レクチンの生物分布と機能 |
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本ジャンル冒頭(ES-00)で述べたように、糖の起原とブリコラージュによる派生・分散というシナリオが妥当だと仮定するならば、これを反映した形で糖を認識するレクチンの生物分布と生物機能(特異性)にはある種の「偏り」がある可能性がある。すなわち、グルコースやマンノース(先のシナリオでは起原三糖を構成するアルドヘキソース)を認識するレクチンは、その起源も古いと想定されることから幅広い生物種でより基盤的な生命現象に関わっていてることが予想される。これに対し、ガラクトースやシアル酸などの後生糖(グルコースやマンノースから派生したブリコラージュ産物)は、より高等化した複雑な生物で比較的限定した機能を持っていると考えられる。無論、この考えがすべてのレクチンに適用できるはずもなく、一般的な傾向を糖の進化の過程と結びつけて考えることの妥当性をある程度検証するにとどまることは十分認識しておくべきことである。 現在、レクチン家系の数は、酵素などにおける糖認識ドメイン(酵素において標的分子への結合を手助けする糖結合を担うドメイン、CRD)を含めると数十種にのぼり、多種多様な構造をもったレクチンタンパク質の存在が知られている。中でもよく研究されているのは、図1に示されるような動物界を中心とした10種程度のレクチン家系である。ゲノム解析の進展からヒト以外でも多くのモデル生物における類似遺伝子の存在が明らかとなり、構造・機能の関連からあらたな関心を集めている。例えば、多細胞生物のモデル生物でありゲノム解析が最も早く進んだ線虫(Caenorhabditis elegans)には120種を越えるC-型レクチン様遺伝子(LE-A04)の存在がDrickamerらによって指摘されている(http://www.imperial.ac.uk/research/animallectins/)。同生物には_ガラクトシドを認識するレクチンとして知られるガレクチン(LE-A01)も10種以上含まれることが知られ、ある程度機能解析がなされている。しかし、これらの生物がもついわゆる複合型糖鎖については殆ど不明であり、N-結合型糖鎖のプロセッシングがこれら無脊椎動物とヒトを含む脊椎動物間でどの程度保存されているのかは現時点では未知数である。ただし、これらのレクチンは多細胞生物にのみ見いだされ、酵母ではまったく相同遺伝子が見つからないことから、ガラクトース認識に代表されるような多細胞生物独自の認識系のために運用されているレクチンと推察できる。さらに、高等動物に限定したレクチンの典型としてシグレックを挙げることができる。このレクチン家系は免疫グロブリンの超家系タンパク質(家系としてはI-型レクチンとして分類)であるとともに、シアル酸含有糖鎖を特異的に認識し、様々な細胞シグナルの調節など、脊椎動物に特異的な働きを担っている(LE-B04)。さらにシグレックは種間の相同性が低く、染色体上で殆どが同一位置にクラスターを形成していることから、進化段階の新しい時期に急激に分散したレクチン群と考えることができる。一方、微生物に広く存在するレクチン(CRD)としてR-型レクチン(LE-A08)を挙げることができる。リシンB鎖に由来する名前を持つこのレクチンは、しばしばAB型毒素や酵素のサブドメインとして機能している。植物毒素であるリシンはガラクトース特異的で明らかに動物細胞を標的としているが、生物分布が極めて広いこのレクチンCRDはガラクトース以外にもシアル酸、マンノース、キシロースなど多様な特異性をもつ。また、ムチン型糖鎖の初段階(ポリペプチド鎖へGalNAcを転移)を触媒するppGalNAcTのC末端にはほぼ例外なくR-型レクチンドメインが存在し、ムチンクラスターの形成に貢献している。シアル酸特異的レクチンとして知られるSSA、SNAもR-型レクチン家系に属する。この様に、多様な糖特異性と広い生物分布を示すR-型レクチンについては、提案する糖の起源と進化の問題とは一見無縁であるように思えるが、遺伝子の水平伝搬などによって原核生物から真核生物へ、あるいはその逆の経路によってこのレクチンの遺伝子が伝搬した可能性も現状では否定できない。 |
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一方、糖タンパク質のホールディングに関与するカルネキシン・カルレティキュリン(ES-B01)は、N-結合型糖鎖前駆体における非還元末端グルコース残基を認識するレクチンであり、N-結合型糖鎖の生合成機構の普遍性からすべての真核生物で同じ特異性、同じ機能を有すると考えられるが、酵母のカルネキシン遺伝子についてはその証明はなされていない。同様に細胞内に存在するレクチンとしては、カーゴレクチンとしてのマンノース特異的レクチンであるVIP36やERGIC53(ES-C04)、マンノシダーゼと相同性を有しながら触媒能をもたないEDEM関連のM-型レクチン、さらに古くから知られるリソゾーム酵素の標的タグ、マンノース6-リン酸を認識する2つの相同的レクチン(カチオン依存的、及び非依存的マンノース6-リン酸結合性レクチン)など、多細胞生物に広い分布を示すものが多くある。これら細胞内のレクチンが、何れも進化的に古いとされるグルコースないしマンノースに特異性を有することは、糖の起源と進化の問題と無関係ではないと思われる。
この様な観点から、レクチンの生物分布と機能的共通性、さらに特異性と細胞内外における局在との間には比較的緩いながら一定の法則性が潜んでいるようである。比較グライコミクスでは、生物進化という視点から糖鎖に関する多くの物事を抜本的な仕組みから理解しようとする。そのこと自体は糖鎖の機能解析に直接役立つものではないかも知れないし、産業応用にも結びつかないかも知れない。しかし、我々が科学を前にするとき「進化」という呪縛から逃れることはできない。なぜなら、それは「なぜ我々がここにいるのか」という問いかけそのものだからだ。遺伝子の支配を直接受けない糖鎖もまたその例外ではない。 |
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平林 淳(産業技術総合研究所 糖鎖工学研究センター) | |||||||||||||||||
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2004年12月28日 | |||||||||||||||||
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