ヌクレオシドと糖を有するバイオインスパイアード基材
よく知られているように、糖転移酵素は細胞内の小胞体やゴルジ体に存在し、糖ヌクレオチドを糖供与体として糖受容体(アルコール、糖)上への糖転移反応を触媒する。それ故、糖転移酵素には3つの基質特異性が存在する。転移する糖に対する特異性、糖転移を受けるアルコールに対する特異性、そして糖供与体のヌクレオシドに対する特異性である。近年、糖転移酵素が細胞小器官のみならず、細胞膜表面にも存在することが判り、その役割が注目されている。一方、細胞表面には種々の認識素子が存在し、細胞接着、細胞増殖、細胞移動などを担当している。細胞表面の認識素子には、糖鎖を認識する受容体なども存在する。本稿では、細胞表面に存在する糖転移酵素の特異的な認識を介した細胞接着について紹介する。
細胞が認識素子を介して接着などを行うとき、細胞表面の分子がクラスター化して多点相互作用することが重要であることが指摘されている。そのため、細胞接着を行う培養基質としては、細胞表面の認識素子(この場合は糖転移酵素)に認識される分子の集合体(生体内のクラスター効果を取り入れたという意味ではバイオインスパイアード材料として捉えることができる)を用いる必要がある。分子のクラスター化に用いられる集合体としては、ミセル、リポソーム、デンドリマーなどが考えられるが、作成の容易さ、固体表面への固定化の容易さ、形状の多様さ、各成分の相分離のしにくさなどの観点から、1成分のみを含むポリマーおよび複数成分を含むランダムコポリマーを用いるのが適当であろうと推測される。
細胞表面に糖転移酵素を有する細胞として、ガラクトース転移酵素を有する3T3−L1線維芽細胞が挙げられるが、ガラクトース転移酵素を認識素子とする場合に認識される分子は、D−ガラクトース、N−アセチル−D−グルコサミン、ウリジンの3種類である。そこで、バイオインスパイアード材料としては、ポリスチレンのベンゼン環上の置換基にD−ガラクトース、N−アセチル−D−グルコサミン、ウリジンを導入したポリマー
1)
およびそれらのランダムコポリマーを合成し、疎水性相互作用を利用してポリスチレンシャーレに吸着させる。このポリマーコートシャーレ上に3T3−L1線維芽細胞を播種することによって、細胞と糖鎖高分子との特異的な相互作用を観察することができる(
図
)。
3種類の置換基のうち、細胞接着に最も強く関与するのはウリジンであり
2)
、ウリジンを有するポリスチレンでコートしたシャーレには3T3−L1線維芽細胞が特異的に接着するし、細胞遊走性も観察されている。これに対して、D−ガラクトース、N−アセチル−D−グルコサミンを有するポリマーでコートしたシャーレ上には3T3−L1線維芽細胞の特異的な接着は認められないが、系内にウリジン誘導体が存在することによって、N−アセチル−D−グルコサミンには接着するようになる。このようにして、3種類の異なる認識素子を使って細胞表面の糖転移酵素を介した細胞接着を起こすことができる。将来的には、3種類の生体官能基(2種類の糖と1種類のヌクレオシド)の空間的な配置を制御することによって、細胞の機能を最大限に引き出せるようになり、基質構築後に高分子を架橋して得られるゲルは、人工的な細胞外マトリックスとしての働きが期待され、複数種類の細胞集合体による組織構築へも発展していくと考えられる。
畑中 研一
(東京大学 生産技術研究所)
References
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K. Hatanaka, J. Oishi, A. Tsuda, S. Matsunaga, M. Kunou, Y. Yachi, M. C. Kasuya, and T. Okinaga,
Macromol. Biosci
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2003年4月1日