|
消化器疾患の病態に果たす糖鎖の役割
|
|
|
|
1. 糖脂質と消化器疾患
糖脂質は糖鎖を極性部分に有し、疎水性の脂質部分とからなる両極性の物質で疎水性部分がジグリセリド骨格かセラミド骨格かによって大まかにグリセリド糖脂質とスフィンゴ糖脂質にわけられるが、高等動物の大半は後者に属する。消化器疾患との関連においては、その機能的意義を示す例としてコレラ毒素のレセプター物質としての機能、細胞の癌性変化に伴う糖脂質の変化が挙げられる。特に腫瘍に伴う糖脂質の変化-いわゆる腫瘍抗原としての役割-が臨床応用されている例として現在膵癌などのマーカーとして一般に用いられているCA19-9が糖脂質抗原としてこの物質が臨床領域に実用化されてきていることを示すよい例といえよう。
さらに最近注目されているのは、細菌の接着分子としての機能やSelectinなどのいわゆる接着分子のレセプター機能である。たとえば、大腸菌の場合、線毛先端のレクチン様糖鎖認識蛋白(アドヘシン)によって細胞膜の糖鎖レセプターが認識され接着装置形成が行われる。細菌のアドヘシンにより認識される宿主側細胞の糖鎖レセプターは多くの場合、糖脂質であることも知られている。最近、胃潰瘍や胃癌との関連で注目されているHelicobacter pyloriについても、胃粘膜における接着レセプターは酸性糖脂質のスルファチドであるという説が提唱されている。また、このような酸性糖脂質は燐脂質と同様に粘膜上皮細胞で合成、分泌され疎水性バリアーの形成や粘膜傷害の修復に加わっていると考えられている。
2. 粘液蛋白(ムチン)と消化器疾患
糖鎖構造を有する粘液蛋白(ムチン)の役割は、細胞保護とその糖鎖構造による細胞間相互作用(白血球、細菌、ウイルスとの受容体としての働き)が明らかにされている。最近、9つのムチン遺伝子(MUC1-4、MUC5B、MUC5A/C、MUC6-8)が次々にクローニングされ、その生化学構造が明らかにされた(表1)。その結果、癌などの異常粘膜と正常消化管粘膜では量的あるいは質的にその発現が異なっていることがわかってきた。たとえば胃粘膜にはこれらのうち、MUC1、MUC5A/C、MUC6が主に発現しているが、腸上皮化生粘膜ではMUC2、MUC3の発現がみられるようになる。さらに胃癌へ進展するとムチン遺伝子のmRNAのパターンは大きく変化し、MUC5、MUC6が減少するとともにMUC3、MUC4が増加してくる。なお、それらの産生や分泌、糖鎖付加の分子機構についてはなお不明な点が多い。
小腸ではMUC2、MUC3の発現が非常に多く、大腸においてはMUC2が最も豊富に存在する。最近では炎症性腸疾患とムチン遺伝子との関係も報告されている。ムチンの繰り返し配列が変化することによってムチン蛋白の長さに異常を来すことがある。たとえば、潰瘍性大腸炎では正常者と比較してMUC2の繰り返し配列部分が変化するといわれており、このような異常を見つけることによってこの疾患の診断を予測することが可能となる。 |
|
|
ムチン |
くり返し部分のアミノ酸配列(アミノ酸数) |
主要な発現部位 |
染色体上
の位置 |
MUC1 |
PDTRPAPGSTAPPAHGVTSA(20) |
乳腺、膵臓 |
1q21 |
MUC2 |
PTTTPPITTTTTVTPTPTPTGTQT(23) |
小腸、大腸、気道 |
11p15 |
MUC3 |
HSTPSFTSSITTTETTS(17) |
小腸、大腸、胆嚢 |
7q22 |
MUC4 |
TSSASTGHATPLPVTD(16) |
大腸、気道 |
3p29 |
MUC5AC |
TTSTTSAP(8) |
胃、気道 |
11p15 |
MUC5B |
SSTPGTAHTLTMLTTTATTPTATGSTATP(290) |
気道、唾液腺 |
11p15 |
MUC6 |
省略 S(30) T(52) P(25) (全体169) |
胃、胆嚢 |
11p15 |
MUC7 |
TTAAPPTPSATTPAPPSSSAPG(22) |
唾液腺 |
4 |
MUC8 |
TSCPRPLQEGTPGSRAAHALSRRGHRVHELPTSSPGGDTGF(41) |
気道 |
|
|
注:MUC6のくり返し配列は省略し、主要なアミノ酸とくり返し配列全体の残基数のみを示した。
(参考文献:堀田ら 胃粘液の魅力を探る1999)
|
|
|
|
|
|
3. 粘液蛋白(ムチン)と転移性腫瘍
糖蛋白は、細胞増殖、侵潤、血管内皮や細胞外基質への癌細胞の接着など癌細胞の転移の種々の段階に関与している。ムチンの変異によって腫瘍の生物学的性質が変化し、その分泌量が多い腫瘍は予後不良であることは周知のごとくである。すなわち、ムチンのグリコシル化に変異が生ずると癌の転移性変化も徐々に進行していく。動物実験におけるムチンの研究では、通常の腺癌LS174Tより2倍以上のムチンを産生するLIM-6は、転移しやすいcell lineとして知られている。また、逆にムチンのグリコシル化を抑制するアリルグリコシドベンジル-α-N-アセチルガラクトサミンを添加すると肝転移が著しく減少することが報告されている。臨床的に腫瘍マーカーとして頻用されているCEAについても同じような考え方が支持されている。これは、大腸癌などによって分泌される糖蛋白であるが、ヌードマウスによる実験ではCEAが多いcell lineほど肝転移のコロニーが多くなり、CEAは細胞間認識および細胞間結合に関与して癌細胞の転移部位への接着を促進している可能性がある。同じようにシアル酸を多く産生する癌細胞も転移しやすいといわれている。
|
|
|
|
大澤博之(自治医科大学・消化器内科) |
|
|
|
|
|
References |
(1) |
Klinken J, Buller HA, Einerhand AWC : Mucin gene structure and expression: protection vs. adhesion. Am. J. Physiol. 269, G613-G627,1995 |
|
(2) |
Niv Y : Mucin and colorectal cancer metastasis. Am. J. Gastroenterol. 89, 665-669, 1994 |
|
(3) |
堀田恭子、石原和彦 胃粘液の魅力を探る 最新手法によるムチンの解明 1999,メジカルビュー社 |
|
|
|
|
|
1999年 12月 15日 |
|
|
|
|
|
|