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インフルエンザは、インフルエンザウイルスにより引き起こされる病気である。インフルエンザウイルスは極めて変異しやすいために、その連続進化過程において動物や、時としてヒトに世界的大流行を引き起こす。インフルエンザウイルスにはA、BおよびC型があり、これらはいずれもシアル酸およびその誘導体を含む糖鎖をレセプターとして認識している。A型インフルエンザウイルスは病原性が高く、多くの動物、すなわちヒト、トリ、ブタ、ウマの他クジラ、アザラシなどからも分離されている。全てのA型ウイルスは水トリの世界に貯蔵されている。
インフルエンザウイルス膜には2種のスパイク糖タンパク質が存在する。一つはヘマグルチニンであり、ウイルスが宿主細胞膜上のガングリオシドやシアル酸含有糖タンパク質受容体へ結合する上で必須であり、他は、細胞膜上の受容体からシアル酸を遊離させレセプターを破壊する酵素(シアリダーゼ、ノイラミニダーゼとも呼ばれる)である。
我々はガングリオシドを用いてインフルエンザウイルスヘマグルチニンの分子進化とその機能的受容体糖鎖構造との関連を明らかにして来た(1-4)。また、ガングリオシドに対するインフルエンザウイルスシアリダーゼの特異性も明らかにした(5,6)。すなわち、ヒトインフルエンザA、B型ウイルスのヘマグルチニンは
1) | 抗原変異に関係なく共通のレセプターとしてNeu5Acα2-6(又はNeu5Acα2-3)Galβ1-4(3)GlcNAcβ1-構造を持つ糖鎖(シアリルラクト系T型およびU型糖鎖)を認識し、結合する (1,2)。 |
2) | ヘマグルチニンの変異は末端シアル酸の分子種(Neu5Ac, Neu5Gc)およびシアル酸の結合様式(2-3,2-6)に対する認識の変化として現れる。すなわち、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン分子は宿主の受容体シアロ糖鎖(4)および抗体(5)が持つ圧力による選択をうけつつ、分子進化して行く。受容体糖鎖におけるシアル酸結合様式 (2-3, 2-6)の認識には、ヘマグルチニン分子内受容体結合ポケット内にあるアミノ酸置換変位、Leu226 → Gln ( 2-6 → 2-3 )(3)、およびヘマグルチニン分子内抗原決定領域Dに存在するアミノ酸置換、Ser205 → Tyr ( 2-3 → 2-6)が重要である(4)。 |
3) | これらの受容体糖鎖誘導体はウイルスの中和活性も持つことなどを見いだした。 |
ヒトインフルエンザウイルスシアリダーゼは、多くのガングリオシドの末端シアル酸を加水分化できるが、シアル酸が糖鎖の中間に位置するガラクトースに結合したGM1ガングリオシドには作用しない(5)。さらにヒトインフルエンザウイルスシアリダーゼはNeu5Ac2-6Gal結合よりもNeu5Ac2-3Gal結合を優先的に水解し、必ずしもヘマグルチニンの結合特異性と一致しない。この結果から、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンとシアリダーゼは独立した分子進化を続けていると考えられる (6)。
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References | (1) | Suzuki, Y et al. : Structural determination of gangliosides that binds to influenza A, B, and C viruses by an improved binding assay: strain-specific receptor epitopes in sialo-sugar chains. Virology, 189, 121-131, 1992 |
| (2) | Suzuki, Y : Gangliosides as influenza virus receptors. Variation of influenza viruses and their recognition of the receptor sialo-sugar chains. Prog. Lipid Res. (Review), 33, 429-457, 1994 |
| (3) | Ito, T et al. : Differentiation in sialic acid-galactose linkages in the chicken egg amnion and allantois. Influence Human influenza virus receptor specificity and variant selection. J. Virol. 71, 3357-3362, 1997 |
| (4) | Suzuki, Y et al. : Single amino acid substitution in an antigenic site of influenza virus hemagglutinin can alter the specificity of binding to cell associated gangliosides. J. Virol. 63, 4298-4302, 1989 |
| (5) | Sato, K et al. Specificity of the N1 and N2 sialidase subtypes of human influenza A virus for natural and synthetic gangliosides. Glycobiol. 8, 527-532, 1998 |
| (6) | Suzuki, Y et al.: Variation in sialyl sugar chain mediated recognition by the hemagglutinin and sialidase of human influenza viruses. Options for the control of influenza III., ed. by Brown, LE, Hampson, AW Webster, RG, pp.443-446, 1996, Elsevier Science BV |
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