木全 弘治
愛知医科大学医学部先端医学研究センター
今回の学会は、2013年6月2日日曜日の夕方のレセプションから7日金曜日の午後4時の閉会式までの6日間に渡って、米国、オクラホマ州、オクラホマシティーで開催された。今回は、Paul Weigel博士を主に他に4名(Paul DeAngelis、Anthony Day、前会議の会長であった木全弘治と柳下正樹)の計5名がオーガナイザーになり、長年のヒアルロン酸科学へのBryan Toole博士の貢献を記念して、実施された。
会議開催都市のオクラホマシティーを直前に襲った竜巻の影響を受けて開催が心配されたがPaul Weigel博士によれば会場付近は全く問題ないとのことで、会議は予定通りに行われた。開催地の地理的な不利にも関わらず、出席者は240名程度にも達したとのことである。また演題数は176(講演のみのものを13題含む)であった。
今回の会議の特徴として強く感じたのは、HA関連の新分子の発見についての発表は少なくなり、HAの機能の新たな発見に関連した研究や機能の詳細な解析の発表が多数を占めたことである。興味深いのはHAの長さによって機能が異なるとの報告が幾つかあったが、本学会でも以前から問題になっているが、長さや分子量の一定基準のHAスタンダード標品が無いために、必要な正確な長さが依然として相互に比較困難、また不明確との印象をもった。
以下には、各セッションごとにプログラムとその後には印象に残ったものの発表内容の要約を記した。
これらの情報から会議の内容を不十分ながら理解して頂けたらと思う。最後に会議の様子を伺える写真を数枚添えた。
骨髄における造血幹細胞(HSC)の分化制御はその周囲のミクロ環境の関与が重要と考えられ、今回、ヒアルロン酸合成酵素の全て(HAS1 ,2 ,3の3種類)をノックアウトしたマウスにおける分化の低下現象を、また骨髄より得た細胞の培養系における4MU投与によるヒアルロン酸合成低下や培地へのヒアルロン酸添加増加のHSCの分化への影響を観察した結果から、期待通り、ヒアルロン酸レベルがミクロ環境構成分子として重要な分化因子であることを示した。今後はヒアルロン酸の鎖長による影響や立体構造を検討して、臨床応用への可能性を検討したいとのこと。
Hiroyuki Yoshida :
正常皮膚線維芽細胞株Detroit 551は培養系で培地に加えたヒアルロン酸(1,000 kDa以上の大きさ)を中間サイズ(10-100 kDa)に分解できる。この細胞株はCD44とHYAL2は発現しているがHYAL1の発現はない。CD44とHYAL2の発現の特異な抑制をsiRNAにより行ってもヒアルロン酸分解は抑えられなく、従ってHAYL1やHAL2に依存しない未知のヒアルロン酸分解機構が存在すると予測された。
この分解酵素活性は細胞のヒスタミン処理により顕著に上昇し、逆にTGF-β1処理で抑制されることから、これらの処理で発現が増減する遺伝子を検索したところ25個の遺伝子が見つかったがその中の一つ、機能未知の聴覚障害関連遺伝子KIAA1199のsiRNA処理によりDetroit 551のヒアルロン酸分解活性が抑制され、またヒアルロン酸分解活性を持たない細胞にKIAA1199 cDNAをトランスフェクション導入するとヒアルロン酸分解活性のみが特異に上昇することからKIAA1199がヒアルロン酸分解活性を特異にもたらす遺伝子と思われた。
さらに詳細に活性発現機構を調べた所、KIAA1195はヒアルロン酸に特異的に結合し、clathrin 重鎖と免疫沈殿で共沈し、clathrin重鎖のsiRNAによりKIAA1195遺伝子導入細胞のヒアルロン酸分解活性が抑えられることから、clathrin-coated pit経路を介してヒアルロン酸に結合し分解活性を発現すると思われた。またヒアルロン酸分解物の構造解析からKIAA1195によるヒアルロン酸分解はbeta-end-N-acetylglucosaminidase活性によると思われた。
従って、従来のHYAL1とHYAL2などによるヒアルロン酸分解経路とは全く異なるヒアルロン酸分解活性の存在が判明し、しかもヒアルロン酸代謝の活発な組織である皮膚や軟骨滑膜の主要な分解経路であることが分かったことで、今回の会議のセッション1にふさわしい注目すべき発表であった。ただ、KIAA1195遺伝子導入細胞を細胞破砕した途端にヒアルロン酸分解活性が失われるとのことで(HYAL2も同様である)、細胞表面微小環境により、または他の分子との相互作用により付与された特異なKIAA1195の3次構造が活性発現に必要と思われることなどまだ不明な点が残っている。
興味深いことは、分解経路に抑制的に作用する新規のヒアルロン酸分解阻害剤が明らかにされたことで、受容体リサイクリングの阻害剤monensin、エンドソーム-リソゾーム系酸性化阻害剤である塩化アンモニウム、新たに形成された小胞のエンドサイト-シスと分裂に関与するGTPaseの阻害剤dynasoreなどがこのヒアルロン酸分解を阻害することが分かり、逆にこれらの阻害剤の作用から今回新たに報告されたヒアルロン酸分解はエンドソームがリソゾームと融合する前の酸性のコンパートメントで起こることが示唆された。(尚、今回、報告された内容の多くが既に論文化されている。Yoshida H et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Apr 2;110(14):5612-7.)
Ralf Richter :
ヒアルロン酸を中心とする細胞外マトリックス3次構造の構築過程を、フィルムに末端を結合させたヒアルロン酸のマトリックスモデル系 (HAブラシ、詳細な作成方法はBaranova NSet al., J. Biol. Chem. 2011, 286, 25675-86を参照) を開発して、TSG-6単独添加 (1)、TSG-6とIαI (2)、ペントラキシン(pentraxin3, PTX3)をさらに添加 (3)の諸条件下で解析した。
1の系では、適当濃度では、HAを介したTSG-6の多量化によるHAのcross-linking が起こるが、不安定でいずれ崩壊する。一方、2の系では、TSG-6はマトリックスの安定成分として機能するばかりでなく、HAにIαIから長鎖の転移反応を触媒する酵素としても作用し、安定なHAの高次化に関与する。3の系ではPTX3の存在はHAマトリックスに大きな変化を起こさないが、長鎖とPTX3とが共役して安定なHA構造が構築されるとのことである。
この研究の特異な点は、ガラススライドまたは金箔の上に丁度ブラシのように着いたHAをもとに3次元構築されるマトリックス構造をQCM-D (quartz crystal microbalance dissipation monitoring)、またRICM (reflection interference contrast microscopy)で定量的に解析する系を駆使したことである。
Victor Nizet :
ヒト白血球の細胞表面シアル酸結合Ig-様レクチン(シグレック)中のSiglec-9は好中球表面に豊富に存在し、細胞表面複合糖質の末端シアル酸と結合して好中球の活性化の基準値を決めていることが知られている。今回、報告者らは好中球Siglec-9が、シアル酸結合ドメインとは異なるV-setドメインでヒト病原菌グループA Streptococcus (GAS)菌の莢膜HAに特異的かつ強く結合することを発見した。好中球Siglec-9によるHA結合は、この細胞に特徴的なジェノミックDNA由来のネット様構造で細菌などを捕らえる細胞外捕獲(NETs)装置形成、前炎症性サイトカイン放出現象、さらに酸化的バーストを含む好中球活性化の調節に重要である。従って、GASのHAは好中球細胞表面Siglec-9に結合して、その免疫調節作用を抑えると思われた。
今回、好中球上の免疫調節レクチンが1種類でグループBのStreptococcus (GBS)の作るシアル酸含有糖鎖とGASの作るHAの2種類の異なる糖鎖に結合して好中球の作用を抑制する機構の一端が示された。
Paul Weigel :
クラスI型(哺乳類のHASも含む)に属するStreptococcus equisimilis HAS (SeHAS)の単一化精製酵素を用いて、1) 酵素中のintraprotein poreの特徴について、2) HASにより最初に(GlcNAc)n -UDPオリゴマーが作られ (UDP-GlcA-(GlcNAc)n、この還元末端側へのUDP-GlcUA添加でHA合成が開始されるのかどうか? 3) HAのサイズがどんなふうに決まり、多様な分布のものが作り出されるのかの機構モデルは? 4) 精製酵素をリポゾームに埋め込んだ系は細胞表面におけるHASの活性発現を調べるモデルになると考えられるが、HAはどのように膜通過 (translocation)するか? 等々の課題を設定して、それらに答える形で講演がなされた。講演内容は、このセッションに関連するWeigel博士のグループからの3題のポスター発表の内容を含むものであった。
精製SeHAS酵素を内腔内にcascade blue (CB)色素 (548Da)を含むリン酸化脂質によるリポゾームに加えると酵素はモノマーでリポゾーム膜に取り込まれ、この時、CBの蛍光色素が外側(溶液)に出てくることから、酵素タンパク質にintraprotein poreの存在(Pore Hypothesis)が確認された。酵素のUDP-糖基質結合サイト内のHAS-膜接合点付近に集中している4個のCys残基を修飾すると、酵素活性の低下とともにCBの流出が阻害されること(興味深いことに修飾剤の種類と修飾時間の変化により酵素活性低下程度が異なるがCBの流出程度も相応して低下した)から、4個のCys残基はHAS poreの細胞内に向いた部分にあり、HA合成に大きく関わっていると推定された。また酵素-リポゾームにHA合成基質を加えてHA合成を行うと合成伸長されつつあるリポゾーム内にHAが入り込むことから、HAS自身がHAのtranslocation機能を持つと思われた。HAS酵素タンパク質と精製物のHA-UDP間の、HAS蛋白質pore内またその周囲における様々な種類の相互作用(水素結合、イオン結合、疎水結合)は酵素タンパク質のトポロジカルな力を生み出してHASのporeと細胞膜を介して、HA-UDPを細胞内に止める力となり、また逆に細胞外に放出する力となって作用する (retain-release モデル)。放出の力にはさらに細胞の動き、HAに結合するECM分子、等々が影響すると思われた。またHA合成が進行するほど、分子半径は大きくなり、HAS蛋白質の半径(<10nm)より数千倍の大きさになる。このことはHAのHASからの放出の大きな力となっていることが容易に想像できると言っている。
精製SeHASはリン脂質依存性にUDP-糖基質とMg2+の存在があればHAが合成される。Primerは無くても、タイムラグの後、還元末端側に伸長合成されると思われた。UDP-GlcNAcのみの基質添加でキチンオリゴ糖が合成されるとの以前の論文を参考に、まず(GlcNAc)n-UDPが合成されてこれがセルフプライマーとして作用してUDP-GlcAとUDP-GlcNAcよりHA-UDPが合成されると仮定した。まずUDP-GlcNAcのみの添加で確かに(GlcNAc)n-UDPが合成されることをWGAレクチンアフィニティクロマトグラフィー精製産物の質量分析で明らかにした。
Alberto PassiとMarkku Tammi :
両講演ともHASの活性の制御機構に関するものであった。
前者の講演では、過去にHA合成の制御方法として、UDP-sugar基質の濃度、HAS2酵素のリン酸化、UDP-sugar基質の薬剤による濃度低下、HAS2のユビキチン化、HAS2酵素の細胞内ソーティングに影響を与えるN-グリコシル化修飾処理、等々が分かってきているが、今回、特にHAS2酵素のリン酸化とO-GlcNAc化の共有結合修飾による活性の制御についての詳細が報告された。リン酸化についてはphosphorylase処理で酵素活性が変化することから活性制御に重要であることが分かった。さらに細胞が低エネルギー状態にあると活性化されるAMPkinase (AMPk)が酵素をリン酸化して生合成過程をブロックして異化へと向かうと予測して、AMPkによる酵素タンパク質共有結合修飾の影響をin vitro でみる系を確立して調べたところ、HAS2のThr110残基がリン酸化されるとその活性がブロックされることを見いだし、予測が正しいと思われる結果が得られたと報告した。グルコサミン合成系の活性化がHA合成を高めることが分かっているが、今回、HAS2酵素のO-GlcNAc化を阻害するとHA合成が低下し、一方、Ser221のO-GlcNAc化が酵素活性を高めることを明らかにした。
Tammiは、HAS酵素の細胞内コンパートメントからHAの合成サイトである細胞膜表面へのvesicular traffic輸送について、Rab10 (Ras-superfamily GTPaseの一種)がHAS3の細胞膜表面から逆向輸送を増加させてHA合成を抑制することを見いだし、細胞環境と代謝状態に対抗するポストトランスレーショナルな調節として重要であると報告した。
Bruno Flamion :
Hyal1とHyal2のノックアウトマウスによりこれらの機能を解析し、興味深い結果を得た。Hyal2 KOは顔面頭蓋と脊椎の形態異常を示し、この酵素の骨形成に於ける役割を示唆した。またHyal1とHyal2のKOマウスは共に血清とリンパ節におけるHAの異常蓄積を観察したがHyal2 KOの方がより高分子サイズでHyal2 KOに特異に認められたリンパ節変形(distortion)の原因となっていると思われた。特に興味深いのは、これらのKOマウスの組織に高分子HAの蓄積が認められないことで、Hyal2 KOの機能はリンパ節に特異な高分子HAのクリアランス機構の基本的活性を担うものと考えられた。さらにHyal2 KOは、巨脾腫症(splenomegaly)と血小板減少症(thrombocytopenia)を伴う慢性分裂赤血球増加症(schistocytic)による溶血現象が認められ、Hyal2は全ての内皮層に発現があることから、微少血管障害があると思われた。このことは、ICAM-1などの内皮損傷マーカーの循環系における上昇からも確認された。従って、以上からHyal2の機能は血栓性ストレスに対して内皮層を保護的に作用することにあると思われた。
一方、Hyal1は血管内皮の機能不全に関係するようで、循環系中のこの酵素は絶えず内皮細胞に捕捉されており、糖尿病による内皮層損傷に大きく関与しているようだ。Streptozotocinで誘導した糖尿病のマウスではグリコカリックス(glycocalyx)層の厚さと、高レベルの血清Hyal1とともに内皮由来高分極因子(hyperpolarization factor)-介在性の血管拡張(vasodilation)の現象を示した(糖尿病のHyal1 KOマウスでは、グリコカリックスと血管拡張は、認められなかった)。
従って、Hyal1の活性を抑えることは、糖尿病性血管障害(angiopathy)防止法のアプローチとして有効と思われた。但し、Hyal1 KOは重篤な骨粗鬆を年令とともに発症する。osteoclastはHyal1を発現しており、またHAはosteoclastとosteoblastの活性発現と分化をモジュレートすることがわかっているので、骨からHAを分解遊離することは骨のリモデリングに重要と思われ、上記のアプローチにはこの点の注意が必要であるとのこと。
Mark Lauer :
マウス肺気道平滑筋(MASM)培養系を用いて、培地中にTSG-6を添加して起こるHAへのIαIの重鎖の結合がPoly(I:C)処理により形成されるHAケーブルへの白血球細胞の接着を促進するかを調べたところ、予想とおりの効果が見られた。さらに、より厚みのあるHAケーブル形成、細胞周囲マトリックスへのHAの蓄積増加、逆に培地中の遊離HAの減少などが観察されたので、さらに詳しくこの過程を検討した。これらの変化は、Poly(I:C)処理によるHA合成が起こっている最中にTSG-6を添加した時のみに観察され、HA合成が終わってから後では観察されなかった。従ってTSG-6の役割は、主にHA合成を誘導して細胞表面マトリックスへのHAの蓄積を増加させることにあると思われた。
Siro Simizu :
HYAL1の糖鎖修飾による活性制御機構を報告した。つまり、酵素中のアミノ酸置換法で調べたところ、トリプトファン130残基はC-mannosylationされているが、この残基をアラニンに置換すると細胞からの分泌が低下し、また活性も消失することが分かった。
従って、C-mannosylationはHAYL1の機能制御に重要であると思われた。またHYAL1の99、216、350番目のN-アスパラギン残基はN-glycosylationされているが、これらの機能については研究中とのことである。
肝臓、胆汁管、膵臓のもとになる多様な幹細胞(胆管幹細胞、肝細胞幹細胞、膵臓幹細胞など)が十二指腸腺(Brunner's gland)の胆管樹枝中に存在し、免疫選別後にKubota's 培地(KM)を用いた培養法が確立されている。今回、KMとHAゲルを用いると適当な機械的加重下に厚さや弾力性など、これらの幹細胞のニッシェとして最適なことが分かった。幹細胞をHAゲルとともにそれぞれの分化を誘導する培地へ移すと、適切な方向への分化制御が可能になる。現在、幹細胞を含むこのようなゲルをターゲットの組織に移植して臓器を再生させる試みを行っている。
このセッションではHAをゲル化したり、架橋したり、硫酸基などを結合させて修飾し、様々な組織の再生に有効な基質となる可能性がいくつも紹介された。
Melanie Simpson :
前立腺癌の再発率はHAの蓄積とHyal1活性の増加で正確に予言出来る。
その分子機構に関連する興味ある現象を観察した。分解活性の増加を伴わないHAの過剰生産は腫瘍成長と血管新生を抑え、細胞接着を、さらに細胞運動と増殖を抑えることが分かった。
詳細を解析し、浸潤転移を抑えるHyal1の低分子性拮抗薬、リンパ節内皮細胞表面HAレセプターHAREの活性抑制抗体などを開発した。Hyal1については活性部位を同定して、Hyal1発現における前立腺癌細胞の転移の分子的な背景を明らかにした。
Paraskevi Heldin :
乳癌において、主にHAS2により合成されるHAのがん進展(tumor progression)における役割をその受容体であるCD44による直接シグナルの機構、さらに CD44と協調的に作用するTGF-βやPDGF-BB受容体からのシグナルを介した機構について研究した。
プロテオミックスによりCD44の細胞質部分と相互作用する蛋白質を解析し、IQGAPやiASPPなどを同定した。IQGAP1とCD44との相互作用はHAによるRac1活性上昇がIQGAP1に依存することを、一方、IQGAP1の欠損はRhoAの活性化を促進することを明らかにした。
以上からCD44とこれらの分子との複合体はHA、TGF-β、またPDGF-BBなどからの外部刺激に応じて、様々に制御されることを示し、これらの相互作用の細胞増殖やアポトーシスへの影響が今後の問題と言っている。
Carmela Ricciardelli :
卵巣癌は女性の癌による4番目に多い死因となる。除去手術と続くプラチナとタキサン類の同時投与による化学療法が効果を発揮するが、やがて80%以上の患者で再発し、化学療法に抵抗性を示すようになる。この化学療法剤抵抗性(chemoresistance)が致死となる。従って、もし再発癌細胞の抵抗性をなくすることが出来れば、生存率の改善の可能性を与える。
卵巣癌ではHA-ECM-CD44がこの癌の転移性に重要な役割していることが示されているが、今回の解析でHAはこの癌の化学療法抵抗性の進展と関連していることが分かった。HA投与でカルボプラチンの癌細胞の細胞死誘引作用が減ずること、また薬剤の細胞外排出を制御していることが知られているABC膜トランスポーターの発現活性を上昇させることなどが分かった。
化学療法剤処理は驚いたことにこの癌細胞のHA産生を増加し、血清中のHA濃度レベルを上げる。化学療法を始める前のHAの血清濃度が高いと生存率の減少に関連していることが分かった。化学療法剤抵抗性は化学療法そのものに細胞が反応して生み出された性質で、HA-CD44介在パスウエイを介したABCトランスポーターの発現上昇が関連していると思われた。
従ってHA-CD44シグナルパスウェイは化学療法剤抵抗性の問題を克服し、卵巣癌患者の生存率を改善する為のターゲット反応と思われた。
Bryan Toole :
癌細胞の浸潤性はインベイドポディア(invadopodia)と呼ばれる特異な構造体による基底膜などの構造バリアーを破壊することによることが多くの証拠から分かりつつある。
インベイドポディアは、アクチンを基本とするMT1-MMPと何種類かのシグナル蛋白を含むリピドラフトでエンリッチされた膜突起である。イムノグロブリンスーパーファミリー分子の一種であるCD147 (emmprin、またはbasigin)は、癌の浸潤や転移性に強く関連し、種々のマトリックスメタルプロテナーゼの合成生産を誘起することが知られていたが、彼らは非腫瘍性、非浸潤性の乳腺上皮細胞にCD147の高発現をさせると、MT1-MMP発現を誘起し、インベイドポディア様構造を形成し、浸潤性を獲得することを見付けた。さらにCD147とMT1-MMPがインベイドポディア様構造中に近くに見いだされること、さらにリピドラフトの性質をもつ膜コンパートメント中に分画されることも見いだした。重要なことは、CD147はHA合成とHA-受容体相互作用の下流シグナルパスウェイを誘起する。
つい最近、CD147 は、HA-CD44相互作用に依存したEGFR-Ras-ERKシグナルの亢進により、インベイドポディア活性と浸潤性を誘起することを見いだしたが、さらに活性化RasとERKがCD147発現、HA合成、CD147-CD44-EGFR複合体形成を制御することも見いだした。さらに悪性乳癌細胞は細胞表面のCD147発現はそれぞれ同じではなく、高発現のものは細胞表面のEGFRとCD44の発現レベル、活性化EGFRとERK1、さらに活性化インベイドポディアと強く関連していた。以上から、HA-CD44-CD147間の相互作用は悪性浸潤に重要な細胞膜シグナリング複合体の形成を制御している重要な因子であると考えられた。
本学会における成果発表の中、このセッションに分類されるものが一番多く、癌の発生、増殖、転移などにおけるHAの関与に関する研究が今後も増えるものと思われる。
Workshopは今回、初めて企画されたもので、HA研究に興味を持った若い研究者(というより、HAの関与が分かり、HAに迫らざるを得なくなった研究者と言うべきか)に向けた、HAの基礎的解析法、1)HAの定量法、2)HAの単離法、3)得られたHA標品の純度の測定、4)HAの鎖長(サイズ)の解析法、について、いわゆるベテランの研究者からの教育講演であった。
留意すべき点として、市販のStreptococcus hyaluronidaseにはEGFの混入があるとか、HAの0.5%アガロース電気泳動の場合、非常に高分子の場合は泳動バッファーとしてTAE (tris-acetate-EDTA)を、それ以外ではTBE (tris-borate-EDTA)を使用すると良いとか、少量(0.1μg/mlレベル)のHAの解析はDEM (disposable electrochemical microsensor)の使用が勧められる、などの紹介があった。
Tribute :
2010から2013年までに4人の大きな功績を残したHA研究者、John Scott(英国)、John Sheehan(英国)、Robert Fraser(豪)、そしてDick Heinegard(スウェーデン)が亡くなった。
彼らと特に縁の深い研究者から、彼らの活躍を振り返るスライドを紹介していただき、彼らのありし日を偲んだ。
Warren Knudson :
軟骨におけるHA量はaggrecan量の減少に伴って変化し関節炎の重要な発症因子である。軟骨ECMに於けるHAの総量は、合成酵素活性とCD44介在のエンドサイトーシスによる細胞周囲のHA分解により制御されている。興味深いことにヒト軟骨細胞はCD44のスプライシングフォーム(CD44exon19、軟骨をIL-1に暴露すると発現増加する)を特異に発現している。このCD44バリアントを特異にノックダウンすると通常のCD44 (CD44wt, CD44exon20)によるHAのエンドサイトーシスが増大する。つまりCD44exon19は天然に備わっているCD44のドミナントネガティブ作用(CD44-DN)を持ち、関節炎軟骨ではこの作用によりCD44介在HAエンドサイトーシスを抑えて軟骨機能回復に働いている可能性が考えられた。
ウシ関節軟骨片にCD44-DNをアデノウイルス感染による遺伝子導入し、その軟骨片の液体窒素凍結粉砕抹からの抽出液についてウェスターンブロティングを行ってCD44-DNの発現を確認した後で、HAの分布量への影響を調べたところ、感染CD44-DNの発現量増加に伴って培地中に分泌されるHAが著しく増加することが分かった。次いで、アデノウイルス感染によるversicanG1 (Ad-vG1)を導入発現させてHAの組織中における保持能を上げる工夫した。40 kDaのvG1ドメインの継続した合成が行われ、HAに結合してHAの保持能が上がった。以上より、天然に軟骨で発現されているCD44-DN は、HAのエンドサイトーシスを阻害してHAレベルの増加に関与していると思われた。
Suneel Apte :
バーシカンはHAと会合してほとんどの結合組織のECM成分となっているコンドロイチン硫酸プロテオグリカンである。またそのG3ドメインはフィブリリン-1(fibrillin-1)やフィブリン(fibulin)とも結合する活性を持つ。分泌型メタロプロテァーゼであるADAMTS1, 4, 5, 9, 20は、バーシカンの2箇所を特異に切断する。ヒトバーシカンGAGβドメインにあるDPEAAE441-ARRG配列中のGlu441-Ala442とGAGαドメインのNIVSFE405-NQKAT配列中のGlu405-Gln406の2ヶ所である。切断により生じた配列をもとにいわゆるネオエピトープ抗体を作製した。これらの抗体でバーシカンの分解が、様々な器官や組織の形成途上で起こっていることが、言い換えればHAの存在状態の変化が起こっていることが明らかになってきた。
またGAG結合サイトの近くのS527A配列がADAMTS-5の活性発現に重要なことも判明した。
Anna Plaas :
軟骨ではHAS1, 2, 3の3種類のHA合成酵素が発現されているが、HAS2の重要性は示されているものの、HAS1とHAS3の関与は分からなかった。
今回、HAS1KO、HAS3KO、HAS1/3KOの3種類のKOマウスを用いて大腿骨溝軟骨の片側面損傷(unilateral damage)を与えて影響を見た所、HAS1KOとHAS1, 3KOマウスは軟骨修復の兆候が見られず、従っておそらくHAS1は軟骨再生に重要であり、一方HAS3KOではむしろ軟骨再生が促進されていたことから、HAS3はむしろ軟骨修復を抑えていると推測された。
これらのことはHA染色でも確かめられた。
続く2つのショートトークではHAのHyal1による分解や高分子HAが骨の代謝に重要であることを示された。また関連ポスターで筋肉と筋膜 (Fascia)との境界は筋肉の収縮弛緩の変化をスムースにする潤滑油様の機能が必要だが、確かにこの部分には線維芽細胞様の細胞(fasciacytesと命名された)とHAの蓄積が観察された。筋肉の分化におけるHAの重要性に加えて、筋肉の機能発揮とその維持にもHAが関与していることが示され、注目に値する。
ポスターからの10分間発表が8題続き、HAが様々な医学的用途で使用されだしたことが示された。Sema Kaderliは、OA治療を目的としたHAの抗酸化物質誘導体(EDC (ethyl dimethylaminopropyl carbodiimide)により2AP (2-aminophenol)、4ASA (4-aminosalicylic acid)などの抗酸化物質をHAに共有結合させた)の効果について報告した。Fanny Longinは、HA間をヂビニルスルホン(divinyl sulfone)でクロスリンクさせたHA ハイドロゲルを用いたドラッグデリバリー系を作り、医薬品の患部への長時間に渡る遊離供給の制御を可能にした。Daniela Smejkalovaは、HAをアシル化のC6からC18の様々な長さの物を合成し水溶液中における自己会合への影響を調べた。
Jens Fischer :
HAとバーシカンリッチなECMは動脈硬化に於ける閉塞性血栓の特徴的なもので、従ってHA合成の促進は血栓を促進し、その合成阻害は血栓を抑える方法と考えられたが、ApoE欠損マウスの血栓モデルでは、4MUによるHA合成阻害は内皮glycocalyxの減少が観察され、逆に血栓と炎症をかえって悪化させた。従って、HA合成阻害は血管平滑筋細胞に特異に起こさせて内皮glycocalyxはそのままにすることが血栓治療には重要と思われた。その方策を求めて解析をすすめた。
ApoEKOマウスの血栓部位では、HAS3による合成増大とHA蓄積がマクロファージの浸潤とともに観察された。詳細に調べたところ、活性化マクロファージからのIL-1βとTNFαなどのサイトカインにより血管平滑筋細胞のHAS3発現が特異に上昇し、HA合成が誘起されることが分かった。CD44とRHAMMからのFAKシグナリングで血管平滑筋細胞は活性化され、細胞移動や増殖が起こり、さらに単球やマクロファージのHAリッチECMへの接着がおこり、さらにシグナルの増強が起こり、血栓や炎症が促進されると思われた。従って、HAS3によるHA合成の制御が動脈硬化の医薬品開発のキーとなるターゲットになると考えられる。
Paul Bollyky :
低分子HAが炎症性反応や組織再生に促進的に作用することが分かってきているので、今回、高分子HA (HMW-HA)が炎症抑制に作用する機構を調べ、興味ある結果を得た。
HMW-HAは、レギュラトリーT細胞(Treg)を賦活し、通常のT細胞の増殖を抑えることを見つけ、その時、HMW-HAレセプターであるCD44から、STAT5リン酸化を抑え、抗炎症性サイトカインであるIL-10の産生のシグナルが伝わることを見付けた。CD44のクロスリンキングにより同じことが起こった。一方、HA断片はCD44のクロスリンキングを抑え、STAT5リン酸化を促進した。さらにこのシグナル経路は、I型糖尿病 (TregとSTAT5シグナルの変化が病因に関与すると考えられている自己免疫症の一種)においても損なわれていると思われた。従ってHMW-HAは、STAT5シグナルを正常化し、Tregを支持して効果を出すと思われた。
Davide Vigetti :
Has2のトランスクリプションの制御には、エピジェネティックな反応によるクロマチン修飾の効果がある。今回、ヒストンのO-GlcNAcによる修飾の可能な機能としてHAS2やHAS-AS1(HAS2のエクソン1と相補的配列をもつ長いノンコーディングRNA)遺伝子のプロモーター周辺のクロマチン構造の変化に注目した。驚いたことに、クロマチンがO-GlcNAc化により両遺伝子のプロモーターがトランスクリプション装置に容易に近づけるように開いた状態になることを発見した。今回明らかにしたHA代謝の制御法は、抗動脈硬化症医薬や血管保護薬の新しい開発戦略になるものと思われる。
Cecile Onclinx :
従来、ヒアルロン酸分解の中心的な役割を担うと思われていたHyal2のノックアウトマウスを作製したが、驚いたことに、骨骼異常と血液疾患の表現型を示すにとどまった。Hyal2KOマウスの血漿のHA濃度が有意に高く、さらにHyal2は赤血球表面に膜蛋白質として見いだされ、そのKOの赤血球の半減期が25日から7日と激減していた。解析の結果、Hyal2の欠損は、奇形赤血球と異常血管内皮細胞の共存下の慢性的な溶血と血小板減少症を発症していたが、その詳細な機構はまだ分からないとのこと。
Robert Steadman :
腎臓などの臓器の障害にともなって組織修復過程として、線維芽細胞から筋線維芽細胞(myofibroblast)への分化がおこるがこれが組織の繊維化の切っ掛けとして大きな問題となる。この分化の時にHAの増加とTGF-βシグナルを介して、筋線維芽細胞でのα-平滑筋アクチン(smooth muscle actin)発現が起こる。この過程の詳細を調べたところ、TGF-b1に応答した線維芽細胞分化がHAに依存し、HAを介して起こる。
この時、CD44とEGFRのリピドラフト内における共局在が起こり、これがトリガーとなって下流のマイトゲン活性化プロテインキナーゼ(MAPK/ERK)とCa2+/calmodulin kinase II (CaMKII) の活性化が起こる。ERKのリン酸化はCaMKIIのリン酸化の上流にあり、ERKの活性化がCaMKIIシグナリングに不可欠であり、つまり筋線維芽細胞への分化に必須であることが分かった。このシグナル経路はTGF-β1依存性のSMADシグナリングと相乗作用的に作用し、この発見は傷のヒーリングとその繊維化現象過程への介入方法の開発に有益と思われた。
Yu Yamaguchi :
神経周囲(perineuronal)に特異な発現KOマウスについて、3種類のHas遺伝子のKOマウスの中Has3のKOマウスが最も激しい突発性の癲癇発作を示す。脳の海馬領域のHAレベルを見ると、Has1KOマウスとHas2KOマウスに較べてHas3KOマウスで最も減少(Has1、14%; Has2、25%; Has3、56%)していた。Has3KOマウス脳切片の電気生理学的検討で海馬CA1層の錐体神経細胞で癲癇性の活性が表れており、また組織学的解析の結果このマウスのCA1錐体層における細胞密度が有意に上昇、さらにこの層の細胞外間隙(ECS)の蛍光マーカーの移動度の減少が確認された。
またECS容積を定量するとHas3KOマウスのCA1領域に特異に約40%まで減少していた。
このECS容積を実験的に増大、または減少させると、癲癇性活性の抑制、または誘起されるので、Has3KOマウスでの癲癇の起因の機構はECS体積の減少によると結論した。この結果はHAがECS容積の制御に重要な役割を担っていることを明らかにし、ECS 容積のHAによる制御法は新しい抗癲癇治療薬の開発に新しい道を開いた。
Anthony Day :
卵丘細胞マトリックスの形成におけるIαI、TSG-6、PTX3(pentraxin3)の分子の関与をTSG-6の様々なアミノ酸変異体を用いて検討した結果を報告した。TSG-6のCUBモデュール中のCa2+イオン結合サイトがHC-TSG-6の複合体形成に関与している。また、HC1上のMg2+イオン結合サイトがHC1の2量体化反を仲介し、この弱いHC-HC相互作用がHC-HA複合体形成に重要と思われたことが興味深い。
Thomas Wight :
ASMCや肺繊維芽細胞をER ストレスを惹起するような刺激を与え培養すると、VersicanやHAが増加しECM-fやcableに共局在する。また好酸球、単球、T-細胞を含む白血球もこのECM繊維に結合し、炎症を強める。VersicanのCS鎖を取り去る処理や、siRNA処理によるversican合成阻害して形成されたECMへの単球の結合は阻害された。培養肺線維芽細胞でV3を強制発現させ、弾性繊維に富むがHAと野生型versicanの減少したECMを作らせると、これには単球の結合が有意に減少した。この細胞をウサギで損傷を与えた頸動脈に移植するとV3の発現はマクロファージと脂質蓄積を阻害し、血管の炎症を明らかに抑えた。VersicanとHAともにリンパ系細胞と骨髄細胞系細胞との相互作用に関与することが本研究で明らかになり、血管系の炎症疾患に伴う免疫応答を制御するターゲット分子と考えられる。
Carol de la Motte :
本人は足の骨を骨折し、出席が困難とのことで、代理が講演した。
ヒトの腸上皮細胞は、病原性バクテリアに対する粘膜感染防御の機構としてベータディフェンシン2 (HβD2)蛋白質を産生する。IBDなどの慢性炎症は、この発現低下によると思われた。
興味深いことに、HAの35KDa断片がTLR4依存性に培養系とマウス生体中で、HβD2の発現を促進することが分かった。実際、大腸炎のマウスモデルでは、HAのこのサイズの断片はサルモネラ病原菌の感染抵抗性を高め、感染を防いだ。ヒト母乳中、特に分産後3ヶ月目には高濃度に1000から20 kDaのHAがあり、10-15%が35 kDaのサイズのものであった。母乳より精製したHAによりHT29細胞はHβD2の発現が上昇し、病原性チフス菌の感染が抑えられた。
母乳中のHAは従って、感染予防、感染による炎症を防御する生体に備わった機構の一員と思われた。
Stavros Garantziotis :
気管支の炎症と過応答は気管支疾患の中心的な問題であるが、HAの気管支での蓄積を特徴とし、その蓄積が多いほど気管支の免疫活性化とリモデリングの重度に反映される。従って、HAの免疫応答や気管支狭窄などのメディエーターとしての役割や、治療目的のHAシグナルの修飾法に研究の焦点が当てられ始めた。彼らは、気管支の炎症部位で短鎖HAが増加し、TLR4-依存性のNF-κβの活性化がおこるが、抗IαI抗体処理、TSG-6を無くする処理、また高分子のHAの添加処理で過応答を抑制できることを示した。また短鎖HAからCD44シグナル介したRho活性化があることを示し、Rhoキナーゼの阻害で短鎖HAによる過応答を抑えることができることも示した。
Maria Grandoch :
デキストラン硫酸誘導大腸炎におけるHAの関与を見た。この薬剤誘導により結腸でHAS3 mRNAの発現上昇があることから、HAS3KOマウスを用いて調べたところ、有意に炎症が抑えられ、CD45発現白血球やマクロファージの浸潤が減少していた。4MU投与でHA全般の合成を抑えた所、逆に炎症が悪化していた。従って、HAS1やHAS2によるHA合成は炎症に抑制的に作用し、HAS3によるHA合成は促進的に作用する、つまり各HASによるHA合成の大腸炎への関与がそれぞれに異なる可能性があることを示した。
Yoshihiro Nishida :
Osteosarcoma、chondrosarcoma, 肺癌細胞(LLC)、乳癌細胞などについて4MU投与によりこれらの癌細胞の転移が抑制されることを報告し、この薬剤によるHA合成阻害と細胞周囲のHAマトリックスの減少が大きく関与していると思われることを報告した。
また骨転移治療薬であるzoledronic acid投与、さらに放射線療法が4MUの同時投与でより効果があることも報告した。
Tracey Brown :
固形癌の95%以上でHA受容体であるCD44が活性化、あるいは過剰発現されており、この結果を利用し、癌細胞のCD44を認識部位とする細胞毒性薬剤-HA誘導体、または薬剤を包み込んでその代謝を制御できるようにした高分子HA(大きな容積を占める)製剤は新しい抗がん剤となる可能性がある。HA-irinotecan(キノリンアルカロイドで、DNA酵素のI型トポイソメラーゼ(トポI)の働きを阻害)誘導体の作製を試み、効果を確認した。
Naoki Itano :
HAが腫瘍のプログレッションの過程における新生血管形成のキィーとなる腫瘍共役マクロファージ(tumor-associated macrophage, TAM)のリクルートに必要な微小環境シグナルとして作用することを見付けた。Has2のトランスジェニックマウスを作製し、HA過剰産生させるとマウス乳癌の急速な増殖、血管新生、さらにE-cadherinの欠損とβ-cateninの核内輸送の増加が起こり、いわゆる上皮-間充織相互変換(EMT)が起こることを明らかにした。
この時、TAMがHAリッチな腫瘍マトリックスに依存的に腫瘍内のストローマ領域へ速やかに移動することを観察した。逆に、クロドロン酸内包リポソームの投与によるマクロファージ除去処理により、腫瘍血管新生とリンパ管系新生が抑制された。さらにTAM作用のHA関与の証明のため、Has2 遺伝子KOマウスを作製し、Has2の欠損線維芽細胞を得て、ヌードマウスに腫瘍細胞とともに移植したところ、マクロファージのリクルートが全く起こらなく、また腫瘍血管新生とリンパ管系新生も著しく低下していた。従ってHAリッチなストローマ微小環境が腫瘍の新生血管形成と腫瘍のプログレッションに重要であることを示した。
M. Laird Forrest :
CisplatinをHAに共有結合させたHylaPlatは、AUC (血中濃度-時間曲線下面積、area under the blood concentration-time curve、薬物の吸収率やバイオアベイラビリティの指標として用いられ、薬物の効果の強弱を反映する一つの目安) がcisplatinの5.4倍、リンパ節濃度はcisplatinだけの時の18倍になり、また肝臓の損傷や腎臓のネクローシスも減少しており、有用な抗がん剤となる可能性が示された。
Lilly Bourguignon :
骨髄由来の間葉系幹細胞(bone marrow-derived mesenchymal stem cells, BM-MSCs)の幹細胞としての能力やその分化能がHA/CD44-Oct4/Sox2/Nanog-miR-302シグナルパスウェイにより制御されていることを以下の研究で明らかにした。BM-MSCs中のCD44v3の高発現レベルのサブポピュレーションはトランスクリプション因子であるOct4、Sox2、Nanog (幹細胞マーカー)を高発現しており、顕著な幹細胞の性質を示す。興味深いことに、これらのサブポピュレーションはHAにより幹細胞マーカー分子の発現と核移行が促進される。
さらにOct4、Sox2、Nanogの結合サイト領域を含む上流プロモーターがミクロRNA-302(miR-302)発現を制御することが分かったが、クロマチン免疫沈殿アッセイによりmiR-302の発現促進制御がHAに依存することを見いだした。HAの投与処理でBM-MSCsは効率よく神経細胞とアストロサイトを含む様々な細胞リンネージに分化する。さらにこれらのBM-MSCsを、抗miR-302阻害剤としてレンチウイルスを感染させてmiR-302 発現をサイレンシングすると、エピジェネティックレギュレーター、AOF2発現を促進するばかりでなく、HAの介在によるBM-MSCsの細胞分化も改善された。さらにCD44KOマウスではHAによるOct4、Sox2、Nanog発現促進が見られず、分化の促進も見られなかった。
Stephen Back:
虚血性低酸素による灰白質損傷 (white matter injury, WMI) は髄鞘形成不全に至る。出産の際の未熟児における損傷はその後の子供の神経障害を招く。その発生メカニズムにはHAのPH20による分解プロセシングが関与し、オリゴデンドロサイトプロジェ二ター(preOLs)のマチュレーションがブロックされる(分化不全)ことによることを示した。
Lawrence Sherman :
上記の研究と類似の結果を得ている。神経前駆細胞(NPC)の増殖と分化は発生途上においても、また成人中枢神経系においても厳密に制御される必要がある。制御因子の一つに細胞外マトリックス成分があり、中でもHAは海馬歯状回(hippocampal dentate gyrus)の脳室側領域(subventricular zone、SVZ)と顆粒側領域(subgranular zone、SGZ)の二つの成人神経前駆細胞を含む部位のニッシェ中に高濃度に存在することを見つけた。
学習と記憶に必要な神経発生に関与するNPCが存在するSGZでは、NPC自身がつくるHAとCD44の崩壊 (PH20によるHA断片による活性に大きく依存) はNPCの異常増殖と分化遅延を招く。例えば、抗がん剤やエタノールなどによる化学的な脳の障害はPH20発現を上昇させ、HAの減少を招き、それによりマウスでは記憶や学習能力の欠陥をおこす。この様なニッシェの外側では脳実質前駆細胞(parenchymal progenitor cells)が損傷部位にリクルートされるが、そのような細胞の典型がオリゴデンドロサイトプロジェ二ター細胞(OPC)であり、この細胞は髄鞘形成オリゴデンドロサイトである。従って、損傷部位にHAが蓄積し、これがOPC細胞の成熟分化と髄鞘形成反応を阻害する。リクルートされたOPCがPH20を発現、HAのPH20による分解が起こり、この産物が成熟分化と髄鞘形成反応を阻害することが分かった。
またこの分解活性を薬物で阻害すると再髄鞘形成が促進されることも分かった。以上から、HAとPH20のバランスが中性神経系の形成と再生に重要であることが分かった。
David Jackson :
リンパ管中のマトリックス成分はHAであり、リンパ管内皮細胞のLYVE-1(CD44と40%のアミノ酸配列の相同性を持ち、Link superfamilyの一員)は、リンパ管中のHAの主要な受容体として機能していると思われるが、接着アッセイでみるとHAとの結合能は弱く、in vivoでLYVE-1がどの様に、何処で、何時にHAと結合し、どんな生物機能に関与するのか明らかになっていない。今回、受容体-リガンド間のアビディティーを、例えば、LYVE-1の自己会合、細胞表面でのクラスターリング、さらに適宜に形を変えたHA複合体と反応させておくなど、変化させることでHAとの結合を修飾できる機構を明らかにした。
LYVE-1はそのクラスターリングによりHAと選択的に結合すること、管腔への出入りには樹状細胞(dendritic cells)上のHA複合体が関与することなどを示した。
Rosanna Malbran Forteza :
ヒト気道は絶えず細菌や埃に曝されているが、気道上皮粘膜がこれらのクリアランスに関係している。その合成する高分子HA(1-1.5 MDa)がKallikrein 1(KLK1)やラクトパーオキダーゼなどの蛋白質に結合したマトリックスが防御役に重要である。これに上皮細胞がつくるTSG-6が血管系からリークしたIαIと作用してその長鎖のHA転移をもたらすと共に、IαI からKLK1の阻害作用をもつビクニンが遊離する。これらの反応により気道上皮粘膜は肺組織の環境変化に対応してきたと推測した。
Daniel E. Vaughn :
HAは液体の流れのバリアーとなる性質があるので、皮下注射における薬剤の吸収を遅らせる。ヒトヒアルロニダーゼPH20のレコンビナント(rHuPH20)はこれを改善する薬剤として開発された。臨床実験でインスリン投与におけるその速やかな吸収を促す薬剤としての可能性が示された。
Glenn Prestwich :
HAから作製したゲルは、合成細胞外マトリックス(sECM)となるバイオマテリアルとして、細胞治療における前駆細胞の適宜な場所(皮膚、肝臓、心臓、脳、骨、軟骨など)への配送、また細胞の増殖や分化を可能にできると思われた。また非動物性で半合成した硫酸化GAGs(SAGEsと名付けた)を開発し、陽イオン性のプロテアーゼやP-またはL-セレクチンなどの阻害剤として、さらにRAGE (advanced glycation end-products)受容体の拮抗剤としての有用性を確認し、現在、さらに間質性膀胱炎(interstitial cystitis)や歯周病の治療薬の可能性も探っているとのこと。
Manglio Miguel Rizzo :
樹状細胞の免疫応答における重要性が注目されているが、以前に低分子HAを大腸癌細胞とともにマウスに投与したところ癌特異的免疫応答の上昇を観察し、ヒトにおける癌細胞に対する抗体価の上昇効率の改善法として樹状細胞成熟用の反応カクテルに低分子HA添加の可能性を検討した。
転移性大腸癌患者と正常人から樹状細胞を得て低分子HAを加えたカクテルで刺激し、分化樹状細胞マーカー発現(MHCII)をフローサイトメトリーで評価、またin vitroとin vivoにおける細胞移動能とザイモグラムによるメタロプロテアーゼ2と9の活性を評価し、さらにHA受容体の発現変化も評価した。何れに於いても低分子HAは免疫療法におけるアジュバント的促進効果を上げる薬剤と考えられた。
写真1. 6月6日(木曜日)の会議途中の夕方に会議場のRenaissance Hotel で催されたISHASによるバンケットにて。
左よりBryan Toole博士、会長のPaul Weigel博士、Warren Knudson博士
写真2. バンケットにおける催し物としてOklahoma City付近のかつての住人である Native Americanによるダンスのコンドルの踊りのデモンストレーション。 何となく日本の民謡と同じルーツを伺わせる音楽でのダンスであった。
写真3. 6月3日(月)の午後の学会エクスカーション後に会場近くにある Myriad Botanical Gardensにおいて、オーガナイザーのPaul Weigel、Paul DeAngelisの両博士主催による学会スピーカーの歓迎レセプション。
左より柳下正樹博士、Anthony Day博士、Vincent Hascall博士、右からSuneel Apte博士、執筆者