Proteoglycan
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ヘパラナーゼ:ヘパラン硫酸特異的エンドβ-D-グルクロニダーゼ

 はじめに

 ヘパラン硫酸プロテオグリカンはあらゆる組識の細胞表面と細胞外マトリックスに存在し、組織の境界膜であり細胞外骨格となる基底膜の重要な構成成分である。細胞接着や増殖因子の受容体として機能する細胞表面ヘパラン硫酸プロテオグリカンは、細胞の増殖や分化と運動の制御に関与している。一方、組織の境界膜である基底膜のヘパラン硫酸プロテオグリカンは物質透過の制御の役割を担い、巨大分子や陽性荷電をもった分子に対するフィルターとして働く。また基底膜の核をなすタンパク分子であるタイプIVコラーゲンなどのネットワークをプロテアーゼによる分解から保護していると考えられる。細胞表面ヘパラン硫酸プロテオグリカンは常に合成と分解が繰り返されており、その細胞内における分解の律速段階にヘパラン硫酸特異的エンドグリコシダーゼが働く。基底膜は、原発巣から血管内に侵入してさらに血流中から血管外へ 浸出する血行性転移性癌細胞や、血管内から周辺組織に浸潤する炎症細胞等により酵素的・物理的に破壊されるが、その際、基底膜のヘパラン硫酸プロテオグリカン糖鎖がエンドグリコシダーゼにより分解される。このようなヘパラン硫酸を特異的に分解するエンドグリコシダーゼ活性が正常組織に存在する事が発見されたのは、4半世紀も前のことである1)。その後、線繊芽細胞や肥満細胞、血漿板などの正常細胞にヘパラン硫酸特異的なエンドグルクロニダーゼ活性が存在する事が報告され、さらに1980年代に入ると、悪性腫瘍細胞がその転移能に相関して基底膜ヘパラン硫酸分解活性を発揮する事が相次いで報告された2)
 これらの哺乳動物細胞由来のヘパラン硫酸分解酵素は、加水分解を行うエンドグルクロニダーゼあり、バクテリアが産生するエリミナーゼであるヘパリチナーゼやヘパリナーゼとは全く異なる。そこで我々は哺乳動物細胞のヘパラン硫酸特異的なエンドグルクロニダーゼを“へパラナーゼ”と呼ぶことを提唱した3)。この酵素は非常に大きな分解産物を作るため、活性を定量化するためには、ゲルろ過による分解産物の解析が必要であり、迅速な特異的アッセイ系を構築する事の難しさから、その完全な精製と遺伝子の発現実験による証明までには、のべ20年近くの日々が過ぎ去った。そして1999年夏、ほぼ時を同じくして相次いで5つの研究室よりヒトヘパラナーゼの精製と遺伝子のクローニングの成功が報じられた4-8)。本稿では、ヘパラナーゼの遺伝子とタンパク分子の構造、疾患における予後因子と治療標的としてのヘパラナーゼについて概説する。

1. 細胞外マトリックス分解酵素としてのヘパラナーゼの発見と命名
 1970年代末に、マウス転移性メラノーマ細胞がなぜ臓器特異的な転移をするのかを追求していたNicolsonらの研究室では、培養血管内皮細胞と高肺転移性がん細胞との相互作用を調べていたが、がん細胞が血管内皮細胞の下に潜り込むことを見つけ、さらにその後、がん細胞が血管内皮細胞下の基底膜様マトリックスを分解して溶出する事を確認した9)。主な分解産物は、ヘパラン硫酸プロテオグリカンの糖鎖部分であり、メラノーマにはエンドグリコシダーゼによるプロテオグリカン分解活性がある事を結論した。
 我々は、肺や脳、卵巣などに対して異なる転移能を発揮するメラノーマの亜株を用いた実験から、肺への転移能とヘパラン硫酸分解活性に正の相関がある事を見い出した10)。同様に転移能の異なるリンホーマ11)や乳がん細胞など様々ながん細胞株を用いた実験から、ヘパラン硫酸分解活性と転移能が正に相関することが確認された2)。メラノーマの酵素は、当時血小板へパリチナーゼと呼ばれていたヘパラン硫酸特異的なエンドグルクロニダーゼと同じ加水分化酵素活性を有する事が判明したため、メラノーマを始めとする哺乳動物細胞の発現するヘパラン硫酸特異的エンドグルクロニダーゼを“ヘパラナーゼ”と命名し、Flavobacterium heparinumのエリミナーゼであるへパリチナーゼと区別した3)。ヘパラナーゼの至適pHは酸性側にあり、基本的にはリソソーム酵素と考えられたが、メラノーマの細胞膜や培養液中に放出される細胞膜顆粒にも存在が確認された10)。低酸素状態にある腫瘍組織内部のpHは6付近にあることから、生理的な酸性条件下では細胞外に遊離されたヘパラナーゼが細胞表面や細胞外マトリクスで働く事は十分理解できる。この酵素の特徴は、非常に大きなヘパラン硫酸分解産物を作ることであり、単純なIdoUA-GlcN(2-N-sulfate, 6-O-sulfate)-GlcUA-GlcN(2-N-sulfate, 6-O-sulfate)の4糖の繰り返し構造ではなく、特徴あるドメイン構造を持つヘパラン硫酸中の非常に特異的な配列を認識して加水分解している可能性が高かった。

2. ヘパラナーゼの精製とcDNAのクローニング
 へパラナーゼは、正常組織の間質細胞や上皮細胞にはその顕著な活性が見られないが、血小板や顆粒球などの血液細胞とウイルスにより形質転換した細胞で酵素活性が検出され、悪性度の高いがん細胞ほど強い活性が発現される2)。我々は、SV-40で形質転換したヒト胎児肺由来のフィブロブラストWI38-VA13を用いて、へパラナーゼを精製した6)。ヘパラナーゼは、ヘパラン硫酸に構造が極めて近いヘパリンに対して強い結合性を有する上に、高マンノース型の糖鎖を持つため、ヘパリンとコンカナバリンAを用いた2段階のアフィニティークロマトグラフィーで効率よく部分精製される。さらにイオン交換カラムと疎水性カラムを用いたクロマトグラフィで順次分画を進めると、SDSゲル電気泳動上に銀染色で単一バンドとして検出されるタンパク分子として精製された6)。得られた酵素の分子量は50 kDaであるが、8 kDaのフラグメントが共存することも知られている8)。その部分分解ペプチドフラグメントのN-末ペプチド配列からESTのデータベースに存在するcDNA配列に合致するものを見つけ、これを元にPCR プライマーをデザインしてスクリーニングプローブを作成し、WI38-VA13のcDNAライブラリーからヘパラナーゼのcDNAをクローニングした6)。このcDNAは539アミノ酸からなるペプチドをコードし、推定6ヵ所のN-結合型糖鎖を有するため65kDaのタンパク質を作るが、これはLys158で特異的に切断されるため成熟型の酵素ではN-末がリジンの50 kDaのペプチドとなる6)。一方、プロペプチド中の 109番と110番のアミノ酸の間が切断されて、8 kDaのフラグメントが作られ、前者とヘテロダイマーを形成すると考えられている8)
 実際、成熟型の50 kDaのペプチドのみをコードするcDNAを発現させてもヘパラナーゼ活性は得られず、プロペプチド部分が酵素活性部位形成に重要である事を示唆する5)。しかし8 kDaのフラグメントと50 kDaの成熟型酵素をコードするcDNAの発現ベクターを個別に作り同時に発現させても、また別々に発現させた2種類のペプチドを混合しても、ヘパラナーゼ活性を獲得する事はできない8)。したがってプロペプチド部分は、特異的切断以前のプロ体形成過程において酵素活性部位の正常な形成に必要なものと推察されている12)

 ヘパラナーゼの遺伝子は、第4染色体長腕のq22に存在し、14のエキソンと13のイントロンからなり、WI38-VA13細胞では5 kb (HPSE 1a)と1.7 kb (HPSE1b) の異なる転写産物が作られる(表113)。いずれも同じペプチド配列を有するタンパク分子をコードしており、両者が選択的スプライシングの産物である事が判明した。胎盤や抹消血細胞には1.7 kDaの短いヘパラナーゼmRNAが検出される。したがってヒト胎盤cDNAライブラリーを用いた他のグループはいずれも唯一後者の短いcDNAを得ている4,5,7,8)。また血小板のヘパラナーゼは腫瘍細胞のヘパラナーゼと同じである事も判明している5)

Figure
3. Clan Aの新しいファミリーとしてのヘパラナーゼ
 既知のデータベースを用いてヘパラナーゼのぺプチドとcDNAの配列のホモログの検索をすると、ホモロジーの高いものが全く見つからなかった事から、ヘパラナーゼは唯一の遺伝子でコードされているユニークなタンパク分子ではないかと期待された4-8)。ところが最近、植物のグリコシダーゼに特徴的な酵素活性部位を形成する非常に良く保存された領域が見出され、さらに酵素活性に不可欠な3つのアミノ酸が特定された14)。この結果、ヘパラナーゼはグリコシダーゼスーパーファミリーClan Aの ファミリー10,39、51に近い新しいファミリー79に属することが提唱されている12)。酵素活性部位は、8つの(α/β ) TIM-barrelが作り出すポケットの中で、そこには触媒反応の要となるプロトンを供与するアミノ酸Glu225と親核基をもつアミノ酸Glu343がそれぞれ存在する。

4. 転移性がんにおけるパラナーゼの発現と予後
 前述のようにヘパラン硫酸プロテオグリカンは、基底膜における物質透過の制御とタイプIVコラーゲンの骨格構造の保護、そして様々な増殖因子やサイトカインの貯蔵庫として働いていると考えられている。したがってヘパラン硫酸プロテオグリカンを分解すると、基底膜の物質透過性が高まり、ヘパラン硫酸結合性の血管新生因子や増殖因子が遊離される事により血管新生が誘導され15)、さらにがん細胞自身の浸潤と増殖が促進される。その結果、血行性転移の達成がなされると考えられる(図1)。がん細胞の転移能とヘパラナーゼ活性が相関している例は1980年代に数多く報告されていたが2)、これは最近ヘパラナーゼの遺伝子がクローニングされた結果、遺伝子導入発現実験が可能となり、それにより実証された4)

Figure
 臨床材料を用いた研究でも、in situ ハイブリダイゼーションにより、遺伝子発現レベルの違いが確認されている5)。我々は、膀胱がんや尿路上皮がんにおいて、ヘパラナーゼの発現がタンパクレベルでもmRNAレベルでも病気の進行に従って強くなっていくこと、特に浸潤性のがん組織に過剰発現している事を認め、さらにこの発現の有無が予後と相関していることも見出した16)。つまりヘパラナーゼ陽性と陰性の尿路上皮がんの患者の生存率を比べると、陰性の患者の術後の生存期間が陽性患者のそれに比べて有意に長い事が判る。さらに非常に興味あることに、がん組織におけるヘパラナーゼの発現は、新生微小血管の数と非常に良く相関している事が観察された16)。実際、悪性度の高いがん組織では、新生血管の内皮細胞がヘパラナーゼを強く発現している。その他活性化された周辺フィブロブラスト、侵攻してくるマクロファージと肥満細胞がヘパラナーゼを発現している事が確認されている16)

5. ヘパラナーゼインヒビターによるがん転移の抑制
 最初にヘパラナーゼの阻害活性物質として認められたのは、ヘパリンであった3)。 マウスメラノーマのヘパラナーゼはコンドロイチン4硫酸、コンドロイチン6硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリンのいずれも分解できなかったが、これらの中でヘパリンのみが阻害活性を発揮した3)。ヘパリンは既に抗転移作用を有することが知られていたが、それは抗凝固活性によるものと理解されていた。そこで我々はヘパリンを化学修飾する事により、抗凝固活性を持たずにヘパラナーゼ活性を阻害する誘導体を調製し、これにより抗転移活性がヘパラナーゼ阻害による事を証明した17)。ヘパラナーゼ阻害物質が抗転移作用を持つという事実は、ポリスルホンナフチールウレアのスラミン18)、6-O-硫酸化カルボキシメチルキチン19)、カルシウムスピルラン20)などを用いたその後の一連の研究でも示されたが、いずれも純粋なヘパラナーゼ特異的阻害物質ではなく、他の阻害作用も有している。Parishらにより作り出されたホスホペンタマンノース硫酸 (PI88)、ヘパラナーゼ活性阻害ばかりでなくbFGFやVEGFなどの増殖因子の受容体への結合阻害活性を兼ね備えた化合物で、既に健常人による第一相臨床試験を終了して、がん患者の第一相臨床試験が行われている12)

おわりに
 あらゆる細胞がヘパラン硫酸プロテオグリカンをその細胞表面に所有し、その代謝回転を行っているとすれば、あらゆる組識の細胞で常にある程度のヘパラナーゼ活性が発揮されるはずで、これは正常な血液細胞で検出される高いヘパラナーゼ活性の発現とは全く異なる制御を受けているに違いない。その一つの方法は細胞によって発現のパターンが全く異なる5 kb と1.7 kbの転写産物を作っている事かもしれない。後者は血液細胞に主に見られるが、血流中から組織へ移行する炎症細胞にとっては、基底膜中のヘパラン硫酸プロテオグリカンの分解が必須であると思われる。したがってヘパラナーゼの阻害は、がん転移の阻止ばかりでなく、広く炎症の抑制に役立つ可能性がある。哺乳動物におけるヘパラナーゼは現在の所、一つしか発見されていない。相同性の高いHpa2が最近報告されたが、この再構成タンパクにはヘパラナーゼ活性は見られず、他の基質に対する酵素である可能性が高い21)。したがってヘパラナーゼは唯一の創薬標的分子として注目されている。

中島元夫(ノバルティス ファーマ 筑波研究所)
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2001年 6月 30日

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