Glycoprotein
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血液型物質と細胞接着

  血液型物質(型物質)とは、ヒトの赤血球の表面に発現している一群の抗原の総称である。この中にはABO式血液型物質やRh式血液型物質など医療の見地から極めて重要な物質も知られている。その実体は、特定の抗原構造をもった糖脂質や糖タンパク質である(1)。糖鎖の抗原性で区別される血液型物質には様々な種類のものがあるが、図には代表的なものとしてABO式血液型物質、ルイス式血液型物質、Ii式血液型物質、P式血液型物質などの構造を示しておく。ヒトのABO式血液型物質について説明すると、A型物質とB型物質はともに3個の糖からなる抗原分子で、O型のヒトは2個の糖からなるH型物質と呼ばれる基本糖鎖構造をもつ。H型物質のガラクトースに特定の結合様式でα-N-アセチルガラクトサミンが結合したのがA型物質であり、α-ガラクトースが結合したのがB型物質である。これらは、赤血球表面上では主として糖脂質と糖蛋白質の形で存在している。ABO式血液型物質は赤血球以外にも腺上皮をはじめとする上皮細胞や血管の内皮細胞に発現している他、血液中の凝固因子の一つであるフォンビルブラント因子(von Willebrand factor)などの上にも存在しており、血液凝固因子を用いた治療を行う際に問題になる可能性も指摘されている。さらにFUT2(Se)遺伝子の活性をもつ分泌型のヒト(分泌型個体)では、唾液や分泌液にも検出される。ABO式血液型物質を合成する遺伝子は、一つの遺伝子座に3つ以上の変異型が存在している複対立遺伝子(multiple allele)の教科書的、古典的な例となっている。この遺伝子座は糖転移酵素の遺伝子をコードしており、A型物質の合成酵素とB型物質の合成酵素(糖転移酵素)は4箇所程度のアミノ酸配列が異なるだけでありその差異によって酵素活性が異なるためH型物質にα-N-アセチルガラクトサミンを結合させたり(A型の人)、α-ガラクトース(B型の人)を付加したりするのである。O型のヒトは、A型やB型物質を合成する糖転移酵素の遺伝子が変異して酵素活性を失った遺伝子をもつ。

 図のルイス式血液型物質にはH.G.D.ルイス夫人の血清中に存在する抗体の認識する血液型物質として初めて記載されたLea(ルイスa)型物質の他、Leb(ルイスb)型物質などが知られている。Lea抗原の誘導体であるシアリルLea抗原は広く膵癌 ・胆のう胆管癌 ・大腸癌などで異常発現を起こすことが知られており、この抗原に対する抗体CA19-9はこれらの癌の診断に利用されていることで有名である(日本人の5-10%はLea抗原を合成できず、そういう人ではシアリルLea抗原が合成できない。従ってそういう人の癌の診断目的にはこの抗体は無効である)。 また血液型物質ではないがルイス抗原に関連した糖鎖抗原として細胞接着に重要な糖鎖構造として、Lex(ルイスx)抗原やそれにシアル酸がついたシアリルLex抗原がある。後者はE-セレクチンのリガンドとして、リンパ球の炎症部位へのホーミングに関与することがわかっている。マウスの8細胞期後期になると割球間の接着が強まり割球と割球の境目が判然としなくなる。このコンパクションといわれる現象には、やはりLex抗原が関与している証拠がある。
図






Major carbohydrate
blood group antigens
(pale blue)







and related antigens
(yellow)
 さて細胞接着分子には、細胞と細胞外のマトリックスとを接着させる分子 (細胞―基質接着分子)及び細胞と細胞とを接着させる分子(細胞―細胞接着分子)の二種類がある。もちろんインテグリンのように両者の機能を兼ね備える場合もありうるわけで、この区別をそれほど厳密に考える必要はない。細胞―細胞接着分子には機能するのに、カルシウムを必要とするものと必要としないものの二種類がある。前者の代表はカドヘリンであり,後者の代表はNCAMである。細胞接着分子の研究では、細胞接着分子を同定するために細胞接着の阻害抗体を利用するという手法が極めて有効であった。細胞接着を阻害する抗体をまずあらかじめ用意し、その抗体が結合する分子として細胞接着分子を同定するのである。カドヘリンが最初に同定されたのはマウスのF9細胞のカルシウム依存性細胞接着を阻害するモノクローナル抗体ECCD-1が認識する分子としてであった。神経細胞や胎盤由来細胞のカルシウム依存性細胞接着をそれぞれ阻害するモノクローナル抗体NCD-2、PCD-1がまず作成され、次にそれらが認識する分子としてそれぞれN-カドヘリンとP-カドヘリンが同定された。モノクローナル抗体ECCD-1はマウスのコンパクションも阻害するので、E-カドヘリンがコンパクションに関与していることは確実である。しかし糖鎖であるLex(SSEA-1)もコンパクションを阻害するし、さらに胚の表面に存在するβガラクトシルトランスフェラーゼに対する抗体もコンパクションを阻害する。これらの例は、細胞接着に糖鎖が働いている可能性を強く示唆する。

 私たちはアフリカツメガエルの胞胚のカルシウム依存性細胞接着を阻害するモノクローナル抗体が認識する細胞接着分子を調べていた。そしてヒトのB型血液型物質に対するモノクローナル抗体 (IgM やIgG, 及びそのFab)が、胞胚のカルシウム依存性細胞接着を完全に阻害することを発見した。さらに合成品のB型物質やB型物質を含むムコ多糖も接着を阻害したが、A型物質やH型物質あるいはそれらに対する抗体は無効であった(2)。カエルの初期胚では、どうやらマウスのLexのかわりにB型血液型物質とそれを認識するレクチンが存在して細胞接着に働いているらしい。同様な細胞接着機構が、マウスやヒトなどでも存在するのだろうか?インテグリンのABO式血液型物質の変化が、癌の転移性(走触性)や増殖と強く相関しているという最近の結果などと併せて興味深い(3)。また血液型物質の機能の進化を考える上でも面白い結果であり、活発な研究がなされている。
野村和子、水口惣平(九州大学理学部)、野村一也(九州大学理学部、科技団さきがけ研究21)
References (1) Reid, ME, Lomas-Francis, C, The Blood Group Antigen: Facts Book , Academic Press, New York, 1997
(2) Nomura, KH, et al. Dev. Genes Evol. 208, 9-18, 1998
(3) Ichikawa, D, et al. Int. J. Cancer 76, 284-289, 1998
1998年 12月 15日

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