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FCAA

Neu5Ac/Neu5Gcの機能相違

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炭素9個からなる酸性糖であるシアル酸(sialic acid)は、アセチル化や硫酸化といった様々な分子修飾により50種を超える分子種として存在するが、その5位の炭素の修飾基に着目すると、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)、N-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)、デアミノノイラミン酸(Kdn)に分類される(図)。哺乳動物では、Kdnの存在量はわずかであるため、主なシアル酸分子種はNeu5AcとNeu5Gcである(ヒトは例外)。Neu5Gcは、糖供与体であるCMP-シアル酸の段階で、CMP-Neu5Acを前駆体とした水酸化反応により生合成される。この水酸化反応は細胞質で行われ、NADH、シトクロムb5、シトクロムb5還元酵素、CMP-Neu5Ac水酸化酵素(CMAH)が関わる(1,2)。これまでに、小堤らとVarkiらの2つのグループにより2系統のCmahノックアウトマウスが作製され、いずれの系統においてもNeu5Gcは検出限界以下であったことから、CMAHがNeu5Gcの生合成に必須の酵素であることが示された(3,4)。

Neu5GcとNeu5Acの存在比はCMAHの発現量に依存するが、その発現量は細胞種により大きく異なる。その結果、同じ動物種であっても臓器によりその比は異なり、同じ臓器であっても動物種により比が異なる。また、マウスのリンパ球においては、通常はNeu5Gcが主なシアル酸分子種であるが、活性化するとCmahの発現抑制によりNeu5Gcが減少しNeu5Acが主となることが明らかになり、一つの細胞においてもその存在比が変化することが分かった(3)。マウスにおいては、Neu5Gcはリンパ球の活性化に対し抑制的に働いており、活性化時にNeu5Gcを低下させることでリンパ球はこの抑制メカニズムから逃れている。これはNeu5GcとNeu5Acの酸素原子1つの違いを識別し、細胞活性化を制御する分子システムが存在することを示唆する。

このようにNeu5Gcの発現量は組織・細胞により大きく異なり、制御されているが、そのパターンには2つの大きな特徴がある。1つ目は、これまでに調べられたどの動物種においても、脳では血管以外に存在しないことである。脳神経系特異的なCmah発現抑制の分子メカニズムは不明であるが、脳の神経系細胞にNeu5Gcを発現させると、髄鞘形成不全による運動障害、物体認識記憶の低下、Neu5Gc特異的な病原体への感受性の増加などが見られ、脳におけるNeu5Gcの欠損が進化の過程で優位性をもたらした可能性が示唆されている(5)。

Neu5Gc発現パターンのもう1つの特徴は、ヒトにおける欠損である。ヒトではCMAH遺伝子にAlu配列の挿入による92bpのエキソンの欠損が生じ、CMAHがフレームシフトを起こした偽遺伝子となっているため、全身においてNeu5Gcが生合成されない(6)。この変異は約200~300万年前に生じたとされ、ヒトと最近縁の動物種であるチンパンジーとを分ける決定的な違いである。Neu5Gcを欠損するCmahノックアウトマウスやNeu5Gcを過剰発現するCmahトランスジェニックマウスを用いた研究から、このNeu5Gc欠損が腸チフス、コレラ、筋ジストロフィーのヒト特異的な病態、重症化の原因であることが明らかになってきた。また、Cmahノックアウトマウスの解析では、Neu5Gc欠損により、加齢による聴力の低下、傷の回復遅延が生じることが報告されている(4)。

さらに、ヒトにおけるCMAHの欠損は、ヒト特異的な慢性炎症をもたらすと考えられる。Neu5Gcを生合成できないヒトにとってNeu5Gcは異種抗原であり、免疫原性をもつ。実際、ほとんどのヒトが乳幼児期からNeu5Gcに対する抗体を有することが報告されている。このため、近年、話題となったブタからヒトへの異種移植ではCMAH欠損ブタが用いられている。一方で、ヒトは牛肉や豚肉などの赤身肉を食べることで、食事由来のNeu5Gcを体内に取り込む。取り込まれたNeu5Gcはサルベージ経路により再利用され、自身の糖鎖上に付加され、「異種自己抗原」という珍しい形で提示されることになる。つまり、異種抗原であるNeu5Gcとそれに対する抗体が同時に体内に存在することになり、これがヒト特異的な慢性炎症として動脈硬化やがん化に関わることが示唆されている(7)。

Neu5Gcを欠損したことが進化において実際に有利に働いたかは不明であるが、感染症の宿主特異性やヒト特異的な疾患・病態に関与していることは明らかであり、ヒトの疾患研究を行うにあたって各種モデル動物とのシアル酸分子種の違いを考慮に入れることは必須である。

Fig

図 Neu5AcとNeu5Gcの構造

内藤 裕子(藤田医科大学医療科学部 研究推進ユニット 免疫医科学分野)


References
(1) Takematsu, H, Kawano, T, Koyama, S, Kozutsumi, Y, Suzuki, A, Kawasaki, T : Reaction mechanism underlying CMP-N-acetylneuraminic acid hydroxylation in mouse liver: formation of a ternary complex of cytochrome b5, CMP-N-acetylneuraminic acid, and a hydroxylation enzyme. J. Biochem. 115, 381-386, 1994
(2) Kawano, T, Koyama, S, Takematsu, H, Kozutsumi, Y, Kawasaki, H, Kawashima, S, Kawasaki, T, Suzuki, A. : Molecular cloning of cytidine monophospho-N-acetylneuraminic acid hydroxylase. Regulation of species- and tissue-specific expression of N-glycolylneuraminic acid. J. Biol. Chem. 270, 16458-16463, 1995
(3) Naito, Y, Takematsu, H, Koyama, S, Miyake, S, Yamamoto, H, Fujinawa, R, Sugai, M, Okuno, Y, Tsujimoto, G, Yamaji, T, Hashimoto, Y, Itohara, S, Kawasaki, T, Suzuki, A, Kozutsumi, Y. : Germinal center marker GL7 probes activation-dependent repression of N-glycolylneuraminic acid, a sialic acid species involved in the negative modulation of B-cell activation. Mol. Cell. Biol. 27, 3008-3022, 2007
(4) Hedlund, M, Tangvoranuntakul, P, Takematsu, H, Long, J. M, Housley, GD, Kozutsumi, Y, Suzuki, A, Wynshaw-Boris, A, Ryan, AF, Gallo, RL, Varki, N, Varki, A. : N-glycolylneuraminic acid deficiency in mice: implications for human biology and evolution. Mol. Cell. Biol. 27, 4340-4346, 2007
(5) Naito-Matsui Y, Davies LR, Takematsu H, Chou HH, Tangvoranuntakul P, Carlin AF, Verhagen A, Heyser CJ, Yoo SW, Choudhury B, Paton JC, Paton AW, Varki NM, Schnaar RL, Varki A. : Physiological Exploration of the Long Term Evolutionary Selection against Expression of N-Glycolylneuraminic Acid in the Brain. J. Biol. Chem. 292, 2557-2570, 2017
(6) Hayakawa, T, Satta, Y, Gagneux, P, Varki, A, Takahata, N. : Alu-mediated inactivation of the human CMP-N-acetylneuraminic acid hydroxylase gene. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 11399-11404, 2001
(7) Dhar C, Sasmal A, Varki A. : From "Serum Sickness" to "Xenosialitis": Past, Present, and Future Significance of the Non-human Sialic Acid Neu5Gc. Front. Immunol. 10, 807, 2019

2025年 7月17日

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