Glycoprotein
English












I-型レクチンの比較生物学

 I-型レクチンの分布と進化
I-型レクチン(I-type lectins)は免疫グロブリン様ドメインを糖鎖認識ドメインとして持つレクチンの総称である。そのメンバーとしては神経細胞接着分子(NCAM)やミエリンタンパク質ゼロ(P0)等の神経系細胞で主に発現する分子、CD83やシグレック等の血球系細胞で主に発現する分子が知られている。

免疫グロブリン様ドメインを有するタンパク質、すなわち免疫グロブリンスーパーファミリー(IgSF)の存在は、動物(特に脊椎動物)において顕著であり、その多くは細胞間相互作用ないし生体防御に関与している。IgSFの一部をなすI-型レクチンの分布と機能もまた同様であると考えられる。

既知のI-型レクチンのほとんどは脊椎動物(特に哺乳動物)由来である。これはIgSFが脊椎動物において著しく拡張したグループである事、細胞間相互作用ないし生体防御の研究に哺乳動物が主に用いられてきた事による。例外としては昆虫の体液(hemolymph)に存在し、生体防御への関与が示唆されるヘモリン(hemolin)が知られている。

I-型レクチンは一群のファミリーとして分類されているが、IgSFの分子系統上必ずしも同一系統に属さない(図A)。言い換えると、「IgSFに属するタンパク質の一部が進化の過程で個別に糖鎖認識能を獲得した」と考えるのが妥当である。その意味でI-型レクチンの定義は、「糖鎖認識活性を持つ祖先タンパク質から派生したと考えられ、その現有メンバーの多くが糖鎖認識活性を有する」他のレクチンファミリー(例えばR-型、L-型レクチンやガレクチン等)よりも広い。新たなI-型レクチンが今後発見される可能性も残されている。
シグレックの分布と進化
既知のI-型レクチンの過半を占めるのはシグレックファミリーの分子群であり、配列状の相似性から単一の祖先遺伝子から派生したと考えられる。またファミリーのメンバーのほとんどが糖鎖認識能を示す。この意味で他のレクチンファミリーの定義に近い。

シグレックの一種であるミエリン付随糖タンパク質(MAG=シグレック4)は魚類から哺乳動物に至るまで高度に保存されている。他の既知のシグレックについては保存の度合いはまちまちであり、脊椎動物に共通して保存された物は見当たらない(図B)。一方、脊椎動物に近い脊索動物のホヤのゲノム配列がほぼ完全に解読されており、明らかにMAGらしい配列は見当たらない事から、シグレックの分布は脊椎動物に限られるかもしれない。

MAGが高度に保存されている事実は、MAGが神経系に存在する分子であり、分子進化を促進するウイルス等の病原体から比較的保護されている事、糖鎖以外のリガンドとも相互作用するため進化上の拘束が多く、進化速度が限られる事、等が理由として考えられる。これに対し他のシグレックは主に免疫系の細胞に存在し、病原体との接触が避けられないため、進化速度が速くなるのであろう。特にこの傾向が顕著なのがゲノム上にクラスターを形成するCD33類似シグレックの一群であり、霊長類の種間ですら遺伝子の数が一致しない。これは進化の過程でCD33類似シグレックの一群が遺伝子重複、転換、欠損等のマクロな進化過程を繰り返したためである。CD33類似シグレックはミクロのレベルでも加速的進化を遂げており、特に糖鎖認識に関与する一番目の免疫グロブリン様ドメインは他のドメインよりも有意に進化速度が速い。Varkiと安形は最近、この加速進化の背後には「シアル酸を認識する病原体と宿主シアル酸との間の進化的競争」、「シグレックを認識する病原体と宿主シグレックとの間の進化的競争」、さらに両者を「シアル酸とシグレックの共進化」が共役した「進化の連鎖」が働いているとの説を提唱した(図C)。この説は従来の知見と整合しており、これに基づくいくつかの検証可能な仮説が派生している。
安形高志(独立行政法人 産業技術総合研究所 糖鎖工学研究センター)
References (1) Angata T, Brinkman-Van der Linden E: I-type lectins. Biochim. Biophys. Acta, 1572, 294-316, 2002
(2) Lehmann F, Gathje H, Kelm S, Dietz F: Evolution of sialic scid-binding proteins: molecular cloning and expression of fish siglec-4. Glycobiology, 14, 959-968, 2004
(3) Angata T, Margulies EH, Green ED, Varki A: Large-scale sequencing of the CD33-related Siglec gene cluster in five mammalian species reveals rapid evolution by multiple mechanism. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A., 101, 13251-13256, 2004
(4) Varki A, Angata T: Glycobiology, 15, 2005, in press.
Links LE- B04 シグレック(安形高志)
2005年6月30日

GlycoscienceNow INDEX