Glycoprotein
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N-結合型糖鎖の生合成と生物進化

マンノーストリミングの普遍性
N-結合型糖鎖は調べられた限りすべての真核生物と、一部の原核生物が持っている。原核生物のそれは、真核生物のものとは、かなり違った構造を持つので、起源や機能も異なっているかもしれない。真核生物のN-結合型糖鎖は、十四糖のハイマンノース型糖鎖が蛋白質に丸ごと転移されることにより作られる。ここから一つずつ糖が切り取られ、多細胞動物では、マンノースを5個持つ七糖に達する。これには複数の経路が可能であるが、これまでに調べられた構造から察するところ、プラナリアからヒトにいたるまで、主たるトリミング経路はほぼ単一のようだ。このことは、経路の代替を抑制する要因の存在をうかがわせる。つまり、特定のアイソマー構造が生理的に必要であることを示唆している。それが、糖蛋白質の細胞内輸送への関与であるという予想は容易に立つだろう。また糖蛋白質の品質管理において、マンノース8個を持つ特定のアイソマーの重要性が指摘されている。

複合型糖鎖の多様性
複合型糖鎖は、単細胞生物では見られず、多細胞生物に成ってから現れたようである。ただ下等な多細胞動物であるカイメン(海綿動物)やクラゲ、ヒドラ(刺胞動物)などのデータが無いので、正確な起源はまだわからない。普遍的なハイマンノース型に対して、複合型の構造は非常に多様である。トリマンノースコア構造(マンノースを3個持つ五糖)は共通しているものの、その他の部分はかなり異なっている。このことは、多細胞動物の形態の多様性と、糖鎖構造の多様性の間に何らかの関係があることを期待させる。バイアンテナやトリアンテナなどの通常よく目にする複合型は、脊椎動物以外では見つかっていない。無脊椎動物は、2型のラクトサミン構造(Galβ1-4GlcNAc)を持たないようである。ただし、脊椎動物直前のホヤ(尾索類)やナメクジウオ(頭索類)での有無については、今後の研究を待たねばならない。これに対して、1型構造(Galβ1-3GlcNAc)はイカやタコなどの頭足類でも見出されており、ラックダイナック構造(GalNAcβ1-4GlcNAc)は昆虫類から脊椎動物まで広く存在している。線虫類は独特の複合型糖鎖を持つようであるが、正確な構造はまだ決定されていない。このような伸長構造の変化に加え、分岐構造や、シアル酸類をはじめとする末端の酸性部分の差異により、複合型糖鎖はクレード特有の構造群を示す。

多様化を妨げるパウチマンノース型経路
パウチマンノース型糖鎖は、脊椎動物ではごく例外的にしか報告されていないが、それ以外の多細胞生物では、極めて一般的な主要糖鎖である。その生合成経路は、複合型糖鎖への進行を阻むように配置されている。つまり、糖鎖の多様性形成を妨げ、均質な構造に導く経路と見ることができる。パウチマンノース型への生合成の鍵となるのは、プロセッシングN-アセチルグルコサミニダーゼと呼ばれる膜結合型の酵素である。この酵素は、N-アセチルグルコサミン転移酵素-Iが付加した糖残基を水解する。もし、複合型糖鎖が形態形成にかかわり、パウチマンノース型が複合型への進行を妨げるためにあるのならば、形を作る時期には複合型が発現し、形が定まるとパウチマンノース型に移行するという発現様式が見られるはずである。実際、ショウジョウバエの脳の発生段階における、プロセッシングN-アセチルグルコサミニダーゼの発現が調べられたところ、これを支持する結果が示されている。

 


N-結合型糖鎖の生合成経路は生物進化に伴って発達してきた。最初のハイマンノース型糖鎖の経路は単調であるが、多細胞動物における後半の経路は高度に分岐している。多様性形成を妨げるかのようにパウチマンノース型経路が存在する。(糖鎖構造を表す記号は、Consortium for Functional Glycomicsの規則に準じている。)

長束俊治(大阪大学大学院理学研究科)
References (1) Natsuka S: Comparative biochemical view of N-glycans. Trends Glycosci. Glycotechnol., 17, 229-236, 2005
(2) Angata T, Varki A: Chemical diversity in the sialic acids and related alpha-keto acids: an evolutionary perspective. Chem. Rev., 102, 439-469, 2002
 

 

 
2006年5月31日

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