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含リン脱離基を基盤とするグリコシル化反応

  1980年以降、糖鎖生物学の勃興と呼応して、Koenigs-Knorr法(不安定な塩化あるいは臭化糖を糖供与体とし、活性化剤として銀塩や水銀塩を用いるグリコシル化反応の総称)を凌駕する高選択的グリコシル化反応が続々と開発されてきた。

 一般にグリコシル化反応の成否は糖の種類に大きく左右される上に、糖供与体の脱離基及び保護基、受容体水酸基の求核性、活性化剤、溶媒等の要因が複雑に絡まることから、それを予見することさえ困難な場合も多い。我々は上記要因の中でも特に糖供与体の脱離基が支配的要因をなすとの考えのもとに、従来にない特徴を持つ糖供与体の創製を目指し、特にリン原子を中心元素とする脱離基に着眼した。リン原子は種々の元素で修飾容易なことから多様な脱離基の設定が可能であり、"tailor-made"な糖供与体合成が容易に行なえるものと期待された。その結果、各種含リン脱離基を組み込んだ糖供与体を基盤とし、高収率、高立体選択的且つ操作性に優れたグリコシル化反応を達成することができた。これらは従来法に比べ、それぞれ際だった特徴を持つ。
 
 ジフェニルホスファート法、ホスホロジアミダート法:脱離基としてジフェニルホスファートを用いると、TMSOTf存在下、2位の隣接基関与を伴う系はもとより、隣接基関与を伴わない系においても極めて高い立体選択性で1,2-トランス-β-グリコシドを生成する。特に後者の反応は、-78 ℃下瞬時に完結するため、酸に不安定なエポキシ、アセタ−ル、シリルオキシ基を持つ各種アルコ−ルに適用することができる。本反応の迅速性及びβ-選択性発現には反応溶媒としてプロピオニトリルの使用が不可欠である。テトラメチルホスホロジアミダートを組み込んだ糖供与体は、極めて高い安定性を持つにも拘らずジフェニルホスファート法に匹敵する反応性並びに立体選択性を示す。特筆すべきは、反応剤としてTMSOTfのみならず三フッ化ホウ素エーテル錯体も適用できる点にある。

 ジフェニルホスフィンイミダート法:本脱離基を組み込んだアシル保護糖は、低温下、三フッ化ホウ素エーテル錯体により活性化され完璧な立体選択性で1,2-トランス-β-グリコシドを生成する。本法は、特に酸性条件に不安定なアグリコンのグリコシル化に威力を発揮し、従来極めて困難な課題とされてきた強心配糖体及び抗がん性ポドフィロトキシン配糖体合成を可能にした。

 ホスホロジアミドイミドチオアート法:本脱離基を組み込んだベンジルエーテル保護糖は、ヨウ化テトラブチルアンモニウム(TBAI)共存下、p-トルエンスルホン酸2,6-ルチジニウム(LPTS)により活性化され、極めて高い立体選択性で1,2-シス-α-グリコシドを生成する。

 ホスファイト法:Schmidt、Wongらにより開発された3価のホスファイトを脱離基とするグリコシル化反応は、α-シアリル化反応等に優れた成果を上げている。我々は最近この脱離基が極めて特異な反応性を示すことを見い出した。ジエチルホスファイトを脱離基に組み込んだベンジルエーテル保護糖は、-78℃下、反応剤として三フッ化ホウ素エーテル錯体を用いると、比較的反応性に富むアルコールに制限されるが、文献上知られる最も高い立体選択性で1,2-トランス-β-グリコシドを生成する。一方、TBAI共存下、ヨウ化2,6-ジ-tert-ブチルピリジニウム(DTBPI)で活性化すると1,2-シス-α-グリコシドを生成する。また、TMSOTf存在下、4,6-位をベンジリデンアセタール保護したマンノシルホスファイトを用いると、β-マンノシドの直接的且つ立体選択的な構築を達成することができる。

 ところでオリゴ糖鎖のブロック合成において糖受容体は、特定の水酸基がグリコシル化された後、1位の選択的脱保護及び脱離基導入を経て、次には糖供与体として機能しなくてはならない。ここで、あらかじめ組み込んだ脱離基が1位の保護基としても機能しえたら、オリゴ糖鎖合成の効率は飛躍的に高まると期待される。上記の含リン脱離基を組み込んだ糖供与体は、反応性の違いを反映してそれぞれに特徴ある反応条件の設定を可能にする。従って、エーテル保護糖とアシル保護糖を"armed-disarmed"糖供与体として機能させるだけではなく、各脱離基の反応性の差にも特徴を持たせた展開が期待できる。我々は最近、保護基の着脱等の化学変換反応に対して十分な安定性を示したホスホロジアミダートを糖受容体に設定し、スフィンゴ糖脂質グロボトリアオシルセラミドGb3、ガングリオシドGM3の収束型合成を達成した。
橋本俊一・中村精一(北海道大学大学院薬学研究科)
References (1) Toshima, K, Tatsuta, K : Recent progress in O-glycosylation methods and its application to natural products synthesis. Chem. Rev. 93, 1503-1531, 1993
(2) 橋本俊一, 池上四郎 : グリコシル化反応―化学法. "糖鎖工学―これからの生命科学" pp.477-495, 1992
(3) 橋本俊一, 本田雄, 柳谷由己, 中島誠, 池上四郎 : 含リン脱離基を基盤とする高選択的グリコシル化反応. 有機合成化学協会誌 53, 620-632, 1995
(4) 橋本俊一, 中島誠 : オリゴ糖鎖合成の新戦略. ファルマシア 32, 1375 -1380, 1996
(5) Hashimoto, S, Sakamoto, H, Honda, T, Abe, H, Nakamura, S, Ikegami,S : "Armed-disarmed" glycosidation strategy based on glycosyl donors and acceptors carrying phosphoroamidate as a leaving group: a convergent synthesis of globotriaosylceramide. Tetrahedron Lett. 38, 8969-8972, 1997
1999年 9月 15日

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