Glycolipid
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スフィンゴ糖脂質:構造と局在及び代謝

  疎水基としてセラミドを持つスフィンゴ糖脂質(以下糖脂質)は、全ての脊椎動物の細胞に存在し、細胞の分化や増殖あるいは接着の調節・制御に関わっていると考えられている。また、微生物やそれらが生産する毒素の受容体でもある。脊椎動物の糖脂質の主要な構成単糖は7種に過ぎないが、糖鎖構造の違いによって400種を越す分子種が知られている。一方、無脊椎動物にも、脊椎動物とは異なるユニークな糖鎖構造を持つ糖脂質が見い出されている。シアル酸の新しい誘導体デアミノノイラミン酸(KDN)を含む一連の糖脂質が見い出だされたように、今後も分析技術の向上と新しい視点から新規な構造の糖脂質が発見されるに違いない。最近、NKT細胞のリガンドとして今まで哺乳動物では見出されていないα-ガラクトシルセラミドが同定された。この糖脂質は外来抗原の可能性もあるが、未同定の微量な糖脂質が重要な機能を持つ可能性を示すものとしても興味深い。同一糖鎖を有する糖脂質分子でも脂質部分に関しては不均一性を示すことが多い。脂質構造、特に脂肪酸の分子種は、生体膜上での糖脂質の局在化、コレステロールやリン脂質あるいは受容体タンパク質との相互作用、膜上での糖鎖の配向を考察するうえで極めて重要である。また、糖脂質由来の遊離セラミドが細胞機能を調節している可能性もある。


 糖脂質組成は、動物種や組織あるいは細胞の種類によってほぼ決まっている。糖脂質に対する種々のモノクローナル抗体の開発により、より精密な組織内分布が明らかになってきた。例えば、脳においては神経細胞の種類や細胞層の違いによって特定のガングリオシド(シアル酸を持つ糖脂質)分子種が発現していることが示されている。


 形質膜二重層の外層における糖脂質密度は極めて不均一であると考えられている。現在のところ、糖脂質が内層にも存在するという確固たる証拠はない。一方、膜に結合していない遊離糖脂質が細胞質に存在するという報告がある。糖脂質は形質膜と細胞内小器官を絶えず循環しているだけでなく、形質膜外層においては側方にも自由に移動しているようだ。この循環や移動は、raft(イカダ)と呼ばれるコレステロール密度の極めて高い特別なユニットで行われているらしい。raftには細胞内情報伝達系に関与する種々のタンパク質が存在しているので、糖脂質がこれらとの相互作用を介して情報伝達系に影響を与えている可能性が指摘されている。


 哺乳動物における糖脂質の合成は、小胞体で合成されたセラミドにグルコースまたはガラクトースが転移されることからはじまる。これらの反応を触媒するグルコシルセラミド合成酵素(GlcT)とガラクトシルセラミド合成酵素(GalT)は、意外なことに全く似ていない。GlcTは膜貫通領域をN末端側に持つIII型酵素に分類されるが、GalTはC末端側に膜貫通領域を持つI型酵素である。両者に一次構造の相同性も見い出せない。むしろGalTがグルクロン酸転移酵素と高い相同性を示すことは本酵素の起源を考えるうえでも興味深い。両者の細胞内での局在や組織分布も大きく異なる。GlcTがゴルジ装置の細胞質側に局在するのに対して、GalTは小胞体の内腔側に存在する。また、GlcTが全ての組織に存在するのに対して、GalTは脳や腎臓に特異的に発現している。GlcTとGalTを除く糖脂質合成酵素はゴルジ装置の内腔側に存在しているので、グルコシルセラミドはゴルジ膜の外側(細胞質側)から内側(内腔側)にとんぼ返り(フリップフロップ)し、糖鎖を伸張することになる。この反応を触媒するフリッパーゼという酵素が想定されているが、その実体は明らかでない。ゴルジ膜の内腔側に移ったグルコシルセラミドは、糖転移酵素によって規則正しく一つずつ単糖が付加されてゆく。この仕組みは全ての細胞において共通しているが、どのような糖鎖が作られるかは細胞が持っている糖転移酵素の種類と発現によって決定される。一方、細胞は必ずそれぞれの糖転移酵素と対をなす加水分解酵素をリソソームに用意している。細胞内を循環していた糖脂質も最終的にはリソソームに運ばれ、非還元末端側から順に分解を受ける。セットとして用意されている分解酵素の一つでも遺伝的に欠損すると糖脂質が蓄積する重篤な糖脂質代謝異常症となる。このように、細胞の糖脂質量は糖脂質の合成系と分解系の平衡によって決められている。糖脂質の合成系と分解系を司る個々の酵素遺伝子のクローニングは目覚ましく進展したにもかかわらず、両者を統一的に制御する精緻な仕組みは、未だスフィンクスが問いかける一つの謎である。
図
伊東 信(九州大学大学院生物資源環境科学研究科)
References(1) Hakomori, S : Structure and function of sphingolipids in transmembrane signalling and cell-cell interaction. Biochemical Society Transaction 21, 583-595, 1993
(2) Simons, K, Ikonen, E : Functional rafts in cell membranes. Nature 387, 569-572, 1997
1998年 6月 15日

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