Glycolipid
English












糖脂質とシグナル伝達

  スフィンゴ糖脂質にシグナル伝達を調節する活性があることは、以前から箱守らの研究により知られていた。最近、スフィンゴ糖脂質がコレステロールと脂質二重層内で集合してミクロドメインを形成し、そこにさまざまなシグナル伝達分子が会合していることが明らかになってきた。スフィンゴ糖脂質は飽和アシル鎖を持っていることが多く、脂質二重層内で固くパックすることができ相転移温度が高い。一方リン脂質はシスの不飽和アシル鎖を持っていることが多く、アシル鎖がねじれるため固くパックすることができず相転移温度は低い。このことからスフィンゴ糖脂質ミクロドメインは相分離によってできたものであると考えられ、現在図1のようなモデルが提出されている。スフィンゴ糖脂質ミクロドメインはラフトとも呼ばれている。
Figure
 スフィンゴ糖脂質ミクロドメインには、GPIアンカータンパク質やsrcファミリーチロシンキナーゼ、三量体Gタンパク質といったアシル化タンパク質が会合していることが知られている。GPIアンカーのアシル鎖は飽和であることが多く、それが優先的にミクロドメインに挿入されると考えられている。またsrcファミリーキナーゼはパルミトイル化とミリストイル化の飽和アシル鎖による修飾を受けており、リン脂質よりも優先的にミクロドメインに挿入されると考えられている。

 細胞のGPIアンカータンパク質を抗GPIアンカータンパク質抗体またはリガンドでクロスリンクすると、srcファミリーキナーゼの活性化、タンパク質の一過性のチロシンリン酸化がおこる(図2a)。同様に細胞のスフィンゴ糖脂質を抗スフィンゴ糖脂質抗体でクロスリンクすると、srcファミリーキナーゼの活性化、タンパク質の一過性のチロシンリン酸化がおこる(図2b)。これは抗スフィンゴ糖脂質抗体処理でGPIアンカータンパク質のシグナル伝達をまねることができることを示している。また抗GPIアンカータンパク質抗体で免疫沈降するとsrcファミリーキナーゼが共沈し、抗スフィンゴ糖脂質抗体で免疫沈降するとsrcファミリーキナーゼおよびGPIアンカータンパク質が共沈する。さらに細胞表面のスフィンゴ糖脂質糖鎖を酵素で除去するとGPIアンカータンパク質クロスリンクによるsrcファミリーキナーゼの活性化がおこらなくなる。これらのことはGPIアンカータンパク質のシグナル伝達にスフィンゴ糖脂質が関与していることを示唆している。GPIアンカータンパク質がふだんからスフィンゴ糖脂質ミクロドメインと会合しているかについては意見がわかれているが、抗体によるクロスリンクでミクロドメインに移行するかまたはミクロドメインとの会合が安定化すると考えられている。
Figure
 さらにスフィンゴ糖脂質ミクロドメインは免疫受容体や増殖因子受容体によるシグナル伝達にも重要な役割をはたしている。 T細胞を充分に活性化するにはT細胞抗原受容体による第一のシグナルの他に、共刺激分子からの第二のシグナルも必要である。共刺激によりT細胞と抗原提示細胞との細胞間接着部位にミクロドメインが集合する。srcファミリーキナーゼ、シグナル伝達下流分子をミクロドメインに集め、さらにチロシンホスファターゼCD45を排除することで、基質の強く持続するチロシンリン酸化を可能にしている。またEGF受容体やRasもミクロドメインに存在しており、EGF処理によりMAPKKキナーゼであるRaf-1が細胞質からミクロドメインに移行することが知られている。これはMAPキナーゼカスケードの初期反応がスフィンゴ糖脂質ミクロドメインでおこっている可能性を示している。

 シグナル伝達におけるスフィンゴ糖脂質ミクロドメインの一般的な機能は、レセプターやエフェクターを膜の両側に集めることでシグナル伝達の効率を上げ、かつ他のシグナルとの不適切なクロストークを防ぐことであると考えられている。
笠原 浩二 (東京都臨床医学総合研究所 生命情報研究部門)
References(1)Simons K, Toomre D : Lipid rafts and signal transduction. Nature Rev. Mol.Cell Biol. 1, 31-39, 2000
(2)Kasahara K, Sanai Y : Functional roles of glycosphingolipids in signal transduction via lipid rafts. Glycoconj. J. 17 (3-4), 153-162, 2000
(3) 笠原浩二 佐内豊 スフィンゴ糖脂質ミクロドメイン/カベオラとシグナル伝達 : 蛋白質核酸酵素 共立出版 43(16), 2522-2530, 1998
(4)Kasahara K, Watanabe K, Takeuchi K, Kaneko H, Oohira A, Yamamoto T, Sanai Y : Involvement of gangliosides in glycosylphosphatidylinositol-anchored neuronal cell adhesion molecule TAG-1 signaling in lipid rafts. J Biol Chem 275 (44), 34701-34709, 2000
(5) Kasahara, K, Watanabe, Y, Yamamoto T, Sanai, Y : Association of src family tyrosine kinase Lyn with ganglioside GD3 in rat brain. Possible regulation of Lyn by glycosphingolipid in caveolae-like domains. J. Biol. Chem. 272(47), 29947-29953, 1997
2001年 4月 15日;改定

GlycoscienceNow INDEXトップページへ戻る