Glycoprotein
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細胞内ペプチド N-グリカナーゼの役割

  糖鎖生物学に興味のある者ならば、誰でもN型糖鎖をペプチド鎖から切り離す試薬として用いられる N-グリカナーゼ[peptide-N4(N-acetyl-β-D-glucosaminyl) asparagine
amidase, EC 3.5.1.52, ペプチド:N-グリカナーゼ、PNGaseと略記 ]を知っている。しかし細胞内 N-グリカナーゼの役割と聞いて、何か思い当たる事があるだろうか? この問が耳新しく感じられるのは、つい最近までこの問題を考えなければ解けないような生物学的現象に直面した研究者がいなかったためであろう。


 動物細胞におけるN-グリカナーゼの最初の発見は、1991 年 Seko らによってメダカ初期胚においてなされた。発見の動機は、数種の魚卵に遊離の N-型糖鎖が蓄積されていることの発見と遊離糖鎖の構造解析であった。N-グリカナーゼの同定および機能において考慮すべき重要な点は、反応生成物の構造上の特徴である。すなわち、糖鎖においては還元末端にN-アセチルキトビオース構造が保持されていること、および、タンパク(ペプチド)鎖においては糖鎖結合に関与していた Asn 残基が Asp 残基に変換されていることである(図1)。これらの特徴は、同じくN型糖鎖に働いて N-アセチルグルコサミン 1 残基を残してペプチド鎖から切り離す酵素、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ と区別する重要な要素である。このうち、ジ-N-アセチルキトビオース構造の方は細胞内に存在する酵素(キトビアーゼが同定されている) による切断を受けるため失われてしまうことが多い。 一方 Asn→Asp 変換による負電荷の導入はタンパク(ペプチド)鎖の性質を大きく変える。このことは、N-グリカナーゼの作用によって生じた脱糖鎖タンパク(ペプチド)を電気泳動などによって同定する上でも留意すべき点であり、Nグリカナーゼが作用したことの証明として重要である。1993 年に Suzuki らによってヒトを含む哺乳動物細胞に N-グリカナーゼが存在することが報告された。L-929 細胞から部分精製された酵素の性質が詳細に調べられ、レクチン様活性を併せ持つことが示された。更に1995年にはマウスの種々の臓器にN-グリカナーゼ活性が存在することが明らかにされた。
Figure

図1 N-グリカナーゼで触媒される反応の反応式



 N-グリカナーゼの機能解明を目指した研究から得られた結果として、ニワトリ輸卵管に存在するN-グリカナーゼが、生成されるオバルブミンの "品質管理" の役割を担っていることを強く示唆するものがある。卵白に存在するオバルブミンはAsn-292 に結合した一本の糖鎖をもつが、輸卵管から調製されたオバルブミンの中には Asn-292 と Asn-311に結合した二本の糖鎖をもつものが存在することが知られていた。輸卵管から精製したN-グリカナーゼは 後者のオバルブミンに作用して Asn-311 に結合した糖鎖だけを切り取るが、卵白オバルブミンには作用しなかった。糖鎖結合が正常に行われたオバルブミンが分泌経路に運ばれるのは明らかであるが、二本の糖鎖が結合した異常オバルブミンは N-グリカナーゼ によって脱糖鎖された後更に分解経路に進むのか、あるいは修正を受けた後分泌経路に合流するのかは明らかでないが、下記のような報告から今のところ前者の方が考えやすい。ここで、細胞内での酵素の存在部位が重要な決め手となるが、98%の活性は可溶性部分に存在するが、膜部分にもわずかな活性がみられている。


 N-グリカナーゼ の存在を考慮しなければ説明できない細胞生物学および免疫学分野での実験結果が 1996 年頃から数を増して報告されている。 一つは新しく合成されたタンパク質の "品質管理" に関連したものであり、MHC (主要組織適合抗原素)、 TCR (T細胞抗原受容体)等の形成において、正常な構造形成に失敗、または過剰生産されたサブユニットを排除する機構における関与である。元来この過程は ER(小胞体)で行われると考えられていたが、関与すべきプロテアーゼが ER には見い出されず、細胞質に存在するプロテアゾームの阻害剤によって阻止されることから、細胞質で行われると考えられるようになった。それと共にそのようなタンパクサブユニットを小胞体内から細胞質に放り出す機構がいろいろな系で解明され、細胞質に放り出されたタンパクは、細胞質に存在する N-グリカナーゼによる脱糖鎖後にプロテアゾームに運ばれて分解されるという図式が提出された(図2)。 N-グリカナーゼ が関与していることの証明として細胞質内にみいだされたウイルス由来ペプチドのアミノ酸配列を分析し、 DNA から推定される配列と比べて Asn_Asp 変換が起こっていることを示した報告(一例)や、細胞質に出たタンパクの等電点が酸性側に移動していることを示した報告もあるが、単に糖鎖が失われている事を証拠としてあげただけの報告もある。これと同様な機構は HCMV (human cytomegalovirus) に感染した細胞において見られる。ウイルスが免疫機構から逃れて生き延びるための巧妙な機構についてはいろいろ知られているが、HCMV の場合はその最たるもので、自分の作ったタンパクの一つが分子シャペロンとして作用し、新しく合成されたクラスI MHC を ER から細胞質に放り出して分解してしまう。このときMHCに結合した糖鎖だけでなく、ウイルスタンパクに結合した糖鎖も N-グリカナーゼ によって切断され、その後プロテアゾームに運ばれて分解されるという。いずれの場合においても望まれるのは 関与する N-グリカナーゼの局在を正確に決定することで、それによって、これら一連の反応が細胞内のどこで、また、どのように関連しあって起こるかが解明される。更に、もしN-グリカナーゼが存在しなかったらどうなるかという問題がある。この問題はある糖タンパク質に " 糖鎖がついていなかったらどうなるか" という問題と同じく、今後解明されていくであろうが難しい問題である。おそらく多くの系で、生物は N-グリカナーゼ が作用しなくても生き延びられるような別の機構を用意しているにちがいない。ごく最近イーストを用いてそのような問題を解決する試みが始められ、まずイーストの細胞質に N-グリカナーゼ の存在が報告された。


図2 立体構造形成が行われなかったタンパク質の排除



 よく知られているように N-グリカナーゼ はアーモンドの種子にはじめて見い出された。このほか多くの植物の種子に高い N-グリカナーゼ 活性が存在する。これらの N-グリカナーゼ の生理的機能の解明を目指す研究も、いくつか現われ始めた。植物においては遊離の N 型糖鎖の存在も報告されており、それらと N-グリカナーゼ との関係および発芽や成熟との関係などが将来性のある課題である。はじめに紹介した魚卵の例においてもそうであるが、蓄積される糖鎖の量が多いことから、これらの細胞では N-グリカナーゼ が不要タンパク質の分解過程で働くというよりは、もっと積極的に生物現象に関与しているに違いない。既に魚卵の初期発生においては性質の異なる二種の N-グリカナーゼ がそれぞれ異なった発生段階に発現されるという結果が得られている。それらの酵素の生体内基質としてそれぞれ異なる糖タンパク質が推定されていることは興味深い。この方面の問題の解決と研究の発展のためには糖鎖生物学とは全く別の分野の研究者の参画が強く望まれる。
井上貞子(中央研究院 生物化学研究所、台北、台湾)
References (1) Suzuki,T,Kitajima,K,Inoue,S,Inoue,Y : Occurrence and potential function of N-glycanases. In Glycosciences (Gabius H. and Gabius S.eds)pp122-131,Chapman & Hall,Weinheim (1997)
(2) Suzuki,T,Kitakjima,K,Emori,Y,Inoue,Y,Inoue,S : Site-specific de-N-glycosylation of diglycosylated ovalbumin in hen oviduct by endogenous peptide: N-glycanase as a quality control system for newly synthesized proteins. Proc. Natl. Acad. Sci, USA 94, 6244 - 6249 (1997)
(3) Suzuki,T,Park,H,Kitajima,K,Lennarz,W : Peptides glycosylated in the endoplasmic reticulum of yeast are subsequently deglycosylated by a soluble peptide:N-glycanase activity. J. Biol. Chem. 273, 21526 - 21530,1998
(4) Seko,A,Kitajima,K,Iwamatsu,T,Inoue,Y,Inoue,S : Identification of two discrete peptide:N-glycanase in Oryzias latipes during embryogenesis. Glycobiology, in press (1999)
1999年 6月 15日

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