|
ムコ多糖症は、グリコサミノグリカン代謝酵素の先天的欠損に起因する一群の遺伝病である(1-4)。グリコサミノグリカンが正常に代謝分解できず、体内に蓄積することで発症する。いわゆるリソソーム病(リソソーム蓄積症)の1種である。グリコサミノグリカンは、古くはムコ多糖と呼ばれていたため、この名がついた。尿中に漏出したグリコサミノグリカンオリゴ糖が診断に利用されていたため、ムコ多糖尿症とも呼ばれていた。
グリコサミノグリカンの細胞内での代謝分解は以下のように進行する(「グリコサミノグリカンの分解機構」の項参照)。エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたグリコサミノグリカン(あるいはプロテオグリカン)は、エンドソームや初期リソソームでエンド型酵素の分解を受けてある程度低分子化されたオリゴ糖となり、その後、リソソームにおいてエキソ型の加水分解酵素によって非還元末端側から順々に分解され、単糖になる。このリソソーム内での分解は必ず非還元末端側から進行するが、その途中段階の特定の酵素が欠損すると、反応はその段階をスキップして進行することはなく、その段階で停止する。つまり、特定のエキソ型加水分解酵素が先天的に欠損していると、その段階以降の分解が進行せず、同じ非還元末端構造をもったオリゴ糖が蓄積する。この異常蓄積によって細胞が障害を受け、発症する疾患がムコ多糖症である。これまでにI型からIX型までのムコ多糖症が報告されており、その欠損が原因となる酵素と蓄積するオリゴ糖を表1にまとめた。
ムコ多糖症I型は、その発見者の名前を冠したハーラー症候群とシャイエ症候群と、その中間型のハーラー/シャイエ症候群とに分類されている。原因酵素であるα-イズロニダーゼの変異の違いによって、重症度が異なる。ハーラー症候群の方がシャイエ症候群よりも重症である。シャイエ症候群は以前はムコ多糖症V型であった。ムコ多糖症II型は、ハンター症候群とも呼ばれる。原因酵素であるイズロン酸-2-スルファターゼの変異の違いによって重症度が異なるため、重症型と軽症型に分類される。ムコ多糖症III型はサンフィリッポ症候群とも呼ばれ、へパラン硫酸の分解酵素の何れかが欠損することでへパラン硫酸オリゴ糖が蓄積することが共通の特徴であるが、原因酵素は複数あるため、A型〜D型の4種類に分類されている。ムコ多糖症IV型はモルキオ症候群とも呼ばれ、ケラタン硫酸オリゴ糖の蓄積を特徴とする。原因酵素としてガラクトース-6-スルファターゼとβ-ガラクトシダーゼの2種類を含むため、それぞれA型、B型として分類されている。ガラクトース-6-スルファターゼは、コンドロイチン硫酸の代謝分解に関わるN-アセチルガラクトサミン-6-スルファターゼと同一の分子であるため、ムコ多糖症IVA型では、コンドロイチン硫酸オリゴ糖も蓄積する。ムコ多糖症のV型とVIII型は欠番になっている。ムコ多糖症VI型はマルトー・ラミー症候群とも呼ばれ、原因酵素はN-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼである。ムコ多糖症VII型はスライ症候群とも呼ばれ、原因酵素はβ-グルクロニダーゼである。ムコ多糖症XI型は、エンド型のヒアルロナン/コンドロイチン硫酸分解酵素であるヒアルロニダーゼ1の変異を原因とするが、あまり重症ではなく、報告例も少ない。
ムコ多糖症の症状については、表1にまとめたが、骨格系の異常が多いのが特徴的である。これは、グリコサミノグリカンが軟骨の主成分であったり、骨の形成に重要な役割を果たしていることなどが関係していると思われる。また、へパラン硫酸が蓄積するタイプのムコ多糖症では、知能の障害が見られることも特徴的である。
ムコ多糖症の治療法として、酵素補充法が広く適用されているが、費用が高い、頻繁に注射する必要がある、脳、心臓、骨などへの運搬効率が低い、投与した酵素に対する抗体ができるなどの問題がある。酵素補充法以外には、合成酵素を阻害してリソソーム酵素の基質を減らす基質抑制療法、変異型酵素の立体構造を正しい方向に変化させて活性を復活させるシャペロン療法、幹細胞移植、遺伝子治療などが試みられている。これらはいずれも、今のところ酵素補充法を超えるところまで至っていないが、将来有望である。
表 1. ムコ多糖症(MPS)
MPSの型 |
疾患名 |
欠損酵素 |
蓄積物質 |
病態 |
MPS I型 |
ハーラー |
α-イズロニダーゼ |
HS, DS |
知能障害、特異顔貌、肝脾腫、骨変化、関節拘縮、角膜混濁、難聴、低身長 |
シャイエ |
硬い関節、角膜混濁 |
MPS II型 (伴性劣性遺伝)
|
ハンター |
イズロン酸-2-スルファターゼ |
HS, DS |
(重症)知能障害、特異顔貌、肝脾腫、骨変化
(軽症)関節拘縮
|
MPSIII型 | サンフィリッポ | HS |
骨格異常などの身体症状は比較的軽い知能障害 |
(A型) | スルファミダーゼ |
(B型) | α-N-アセチルグルコサミニダーゼ |
(C型) | アセチルCoA:α-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ |
(D型) | N-アセチルグルコサミン-6-スルファターゼ
|
MPS IV型 | モルキオ | | 低身長、骨格異常、角膜混濁 |
(A型) | ガラクトース-6-スルファターゼ | KS, CS |
(B型) | β-ガラクトシダーゼ | KS |
MPS VI型 |
マルトー・ ラミー |
N-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼ |
DS |
骨格異常、角膜混濁、肝脾腫、心臓障害 |
MPS VII型 |
スライ |
β-グルクロニダーゼ |
HS, CS, DS |
骨格異常、角膜混濁、知能障害 |
MPS IX型 |
|
ヒアルロニダーゼ1 |
HA |
軽い低身長 |
HS, へパラン硫酸; DS, デルマタン硫酸; KS, ケラタン硫酸; CS, コンドロイチン硫酸; HA, ヒアルロナン
山田 修平(名城大学薬学部)
References |
(1) |
Hopwood JJ: Enzymes that degrade heparin and heparan sulphate. Lane DA, Lindahl U (Eds.), Heparin - Chemical and biological properties, clinical applications, Edward Arnold, London, pp. 191-227, 1989 |
(2) |
rabhakar V, Sasisekharan R: The biosynthesis and catabolism of galactosaminoglycans. Adv. Pharmacol. 53, 69-115, 2006 |
(3) |
Sun A: Lysosomal storage disease overview. Ann. Transl. Med. 6, 476, 2018 |
(4) |
Leal AF, Benincore-Flórez E, Rintz E, Herreño-Pachón AM, Celik B, Ago Y, Alméciga-Díaz CJ, Tomatsu S: Mucopolysaccharidoses: cellular consequences of glycosaminoglycans accumulation and potential targets. Int. J. Mol. Sci. 24, 477, 202 |
2023年 6月15日
|