糖脂質の局在(モノクローナル抗体) | ||||||||||||||
多数の糖脂質分子種がその糖鎖構造の違いを基として同定されている。これら糖脂質は主に脊椎動物の細胞表面に発現されている。その生物学的機能は、細胞相互間の識別、接着、シグナル伝達、増殖・分化などの認識機構に関与すると考えられている。また細菌やウィルスの受容体としても知られる。近年のモノクローナル抗体の開発により、糖脂質は腫瘍・分化抗原と同定されている。しかし、最近まで組織、細胞における糖脂質の局在は充分に理解されていなかった。それは、糖脂質を特異的に認識するプローブが開発されていなかった理由による。精製糖脂質やネオ糖脂質を免疫原とする効率の良いマウス抗糖鎖特異モノクローナル抗体の作製法が開発された。この方法を用いて、糖脂質のガングリオ系、ガラ系、グロボ系や糖蛋白質のN結合糖鎖に対する一連の抗糖鎖特異抗体が樹立され、その結合特異性が解析された。これら抗体の医学や生命科学における応用は多岐に渡る。 成熟ラット脳における糖脂質、特にガングリオシド(シアル酸含有スフィンゴ糖脂質)の局在を免疫組織学的に解析した結果、ガングリオシドの発現は各脳組織の細胞層において異なることが判明した。例えば、小脳における主要ガングリオシド(シアル酸含有糖脂質)の発現は、GM1 が白質に、GD1a が分子層に、GD1b が顆粒層特に細胞体に、GT1b がプルキンエ細胞層を除く全層に、GQ1bが顆粒層、特に小脳小体に特徴的に認められた。(表1)また、生後のラット小脳発達におけるガングリオシドの発現も、発達に伴い劇的に変化することが判明した。更に、ラット小脳由来の初代培養細胞におけるガングリオシドの発現も細胞特異的であり、小型ニューロンに GD1bが、大型ニューロンに O-Ac-LD1 が、アストロサイトに Gb1b が、オリゴデンドロサイトに GalCerやスルファチドが検出された。この結果は、各種糖脂質は小脳由来神経細胞識別の有用なマーカーとなることを示唆した。成熟ラット小腸においても、糖脂質の発現は各細胞層において全く異なることが見いだされた。 | ||||||||||||||
図1 小脳皮質の構造 | ||||||||||||||
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従来、生化学的解析結果より、脳の各部位におけるガングリオシドの組成は若干異なることが報告されていた。しかしながら一般論として、中枢神経系におけるガングリオシド組成は胎生期においては成熟期に比較し量的および質的に差が認められるが、脳の神経細胞や細胞層において発現が特異的であるとの認識はなかった。免疫学的解析結果の解析は慎重を要する。抗原陽性は非特異的結合の可能性を除去すればよいが、抗原陰性は必ずしも抗原物質がないことを意味しない。抗体と細胞表面抗原との結合を規定する因子は多数報告されているが、その詳細な機構は解明は今後の検討を必要とする。詳細な発現部位の検索には免疫電子顕微鏡による解析が必要となる。 このように一連の抗糖脂質特異抗体を用いた免疫組織・細胞学的研究は、各組織や細胞における糖脂質の局在は各々異なることを示唆する。この結果は、今後の組織、細胞に発現される糖脂質の生理学的機能や病理学的意義の解明に向けて重要な基盤となることが期待される。 | ||||||||||||||
田井 直(東京都臨床医学総合研究所・腫瘍免疫研究部) | ||||||||||||||
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1998年 6月 15日 | ||||||||||||||
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