖鎖の生物学的重要性は広く認識されているにもかかわらず、糖タンパク質分子中の特定の糖鎖の役割が高次構造の観点から明らかにされた例はほとんどない。これは糖タンパク質を構造生物学の研究対象として取り扱うための適切な方法論が欠如していたことに主に起因している。糖鎖は構造上の微視的不均一性と高い運動性を示すため、糖タンパク質の結晶化は一般に困難である。また、仮に結晶化に成功してX線解析を行ったとしても得られる電子密度像の解釈には注意を要する。それゆえ糖タンパク質の結晶構造解析は糖鎖を取り除いた試料を用いて行われることが多かった。最近では、昆虫細胞などを用いて発現した糖タンパク質を試料として結晶構造解析を行う試みも盛んになりつつある。

糖タンパク質の高次構造解析を行うためにはあらかじめそのグライコフォームを決定しておく必要がある。HPLCマップ法や質量分析技術の進展によって糖タンパク質の糖鎖構造の決定を迅速に行うことが可能となり、糖タンパク質の構造生物学の進展を促している。また、種々の動物細胞発現系の代謝経路やin vitroにおける糖転移酵素反応を利用して糖タンパク質分子中の糖鎖に安定同位体標識を施してNMR解析を行うことができるようになってきた。これにより水溶液中における糖タンパク質の高次構造、ダイナミクス、相互作用を原子レベルで解明できる可能性がひろがりつつある。

糖タンパク質をはじめとする複合糖質の構造生物学は、現在推進されつつある構造ゲノム科学の先に広がる未開の荒野である。この分野を開拓することは糖鎖が担う生命情報を解読するうえで不可欠である。
Fig. 1
加藤晃一(名古屋市立大学院・薬学研究科)
References (1) Persson K, Ly HD, Dieckelmann M, Wakarchuk WW, Withers SG, Strynadka NC: Crystal structure of the retaining galactosyltransferase LgtC from Neisseria meningitides in complex with donor and acceptor sugar analogs. Nature Struct. Biol. 8, 166-175, 2001
(2) Somers WS, Tang J, Shaw GD, Camphausen RT: Insights into the molecular basis of leukocyte tethering and rolling revealed by structures. Cell 103, 467-479, 2000
(3) 山口芳樹, 加藤晃一: 免疫系糖タンパク質の構造生物学. 生化学 74, 43-46, 2002
Oct. 31, 2002

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