Glycoprotein
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植物の生体防御と糖鎖

 植物は我慢強い生き物である。我々人間は寒くなれば暖房の効いた室内に閉じこもり、夏になれば涼しい北海道に遊びに行くこともできる。しかし、街路樹は冬の寒さにも、夏の暑さにもただじっと耐えている。彼らはどうしてこんなに我慢強いのだろう?実は植物は自由に動き回れない反面、こうした様々なストレスに耐えるための独自の仕組みを発達させていると考えられている。病気に関しても事情は同じであり、植物は独自の生体防御機構を発達させて病原菌と戦っている。例えば病原菌が感染すると、植物細胞は様々な抗菌性物質の合成を始める。この中にはファイトアレキシンのような低分子の抗菌性物質もあれば、キチナーゼやグルカナーゼのような酵素も含まれる。また、リグニンなどを合成して細胞の表面を強化したりもする。

植物の生体防御で糖鎖はどのような位置を占めているのだろう?まずなによりも、糖鎖は生体防御の基礎である自己・非自己の識別に深く関わっている。微生物の細胞表層糖鎖、例えば糸状菌細胞壁の主要成分であるキチンやグルカンの断片(オリゴ糖)は植物の防御応答を誘導することが良く知られている(エリシター活性)。この場合、これらの糖鎖は植物に微生物という潜在的な脅威を知らせるシグナルとして機能していると考えられる。最近の研究から、植物のこうした防御系はその認識する分子(微生物特有の分子パターン、PAMPs)や認識に関わる受容体において動物の先天性免疫系と類似した特徴をもつことが明らかになりつつある。植物にはこの他に動物の後天性免疫に対比されるような特異性の高い認識系や全身誘導抵抗性があるがここではこれ以上触れないこととする。一方、植物と共生する微生物は何らかの方法でこうした植物の防御系を潜り抜けて共生関係を成立させていると考えられるが、こうした共生微生物の代表的存在であるRhizobium属の根粒菌がキチンオリゴ糖の誘導体であるNodファクターをシグナル物質として分泌し、マメ科植物に根粒を形成させ共生関係を成立させるという事実は、キチンオリゴ糖が多くの植物に認識されるエリシターであることと考え合わせると大変興味深いことである。(植物に対するオリゴ糖のシグナル機能の図と説明も参照のこと)

生体防御における糖鎖の役割は防御応答誘導のためのシグナル機能だけでなく、実際に相手を攻撃する分子においても糖鎖構造の差異を利用した特異性の発揮が認められる。例えば植物レクチンが植物自身にとってどのような役割をもっているかは古くから議論されているが、もっとも有力なのが生体防御機構の一環であるという考え方である。この場合少なくともキチン結合型レクチンなどについては、植物には存在しないが糸状菌や昆虫の表層に多量に存在する分子を目印として相手を攻撃している(自分を守っている)と考えることができる。キチナーゼやβグルカナーゼなどの酵素についても同様のことを考えることができる。これらの酵素に関しては直接相手を攻撃するという機能に加え、基質となるキチンやβグルカンからエリシター活性をもつオリゴ糖を遊離して防御応答を誘導するという機能をもつことも想定される。

Toll/TLRを介したPAMPsの認識に加え、レクチンや微生物細胞表層多糖の分解酵素も動物の生体防御系で重要な役割を果たしていることを考えると、恐らくこうした糖鎖を介した生体防御系は進化のかなり早い時期に獲得され、動植物界に保存されてきたシステムであると考えられる。それぞれの生物に存在するより発達した防御系(動物の後天性免疫、植物の“遺伝子対遺伝子”型抵抗性)は、その後、病原菌側の進化に対応する形で獲得されてきたものであろう。近年、脊椎動物において先天性免疫と後天性免疫が密接に共同して生体防御を担っていることが明らかになってきたが、植物においてPAMPsを認識するような系と“遺伝子対遺伝子”型の特異的病原菌認識・防御系がどのような関係にあるかは今後の興味深い研究分野と考えられる。

本シリーズでは、こうした植物の防御応答における糖鎖の役割について、防御応答の一環としての細胞壁多糖の合成制御を含めてそれぞれの専門家に解説していただく。
渋谷直人(明治大学農学部生命科学科)
2004年10月29日

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