Proteoglycan
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シンデカンを介したシグナル伝達

  最近、細胞膜型プロテオグリカン(PG) − なかでも、細胞膜貫通型ヘパラン硫酸PG (HSPG)であるシンデカン (GL-B03を参照)− を介した情報伝達機構が注目されているが、研究の現状は、部分的にいくつかのピース断片が組み合わさったが、全体の絵柄が分からないジグソーパズルのようである1,2)。解析が難しい大きな理由の一つは、タンパク性の受容体と異なり、リガンド結合部位がHS糖側鎖で、細胞内へのシグナル伝達部位がタンパク芯であるというシンデカンの分子属性そのものにあると考えられる。

シンデカンが仲介するシグナルの内容は?
 リガンド結合部位がHS糖側鎖であるということは、シンデカンは、理論的には、ヘパリン結合性の分子すべての受容体となりうることを意味している。事実、細胞外マトリックス構成分子、細胞増殖因子の多くがシンデカンのHS糖側鎖と結合することが、いろいろな実験系で示されている。多くの場合、それらのリガンド分子には、シンデカンよりも結合力の強い特異的なタンパク性の受容体が存在するため、シンデカンはヘパリン結合性リガンドに対する低親和性受容体、あるいは共受容体として、高親和性受容体のリガンド結合情報を修飾すると位置付けられている。この状況は、シンデカンを介したシグナル伝達の内容を曖昧なものしている。即ち、シグナルの出発点と到達点が分かりにくく、この分野の研究者は、全体の絵柄を知らずに、ジグソーパズルを始めることを余儀無くされているようなものである。シンデカン-2が、細胞接着基質フィブロネクチンの受容体として、インテグリンα5β1のフィブロネクチン結合情報を制御し、異なる細胞骨格形成を誘導することを明らかにした我々の研究は、シンデカンを介した情報伝達の入り口と出口が明らかな、数少ない例である(図)。これ迄得られている知見は、シンデカンは、細胞外マトリックス受容体として細胞骨格の構築を介した細胞接着、移動を、また、増殖因子低親和性受容体として細胞増殖を、仲介していることを示唆している。
図
図. インテグリンα5β1のフィブロネクチン結合情報はシンデカン-2により制御される。
インテグリンα5β1が、接着基質のフィブロネクチンのRGD配列を含む細胞結合ドメインと結合すると、細胞内のFアクチンは細胞辺縁に集積してラフリング膜を形成する。この時同時に、シンデカン-2がヘパラン硫酸側鎖を介してフィブロネクチンのヘパリン結合ドメインと結合すると、そのシグナルはFアクチンをストレスファイバー形成に変換させる。この応答性は、基質フィブロネクチンの結合ドメインを操作すること、シンデカン-2のフィブロネクチン結合能を操作すること、シンデカン-2の発現量を操作することにより、可逆的に変換できる。フィブロネクチンとシンデカン-2との分子間結合は、10糖で充分であるが、インテグリンα5β1の活性を制御するためには12糖のHSオリゴ糖が必要である。シンデカン-2タンパク芯細胞内部位には、リン酸化されるSer残基があり、シグナル伝達に関与していると考えられるが、リン酸化/脱リン酸化のリガンド結合依存性などは明らかにされていない。このストレスファイバー形成へのカスケードには、Rhoが関与している。
リガンド結合重複性、特異性
 HSの糖骨格は、GlcA/IdoA-GlcNAcの繰り返しであるが、結合する硫酸基の位置、数によって、理論上は1036通りの分子があると計算されている。この点からいえば、HSの“リガンド結合重複性”と表現される内訳が、真に重複なのか、それぞれ特異的な糖鎖構造を介した結合なのか、現時点では判断できない。これ迄に、明らかにされた数例のリガンド結合最小糖鎖構造は、互いに微妙に異なり、結合特異性の存在が示唆されている。この問題は、タンパク質のアミノ酸配列決定のように、硫酸結合部位の特定された糖配列が明らかにされた時に解決される可能性があるが、転写後の修飾を解析する方法が確立されていない現在では、結合特異性を決定するには多大な労力を要する。

シンデカンを介したシグナル伝達カスケードの下流分子は?
 シンデカンタンパク芯の細胞質部位アミノ酸配列はファミリー内で高い相同性を示す(表)。特に、膜直下とC末部位は大変よく保存されていることから、ファミリーに共通したシグナル伝達カスケードの引き金に、また、中央部の配列はメンバー独特であるので、それぞれに特有のカスケードの引き金になると考えられている。
表 ラットシンデカンファミリーメンバーのタンパク芯細胞質部位のアミノ酸配列
図
赤字:細胞でリン酸化が証明されているアミノ酸。茶字:transfectantあるいは合成ペプチドでリン酸化が証明されているアミノ酸。緑字:PDZドメインと結合することが示されているアミノ酸配列。青字:cortactin、リン酸化活性と結合することが示されているアミノ酸配列。
 シンデカン-2のSer残基がリン酸化されることが、in situで明らかにされて以来3)、合成ペプチドでシンデカン-3のSer、transfectantでシンデカン-1のTyr、in situでシンデカン-4のSer 4,5) のリン酸化が報告された。しかし、いずれの研究も、リン酸化/脱リン酸化の生理的意義を明らかにし得ていない。
 シンデカンに結合する細胞内タンパク質は長年の努力にもかかわらず、なかなか見つからなかったが、最近、yeast two-hybrid screeningで、シンデカンをbaitにして2つのPDZドメインを持つsyntenin 6) が、CASKのPDZドメインをbaitにしてシンデカン-2 7,8) が、釣られてきた。タンパク芯C末のEFYA配列で、PDZドメインと結合すること、CASKが4.1タンパクと結合すること、CASKとシンデカン-1とが組織中で同じ場所に存在することなどから、この結合は、細胞骨格形成へ連なるシンデカンファミリー共通のカスケード構成に関与していると示唆されている。また、固相化したシンデカン-3に、Srcの主要基質でもある、F-アクチン結合タンパクcortactinが結合し、さらに、Srcを含むキナーゼ活性も挙動を共にすることが示された9)。この結合は、細胞膜直下の共通配列で解離することから、ファミリー共通のカスケードの可能性が示唆されている。現在では極めて断片的なこれらの成果は、徐々に収束し、近い将来パズルの全体の絵柄が浮かび上がることを期待される。しかし、注目すべき点は、それぞれの研究者が試みているにもかかわらず、シンデカン抗体で共沈するタンパクが捕まらないことである。抽出方法に問題があるとされているが、これが、ホームズのいう「あの夜の犬の奇妙な行動」であるとしたら、解析はそれほど安易ではなかろう。
 今一つの細胞膜型HSPGであるグリピカン(GPIアンカー型)の、Drosophila相当遺伝子dallyは、細胞分裂異常の変異体から同定され、TGF-β相当Dppとの関連で、そのカスケード解析が進められている。シンデカンのDrosophila相当遺伝子も同定されているが、現在、関連変異体が見つかっておらず、Drosophilaの系での解析が進んでいない。関連遺伝子異常の変異体が見つかった時の情報は、この分野の研究に大きな貢献をするであろう。また、細胞系列の明らかなC. elegansでのシンデカンシグナル伝達の解析も待たれるところである。
小栗 佳代子(国立名古屋病院・臨床研究部)
References(1) Wood, A, Couchman, JR: Syndecans: synergistic activators of cell adhesion. Trends Cell Biol. 8, 189-92, 1998
(2) Carey, DJ : Syndecans: multifunctional cell-surface co-receptors. Biochem.J. 327, 1-16, 1997
(3) N, Itano, K, Oguri, Y, Nagayasu, Y, Kusano, H, Nakanishi, G, David, M,Okayama : Phosphorylation of a membrane-intercalated proteoglycan, syndecan-2, expressed in a stroma-inducing clone from a mouse Lewis lung carcinoma. Biochem. J. 315: 925-930, 1996
(4) Horowitz, A, Simons, M : Regulation of syndecan-4 phosphorylation in vivo. J. Biol. Chem., 273: 10914-10918, 1998
(5) Horowitz, A, Simons, M : Phosphorylation of the cytoplasmic tail of syndecan-4 regulates activation of protein kinase Ca. J. Biol. Chem. 273, 25548-25551, 1998
(6) JJ,Grootjans, P, Zimmermann, G, Reekmans, A, Smets, G, Degeest, J, Durr, G, David : Syntenin, 1 PDZ protein that binds syndecan cytoplasmic domains. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 13683-13688,1997
(7) AR,Cohen, DF, Wood, SM, Marfatia, Z, Walther, AH, Chishti, JM, Anderson : Human CASK/LIN-2 binds syndecan-2 and protein 4.1 and localizes to the basolateral membrane of epithelial cells. J. Cell Biol. 142, 129-138, 1998
(8) Y-P,Hsueh, F-C, Yang, V, Kharazia, S, Naisbitt, AR, Cohen, RJ, Weinberg, M, Sheng : Direct interaction CASK/LIN-2 and syndecan heparan sulfate proteoglycan and their overlapping distribution in neuronal synapses. J. Cell Biol. 142, 139-151, 1998
(9) T,Kinnunen, M, Kaksonen, J, saarinen, N, Kalkkinen, HB, Peng, H, Rauvala : Cortactin-Src kinase signaling pathway is involved in N-syndecan-dependent neurite outgrowth. J. Biol. Chem. 273, 10702-10708, 1998
1998年 12月 15日

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